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僕はリードの目をまっすぐ見た。影をたたえた、陰鬱な目。どこかぼんやりした目。
でも、この男、それだけじゃない。
「リュウは言ってた、レインは自分が見えてないって。自分が人の目にどう映るか、
見えていないって。だから、ガキみたいな殴り合いをしたり、人前で尻を見せたり
するんだって」
「それを俺に言うかい」リードがうつむいて、ますます寂しげになった。「俺は鬱だから
、普通に喋れるが、けど誰かを守れる余裕なんてないさ」
「別に、守れなくても構わないんだ。ただ、あいつは確実に、一人ではやっていけない。
僕の退院は27日だ」
「!」リードが目を見開いた。「すぐじゃないか」
「そう。だからその後は、お前が・・・せめて、レインの友達になって、支えあって
やっていってくれないかな」
リードはとても苦しそうな表情をしていた。僕はリードがまたパニック発作を
起こすかもしれないな、と思った。やはり、ここに来たばかりの病人には重過ぎる
のだろうか。
でもレインには、誰かが今すぐ、必要だ。

「リード、点呼の時間だから帰るよ」玲音が呼びにきた。「ここでは8時が点呼なんだ」
「ああ、待ってくれ」
「点呼か」僕はベンチを立って、廊下へコップを持って歩き出した。
「待ってくれ、ジュナン」リードの悲痛な声が聞こえる。

行かないで・・・


184

朝、外でしまぞうが鳴いている。僕はタバコの時間で部屋に誰もいない事を確認し、
勝手に水色のカーテンを開けた。ミャーオ、ミャーオ・・・
悲しそうな声だった。しまぞう、どうしてそんな風に鳴くんだ?お前と出会った時の
事、抱き上げた時の事、思い出してしまうじゃないか。

病気の事をエルと話していたら、「君って、中卒?それとも、高卒?」なんて
聞かれた。大卒だよ!バカにしやがって。この男、40近くにもなって礼儀というものを
知らないようだ。
他にも、エルは言った。「あれ見てみな。絶対洗濯してないよ」
ブッチャーのぐちゃぐちゃに丸めてあるTシャツの山を指差しての事だった。確かに
僕はエルは嫌いだが、あのTシャツの山が洗濯を一度でもしてあるようには見え
なかった。ブッチャーは洗濯の仕方を本当に知っているのか?それすら疑問に
思える。

寒い。手がかじかんでくる。手に息を吐いて温めても、また冷えてくる。北日本は
もう雪が降るころかな。寒いけど、ここはコタツとか暖房はないのだろうか。
家に帰りたいな。ここにコタツや暖房を求めるわけじゃなくて、ただ家に帰りたい。
家に帰って、誰かと喋りたい。ここの人は温もりがないから。
と書いて驚く。僕にも喋りたい時があったのだなあ。

 


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午前中はバレーをやって、その時に3病棟のタイラーやケヴィンと会った。
「タイラー!」僕はタイラーを見つけるなり、駆け寄った。「元気でやってるか」
「ぼちぼちだよ」白髪交じりのタイラーの、心穏やかな笑顔。久しぶりに見て、
本当に僕は嬉しくてたまらなくなった。
「ケヴィンも!元気か」
「ま、まあな」ケヴィンは僕の元気さに少し驚いたように言った。
そういえば、僕ははじめ鬱だったのに、鬱はどこへ行ったのだろう。
こんなに笑って会えるなんて。

「タイラー、そろそろ僕、退院するんだ」
「おめでとう、何日だい」
「27日」誕生日とかは、別に言わなかった。
「だから、これで最後だ。ありがとう」
「僕のほうこそ。君と喋れて、楽しかったよ。人間動物園とか、そういう話したの、
覚えてる?」
「もちろんさ、閉鎖で話のネタにしたよ」リュウがいた時に・・・
「これでお別れになっちゃうの、寂しいね。仕方ないね。ここ、精神病院だもの」
「ハガキくらい、送ってくれないか」僕はタイラーの手を握ってせがんだ。
「・・・」タイラーは黙って首を振った。「僕は文書くの下手だから、送らないと思う」
タイラーと握手して、別れた。
手を強く、強く握って。

午後は母と面会し、最終面談が行われた。緊張したが、先生はわりと笑顔で、
終始和やかな雰囲気だった。
緊張して損したな。
「じゃあ、蒼月君は27日退院という事で」
「はい」僕は誇らしげに頷いた。

 


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これは僕が、その日見た夢だ。

リュウと僕が、なぜか学ランを着て自転車を引き、横に並んで道路を歩いてる。初雪が
歩道をうっすら白く染めている。
「もう、卒業か。お別れかな」
「ああ」僕は遠くの雪山を見ながら言った。
「お別れなんて、嘘みたいだな。なんか、実感わかないよ」
「俺も」竜牙は一回あくびをした。
「ジュナン、お前って急に大人になったよな。そう思わないか」
「僕のどこが大人なんだい?」僕には解らなかった。
「お前は、今必要とされている。誰かに必要とされている。違うか」
「そうなのか」僕は眠い目をこすって、必死に考えた。
「ずっと透明人間だと思ってただろ、でも今はお前は透明なんかじゃない。
レインやリードがお前を必要としてるのがわかるだろ」
学ランの襟を凍えるような風が通り抜ける。僕は自分がマフラーをしていない事に
気付いた。
「マフラー、貸してやるよ。いつまでもお前のそばにいる」竜牙が僕の肩をポンと叩いて、
茶色のマフラーを僕の両手にのせた。
「いいのか、本当に。お前だって寒いだろう」
「いいんだよ。俺はお前のところにはもう行けないんだ。これでお別れだ。
俺は邪魔しちゃいけない。お前達の生活をな。
もう二度と出会う事はないだろうけど、お前はきっともっと大切な人とこれから出逢うぜ。
俺の事はもう卒業しろよ。俺に縛られちゃいけない。そいつらを大切にしろよな。
俺はここで、夢の中にいて、いつまでもお前を見守ってる。
早く起きろよ。レインとリードがお前の帰りを待ってるぜ」

 


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僕は飛び起きた。辺りは真っ暗。寝息だけが聞こえる。
相当汗をかいていたらしい。
リュウ・・・残酷な夢。でも僕はもう、リュウやはやみんから卒業しなければ。
現実を見るんだ!
玲音とリードに、僕は必要とされている。もう透明なんかじゃない!
誰かを守るのは、僕だ。

朝方、戸の所に顔色の悪いリードがふらふらと立っているのに気がついた。
泣き叫ぶ声がかすかに聞こえてくる。
「ジュナン、来てくれ。レインが・・・レインが・・・」

「お母ちゃん、お母ちゃん・・・」
レインが顔を真っ赤にして、白いベッドの上にうずくまり、泣いている。
不憫に思うが、どうしようもない。僕は人の命を生き返らせたりできない。
30代にして両親を失くした、統合失調症で喋ることもままならない玲音。
彼は今、地獄の血の海の中にいるようだった。
「どうして死んじゃったの・・・どうして誰も、誰もかも、僕を置いていくの!!」
リードが床にうずくまり、顔を伏せる。「真夜中からこれで、寝る事もできなかった・・・」
リードの方まで、少し具合が悪いように見えた。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!」玲音がもう吠えるような声で
叫んだ。
「ジュナン・・・助けてくれ、助けて」リードは不精ヒゲを放置したままで、寝起きそのままの
髪型で、僕にしがみついた。リードは必死だった。

 



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