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玲音を守るのは、僕だ。
朝食は玲音の向かい側、ちょうど竜牙の座っていた席で食べた。
ここにいつも座っていた、髪の長い大柄な男。
彼は今どこで何をしているのだろう。玲音も今不安定な状態にあるようだった。
昨夜、また叫び泣く声が聞こえてきた。竜牙を失った悲しみからなのか。
レノはやはり玲音と気が合わないのか、僕の隣で、少し席を離して食べていた。
無愛想で、何考えてるか分からない奴。プライドが高い事意外はわからない。

すると、新入りだと思われる茶色に近い金髪の、不精ヒゲを生やした30代くらいの
男が、近づいてきた。レノの前の席を指して、「ここ、いいかい」と言った。
「俺はリードっていうんだ。よろしくな」
そう言うと、真っ先に握手を求めたのはレノでも僕でもなく、玲音。
玲音はとても嬉しそうにしていた。

この男なら、玲音を守ってくれるかもしれないな・・・
僕は直感した。


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信じた人に裏切られる事はよくある。でも今それをここでして欲しくはなかった。
僕は心が弱っている病人だから、せめて楽な状態でいさせて欲しかった。
でも、何かがそれを許してくれない。結論から言うと、僕は自分の財布を
ブッチャーに盗られた。財布がないのに驚いて、辺りを探したら、ブッチャーの机の上に
あっさり置いてあった。間違いなく、僕の財布だ。
ブッチャーはそれについて謝るどころか、笑って言い訳した。「盗んだんじゃない。
移動させただけだよ」と。
ブッチャーに対する僕の信頼は、粉々に壊れた。もう退院まで、元に戻る
事は無いだろう。

もし入院に憧れた昔の自分に何か一つ教えてあげられるならば・・・
今何て言うだろう。「病院は生き地獄だよ。やめておけよ」そんなところかな。
僕は普通ではありえない体験をいくつもしてきた。幻覚、妄想、救急車、入院・・・
経験が豊かになった事には感謝しているけど、もう一度同じ人生をやりたいとは思わない。
色んな経験を積んで感じた事は、僕の心は汚れるどころか、ヘドロに洗い落とされて磨かれ、
逆にピュアになっている事だった。

 


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そのリードという男は、年齢不詳だが不精ヒゲにも関わらず薔薇の花が
似合うような麗しいところがあり、立ち居振る舞いも外国人セレブのような上品な
感じのする、閉鎖病棟に似つかわしくない男だった。
ただし、話してみると笑顔の裏に、どうしようもない翳りがある。この男は統合失調症
ではないな、と僕は直感した。話は玲音などのように滅茶苦茶ではなく、受け答えもしっかり
している。しかしどこか陰鬱な感じがするのだ。

「リード、お前みたいにまともな奴が、どうして閉鎖なんかに?」僕は尋ねた。
「それはこっちのセリフだろう。ジュナンのように普通に会話できる奴、ここでは
お前だけだぜ」
「僕は・・・規則を破っちまったから」
「そんなところだろうと思ったよ」リードは長い睫毛を閉じた。ただ話しているだけなのに、
彼の表情には深い哀愁を感じる。「俺は保護室から出てきたばかりなんだ。自殺を図ってさ」
「自殺!?・・・どうして」僕は目を見開いた。「会ったばかりのお前にはやめておくよ。
いつか話すな」
僕の退院日は27日なのに。言おうかと思ったのだが、やめておいた。
「辛かった。苦しかった。ただそこから逃れたかっただけなのに。
何で俺は助かってしまったんだ・・・」
リードは非常に疲れたような顔をしていたので、僕は彼をどの部屋だか知らないが、連れて行こうと
思った。視線がテーブルの上のあたりをいたずらに彷徨っている。
本気で彼は、倒れてしまうかもしれない。そう思った。
「あっリード、ここにいたの」聞き覚えのある、嬉しそうな声。
「レイン・・・」リードの翳のある表情が、少しだけ和らいだ。
「ねえジュナン、リードは僕と同じ部屋なんだよ」玲音は心から嬉しそうに言った。


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「レイン、お前の部屋か」
「うん」だからあのとき、最初に握手したのは・・・
「リードが今にも倒れそうだから、支えて連れていってあげてくれないか」
リードの息遣いが荒くなる。ソファにもたれ、息ができないようだ。
パニック発作だろう。だから死ぬ事はないはずなのだが。
「ジュナンも一緒に来てよ」玲音が僕の裾を引っ張った。

僕は特別に、玲音の部屋に入れてもらった。
玲音は自分の3人部屋の真ん中のベッドにリードを横たえると、掛け布団を
かぶせた。リードがはあはあ、と荒い息をするのが聞こえる。
「僕もよく前は起こしたけど、これはたぶんパニック発作だ。看守に言わなくても
問題ない」
「リスパダール、もらったほうがいいかな、どうしよう」玲音は判断しかねている様子だった。
「自分で取りに行かないと、出してもらえないだろう。看守はそういう奴らだ。
少し落ち着いたら、僕がリードを支えて、連れていく」
「じゃ僕も行く」

こんな時、自分だったら一番してもらいたかった事は・・・
あの時、母さんがしてくれたように。
僕は、リードの右手を強く握った。握って、放さなかった。
リードは、疲れ切ったような目で、僕を見た。
「あ、りが・・・とな」
その悲しそうな表情が、未だに僕には忘れられない。


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ブッチャーは一人っ子と自分で言っていたが、本当に一人っ子らしく、わがままで
お坊ちゃまだ。ああ言えばこう言う。言い訳ばかりして、欲しいものが人のものなら
必ず奪う。努力しようともしないで、いつも嘆いている。僕はああいう風にはなりたく
ないな。

気がつけば、自分の部屋の戸のところにリードと玲音がいた。
「たまにああなるのさ、俺は。気を遣ってくれてありがとうな」
「だいぶ良くなったみたい。あとは僕がなんとかするから、ジュナンは心配しないで」
レイン・・・
お前、強くなったな。殴り合いのケンカして、竜牙にくっついて守られて、
泣き叫んで・・・ずっとそんなだったのに。玲音が人を守るなんて、
いつの間に成長したんだ、お前・・・
「ちゃんと一緒にリスパダールももらってきたし。ねえ」
「あっ、忘れてた」僕は赤面した。
リードの顔が暗いながらも、少しほころんだ。

「ところでリード、そろそろジュナンが退院するんだって、知ってた?」
「マジかよ」リードはそれしか言葉がなかった。「せっかくこれから色々話そうと思って
たのに」
僕らには、もう時間がないんだ。

 



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