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ブッチャーがまた泣いていた。僕はまた慰めようとして、「どうした?」
と聞いた。彼は父親が「汚いやり方ばかりする最低な奴」と言っていた。原因の詳しい
ことはその話ではわからなかったが、「聴いてくれてありがとう」と言ってくれた。
そうだな、相手が理解しているか不明でも、話を聴いてくれたら嬉しいもんな。

面会があって、カフェで母と話した。面会の時だけ、病棟の外に出る事が許される。
コーヒーフロートを飲んだ。ブラックはここのが一番美味しいな、と思った。
マックのもおいしいけど、自販機の前飲んだやつは物足りなかった。それにアイスが
乗ってる。誰が考えたんだろう?大発明だね。
母は、自分の話はあまりしなくて、僕が自分のブタ箱での生活を一方的に話すという
感じだった。少しろれつが回らなくて、話しにくかったが、だいたいの意味は伝わったと
思う。「家畜」「看守」という言い方には引いたようだった。でも本当にそうなんだよ。
逃げないように、小屋に鍵かけられて、閉じ込められるなんて人間じゃない、豚だ。
二重の金属扉があるんだよ、閉じ込めるために。


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いじめに遭っている(と本人が言っている)いつも虚ろで寂しげな玲音を最近、
守ってやろうと思うようになった。僕はお人よしなのか・・・今月洗ったのかもわからない
ぼさぼさの髪、ガサガサの肌、目はクスリの副作用でおかしな方向に黒目が動いて
しまっている。いじめに遭わない方がどうかしている、とでも言いたくなる。
でも、竜牙はそろそろいなくなるんだ・・・玲音は、見た目こそあれだけど、本当は
優しい奴なんだろう。竜牙がいなくなったら、誰が玲音を慰める?誰が玲音を
かばってやれる?僕しかいないはずだ。新しく誰かが入ってくるまでは・・・
いつも何かに怯えているような顔をしている。過去に何か辛い事があったのだろう。
僕に誰かを助け、守るような力はあるだろうか。

いつも男子トイレ前に座っているボケ老人がいて、時にはどこのトイレを使うかを
指示してくる。初め来た時にはうっとうしいと思っていたが、今は僕は彼が自分を
トイレの守り神様だと思っているのだと確信している。
彼はここのトイレを守りたいのだろう、いつも入り口のところに立っている。
本当にいつもいつも、点呼の時と真夜中以外はいるので、何だか哀れになってしまう。
通る時に水をかけたり、殴ったりする人もいるという。僕は前は殴ったが、何だか
可哀想で今は無視するだけだ。


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今日、トイレに行った時、入り口でかがんでいたトイレの守り神様が立ち上がり、
なんと、いきなり僕の首を絞めてきた。「う・・・うわ・・・ゲホ、ゲホ」僕は全身の
力を使って意外と強いその両手を払うと、守り神様に対する憐れみよりも、怒りが
こみあげてきた。この男には理性がないのだ。
僕は思い切り右手で守り神様の頬をはり倒した。守り神様は衝撃で少し吹っ飛び、
汚れた壁に頭をぶつけてうずくまった。僕はもう許せなかった。さらに腹を2、3発
蹴った。看守に見つかると悪いので、さっさと用を足し、逃げた。どうせあいつなら
僕から受けた被害を看守に伝える事もできないだろう。
守り神様に、同情などいらない。僕はそう思った。

僕は将来、あのボケ老人のようになるのか?ボケるってどんな気持ちなんだろう?
わからないが僕はそうなったらおしまいだ。あんな風になりたくないよ。

もし僕がボケたら、守り神様のようになったら、殺してくれ・・・死んだ方がマシだ。
精神病院に幽閉され、治る見込みもないのにクスリを飲まされ、いじめられて、
叩かれて、蹴られて、首を絞めて・・・なんて寂しい人生なんだろう。

 

 


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朝一にある人に「お前って意外とキツいね」と言われ凹む。
自分ではキツいと思わないけど。

昨夜は、僕はよく眠れなかった。ブッチャーが物を叩いたり、声をあげて泣いたり
してた。僕はよく母さんが小さい頃僕にしてくれたように、ずっとブッチャーの
手を握っていた。
僕の中に、「誰かを守る」という新しい気持ちが生まれようとしていた。

朝のインスタントのUCCは正直カフェのコーヒーには劣る。でも何もないよりは
マシだ。朝、今日も何かしてやろう、という気持ちになる。
今日は休日なのでヒマだ。折り紙で箱を作る作業をやっていた。

玲音は入院してもう2年になるという。まさにベテランなのか、箱を作るのも
速く、意外と上手かった。僕はなかなか作れない竜牙の方を手伝っていた。
「もう嫌だぜ、こんな作業」僕は少し笑ってしまった。竜牙の箱はどこで
間違えたのか、風船の膨らみそうにないやつ、何とも言い難い形状に
なっていた。何もかもできるように思える頼れる男の意外な弱点。
手先が不器用だったのだ。

「そういえば、リュウ、手の震えはもう直ったのか」僕が言った。
見たところ震えている感じではない。
「おお、それなら診察でクスリ変えてもらったらよくなったぜ。
心配かけたな」
「リュウ・・・」僕は竜牙の心遣いに少しときめいてしまった。
「ジュナン、どうしたの」玲音が覗き込んで言った。
「いや、なんでも・・・」
「クスリって、恐ろしーぜ」竜牙が腕を組んで言った。

 


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何だか、あっという間に昼になってしまった。レノとブッチャーと竜牙は
何も言わずカーテンからもれる水色の光に包まれ、寝ている。
そしてすぐに夜がやってくる。
退院の日が、実はもう決まっている。この入院生活も、あっという間に終わって
しまうのかな。
ここから出たくて仕方ない時もあったけど、今はもう何か昔から住んで育ってきたような、
懐かしい気持ちでいっぱいだ。

夜、大の方のトイレを出ると、例のボケ老人に「今日は下痢便だった?」などと
訳のわからない、根も葉もない事を尋かれた。僕はまったく目もあわさずに
通り過ぎた。
そうだ、明日はブラックコーヒーを飲もう。甘い物にはブラックが一番さ。

「レイン・・・」
退院の日を控えて、その日の晩、竜牙がつぶやくように言った。独り言のようでもあった。
ベッドから半分体を起こして、何か考えに沈んでいるようだった。
「どうかしたか」僕はなんとなく気になって、尋ねた。
「俺がいなくなったら、レインはどうなるんだ?また元の生活に戻るのか?
知らないだろ、元々あいつがブタ箱でどんな生活をしてたか。俺も聞いたから
知ってるだけだけど」
竜牙は何か悲しそうな顔でずっとベッドの上を見ていた。

 



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