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そして、その「永遠」の朝が来た。

朝食の時までは、竜牙は一緒にいた。無論、隣で食べた。
「なあ、あとでちょっとトイレに来いよ」僕が提案した。
トイレは一枚大きな壁があって、入り組んでいる。人に見つかりにくい。
監視カメラなどあるのかもしれなかったが、僕にはどうでもよかった。
「トイレ?何だよ急に」竜牙は少し驚いたようだった。
玲音は正直、ちょっと嫌そうな顔をしていた。僕ら二人だけの秘密がある事が。
「じゃ、僕も行く」
しゃーねーな。玲音もついてくる気まんまんのようだった。

誰もいない、白い無機質な壁のトイレ。
壁のこちら側で、僕は思い切りもう一度、竜牙を抱きしめた。
竜牙は素直に受け入れてくれた。そこにあるのはもう包丁を振り回すイカれた病人の
姿ではなく、何もかも乗り越えた僕らの憧れのリーダーの姿。
「リュウ、僕もお前みたいになりたいよ。二度と入院なんかしない」

リュウの胸は、どこまでも広く、温かい。おまけに、竜牙は僕の背中を少し
さすってくれた。僕の目からもう一度涙が溢れ出た。「リュウ・・・」
「ぼ、僕も、僕も!」玲音も竜牙のそれより少し小さい両手を広げた。
竜牙は同じように、玲音を抱きしめた。この男は玲音を「汚い」などと決して思わない。
心の通じ合った、わずか数秒の抱擁だった。

荷造りを終え、看守が珍しく嬉しそうな顔で迎えに来ると、竜牙はどこかへ
旅立っていった。

 

 


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竜牙がいなくなってから、僕はしばらく放心状態だった。
何もせずに、レクにも参加せずにベッドの掛け布団の上に横たわっていた。
これからどうしよう?僕が玲音を守るのか?
いろいろな言葉が、頭で渦巻いては消えていった。

ここにいたら、常に大人である事を求められる。自分よりずっと大人気ない大人もいるし、
守らなきゃならないルールがいっぱいあるじゃん?ルールやそいつらと上手く付き合って
いかなきゃならない。
でも24歳なんてまだガキじゃない?社会とか自然とか地球規模で起こってる事なんか何も
知らないし、大人のふりをしていたって、やっぱりガキはガキだよ。でもガキとして扱われるのも
嫌なんだ。僕はね。どっちかにしろよ。
いずれにしても、僕だけじゃダメだ。玲音には、守ってくれる大人が必要なんだ。
その大人を探す事が、僕の役目なんだろう。

今日の昼過ぎ、守り神様と他の人がケンカしていたようだ。「ようだ」というのは、遠くの部屋から
怒鳴り声と奇声が聞こえてきたからだ。と言っているうちに、守り神様はなんと僕の部屋にまで
侵入してきた!
ざけんなよ、またくたばりたいのか、お前・・・
しかし、廊下で人が見ているかもしれない。僕は首根っこをつかむと、そいつを部屋から追い出し、
戸を閉めるにとどめた。ただの正当防衛だ。
僕の退院の日はもう決まっているんだから。邪魔はいらない。


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美味いブラックコーヒーは、切ない味がする。お菓子と一緒に食べると、とっても
甘くて切ない。今の気分もあるかもしれないが。
風呂に入ってきた。シャワーだけ浴びて、髪と体を洗って外に出た。着替える場所は
本当に寒かった。
そして、僕が生きている証拠を本当に説明できるもの・・・僕は手に入れた。
ブラックコーヒーの無糖。甘すぎるものは、無糖のブラックと一緒に飲むととても
相性がいいんだ。WONDAのは量が少ないのが残念。他社も同じかもしれないが。
でもアイスコーヒーに敵うような趣味はないよ。
ブラックでも甘いのは何がいいかわからない。

そういえば、僕はミルクティーも抹茶もだいたい飲み物は好きだよ。炭酸飲めるし、
嫌いなのは果汁の少ない砂糖臭い味のジュースくらいだな。

きららから、返事がまだ届かない。入院中で、いつ退院するかわからないから、
送りにくいんだろう。僕はいつも飢えているんだ。何にかは、あえて言わない。


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いつものように、夕食前窓の外を見ていた。
姉さん・・・あれは幻だったのか?答えてくれよ。
もう一度会いたいよ。もう一度会って、フィリピンでの生活の事、夫の事、
何でもいいから聴かせてくれ。
晩秋の窓の外を、寒い風がただ、通り過ぎる。

そのとき、僕は見つけた。
その女性も、気付いたようだった。少し雨が降っているのか、ナイロンのピンクのパーカの
フードをかぶった、はやみんが大きな瞳でこちらを見ている。
はやみんは僕をみつけるなり、何か大声で叫んでいるようだった。何か必死に、
伝えようとしている。でもここは病院。普通のガラスではないのだろう。何も聞こえない。
「はやみん、聞こえない・・・よ。聞こえない」
もちろん手話など知っているはずもない。
はやみんの目から、そのうち涙がこぼれてきた。何を言っても伝わらない。ドンドンとガラスを叩くが壊せるはずもない。
それに、こんな夕食時、叫ぶこともできない。おっさん達が後ろで見ているだろう。
「はやみん・・・グッバイ」
僕のせめてもの気持ち。僕はガラスに唇をあずけた。ありったけの熱と優しさをこめて。
はやみんも、それには気付いたようで、ガラスに唇を重ねた。唇に残るのは、ただただガラスの冷たい
感触。
僕は、はやみんを卒業したんだ。もうこれが最後のキスさ。
たった2,3秒の冷たいキス。
そのあと、はやみんの口が何か動いた。涙がはやみんの口のところまで来ていた。
「あ、り、が、と、う」
僕にははやみんがそう言ってくれたように感じた。

パーカを再び頭にのせ、はやみんが走ってゆく。
「ありがとう」僕は誰もいない真っ暗なガラスに向かって呟いた。


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玲音が突然「死にたいです、ヒモをください」といって部屋に入ってきた。
僕はアセったが、こんなとき竜牙ならどうするだろう?と考え、腕を優しく
包むように支えて、ナースステーション前に連れていった。
玲音を苦しめたのは、レノとの会話。レノは普段から玲音を「臭いっす、気持ち悪いっすよ」
と言っていたから、それがどこからか伝わったんだろう。
どうもレノと玲音は合わないらしい。僕は何か明るい話題でも提供しようとしたが、
玲音が文字通り「幽霊のように」落ち込んでいて、何も慰めることもできず、結局
それぞれの部屋へ帰ることとなった。

レノは20代にもなって、「見た目の汚いものは、心も汚い」と思い込んでいるのだろうか。
それはマンガの世界の話だ。
そうじゃない、逆のものがいっぱいあるんだよ。見た目どんなにナルシストで優しそうでも、
心の何と汚いことか・・・そんなのそこら中にいる。僕らはまだ若いから経験が無い。
見分けられないけどね。



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