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リハビリ室に行ったとき、はやみんと会った。あのとき「僕のせいなんです、全部
僕が悪かったんです」と言ったら、はやみんにはおとがめが無かったようだ。
そして、僕は嬉しくてたまらない。はやみんが閉鎖(第二病棟)に行かなかった事に。
恨んでなんかいないよ、できるだけ長くいてくれ。

カフェテリアで3人掛けのソファに座る時、必ず竜牙は真ん中に来る。それを挟んで
座るのが玲音と僕だ。玲音はずいぶん前から閉鎖にいるらしいが、数ヶ月前入ってきた
竜牙と兄弟になっていた。「ねえリュウ、今日の夕食何かねえ」玲音が尋ねた。
「たしか魚のあんかけと・・・汁物は忘れたな。ジュナンはわかるか」
「僕は字が揺れて献立表が読めないんだ」
「そうか、お前さんも大変だな。でも保護室行った事ないって本当かよ。あそこは
ひでえぜ。俺は最初の一週間は保護室だった」
「僕はそこまで暴れたりしないからな」
「僕も何度か保護室入ったよ」玲音が年齢より幼いような、頼りないような声で
言った。「人間の扱いじゃないよ、あれは」
「レインはケンカしすぎだろ。もうちょっと冷静になれよな。じゃないと出れねえぞ」
この男は顔に似合わず、優しい。僕は直感でそう思った。そしてどこまでも温かい。

考えている事をすぐに忘れてしまう。末期だなあ。メガネケースを取りに来たんじゃ
なかったっけ。思い出した。メガネなんて毎日使うの中学生の時以来だな。あとは
コンタクト。
気がついたらコップにお茶が汲まれている。誰がやったんだろう?これも僕が忘れて
しまったのか?
飲んでいいものかも分からないので、とりあえず口をつけて、味を確かめて飲んだ。
普通のお茶だった。僕が思い出せないだけなのか?末期だなあ。

 


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今日の夜の気分は最悪。エルレでも聴いて気を紛らわしている。
玲音に「僕をいじめる人に見える」と言われた。弱いけど正直な僕の
どこがそう見えるんだ。玲音はそういって、きかない。最初は兄弟のようだったのに、
どうしたんだろう。
竜牙に尋ねると、「あいつはちょっと被害妄想が激しいからよ、気にしないのが一番だぜ」
と言われたので、少し安心した。
「おっ、タバコの時間だ。行ってくる」
僕は不安なまま竜牙を見送った。ヤケでリスパダールを飲んだ。
もう寝るよ。おやすみ

(一日後)

今日は、「トイレの守り神様」に起こされた。いつもトイレで来る奴を見張っている
から、一部でそう呼ばれているらしい。
彼は大声で叫ぶ。「浣腸します!?浣腸します!!?」
あと半時間だけ寝たかったのに。しかもそいつは廊下で「眠れた?」などど
話しかけてきやがった。おまえのせいだよ!
モーニング・ショットを飲んだが、少しも美味しく感じられなかった。やっぱり
金の微糖が恋しくてならない。


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閉鎖は、解放よりずっと大変なところのようだった。昼夜叫び声が聞こえるし、独り言を
延々と喋り続けるボケ老人みたいな人もいるし。
女性はもちろん一人もいない。暑苦しくて臭いようにすら思える。
虚ろな目をして、飯をだらだらこぼして、保護室に叫びながら連れていかれて・・・
僕の仲間なんだ、僕はこういう人達と同じなんだ・・・

外は金網ではなく、窓自体がほんの少ししか開かないようになっている。金網の
時は安心したが、今度は寂しさでいっぱいだ。もう外のさくら商店にも行けないし、
しまぞうにも会えない。
目の前にあるのは、辛い現実。そして、もう一人・・・

「俺は謎の組織に狙われていてな」竜牙は頭の後ろで腕を組んで、ベッドに寝ながら
独り言のように言った。「黒い車に挟まれ、逃げ場がなくなったから橋から飛び降りた。
気がつけばベッドの上にいたぜ」手を伸ばして白いシーツをつかむ。
「でもよ、今思えば全部夢だったのかな、って。そんなもの本当に存在してたのか、
よくわかんねえ。とりあえず俺は病気らしい」
「そうか、色々あったんだな」僕はこんな普通そうな奴が何でここに入ってんだろうと
思ってた。でも、話を聞いてみたら紛れも無い仲間じゃないか。

「僕は、電柱に罵られたのにキレて頭ぶつけたり、プリンターに話しかけられて怖く
なって窓から投げたりしてたら、ある朝父さんの車に乗せられた。着いたらここだったよ」
竜牙と話をしてると、ミルクティーを飲んでるみたいな気分になる。

寝たい。もう起きたくもないから、安楽死病院でもあったらいいのになあ。
寝てる間に死ぬんだ。一度でも「生きたい」と願った心は、早くも消え失せようとしていた。


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はやみん。きららにどこか似た、ふんわりした女性。追いかけるべきじゃなかった。
きららじゃないのに。似てるだけなのに。どんどんそこからおかしくなっていった。
やってはいけない事を、やってしまった。失敗から学んだと思っていたのに、何も
学べていなかった。僕はバカだ。どうしようもなく愚かで・・・

でも僕にはどうやら適応能力があるようだ。昔の偉い誰かが言ってた、「最後まで
生き残るのは強い者ではなく、適応能力のある者だ」と。ある意味僕は、そういう理由で
強いのかもしれない。こんな環境でも十分やっていける。

看守に「ハンドソープ置いてないんですか」と聞いたら「自分で置けや、バカヤロー」(と
僕の脳には聞こえた)と言われて超腹が立った。もうあいつらには話しかけるのをやめよう。
時間の無駄だ。
憂さ晴らしにエルレを聴いてる。ジターバグ。いい曲だなあ。コーヒーの金の微糖も取り上げられて、
一体何を夢見て生きていけばいいというのだろう。死にたいよ!なんて言わないって約束
したはずなのに・・・


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といても、いつでも、どんな場合でも、孤独。
医者は、クスリしかくれない。この孤独感はどうやったら埋まるんだろう。
僕はここであといつまで暮らさなければならないのだろう。生きたいよ、
でも生きる気力を与えてくれるものなんて何もない。僕はどんどん階段を
転落していっているようにすら感じる。
「おい、聞こえるか」竜牙が肩を叩く。「イヤホン聴いてる場合じゃねえぜ。
風呂の時間だ」
「・・・」僕は思わず、少し泣いてしまった。

戸の向こうで、玲音と合流した。
一時の被害妄想がよくなって、玲音はようやく僕を受け入れてくれてきているよう
だった。それにしても、皆さん自分のシャンプーとリンスを持ってきているんだな。
僕は入院が初めてだったから、病院にあるものを使えばいいと思っていた。
「お前ら、入院何度目だ」
竜牙が指を折って答えた。「3度目かな。いや、4度目かもな。
俺の親は精神病院が好きなのさ。普通の親は、わが子を精神病院になんて
入れたくないと思うのが普通だろ?うちの親はな、突然息子を車に乗せて、
着いたら精神病院なんだ。せめて息子に一言言えよ」といって笑う。
玲音は物静かに、「1年か2年で再発しちゃうから、もう何度目かわからないよ」
と暗い顔で言った。
「そうか」僕も将来そうなるのか・・・?



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