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閉鎖は、解放よりずっと大変なところのようだった。昼夜叫び声が聞こえるし、独り言を
延々と喋り続けるボケ老人みたいな人もいるし。
女性はもちろん一人もいない。暑苦しくて臭いようにすら思える。
虚ろな目をして、飯をだらだらこぼして、保護室に叫びながら連れていかれて・・・
僕の仲間なんだ、僕はこういう人達と同じなんだ・・・

外は金網ではなく、窓自体がほんの少ししか開かないようになっている。金網の
時は安心したが、今度は寂しさでいっぱいだ。もう外のさくら商店にも行けないし、
しまぞうにも会えない。
目の前にあるのは、辛い現実。そして、もう一人・・・

「俺は謎の組織に狙われていてな」竜牙は頭の後ろで腕を組んで、ベッドに寝ながら
独り言のように言った。「黒い車に挟まれ、逃げ場がなくなったから橋から飛び降りた。
気がつけばベッドの上にいたぜ」手を伸ばして白いシーツをつかむ。
「でもよ、今思えば全部夢だったのかな、って。そんなもの本当に存在してたのか、
よくわかんねえ。とりあえず俺は病気らしい」
「そうか、色々あったんだな」僕はこんな普通そうな奴が何でここに入ってんだろうと
思ってた。でも、話を聞いてみたら紛れも無い仲間じゃないか。

「僕は、電柱に罵られたのにキレて頭ぶつけたり、プリンターに話しかけられて怖く
なって窓から投げたりしてたら、ある朝父さんの車に乗せられた。着いたらここだったよ」
竜牙と話をしてると、ミルクティーを飲んでるみたいな気分になる。

寝たい。もう起きたくもないから、安楽死病院でもあったらいいのになあ。
寝てる間に死ぬんだ。一度でも「生きたい」と願った心は、早くも消え失せようとしていた。


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はやみん。きららにどこか似た、ふんわりした女性。追いかけるべきじゃなかった。
きららじゃないのに。似てるだけなのに。どんどんそこからおかしくなっていった。
やってはいけない事を、やってしまった。失敗から学んだと思っていたのに、何も
学べていなかった。僕はバカだ。どうしようもなく愚かで・・・

でも僕にはどうやら適応能力があるようだ。昔の偉い誰かが言ってた、「最後まで
生き残るのは強い者ではなく、適応能力のある者だ」と。ある意味僕は、そういう理由で
強いのかもしれない。こんな環境でも十分やっていける。

看守に「ハンドソープ置いてないんですか」と聞いたら「自分で置けや、バカヤロー」(と
僕の脳には聞こえた)と言われて超腹が立った。もうあいつらには話しかけるのをやめよう。
時間の無駄だ。
憂さ晴らしにエルレを聴いてる。ジターバグ。いい曲だなあ。コーヒーの金の微糖も取り上げられて、
一体何を夢見て生きていけばいいというのだろう。死にたいよ!なんて言わないって約束
したはずなのに・・・


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といても、いつでも、どんな場合でも、孤独。
医者は、クスリしかくれない。この孤独感はどうやったら埋まるんだろう。
僕はここであといつまで暮らさなければならないのだろう。生きたいよ、
でも生きる気力を与えてくれるものなんて何もない。僕はどんどん階段を
転落していっているようにすら感じる。
「おい、聞こえるか」竜牙が肩を叩く。「イヤホン聴いてる場合じゃねえぜ。
風呂の時間だ」
「・・・」僕は思わず、少し泣いてしまった。

戸の向こうで、玲音と合流した。
一時の被害妄想がよくなって、玲音はようやく僕を受け入れてくれてきているよう
だった。それにしても、皆さん自分のシャンプーとリンスを持ってきているんだな。
僕は入院が初めてだったから、病院にあるものを使えばいいと思っていた。
「お前ら、入院何度目だ」
竜牙が指を折って答えた。「3度目かな。いや、4度目かもな。
俺の親は精神病院が好きなのさ。普通の親は、わが子を精神病院になんて
入れたくないと思うのが普通だろ?うちの親はな、突然息子を車に乗せて、
着いたら精神病院なんだ。せめて息子に一言言えよ」といって笑う。
玲音は物静かに、「1年か2年で再発しちゃうから、もう何度目かわからないよ」
と暗い顔で言った。
「そうか」僕も将来そうなるのか・・・?


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正直なところ、僕がホームシックになりかかっているのはここ数日の事で、
解放(病棟)ではそれなりに楽しかったから、少しも寂しさを感じなかった。
たぶんタイラーの存在が大きかったんだろう。家よりいい暮らしをしていたとも
言える。美味しい食事があって、仲間がいて、はやみんがいて・・・だから少しも
寂しいなんて思わなかったのに、・・・ここには怒鳴る人、殴り合いのケンカする
人、キ○ガイばかりで、本当に嫌になる。そして皆、本当に暗い顔をしている。
目の焦点があってない、誰もが。
食事の前には、必ず怒鳴り声が聞こえる。「放送入った!!?」
僕の病気、逆に悪くなりそうだ・・・

唯一暗い顔をしていない男がここにいる。
「おいジュナン、持ってたら菓子くれよ」
物静かで何を考えてるかわからないレノも、手を出してきていた。
「何か菓子くれっす」
僕はたかられているのか・・・
「いや、持ってたらでいいんだぜっ」竜牙が少し笑った。
「必ず返すからよ」


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きららに送る手紙の返事を書いた。
『入院生活は、最悪だ。僕は看守たちの家畜』
『看守に人間扱いされてない』
書くだけで自分がかわいそうでたまらない。
『逃げ出したいよ、ここから外へ出たいよ・・・』
『生きている意味が、見つからない』
そんな事を書いた気がする。

はやみんの事は書かなかった。書いてもろくな事がないから。
僕が大好きだったアイドルの、抜け殻。ただそれだけじゃないか。
はやみんの温もり、涙が頬に落ちたこと、こんなに覚えてるのに。
僕はやっぱり、幻を見ただけだったのかな。

金の微糖を取り上げられた僕のやる気はもう無いに等しい。何のために生きて
いるのかよくわからない。死ぬ勇気が無いから生きているだけ?死ぬやる気が
無いからかもな。

午後2時頃、ぼんやり金の微糖の冷たいのが消えた自販機を見つめてた。
ソファに座っているのは竜牙と玲音。そしてまだ名前も知らない若者達。
僕が来る数ヶ月前からここにいたのだから仕方ないが、それにしても竜牙の周り
には人が集まってくる。羨ましいな。僕のそばには誰も来ないから。



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