閉じる


<<最初から読む

132 / 202ページ

131

はやみん。きららにどこか似た、ふんわりした女性。追いかけるべきじゃなかった。
きららじゃないのに。似てるだけなのに。どんどんそこからおかしくなっていった。
やってはいけない事を、やってしまった。失敗から学んだと思っていたのに、何も
学べていなかった。僕はバカだ。どうしようもなく愚かで・・・

でも僕にはどうやら適応能力があるようだ。昔の偉い誰かが言ってた、「最後まで
生き残るのは強い者ではなく、適応能力のある者だ」と。ある意味僕は、そういう理由で
強いのかもしれない。こんな環境でも十分やっていける。

看守に「ハンドソープ置いてないんですか」と聞いたら「自分で置けや、バカヤロー」(と
僕の脳には聞こえた)と言われて超腹が立った。もうあいつらには話しかけるのをやめよう。
時間の無駄だ。
憂さ晴らしにエルレを聴いてる。ジターバグ。いい曲だなあ。コーヒーの金の微糖も取り上げられて、
一体何を夢見て生きていけばいいというのだろう。死にたいよ!なんて言わないって約束
したはずなのに・・・


132

といても、いつでも、どんな場合でも、孤独。
医者は、クスリしかくれない。この孤独感はどうやったら埋まるんだろう。
僕はここであといつまで暮らさなければならないのだろう。生きたいよ、
でも生きる気力を与えてくれるものなんて何もない。僕はどんどん階段を
転落していっているようにすら感じる。
「おい、聞こえるか」竜牙が肩を叩く。「イヤホン聴いてる場合じゃねえぜ。
風呂の時間だ」
「・・・」僕は思わず、少し泣いてしまった。

戸の向こうで、玲音と合流した。
一時の被害妄想がよくなって、玲音はようやく僕を受け入れてくれてきているよう
だった。それにしても、皆さん自分のシャンプーとリンスを持ってきているんだな。
僕は入院が初めてだったから、病院にあるものを使えばいいと思っていた。
「お前ら、入院何度目だ」
竜牙が指を折って答えた。「3度目かな。いや、4度目かもな。
俺の親は精神病院が好きなのさ。普通の親は、わが子を精神病院になんて
入れたくないと思うのが普通だろ?うちの親はな、突然息子を車に乗せて、
着いたら精神病院なんだ。せめて息子に一言言えよ」といって笑う。
玲音は物静かに、「1年か2年で再発しちゃうから、もう何度目かわからないよ」
と暗い顔で言った。
「そうか」僕も将来そうなるのか・・・?


133

正直なところ、僕がホームシックになりかかっているのはここ数日の事で、
解放(病棟)ではそれなりに楽しかったから、少しも寂しさを感じなかった。
たぶんタイラーの存在が大きかったんだろう。家よりいい暮らしをしていたとも
言える。美味しい食事があって、仲間がいて、はやみんがいて・・・だから少しも
寂しいなんて思わなかったのに、・・・ここには怒鳴る人、殴り合いのケンカする
人、キ○ガイばかりで、本当に嫌になる。そして皆、本当に暗い顔をしている。
目の焦点があってない、誰もが。
食事の前には、必ず怒鳴り声が聞こえる。「放送入った!!?」
僕の病気、逆に悪くなりそうだ・・・

唯一暗い顔をしていない男がここにいる。
「おいジュナン、持ってたら菓子くれよ」
物静かで何を考えてるかわからないレノも、手を出してきていた。
「何か菓子くれっす」
僕はたかられているのか・・・
「いや、持ってたらでいいんだぜっ」竜牙が少し笑った。
「必ず返すからよ」


134

きららに送る手紙の返事を書いた。
『入院生活は、最悪だ。僕は看守たちの家畜』
『看守に人間扱いされてない』
書くだけで自分がかわいそうでたまらない。
『逃げ出したいよ、ここから外へ出たいよ・・・』
『生きている意味が、見つからない』
そんな事を書いた気がする。

はやみんの事は書かなかった。書いてもろくな事がないから。
僕が大好きだったアイドルの、抜け殻。ただそれだけじゃないか。
はやみんの温もり、涙が頬に落ちたこと、こんなに覚えてるのに。
僕はやっぱり、幻を見ただけだったのかな。

金の微糖を取り上げられた僕のやる気はもう無いに等しい。何のために生きて
いるのかよくわからない。死ぬ勇気が無いから生きているだけ?死ぬやる気が
無いからかもな。

午後2時頃、ぼんやり金の微糖の冷たいのが消えた自販機を見つめてた。
ソファに座っているのは竜牙と玲音。そしてまだ名前も知らない若者達。
僕が来る数ヶ月前からここにいたのだから仕方ないが、それにしても竜牙の周り
には人が集まってくる。羨ましいな。僕のそばには誰も来ないから。


135

洗面所でブッチャーと会った。ブッチャーは「この病気の人ってたくましいよねぇ」
と言った。「ああ、ひどい扱いに慣れてるからな」
ブッチャーは顔をくしゃくしゃにして笑い、こっちを見た。「こんな扱いに耐えてきてんだから、
働けるよ、どんな困難も乗り越えられるよ。きっと」
ひどい扱い。足をうるさい音で踏み鳴らしてるボケ老人とかいつも奇妙に大爆笑
しまくってる奴とか、そういうものに慣れていくことが、僕に与えられた試練なのかも
知れなかった。あと、キツすぎる看守・・・

玲音は一人で立ち上がれない。まだ30代で、いったいどんなに重いものを背負って
しまったのだろう。彼を支えていると、看守に「蒼月さん、いい人ですね」と言われる。
僕はもともといい人だよ。というかそうでありたい。
だって、強くもなくて、賢くもなくて、優しくもなくて、可愛くもない人間なんかこの世に
必要ないだろう。だから僕はせめて優しくなろうとしてる。何か文句ある?
人を愛する事ができる人間なら、まだ意味もあるだろう?

じゃ消灯時刻だからもう寝るね。ここにはスイッチもない。勝手に電気が消えるんだ。
明日の準備を消灯までにしておかなければ。じゃおやすみ!

 



読者登録

雨野小夜美(おけちよ)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について