閉じる


<<最初から読む

137 / 202ページ

136

最近、同じ部屋の連中が僕におやつをねだってくるようになった。
僕はたかられてるんだな。特にレノ。
「それおいしそうっすね、くださいっす」
「もう残り少ないからダメだよ」僕はいい加減断るようになった。
竜牙はそんなに欲しがるようでもないが、ブッチャーもやっぱり僕のおやつを
狙っているようである。盗まれないように気をつけなければ。

作業療法中に僕は机に伏せて寝てしまった。とても眠かったから。
気がついたら椅子ごと床に倒れていた。ほっといてくれよ、寝たいんだから・・・
作業療法士に起こされた。
塗り絵をやった。サイケデリックな感じにしてやろうと思って、思い切りストレス
と怒りをぶつけた。毒々しい花の絵ができた。

金の微糖が第一病棟にはホットしかないので、ホットを買ってみた。
やっぱり、美味いね。金の微糖が僕に「生きろ、なんとか耐えろ」ってエールを
送ってくれてる気がする。


137

僕は年取ったら、叫んでるおっさんや漏らしてるおっさんのようになるのか?
紙おむつをはいて・・・うう、将来の事は考えたくもない。いい夢見たいね。
きららとドーナツ食ってる夢とかいいね。きららって何となく彼女でもあるし、
僕の失くした姉さんのようでもあるし・・・僕はいつも迷惑かけてる。
いつか、僕を介護してくれるかな?おやすみ

(1日後)
雨が降り、この季節としては珍しく雷が鳴っている。台風が近いんだろう。
第一病棟に唯一ある曇りガラスでない窓から、外の荒れた天気を見ていた。
すると、降りしきる雨の中に見覚えのある女性が立っている。
髪は外国風にかたく編まれていて、肌は浅黒くなっていて、でも、姉さん・・・
あれは間違いなく姉さんの姿だった。
「姉さん・・・姉さん」何でこんな所に?僕を迎えに来てくれたのか?
それとも、嘲笑いに来たのか?
「姉さん」は、何も言わずに微笑んで、アジアのような柄のカラシ色のロングスカートを
手でつまみ、雨音の中を走り去っていった。木々のざわめく音に
かき消されて、何もそれ以上は見えない、聞こえない。
「姉さん・・・僕だよ」大粒の涙が左目からこぼれた。「今、地獄にいるよ」

必ず、生きて帰るから・・・
そこから、僕が見える?

 

涙がバケツをひっくり返したように、外の天気みたいになり、僕はホールのベンチで
声をあげて泣いた。分からない。姉さんがなぜあんな所にいたんだ?幻を見た
だけだったのか?それとも、今日本にいて・・・
「コーヒー、飲むか」差し出されたかたい、大きな手とUCCのインスタントコーヒー。
「リュウ・・・」僕は涙と鼻水でめちゃくちゃの顔をあげた。
「お前の好きなコーヒーと違うけどな。ないよりマシだろ」

 


138

「で・・・ジュナン、何があったんだ」
「姉さんが・・・姉さんが、そこにいたんだ。あの透明な窓のところに」
「会いにきてくれるとは、いい姉さんじゃねえか」
「でも、姉さんは僕を捨てたんだ。フィリピンに行って、そのまま連絡が取れなく
なった。日本にいるとは思えない」
「それは・・・」竜牙は眉毛の角度を少し変えた。「残念だけど、それは幻だぜ。
諦めるよりしゃーねーな。もしその姉ちゃんが日本に帰ってきてたとしても、この
第一病棟前で窓を見てるお前を発見できるとは思えない」
「幻・・・うああ」僕は悲鳴をあげそうになって、なんとか耐えた。「でもあれは姉さん
だ・・・姉さんだったんだ」
ガラガラン、と大きな音で雷が鳴った。少しずつ雷が近づいている。
「過去よりも、現実さ。俺達は玲音と三人で一つなんだ、違うか?俺を信用してくれ。
お前には姉ちゃんがいなくても」竜牙は親指で自分を指した。「俺がいるだろうが」

今日は玲音も暗い顔をしている。玲音は30代にして両親を失くしてしまった。
今は兄に入院費を払ってもらっているらしいが、近頃は連絡があまり取れないらしい。
「リュウ・・・まだお金が入ってない。僕はここから追い出される・・・強制退院に
なる!」玲音はソファに体操座りし、竜牙のとなりでずっと震えていた。

 


139

ブッチャーは別に悪い人ではないと思う。でも感情の起伏が激しい。
床やベッドや壁をすごい勢いで叩いたり、廊下で寝たりする。それも真夜中に。
レノはいびきの音が大きい。耳栓をしてもまだ聞こえてくる。もう嫌だ。
解放に帰りたい。というか家に帰りたい!
どこかで誰かが叫び、怒鳴っている音が一日中している。ストレスのたまる環境だ。
竜牙がなぜ落ち着いていられるのか不思議でならない。よくこんな所で「療養」
できるものだ。
耳栓をひとつ失くしてしまった。これからは気をつけないと。スペアがもう一組
あるからよかった。

どうやら、僕は今地獄にいるらしい。地獄の鬼(看守)が僕を風呂に引きずって
行こうとする。僕は必死で抵抗して、、最後には土下座でなんとか帰ってもらった。
もうこれ以上書きたくない。辛すぎる。
人の怒声が飛び交っている。ストレスは明らかにたまってきている。風呂を休んだ
のはもう体力が残っていなかったからだ。ずっと寝ていたい。僕を起こさないで。

 


140

きららから返事があった。嫌いな看守が手紙を持ってきた。
『家畜・・・きっと、看護師さんたちはそんな風に思ってないよ。ストレスがたまって
たんじゃないかな』
違うよ、僕は本当に家畜なんだ。狂いそうなんだよ・・・
『私ね、新しい夢ができたの』
夢・・・そんなものない。この地獄にはない。
『夢見がちになるのはもう諦めたよ。世界中の人を癒すなんてできっこないもの。
でもささいな事だけど、私、あなたを癒せる人になりたいの。
絶対、あなたの病気を癒すわ。
まだ正式じゃなくて、学生だけど、頑張るね!』

僕を癒してくれるのか?きらら、なぜ・・・
価値のない僕なんかを、なぜ選んだんだ?将来ある美しい女性が・・・
不思議でたまらない。
それとも僕にそれほどの価値があるというのか?
『生きてる意味はね、探すものじゃなくて、見えるものなの。
必死で探そうとしてるから、心が苦しいのよ。
あなたの地平線に、早く太陽が昇りますように』

タイラーに言われた通り、僕は泣き虫であるようだった。
正直、読みながら泣いた。手紙にしみをつけてしまった。

手紙の最後は、こう締めくくられていた。
『いつか、その意味が見える時が来るわ・・・』



読者登録

あめのこやみ(おけちよ)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について