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月日が何事もなく過ぎてゆく。今日の朝は何もないのでヒマだ。
ここの人々の生活は、規則正しいが、どこか狂っている。
病室の戸を蹴る人。床に寝転がる人。独り言をぶつぶつと言って自分の世界に入って
しまってる人。突然奇妙な声で大爆笑しだす人。廊下に全部の荷物を置いてずっと
座ってる人。キ○ガイばかりだ。

唯一マシなのはリードだけに思えた。リードが青ざめた顔で言ってた。
「どうにかしてくれよ。前に俺がいた病院には鬱の奴もいっぱいいたのに、ここの病院は
まともに会話通じるのがお前しかいないんだよ。どうにかしてくれよな」
つまり、彼は「怖い」と言いたかったのだろう。年下に向かっては言いにくいようだった。
だから前からいたジュナンに救いと癒しを求めにきたようだ。
「前の病院はこんなんじゃなかったさ。病棟に鍵がかけられるなんて、そんなの」
「家畜、だな」僕はもはや余裕で返した。僕の表情はきっと、微笑んでさえいただろう。
「それに・・・レイン。あいつも可哀想な奴だよな。唯一の親族にも見捨てられてんだろ」
「レインか」僕は話題を変えた。「前お前のカフェテリアで座ってる席には、竜牙っていう
男が座ってたんだ。その話は聞いたか」
「そういえば、あいつリュウがいなくて何とかって言ってたな。そのリュウの事か」
「そうだ。そのリュウは、なぜレインが2年もここから出られないかを正確に見抜いてた」
「なぜ?」
「レインは被害妄想も強いけど、それ以上に繊細で、そしてもう一つ・・・」

 


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僕はリードの目をまっすぐ見た。影をたたえた、陰鬱な目。どこかぼんやりした目。
でも、この男、それだけじゃない。
「リュウは言ってた、レインは自分が見えてないって。自分が人の目にどう映るか、
見えていないって。だから、ガキみたいな殴り合いをしたり、人前で尻を見せたり
するんだって」
「それを俺に言うかい」リードがうつむいて、ますます寂しげになった。「俺は鬱だから
、普通に喋れるが、けど誰かを守れる余裕なんてないさ」
「別に、守れなくても構わないんだ。ただ、あいつは確実に、一人ではやっていけない。
僕の退院は27日だ」
「!」リードが目を見開いた。「すぐじゃないか」
「そう。だからその後は、お前が・・・せめて、レインの友達になって、支えあって
やっていってくれないかな」
リードはとても苦しそうな表情をしていた。僕はリードがまたパニック発作を
起こすかもしれないな、と思った。やはり、ここに来たばかりの病人には重過ぎる
のだろうか。
でもレインには、誰かが今すぐ、必要だ。

「リード、点呼の時間だから帰るよ」玲音が呼びにきた。「ここでは8時が点呼なんだ」
「ああ、待ってくれ」
「点呼か」僕はベンチを立って、廊下へコップを持って歩き出した。
「待ってくれ、ジュナン」リードの悲痛な声が聞こえる。

行かないで・・・


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朝、外でしまぞうが鳴いている。僕はタバコの時間で部屋に誰もいない事を確認し、
勝手に水色のカーテンを開けた。ミャーオ、ミャーオ・・・
悲しそうな声だった。しまぞう、どうしてそんな風に鳴くんだ?お前と出会った時の
事、抱き上げた時の事、思い出してしまうじゃないか。

病気の事をエルと話していたら、「君って、中卒?それとも、高卒?」なんて
聞かれた。大卒だよ!バカにしやがって。この男、40近くにもなって礼儀というものを
知らないようだ。
他にも、エルは言った。「あれ見てみな。絶対洗濯してないよ」
ブッチャーのぐちゃぐちゃに丸めてあるTシャツの山を指差しての事だった。確かに
僕はエルは嫌いだが、あのTシャツの山が洗濯を一度でもしてあるようには見え
なかった。ブッチャーは洗濯の仕方を本当に知っているのか?それすら疑問に
思える。

寒い。手がかじかんでくる。手に息を吐いて温めても、また冷えてくる。北日本は
もう雪が降るころかな。寒いけど、ここはコタツとか暖房はないのだろうか。
家に帰りたいな。ここにコタツや暖房を求めるわけじゃなくて、ただ家に帰りたい。
家に帰って、誰かと喋りたい。ここの人は温もりがないから。
と書いて驚く。僕にも喋りたい時があったのだなあ。

 


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午前中はバレーをやって、その時に3病棟のタイラーやケヴィンと会った。
「タイラー!」僕はタイラーを見つけるなり、駆け寄った。「元気でやってるか」
「ぼちぼちだよ」白髪交じりのタイラーの、心穏やかな笑顔。久しぶりに見て、
本当に僕は嬉しくてたまらなくなった。
「ケヴィンも!元気か」
「ま、まあな」ケヴィンは僕の元気さに少し驚いたように言った。
そういえば、僕ははじめ鬱だったのに、鬱はどこへ行ったのだろう。
こんなに笑って会えるなんて。

「タイラー、そろそろ僕、退院するんだ」
「おめでとう、何日だい」
「27日」誕生日とかは、別に言わなかった。
「だから、これで最後だ。ありがとう」
「僕のほうこそ。君と喋れて、楽しかったよ。人間動物園とか、そういう話したの、
覚えてる?」
「もちろんさ、閉鎖で話のネタにしたよ」リュウがいた時に・・・
「これでお別れになっちゃうの、寂しいね。仕方ないね。ここ、精神病院だもの」
「ハガキくらい、送ってくれないか」僕はタイラーの手を握ってせがんだ。
「・・・」タイラーは黙って首を振った。「僕は文書くの下手だから、送らないと思う」
タイラーと握手して、別れた。
手を強く、強く握って。

午後は母と面会し、最終面談が行われた。緊張したが、先生はわりと笑顔で、
終始和やかな雰囲気だった。
緊張して損したな。
「じゃあ、蒼月君は27日退院という事で」
「はい」僕は誇らしげに頷いた。

 


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これは僕が、その日見た夢だ。

リュウと僕が、なぜか学ランを着て自転車を引き、横に並んで道路を歩いてる。初雪が
歩道をうっすら白く染めている。
「もう、卒業か。お別れかな」
「ああ」僕は遠くの雪山を見ながら言った。
「お別れなんて、嘘みたいだな。なんか、実感わかないよ」
「俺も」竜牙は一回あくびをした。
「ジュナン、お前って急に大人になったよな。そう思わないか」
「僕のどこが大人なんだい?」僕には解らなかった。
「お前は、今必要とされている。誰かに必要とされている。違うか」
「そうなのか」僕は眠い目をこすって、必死に考えた。
「ずっと透明人間だと思ってただろ、でも今はお前は透明なんかじゃない。
レインやリードがお前を必要としてるのがわかるだろ」
学ランの襟を凍えるような風が通り抜ける。僕は自分がマフラーをしていない事に
気付いた。
「マフラー、貸してやるよ。いつまでもお前のそばにいる」竜牙が僕の肩をポンと叩いて、
茶色のマフラーを僕の両手にのせた。
「いいのか、本当に。お前だって寒いだろう」
「いいんだよ。俺はお前のところにはもう行けないんだ。これでお別れだ。
俺は邪魔しちゃいけない。お前達の生活をな。
もう二度と出会う事はないだろうけど、お前はきっともっと大切な人とこれから出逢うぜ。
俺の事はもう卒業しろよ。俺に縛られちゃいけない。そいつらを大切にしろよな。
俺はここで、夢の中にいて、いつまでもお前を見守ってる。
早く起きろよ。レインとリードがお前の帰りを待ってるぜ」

 



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