閉じる


<<最初から読む

146 / 202ページ

145

おはよう、朝だよ・・・こんな僕の所にも日が昇る。
夜明けとかは無論、見えない。カーテンをブッチャーたちが閉め切ってしまっている。
一人部屋のようにはいかないんだ。
朝は平等だな・・・外で見上げて空気を吸い込むなんてできないけど。

ラジオ体操をおバカな小学生よりずっと真剣にやった。
僕は真面目にやるのが好きで、かっこつけた中学生がたらたらやってるのを
見るのが嫌いだ。みっともないな。

話題変わるけど、何か一つを選ぶ事ってすごく勇気のいる事でないかい?
健常者のフリを捨てて、入院する事。世間の目を捨てて、障害者になる事。
凄く勇気の要る事を僕はすべて乗り越えてきた。そのかわりに得られたものも大きいし、
捨てたものについて後悔はしてないよ。僕はたくさんのものを捨てて、別のものを手に入れた。
まだ入院の途中だけど、なんとかなりそうだ。

昼食の頃、玲音がまた泣き叫んでいた。正直、自分の部屋にいても聞こえた。
何事があったのかと思って、玲音の部屋まで行ったが、他人の部屋には勝手に
入ってはいけない事になっている。それが、規則。
ベッドの上にうずくまる玲音を見ていた。「ジュナン、来てくれたの・・・?」
玲音は大声を出しつくして枯れた声で答えた。

竜牙にあとでその話をすると、「あいつ、実はな、障害年金もらってねんだよ・・・
大声ではいえないけどな。兄さんがいなきゃ本当に強制退院になるぜ。
申請が手遅れなのか、頭がやられててやり方が分からないのか、どっちかだな。
不公平だよな。あいつの方が障害重いのに。
せめて、両親がいりゃなんとかなったのにな・・・」

 


146

あの障害の重さで、年金をもらっていない・・・!ジュナンには想像がつかなかった。
両親もいない。兄と連絡がとれない。こんな小汚いブタ箱の中で苦しそうな息を
して生きてる。本当なんだ、たまにシューッっていう苦しそうな息の音が聞こえる・・・
まともに喋る事もできない。聴いているだけで、健康な人の頭が混乱してくる
ような喋り方しかできないのだ。

嗚咽の止まらない玲音の肩に手をまわして、何も言わない竜牙。本当に心が
通じ合っているのだろう。僕はあんな風にはなれない。玲音のぼさぼさの茶色い
髪の毛とガサガサの肌を「汚い」と思ってしまう僕がどこかにいて、でも「助けて
あげたい」と思う心も一方でどこかにあって、せめぎ合っている。
竜牙の退院日が決まったらしい。後に残された僕は、本当に玲音を守れるのか?
僕が誰かを守る?そんな事ができるのだろうか。

さて、今日はお金の事ばかり考えていたから、お金の幻聴が聞こえるように
なってしまった。「おい、金出せ」みたいな。
事務所に金を振り込む手続きもあって、相当疲れてしまった。
そんな事イカれた奴にできるわけないだろ!早く寝るね。


147

誰かにしょっちゅう名前を呼ばれるんだけど、誰もいない。
振り返ってみると誰もいない。どうしてだろう。
一気に寒くなってきたな。テレホンカードで公衆電話から電話して、母に
服の冬物を持ってきてくれるように頼んだ。

自分がしっかりしなきゃ。ここでは誰も支えてくれない。
二本の足で、しっかり立つんだ。
そう言いながら、食事の並ぶ列のところでいつも座り込んでしまう僕。
本当に自立できるのか?

とりあえずRed Hotを大音量で聴いてみた。昔の曲なのに古くないのは
どうしてだろう。僕の頭が2000年代でストップしているからかな。
アイドルにははやみんを除いてついていけないや。キャピキャピしてるの嫌いだ。
同性の曲の方が落ち着く。

一週間ぶりに風呂に入った。前回はサボタージュしていたから。着替えもいい加減な
感じで、下着は替えてるけど、上の服を替える気力がないほど鬱なときがよくある。
下もね。
今日は入浴にすべての気力を使い果たしてしまった。もう寝たいよ。
午後3時だけど。

 


148

薬剤師と面談があり、長い時間かけて失ったものを再構築するために、
筋力が落ちているだろうから少しずつ運動を始めろと言われた。
なるほど、僕は筋力がないので、列に並んでいても座り込んでしまう。
それを何年もかけてまた作れというらしい。アホか。
やる気の失せるありがたーいお言葉だったわけだ。

部屋にいた時だ。しまぞうが外から鳴いてる。高いコンクリートの塀があり、どの
猫かまではわからないが、あれはしまぞうに違いない。
しまぞう、もう僕はそこには行けないんだって。ここは閉鎖病棟。外へは出れない。
お別れなんだよ。二度とおまえに会う事はできないんだ。ここは開かない窓の中
だから。本当に悲しいね、残酷だね。

水色のカーテンを開ける。ブッチャーやレノがタバコの時間でいないので、思い切り開けた。
塀の向こう側は見えないが、しまぞうは今日もどこかで鳴いている。
もう一度お前を抱き上げたいよ。でも、できないんだ。


149

エルレのSalamanderはいつ聴くのが一番いいかと思ったら、夜聴くと一番しっくり来る気が
した。朝とか明るい時間帯にはあまり向かないようだ。
Salamanderを聴いて一日が終わる。今日はいろいろあったけど、楽しい事もあったな。全体的に
生きてる感じがあった。ただ寝てるだけじゃ、生きてる実感なんてないよ。色々と
不愉快な事も含めて起こるから、それが僕を目覚めさせ、やる気にさせてくれる。
明日も充実した日になるといいな。

神様から与えられた宿題なんてさ、やればいいんだよ。
赤点でもいいんだよ。ただ最後までやらないと。
僕はこういう、ごく当たり前の事に今まで気付かずにきた。
投げ出して逃げることばかり考えてたさ。でも逃げられなくなってようやく
気付いたんだよ。認めて乗り超えなければならない宿題がたまってるって。
完璧にできなくてもいいから、逃げちゃいけないんだよ。

ブッチャー、レノ、竜牙の3人が、タバコから帰ってきた。
「お前、何聴いてんだ」竜牙が言った。
「エルレだよ、ELLEGARDEN」
「それって有名なの?」ブッチャーがまばたきした。レノは「なんとなく知ってるかもしんないっす」
竜牙は「もしかしてお前、洋楽ロックとか好きな方?」
「ああ、洋楽も聴くな」
「俺、リンキンパークとかグリーンデイ好きだぜ」竜牙がフフッと笑った。
「僕もリンキンパーク好きだ。Numbとか」
「おお、それカラオケで歌った事ある」竜牙が目を輝かせて言った。
「I become so numb! あとなんだっけ」竜牙が笑うと、僕も楽しい。
「続き忘れたけどな」
「いろいろ知ってるっすね。ウォークマン見せてくれっす」レノが覗きこんだ。
「うわぁ・・・洋楽ばっかり、こんなにたくさん」ブッチャーも仰天していた。
「すげえっす。ある意味尊敬するっす。何曲になるんすか」
「容量いっぱいまで入ってるよ」
「紙に書いてメモっとくから、いいバンド教えてよ」
ブッチャーたち三人は紙に何かメモしたようだった。

竜牙・・・
ほんとにあと数日で、いなくなっちゃうんだな。
こんな夜は永遠に続きそうに感じるのに。
いつの間にか別れの朝が来て・・・

まだ、僕にはやり残した事がある。

 



読者登録

雨野小夜美(おけちよ)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について