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正直なところ、僕がホームシックになりかかっているのはここ数日の事で、
解放(病棟)ではそれなりに楽しかったから、少しも寂しさを感じなかった。
たぶんタイラーの存在が大きかったんだろう。家よりいい暮らしをしていたとも
言える。美味しい食事があって、仲間がいて、はやみんがいて・・・だから少しも
寂しいなんて思わなかったのに、・・・ここには怒鳴る人、殴り合いのケンカする
人、キ○ガイばかりで、本当に嫌になる。そして皆、本当に暗い顔をしている。
目の焦点があってない、誰もが。
食事の前には、必ず怒鳴り声が聞こえる。「放送入った!!?」
僕の病気、逆に悪くなりそうだ・・・

唯一暗い顔をしていない男がここにいる。
「おいジュナン、持ってたら菓子くれよ」
物静かで何を考えてるかわからないレノも、手を出してきていた。
「何か菓子くれっす」
僕はたかられているのか・・・
「いや、持ってたらでいいんだぜっ」竜牙が少し笑った。
「必ず返すからよ」


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きららに送る手紙の返事を書いた。
『入院生活は、最悪だ。僕は看守たちの家畜』
『看守に人間扱いされてない』
書くだけで自分がかわいそうでたまらない。
『逃げ出したいよ、ここから外へ出たいよ・・・』
『生きている意味が、見つからない』
そんな事を書いた気がする。

はやみんの事は書かなかった。書いてもろくな事がないから。
僕が大好きだったアイドルの、抜け殻。ただそれだけじゃないか。
はやみんの温もり、涙が頬に落ちたこと、こんなに覚えてるのに。
僕はやっぱり、幻を見ただけだったのかな。

金の微糖を取り上げられた僕のやる気はもう無いに等しい。何のために生きて
いるのかよくわからない。死ぬ勇気が無いから生きているだけ?死ぬやる気が
無いからかもな。

午後2時頃、ぼんやり金の微糖の冷たいのが消えた自販機を見つめてた。
ソファに座っているのは竜牙と玲音。そしてまだ名前も知らない若者達。
僕が来る数ヶ月前からここにいたのだから仕方ないが、それにしても竜牙の周り
には人が集まってくる。羨ましいな。僕のそばには誰も来ないから。


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洗面所でブッチャーと会った。ブッチャーは「この病気の人ってたくましいよねぇ」
と言った。「ああ、ひどい扱いに慣れてるからな」
ブッチャーは顔をくしゃくしゃにして笑い、こっちを見た。「こんな扱いに耐えてきてんだから、
働けるよ、どんな困難も乗り越えられるよ。きっと」
ひどい扱い。足をうるさい音で踏み鳴らしてるボケ老人とかいつも奇妙に大爆笑
しまくってる奴とか、そういうものに慣れていくことが、僕に与えられた試練なのかも
知れなかった。あと、キツすぎる看守・・・

玲音は一人で立ち上がれない。まだ30代で、いったいどんなに重いものを背負って
しまったのだろう。彼を支えていると、看守に「蒼月さん、いい人ですね」と言われる。
僕はもともといい人だよ。というかそうでありたい。
だって、強くもなくて、賢くもなくて、優しくもなくて、可愛くもない人間なんかこの世に
必要ないだろう。だから僕はせめて優しくなろうとしてる。何か文句ある?
人を愛する事ができる人間なら、まだ意味もあるだろう?

じゃ消灯時刻だからもう寝るね。ここにはスイッチもない。勝手に電気が消えるんだ。
明日の準備を消灯までにしておかなければ。じゃおやすみ!

 


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最近、同じ部屋の連中が僕におやつをねだってくるようになった。
僕はたかられてるんだな。特にレノ。
「それおいしそうっすね、くださいっす」
「もう残り少ないからダメだよ」僕はいい加減断るようになった。
竜牙はそんなに欲しがるようでもないが、ブッチャーもやっぱり僕のおやつを
狙っているようである。盗まれないように気をつけなければ。

作業療法中に僕は机に伏せて寝てしまった。とても眠かったから。
気がついたら椅子ごと床に倒れていた。ほっといてくれよ、寝たいんだから・・・
作業療法士に起こされた。
塗り絵をやった。サイケデリックな感じにしてやろうと思って、思い切りストレス
と怒りをぶつけた。毒々しい花の絵ができた。

金の微糖が第一病棟にはホットしかないので、ホットを買ってみた。
やっぱり、美味いね。金の微糖が僕に「生きろ、なんとか耐えろ」ってエールを
送ってくれてる気がする。


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僕は年取ったら、叫んでるおっさんや漏らしてるおっさんのようになるのか?
紙おむつをはいて・・・うう、将来の事は考えたくもない。いい夢見たいね。
きららとドーナツ食ってる夢とかいいね。きららって何となく彼女でもあるし、
僕の失くした姉さんのようでもあるし・・・僕はいつも迷惑かけてる。
いつか、僕を介護してくれるかな?おやすみ

(1日後)
雨が降り、この季節としては珍しく雷が鳴っている。台風が近いんだろう。
第一病棟に唯一ある曇りガラスでない窓から、外の荒れた天気を見ていた。
すると、降りしきる雨の中に見覚えのある女性が立っている。
髪は外国風にかたく編まれていて、肌は浅黒くなっていて、でも、姉さん・・・
あれは間違いなく姉さんの姿だった。
「姉さん・・・姉さん」何でこんな所に?僕を迎えに来てくれたのか?
それとも、嘲笑いに来たのか?
「姉さん」は、何も言わずに微笑んで、アジアのような柄のカラシ色のロングスカートを
手でつまみ、雨音の中を走り去っていった。木々のざわめく音に
かき消されて、何もそれ以上は見えない、聞こえない。
「姉さん・・・僕だよ」大粒の涙が左目からこぼれた。「今、地獄にいるよ」

必ず、生きて帰るから・・・
そこから、僕が見える?

 

涙がバケツをひっくり返したように、外の天気みたいになり、僕はホールのベンチで
声をあげて泣いた。分からない。姉さんがなぜあんな所にいたんだ?幻を見た
だけだったのか?それとも、今日本にいて・・・
「コーヒー、飲むか」差し出されたかたい、大きな手とUCCのインスタントコーヒー。
「リュウ・・・」僕は涙と鼻水でめちゃくちゃの顔をあげた。
「お前の好きなコーヒーと違うけどな。ないよりマシだろ」

 



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