閉じる


<<最初から読む

187 / 202ページ

186

これは僕が、その日見た夢だ。

リュウと僕が、なぜか学ランを着て自転車を引き、横に並んで道路を歩いてる。初雪が
歩道をうっすら白く染めている。
「もう、卒業か。お別れかな」
「ああ」僕は遠くの雪山を見ながら言った。
「お別れなんて、嘘みたいだな。なんか、実感わかないよ」
「俺も」竜牙は一回あくびをした。
「ジュナン、お前って急に大人になったよな。そう思わないか」
「僕のどこが大人なんだい?」僕には解らなかった。
「お前は、今必要とされている。誰かに必要とされている。違うか」
「そうなのか」僕は眠い目をこすって、必死に考えた。
「ずっと透明人間だと思ってただろ、でも今はお前は透明なんかじゃない。
レインやリードがお前を必要としてるのがわかるだろ」
学ランの襟を凍えるような風が通り抜ける。僕は自分がマフラーをしていない事に
気付いた。
「マフラー、貸してやるよ。いつまでもお前のそばにいる」竜牙が僕の肩をポンと叩いて、
茶色のマフラーを僕の両手にのせた。
「いいのか、本当に。お前だって寒いだろう」
「いいんだよ。俺はお前のところにはもう行けないんだ。これでお別れだ。
俺は邪魔しちゃいけない。お前達の生活をな。
もう二度と出会う事はないだろうけど、お前はきっともっと大切な人とこれから出逢うぜ。
俺の事はもう卒業しろよ。俺に縛られちゃいけない。そいつらを大切にしろよな。
俺はここで、夢の中にいて、いつまでもお前を見守ってる。
早く起きろよ。レインとリードがお前の帰りを待ってるぜ」

 


187

僕は飛び起きた。辺りは真っ暗。寝息だけが聞こえる。
相当汗をかいていたらしい。
リュウ・・・残酷な夢。でも僕はもう、リュウやはやみんから卒業しなければ。
現実を見るんだ!
玲音とリードに、僕は必要とされている。もう透明なんかじゃない!
誰かを守るのは、僕だ。

朝方、戸の所に顔色の悪いリードがふらふらと立っているのに気がついた。
泣き叫ぶ声がかすかに聞こえてくる。
「ジュナン、来てくれ。レインが・・・レインが・・・」

「お母ちゃん、お母ちゃん・・・」
レインが顔を真っ赤にして、白いベッドの上にうずくまり、泣いている。
不憫に思うが、どうしようもない。僕は人の命を生き返らせたりできない。
30代にして両親を失くした、統合失調症で喋ることもままならない玲音。
彼は今、地獄の血の海の中にいるようだった。
「どうして死んじゃったの・・・どうして誰も、誰もかも、僕を置いていくの!!」
リードが床にうずくまり、顔を伏せる。「真夜中からこれで、寝る事もできなかった・・・」
リードの方まで、少し具合が悪いように見えた。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!」玲音がもう吠えるような声で
叫んだ。
「ジュナン・・・助けてくれ、助けて」リードは不精ヒゲを放置したままで、寝起きそのままの
髪型で、僕にしがみついた。リードは必死だった。

 


188

大切な事を伝えたい時。僕にはこれしか思いつかなかった。
「レイン・・・ちょっと顔をあげてくれ」
「ジュナン・・・よくも、よくもお母ちゃんを殺してくれたな」玲音の中ではそういう妄想に
なっていたらしい。
「恨むぞ・・・死ね、この野郎!!!」
僕は、顔をあげてベッドから下り、ぐちゃぐちゃの赤い顔で、涙と鼻水だらけの顔で
僕に手を上げようとする玲音の手を下ろさせ、ぎゅっと抱きしめた。
大切な事を伝えたい時、僕ならハグをする。
リュウとはやみんと、してきたように。これが答えだ。
僕の体温が自分に伝わるのを玲音は変な表情で見ていた。辺りをきょろきょろ見回して
いた。
「うう、ジュナン、申し訳ないがあとは頼む。鬱で死にたくなってきた・・・リスパダール
飲んでくる」
リードはふらつきながら部屋を出た。
「でも、おまえが、おまえが・・・!」玲音はまだ理解していないようだった。
「それは違うんだ。よく話を聞いてくれ、レイン」
Tシャツ一枚で冷え切っていたレインの体があたたまってきた。
「両親を失くしたのは、本当に辛い事だと思う。そういう経験のない僕みたいな
ガキに慰められるものじゃない。でもこれだけは分かってほしい。僕は関係ないよ、
何もしてない。絶対に何もしてない」
「・・・じゃあ、何で死んだの?」玲音が半信半疑で言った。
「その話は僕は知らないけど。少なくとも僕が殺したんじゃないよ、僕はお前を守ろうと
してんだ。分かってくれ」
こんなに抱きしめているのに。
まだ、分からないのか・・・?


189

「いいから聞け!」僕は怒鳴り声に近い声で言った。怒鳴り声に近い、ありったけの優しさ
をこめた声で。「お前は愛されるだろう。お前は大切にされるだろう。でも今のままじゃ
無理だ。病気のせいだけじゃない。お前が・・・」
玲音が僕の腕をすごい勢いで払いのけた。「黙れ、人殺し!!!!僕はちゃんと知ってんだぞ、
おまえがどうやってお母ちゃんを殺したか・・・」
「説明できるものなら、してみるんだな」僕は負けじと言い放った。
「やめろ!!」少しかすれた声。後ろから聞こえた。
「リード・・・」大声を出すのもやっと、という感じの、弱ったリード。戸のところに手をつき、
何とか立っている。
「もう何でもいいだろ。そのくらいにしておけ。まだわからないのか。ジュナンはそんな
事、決してしない」
「リード・・・わかったよ」玲音が頭を抱えて、床にうずくまった。「じゃあお母ちゃんは、
何で死んだの・・・?」
「それはお前しか知らないはずだ。お前は何も言わなかったから」リードは真ん中の
ベッドに倒れるように寝た。

「可哀想に、こいつは裏切られてばかりきたんだな」
リードのベッドの横で、僕は子守唄でも歌うように言った。
リードはぐったりしていた。話などあまり聞いていないようだった。
玲音は泣きじゃくって、「ごめんね、ジュナン、ごめんね」と繰り返していた。
「裏切られて、騙されて、また裏切られて。それで人をとことん疑うようになったんじゃない
かな。僕の勝手な推測だけど」
水色のカーテンから入ってくるやわらかい光が心地良い。

 


190

今日はレノの様子が夜になってから変だ。
突然部屋の連中に自己紹介をしてきたり、よくわからない。
「俺、レノ。よろしくっす」
玲音の件で疲れ果てていた僕は、よく眠れた。

(一日後)

今日は買い物があったが、牛乳一本しか買わなかった。
どのみち冷蔵庫は無いし、牛乳が恋しいから買っただけ。小さい頃に捨ててて
本当にごめん。
あと何日も残っていないから、別にお菓子はいらない。

今日カフェテリアで会って、美貌の貴公子にびっくりした。
リード。ヒゲを剃っただけじゃなくて、いつものただのグレーのパジャマから、細身の
ジーンズに着替えていた。虚ろな目もなんとなく、いつもよりは力があるように思えた。
あとから玲音も来た。よく見ると、リードと腕を組んでいた。うらやましいな。
いつの間にそんなに仲良くなったんだ?
「病気はだいぶ良くなったみたいだな、リード」
「おお、ジュナンじゃないか。おはよう」リードが微笑んだ。
「ジュナン、おはよう」玲音も昨日の妄想はどこへやら、元気になっていた。

閉鎖だから虚ろというわけじゃないんだな。
閉鎖にもまだ諦めない人達がいっぱいいて、それぞれに個性があって、ケンカも
するけど、毎日を不自由ながらもなんとかして楽しもうとしてる。雑草だな。
水路の。水かさが増えると簡単に水没するような、雑草。でも生きようとしてる。壊れて
しまった毎日をなんとか組み立てようとする人々。たくましいな。力強いな。



読者登録

あめのこやみ(おけちよ)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について