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今ひどい鬱状態のジュナンです 本当に鬱になると死にたいと思わなくなるって知ってた?
死ぬ準備やトリックを考える気力も無いんだよ。ただ白いベッドに転がってるだけになる。
鬱ってそういうものだ。死ぬ頭もまわらなくなる。
今リスパダール飲んできたから、まだ昼間だけど、カロリーメイトかじってもう寝るね。

(数時間後)

今日は母と面会があって、カフェに行った。カフェモカを飲んだ。
美味しかったけど、何だかあっという間に飲み終わって、別れた気がする。
面会ってそんなもんか。
「シャバの方が物価が安いから、カロリーメイトもっと買ってきてよ」
そんな会話をした気がするのだが、そのほかに何も思い出せなかった。


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ここのトイレはどうしてこんなに臭いのだろう。看護師に言ったところで我慢しろと
言われるだけだと思うのだが、小の方は小便臭さが鼻をつくし、大の方は何ともいえない
臭いが戸を開けるなり、する。日曜なので、とりあえず寝よう。臭いの事なんか忘れて。
やっぱり他人が言うように、僕は几帳面なのだろう。僕一人のトイレだったらもっと
ピカピカのいい香りにするのに。気になってしょうがない。ゴミ捨てに行ってこよう。
ゴミ箱を抱えて部屋の外に出る。毎日2回は行っている気がするよ。

服を着替えるのは3日に一度くらいだが、脱ぎ捨てると服が「痛い、痛い」と言うので、
仕方なく丁寧に畳み直している。僕は昔ファッションが好きだったので今思えば相当
ナルシストな服を着ていた。だから服の気持ちがわかってしまう。
脱ぎ捨てられる服の気持ち、畳まれる服の気持ち、買ったばかりの服の気持ち・・・みんな
違う。手に取るだけで、いや見るだけでわかる。いい加減に畳んで、悲しそうな顔をされると、
僕も悲しい。完璧に畳まなければ。


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イラーによれば、ここは周囲から「キ○ガイ病院」と呼ばれているらしい。
「確かに、キ○ガイだらけだな、ここは。何言ってるかまるでわかんなくて、正常な
頭まで話聴いてるだけでオカシくなっちゃうような奴ばっか」僕は声をあげて笑った。
「一般ピ-ポーには目のキラキラしてる人っているよね。でもここにはいないね」
「ああ、僕らは空っぽの器。虚ろな奴らばかりだよ。
タイラー、自分のどこがキ○ガイだと思う?」
「ここに入院してる時点でキ○ガイだよ」
「あはは、僕もそう思う」
僕はタイラーのどこかゆっくりした空気が好きで、退院するまでこんな生活が
ずっと続くと思っていた。
「ねえ」タイラーが視線をお茶に落として聞いた。「ジュナンは自分のどこがキ○ガイ
だと思う?」
「僕の目を見ればわかるだろ」
タイラーは子供でも見るようにそっと微笑んで、熱いお茶を飲み干した。
ウォーターサーバーでまたお茶をもらってた。何杯飲むつもりなのだろう?


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今日はわりと落ち込みの少ない日だったと思う。明日は微糖コーヒーを飲めるかな。
診察もあるから、頑張らないと。誰かの遠い話し声を聞くと、自分の事を言っているようで
怖い。早く寝てしまおう。おやすみ

(1日後)

昨日もヤケ、今日もヤケ、明日もヤケなんだろうな・・・そんな感じだ。
一日の始まりは、ヤケだ。でも昨夜睡眠薬を三つも飲んだからよく寝れた。
僕は惨めで不幸なんだろうと思う。でも世の中にはもっと不幸な人達もいる。僕くらい
のレベルで死にたいとか言ってちゃダメだよな。

頭の中が騒がしい。何人かが会話している。ほんの小さな声なのに、とても
邪魔に感じる。
黒い今日着るシャツをぼんやり見ていると、あれ、ハートマークのシャツなんて
持ってたっけ?
よく見るとドット柄だった。目が、かなり乱れて見えているようだ。

そういえば、閉鎖落ちしたアゲハはどうなったんだろう?話は聞かない。
閉鎖は女子病棟で鍵をかけられているから、情報が伝わってこない。
閉鎖はうるさいところだと聞いた。怖いなあ。

最近、僕には分かってきた事がある。
一見、何がいいのか、何の役に立つのか分からないような人達がいる。(僕も
その一人かもしれないが)
犯罪者、僕らのような精神病者、高齢者、知的障害者・・・
でもそういう人達にもいいところがあって、そういう人達を愛する人もいるのだと
いうこと。だからむやみやたらに嫌って差別して、敵をつくるべきではないということ。
24年もかかって、ようやく一つの事を学習したよ。
自分が障害者にならなければ、一生分からなかったかもしれないな。

 


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今日はリハビリ室で塗り絵と書道の日。どうせあっという間に終わってしまうだろう。
次は海の色を何で塗ろうかな?赤で血の海?黒?黄色?それもいいかもしれない。
思い切り、サイケな絵にしよう。

絵は意外とまとまってしまい、残念だった。というより、不思議な色使いだが、なぜか
優しい心や愛を思わせるような、美しい塗り絵になった。僕の心の中の風景が、
本当はこうなんだろうか。

窓の外から男の叫び声が聞こえてくる。ああ、あれは数日前の僕なのだ。うるさいと
いうより、むしろかわいそうでならない。あのときの気持ちをありありと思い出す。
もうやめて、苦しむのはもうやめてくれよ。いたたまれない。苦しかった事全部
思い出してしまう。

 



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