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ホールで、朝食を待っていた。朝食の前には、必ず病棟の方に鍵がかけられる。
家畜並みの扱いだ。
玲音が座り込んで苦しそうな音を立てていたので、背中をさすってあげた。

朝食後、玲音が手招きして言った。
「ジュナン・・・やっと僕『ジュナン』って言えた気がする。
ジュナンって優しい人だったんだね。竜牙が来る前は、あんなに冷たかったのに」
「おーい、妄想の世界に入りなさんな」竜牙もいつの間にか来ていた。
「俺の方が先に入ってたよ。ジュナンは元から優しい奴さ」
「そうなの・・・?」玲音は信じられない様子だった。いや、信じようか信じるまいか
迷っているような表情をしていた。
「年は下だけどよ、お前よりずっと分別があって、お前の新しい兄貴だぜ。
きっとお前を守ってくれる。信じろ」
「う、うん」玲音はよくわかっていない様子だった。

僕に、分別があるだと・・・?
僕は、竜牙に頼りにされている・・・?

閉鎖になって変わった事といえば、茶わんを分けて返却しなくてもよくなった事、
トイレが綺麗になった事、掃除をしなくても良くなった事、叫び声や怒声がしょっちゅう
聞こえる事。それくらいだ。
解放の方がずっと楽しかったよ。あと、小遣いが制限される事。自販機に金の微糖の
冷たいのが無い事。
でも昨日はよく寝た。耳栓のおかげだ。
なぜか、ここに来る前からポケットに耳栓を入れていた。本当に偶然だ。
それが役に立つとは思わなかった。


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今日の午後は、中止になっていた運動会の残りがあった。
クイズで7問目まで生き残った。気分がいい。
というか僕はレノにずっとついていっただけなのだが。彼はなんとなく無表情だが
悟りすましているような超人的なところがあり、適当についていったら
なんと7問正解してしまった。ちなみに最後の最後でレノと違う方を選んだ
ら、外れた。レノは全問正解だった。もっと信用すればよかったな。

いつもはまるで見えない未来というものが、今日は青空のすぐ下あたりまで来ている
ように思えた。ひさしぶりに浴びた太陽のあたたかみ。もちろん看守の監視の
下だけど。僕は空に太陽がある事さえも忘れかけていた。
景品がいくつかもらえたけど、いつ僕の手元に来るのだろう。看守が箱に入れて
持って行ってしまった。

「おやつ、くださいっす」
いつものレノは決まってこれだ。なのに今日のクイズでは人格が変わったようだった。
おやつをねだる以外は、おとなしい無口な青年なのだが。

 


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日のリハビリ室での勉強会では、幻聴や妄想について話し合った。眠かったけど、頑張って
発言した。自分の心の中の声が幻聴に近いものである事を聞けてよかった。
疲れてトイレに入ろうとしたとき、「トイレの守り神様」に服をつかまれた。
そんなに強い勢いでひっぱられたら、お気に入りのセーターが伸びてしまう。はじめ、
「やめて、やめてください」と言っていた僕も、ついに堪忍袋の緒が切れた。
僕は体術を習ったことがないので回し蹴りなんかはできないが、守り神様を両手で
つき飛ばし、更に繰り返し蹴った。手をグーにして殴った。「こいつになら勝てる」
という勝算があった。
守り神様をボコボコにしたところで、ようやくトイレに行く事ができた。

疲れて、しかもボケ老人にしがみつかれてヘトヘトな状態の僕だけど、僕は
何かしらの夢を見つけられるような気がしている。
閉鎖病棟。そんな所にも光は少ないながらも届き、僕はなんとか生きてるよ、
きらら、はやみん、G,アゲハ・・・!


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まだ若い、経験のない僕は入院すればすべて楽になって、穏やかに療養できるのだと
思っていた。ところが全然違うんだよ。

こうも休めないうるさい環境で、怒鳴り声と罵声、奇声ばかりの環境で、何が療養
だよ。ノイローゼになりそうだよ。クスリは僕に合ったけど、それだけ。家に帰りたい・・・

あの雷の日から、外は快晴のときも、どんよりした曇り空のときも、僕は夕方になると
透明な窓の前のベンチに座って、外を眺めるようになった。あれは、姉さんだったんだ。
姉さんだったんだ・・・!僕を忘れないでいてくれたんだ!
立ち上がって窓の外を見回すが、今日も誰もいない、日が沈み、辺りは少し暗くなりかけて
きていた。
林がざわめいて、音は聞こえないが、冷たい風が吹いている事は容易に想像できる。
こんな寒いところを、しかし解放病棟の人はたまに上着を着て通るのだった。
顔見知りもいたが、タイラーにはまだ一度も会えていない。会いたいな・・・

タイラーとずっと、このまま退院までいられると思ってた。しかし、入院はそんなに甘くなかった。
タイラー、寂しいよ・・・
窓の外は群青色になって、ほぼ誰も見えなくなった。夕食のアナウンスが入ったので、
トイレへ行って鍵の中に閉じ込められよう。夕食の時間だ。


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おはよう、朝だよ・・・こんな僕の所にも日が昇る。
夜明けとかは無論、見えない。カーテンをブッチャーたちが閉め切ってしまっている。
一人部屋のようにはいかないんだ。
朝は平等だな・・・外で見上げて空気を吸い込むなんてできないけど。

ラジオ体操をおバカな小学生よりずっと真剣にやった。
僕は真面目にやるのが好きで、かっこつけた中学生がたらたらやってるのを
見るのが嫌いだ。みっともないな。

話題変わるけど、何か一つを選ぶ事ってすごく勇気のいる事でないかい?
健常者のフリを捨てて、入院する事。世間の目を捨てて、障害者になる事。
凄く勇気の要る事を僕はすべて乗り越えてきた。そのかわりに得られたものも大きいし、
捨てたものについて後悔はしてないよ。僕はたくさんのものを捨てて、別のものを手に入れた。
まだ入院の途中だけど、なんとかなりそうだ。

昼食の頃、玲音がまた泣き叫んでいた。正直、自分の部屋にいても聞こえた。
何事があったのかと思って、玲音の部屋まで行ったが、他人の部屋には勝手に
入ってはいけない事になっている。それが、規則。
ベッドの上にうずくまる玲音を見ていた。「ジュナン、来てくれたの・・・?」
玲音は大声を出しつくして枯れた声で答えた。

竜牙にあとでその話をすると、「あいつ、実はな、障害年金もらってねんだよ・・・
大声ではいえないけどな。兄さんがいなきゃ本当に強制退院になるぜ。
申請が手遅れなのか、頭がやられててやり方が分からないのか、どっちかだな。
不公平だよな。あいつの方が障害重いのに。
せめて、両親がいりゃなんとかなったのにな・・・」

 



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