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「お前なんか、嫌いっす」レノに嫌われた。キッカケは書くのも馬鹿馬鹿しいような事だった。
別に僕にはどっちでも良かった。僕はどうせすぐ退院するのだから。
今は、事務的に彼に接するようにしている。
誰に嫌われてもいいや。僕はもう透明人間じゃない。竜牙が夢の中で教えてくれた。
僕は、誰かを守る事のできる人間だ。

エルが言うようには、「この部屋で一番まともなのは、ジュナンだと思う」という事だった。
きっとレノがいかれてるんだな。僕は正気みたいだ。
エルは新入りだが、わりと冷静に観察していたようだ。

レノがまた住所を教えて欲しいだの、馬鹿馬鹿しい事を言ってきた。僕は犬のしつけ
みたいに、「ダメ」と言って断った。もうこれ以上、お前のワガママには付き合ってやれ
ないんだよ。僕は何かに依存するとか、振り回されるとか、そんなの嫌なんだ。


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ついに、退院の日の一日前。
午前中は塗り絵と書道をやった。コーヒーを飲み忘れて寝ぼけていた僕は、机の上に
伏せて寝てしまった。
午後、これではいけないと思い、すぐUCCのインスタントコーヒーを飲んだ。カフェイン中毒だな、
これは。
鍵を預けていたので、もらいに行ったら、看守に「お前が勝手に失くしたんじゃないか」と言われ、
部屋中を捜索された。無論、鍵は出てこなかった。鍵は看守が違う場所にかけ間違えて
いたのだから!ろくに調べもせず、患者を疑う看守。最悪だ。

ブラックコーヒーってただ苦い味がするだけなんだけど、そのクリアで切ない味がするのがいいんだよ。
何も牛乳で濁らす必要なんか無いんだ。
ん、外でしまぞうの声がする。僕は、真昼間から寝ているレノやエルに見つからないように、
そおっと水色のカーテンを開けた。窓のコンクリートの塀の上に、なんとしまぞうがいる。
こんなにそばにいるのに手を伸ばすことさえできないのが切ないけど。会いに来てくれたんだな、
僕が退院するのを知って。
しまぞうは「ミャア」と鳴いて塀を下りて行った。僕は窓の外をいつまでも見ていた。


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玲音の長話を聴くと、疲れてしまう。それは僕だけかと思っていたが、「悪いな、長い
話を聴くと疲れんだよ」と玲音に言うと、リードが横から人差し指で僕をつついた。
リードは声をひそめて、「それはお前だけじゃないよ。俺だってそうさ。レインが支離滅裂な
話をしてるだけなんだよ。一応聴いてるふりしなよ」
と言って、ため息をついた。

長話を聞くと、すぐ疲れてしまう。玲音のせいもあるが、僕のせいでもあるだろう。
目薬をさすときみたいに、無理矢理目を病気に向けられる。見たくもないものを
見せられる。
知りたくもないのに、自分が病気である事を知らなければならない。それは何て勇気の
いる事なんだろう。

今日は、ブッチャーもレノも機嫌が悪いようで、戸を凄い勢いで閉めたり、落ち着かない
日だ。退院が明日に決まっている僕に、嫉妬しているかもしれないな。僕も夢と現実と
の境にいるような気がしてきた。家にいたのが夢なのか、ここに入院しているのが
長い夢だったのか。

ここに来る時は、頭が完全に逝っちゃってて、荷物の事など考える事ができず、全部
母さんがやってくれた。でも今荷物を詰め、明日の準備をしていると、自分が非常に
落ち着いた状態にある事に気付いた。今ならなんとか荷物を整理できそうだよ。


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入院は、これで最初の最後にしよう。もう入院なんかしない。
病気を悪くさせないために、ストレスを処理し、薬を飲み、規則正しい生活を
身につけるつもりだ。
解放で過ごした、儚い恋の思い出。
閉鎖で過ごした、家畜としての生きざま。
どちらも今までに無いような、素晴らしい貴重な体験だった。
でももう2度とやりたくないね。僕は病気に勝てる、強さを身につけたと思う。
自立して生きていくための強さを。
もう僕は観賞用でも家畜でもない。リュウが教えてくれた。
誰かを守れる強い人間だ。

(水の月27日)

扉の向こうに広がるおだやかな青を見つめている。僕は頬杖をついて考えこんでいる。
このカフェテリアの、朝食が済んで人のいなくなったテーブルで。
もう数時間で、この旅も終わりだ。
家に帰って、咳も叫び声もない所で、ゆっくり休みたいな。
いろいろ後悔もするけど、それは取り返しのつかないものではない、と信じたい。
まだ、僕には未来があるはずなんだ。


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「ジュナン、待ってくれ」
椅子に手をついて振り向くと、カフェテリアにいつの間にかリードと玲音がいた。
「ジュナン、今日で退院しちゃうんだね。僕・・・僕・・・」玲音は下を向いて悲しそうに言った。
「ずっと謝りたかったの。ごめんね。『人殺し』なんて最低だよね。ごめんね、ごめんね・・・」
涙が次々と溢れだしてきて、止まらない。僕は慰めようとしたが、
「もういいんだ。俺はこいつを守るよ。いつまでいるかわからないけど、俺がいる限り、
俺はこいつを守る」リードの具合は、初めて会った頃より大分良くなっていた。クスリが
効きはじめたのだろう。「話してみりゃ、かわいい奴じゃん。でもひとつだけ、不安がある」

リードはジュナンの耳のそばで、小声で言った。
「お前がいなくなったら、ここに普通に会話できる奴がいなくなるんだよ。これから
どうして暮らしていけばいい」リードの目が、また曇りはじめていた。
「どうしてって・・・」
そのとき看守が来て、作り笑顔(僕にはそう見えた)で言った。「ジュナンさん、お迎え
が来てますよ」



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