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気がついたら、タイラーと親友になっていた。
年齢差は20歳近いが、最低でも一日一回はカフェテリアでお茶をすすりながら
話すようになった。喋り方も、いつの間にかタメになっていた。
「ある人が、僕らのこと家畜って言ってたよ」タイラーはクスッと笑った。
「家畜!傑作だなぁ」僕も手を叩いて笑った。
「人間動物園だよね、ここは。まだ閉鎖よりは人間的だけど」
「人間的な人も中にはいるよな、ここは」特にタイラーとかな。
はやみんといると、僕は正常でいられなくなる。いい意味でも、悪い意味でも。
心がざわざわする。
タイラーといる時が一番、心が落ち着いて、本当の自分でいられる。
話題は暗いけどな。
タイラーはいつものぼさぼさの髪型で、口元に微笑みをたたえて言った。「2~3年の
間、服も着替えずに、風呂にも入らずにいたよ。発見されて、すぐ病院に連れて
いかれた」
僕はなんとなく尋ねた。「その時」が近づいているなんて知らなくて。
「ここの解放の生活、気に入ってるかい」
「ああ。料理も作らなくていいし、掃除だけでいいから、楽だよ」

 


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やっぱりコーヒーはいいねえ。気分爽快だったのでついお菓子をタイラーとケヴィンに
あげてしまった。でも自分で食べられなくても、お菓子をあげる気分っていいものだ。
誰かのために、ほんの少しだけガマンする。2袋しかなかったから2人にあげたんだ。
ガマンする事で相手は嬉しいし自分も嬉しい。

子供達は叫び声をあげながら帰ってゆく。どこの市でも、子供はうるさいようだ。
でもその考えをみんなが持っているとすると、人類は滅亡してしまうな。
子供がいるから、人類に未来があるんだよ。むやみやたらにうるさい子供を嫌う
べきじゃないな。成長して未来を支えてくれる、大事な役目を持ってるんだから。

僕はいかれた人って思われたいっていうクセとか願望みたいなものを持っている
からね、ヨガとかラジオ体操の感想をきかれたら結構いい加減な事を言うように
している。もっと笑わせたい。おとなしいけど、面白いって思われたいよ。

エルレのGunpowder Valentineを聴いていた。
こんなハードな曲でも人間味があるのがすごいよな。細美の声に温かみがあるから
だろうか。ライブ、行きたかったな。残念だけどエルレは今休止中で、僕は思考停止中
だから、行けない。だって、エアコンの音にさえ悩まされてるんだぜ?

今日の夜は暴走する一歩手前でリスパダール飲んだからなんとか落ち着いた。
せめて、平和な夜がほしいな。まだ7時台だけど眠くなってきたよ。
ロナセンと恋の夢に落ちる・・・とか言ってみたりして。
ジョークだよ。いい夢見れるといいな。

 


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僕には苦すぎる。でも買ってしまったんだから飲むよ。午後には金の微糖か
ミルクティーを買うよ。

おはよう。今日も頑張ろうね。
こういうセリフが出てくるようになったのはなぜだろう。
生きる力というものにまた火がついて、リアルに燃えてるような気がする。
深夜4時に起きて、これ書いてる。
生きたいよ。崖の上でそう叫びたい程、生きたい・・・!
もっともここは崖じゃなくて、鉄格子と金網の中だけど。
今日一日、うまくやれるだろう。我慢しなきゃいけない事もたくさんあるだろうけど、
僕なら乗り越えられるだろう。
金の微糖を飲みながら、幸せを手探りで探している。

後悔しないと、生きてる感じがしないんだって。
ある好きな外国のバンドの歌詞なんだけど、僕はもしかすると、幸せに手を伸ばす
ために今苦しんでいるのかもしれない。ガラにもなく前向きな事を言って
しまった。


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僕は昔、透明人間だったんだよ。中高生の頃・・・知ってる?
はっきりしてた姉さんとは逆で、いてもいなくても、何も変わらない、虫一匹
すら動かない、世界は僕なしでも毎日回ってゆく・・・写真にも写っているようで、
いない。どこにもいない、ここにいるのに・・・
初めて僕を見つけてくれたのが、きらら。次に、G。何て物好きな人達なんだろう
と思ったさ。

でも、僕はもう透明じゃない、と主張したい。入院して僕は、確実に変わった。
一人でもなんとか生きて、歩いていけるんだ。あれほど怖かった、人前に一人で
出る事が、なんだか抵抗がなくなってしまった。自殺衝動を克服すれば、電車に
乗って遠くまで行けるようになるだろう。一人でもやっていける。
そんな自信が生まれたのさ。
洗濯、掃除はもともと好きだ。まず一人でやれるだろう。働けるようになるとは
思わないが、料理も得意だし、一人暮らすのもいいかもな。

そして、人の意見に左右され、惑わされていてはダメだ。他人はいい加減な
事しか言わない。信用できる人をこの目で見極めるしかない。これは自分に向かって
言いたい事だ。
僕の短い半生で、見極めるという事は難しい。頭も壊れてしまっている。
だまされながら、血を流しながら、学び続けるしかない。

 


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廊下で、はやみんとばったり会った。
はやみんはなぜか、涙をぽろぽろこぼしながら泣いてた。
「みんな、嫌い。みんな、大っ嫌い!!」それ以上、言葉にならなかった。
ジュナンを見るなり、はやみんはジュナンを抱きしめていた。

「ど・・・どうした」焦る僕。
「ねえ、あたしを抱いてよ。早く、早く!」
「わ、わかったよ」僕は言われたとおりにした。そのとき、はやみんの髪の香り、
やわらかい猫っ毛、ふんわりした真珠のような白い肌、長い睫毛、ちょうどいい
大きさのあたたかい胸・・・いろんな記憶が絡み合って、僕の中で弾け飛んだ。
僕は自分の呼吸が怪しくなっているのを感じた。なにかが僕の中でフラッシュバック
して、はやみんとこのまま一つになってしまいたいとさえ感じた。
2回、キスをして何も話さずもう一度強く抱きしめた。はやみんは涙をぬぐって、僕の腕から
はなれ、最後に「ありがとう」とだけ言って、寂しそうに廊下を通り帰っていった。

今日は運動会だった。出られる競技が少なく、つまらない事この上なかった。
そのうえ、キスの後で緊張していた僕は、弁当が喉を通らず、あまり食べる事が
できなかった。競技も何も、見えなかった。腕に残るわずかな感覚だけが、
僕を焦がしていた。

あまりにも落ち着かないので、看護師に相談してみた。その看護師は驚いて
言った。
「えっ・・・それ閉鎖行きか強制退院になっちゃうよ」
「げっ・・・(マジかよ)」
「今後はやらないでくださいね。強制退院になっちゃうかもしれないので」
「は、はい」もうどうしていいかわからなかった。

間もなく、先生に呼ばれた。「規則は規則だから、閉鎖病棟に
移ってもらいます」
僕は言葉を見つけられなかった。看護師が言った。
「蒼月さんが行くのは、第一病棟ですよ」
マジかよ・・・やってはならない事を、僕はやってしまったようだった。
緊張と不安で、冷や汗も出ない程、震えていた。

 



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