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きららから返事があった。嫌いな看守が手紙を持ってきた。
『家畜・・・きっと、看護師さんたちはそんな風に思ってないよ。ストレスがたまって
たんじゃないかな』
違うよ、僕は本当に家畜なんだ。狂いそうなんだよ・・・
『私ね、新しい夢ができたの』
夢・・・そんなものない。この地獄にはない。
『夢見がちになるのはもう諦めたよ。世界中の人を癒すなんてできっこないもの。
でもささいな事だけど、私、あなたを癒せる人になりたいの。
絶対、あなたの病気を癒すわ。
まだ正式じゃなくて、学生だけど、頑張るね!』

僕を癒してくれるのか?きらら、なぜ・・・
価値のない僕なんかを、なぜ選んだんだ?将来ある美しい女性が・・・
不思議でたまらない。
それとも僕にそれほどの価値があるというのか?
『生きてる意味はね、探すものじゃなくて、見えるものなの。
必死で探そうとしてるから、心が苦しいのよ。
あなたの地平線に、早く太陽が昇りますように』

タイラーに言われた通り、僕は泣き虫であるようだった。
正直、読みながら泣いた。手紙にしみをつけてしまった。

手紙の最後は、こう締めくくられていた。
『いつか、その意味が見える時が来るわ・・・』


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ホールで、朝食を待っていた。朝食の前には、必ず病棟の方に鍵がかけられる。
家畜並みの扱いだ。
玲音が座り込んで苦しそうな音を立てていたので、背中をさすってあげた。

朝食後、玲音が手招きして言った。
「ジュナン・・・やっと僕『ジュナン』って言えた気がする。
ジュナンって優しい人だったんだね。竜牙が来る前は、あんなに冷たかったのに」
「おーい、妄想の世界に入りなさんな」竜牙もいつの間にか来ていた。
「俺の方が先に入ってたよ。ジュナンは元から優しい奴さ」
「そうなの・・・?」玲音は信じられない様子だった。いや、信じようか信じるまいか
迷っているような表情をしていた。
「年は下だけどよ、お前よりずっと分別があって、お前の新しい兄貴だぜ。
きっとお前を守ってくれる。信じろ」
「う、うん」玲音はよくわかっていない様子だった。

僕に、分別があるだと・・・?
僕は、竜牙に頼りにされている・・・?

閉鎖になって変わった事といえば、茶わんを分けて返却しなくてもよくなった事、
トイレが綺麗になった事、掃除をしなくても良くなった事、叫び声や怒声がしょっちゅう
聞こえる事。それくらいだ。
解放の方がずっと楽しかったよ。あと、小遣いが制限される事。自販機に金の微糖の
冷たいのが無い事。
でも昨日はよく寝た。耳栓のおかげだ。
なぜか、ここに来る前からポケットに耳栓を入れていた。本当に偶然だ。
それが役に立つとは思わなかった。


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今日の午後は、中止になっていた運動会の残りがあった。
クイズで7問目まで生き残った。気分がいい。
というか僕はレノにずっとついていっただけなのだが。彼はなんとなく無表情だが
悟りすましているような超人的なところがあり、適当についていったら
なんと7問正解してしまった。ちなみに最後の最後でレノと違う方を選んだ
ら、外れた。レノは全問正解だった。もっと信用すればよかったな。

いつもはまるで見えない未来というものが、今日は青空のすぐ下あたりまで来ている
ように思えた。ひさしぶりに浴びた太陽のあたたかみ。もちろん看守の監視の
下だけど。僕は空に太陽がある事さえも忘れかけていた。
景品がいくつかもらえたけど、いつ僕の手元に来るのだろう。看守が箱に入れて
持って行ってしまった。

「おやつ、くださいっす」
いつものレノは決まってこれだ。なのに今日のクイズでは人格が変わったようだった。
おやつをねだる以外は、おとなしい無口な青年なのだが。

 


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日のリハビリ室での勉強会では、幻聴や妄想について話し合った。眠かったけど、頑張って
発言した。自分の心の中の声が幻聴に近いものである事を聞けてよかった。
疲れてトイレに入ろうとしたとき、「トイレの守り神様」に服をつかまれた。
そんなに強い勢いでひっぱられたら、お気に入りのセーターが伸びてしまう。はじめ、
「やめて、やめてください」と言っていた僕も、ついに堪忍袋の緒が切れた。
僕は体術を習ったことがないので回し蹴りなんかはできないが、守り神様を両手で
つき飛ばし、更に繰り返し蹴った。手をグーにして殴った。「こいつになら勝てる」
という勝算があった。
守り神様をボコボコにしたところで、ようやくトイレに行く事ができた。

疲れて、しかもボケ老人にしがみつかれてヘトヘトな状態の僕だけど、僕は
何かしらの夢を見つけられるような気がしている。
閉鎖病棟。そんな所にも光は少ないながらも届き、僕はなんとか生きてるよ、
きらら、はやみん、G,アゲハ・・・!


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まだ若い、経験のない僕は入院すればすべて楽になって、穏やかに療養できるのだと
思っていた。ところが全然違うんだよ。

こうも休めないうるさい環境で、怒鳴り声と罵声、奇声ばかりの環境で、何が療養
だよ。ノイローゼになりそうだよ。クスリは僕に合ったけど、それだけ。家に帰りたい・・・

あの雷の日から、外は快晴のときも、どんよりした曇り空のときも、僕は夕方になると
透明な窓の前のベンチに座って、外を眺めるようになった。あれは、姉さんだったんだ。
姉さんだったんだ・・・!僕を忘れないでいてくれたんだ!
立ち上がって窓の外を見回すが、今日も誰もいない、日が沈み、辺りは少し暗くなりかけて
きていた。
林がざわめいて、音は聞こえないが、冷たい風が吹いている事は容易に想像できる。
こんな寒いところを、しかし解放病棟の人はたまに上着を着て通るのだった。
顔見知りもいたが、タイラーにはまだ一度も会えていない。会いたいな・・・

タイラーとずっと、このまま退院までいられると思ってた。しかし、入院はそんなに甘くなかった。
タイラー、寂しいよ・・・
窓の外は群青色になって、ほぼ誰も見えなくなった。夕食のアナウンスが入ったので、
トイレへ行って鍵の中に閉じ込められよう。夕食の時間だ。



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