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実は、はやみんとはあまり会っていない。僕の大好きだったアイドルが、何か
訳の分からない精霊の話をしたり、暴れたり、そうやってどんどん苦しみにはまって
ゆくのが、耐えられない。見ていて辛い。
高校生だった頃の僕は、初めて買ったCDにキスしたっけ。あのときは若かったな。
もうそんなに経つんだな、あれから。もう今のはやみんは抜け殻なんだ。ここにいて、
いない。ドキドキしなくなってしまったのが、もっと辛い。
淡い黄色のドレスを着て、あの儚くも叙情的な声でで僕の心をグラグラ揺さぶってくるはやみんと、
優等生だった昔の僕。昔に帰りたいよ。

カフェテリアで夜、はやみんに会った。僕は心が痛いのを我慢して、勇気を出して、
近寄った。
「月が、ドイツとイギリスの間にあるの。でね、南京大虐殺はあたしのことなんだ。
ジュナン、どう思う?」
「・・・」僕は話をあわせる事にした。「いいんじゃないか」
「そうだよね、キャハハ、あたしもそいつらも疲れてんの」
少し笑うはやみん。ここに来た頃おしゃれだった髪型はいつの間にかボサボサに
なっている。でも・・・
その笑顔にわずかにキュンとなるのはなぜだろう。

 


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部屋に帰って少し泣いたけど、もう大丈夫だよ。黒い霧が晴れて、
あとは夜が明けて樹海から脱出するのを待つだけだ。いや待っていても助けは
来ないな。どんなに苦しく、痛くても歩いてゆかなければ・・・ずっと死にたいんだと
思ってた。でも、僕はずっと生きたくてもがいてきたんだよな。

月日はただ過ぎていく、僕の心を置き去りにしたままで・・・ああ虚しい・・・
夜明けを見ながらコーヒーを飲むのが僕の日常で、地上で唯一の幸せ。
でも今日は朝までとっておこう。5時過ぎまで寝れた。

そうだ、こんなにコーヒーちゃんが恋しくなるのは、音楽を聴いていないからに
違いない!エルレかいつものワンオクでも聴こう。ワンオクのライブにいつか行けたら
な。幻聴があるから、音に怯えてる僕の持てる夢ではないのかもしれないけど。
幻聴でぐちゃぐちゃでもいいや。ワンオクのライブ、行きたいな・・・
幻聴だらけのワンオクを聴いているうちに、だんだん怖くなってきた。知らない
女の声のハモリが入っていたり、笑い声が遠くでしたり・・・やはり僕の持てる夢では
ないのか・・・2曲でやめた。


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今ひどい鬱状態のジュナンです 本当に鬱になると死にたいと思わなくなるって知ってた?
死ぬ準備やトリックを考える気力も無いんだよ。ただ白いベッドに転がってるだけになる。
鬱ってそういうものだ。死ぬ頭もまわらなくなる。
今リスパダール飲んできたから、まだ昼間だけど、カロリーメイトかじってもう寝るね。

(数時間後)

今日は母と面会があって、カフェに行った。カフェモカを飲んだ。
美味しかったけど、何だかあっという間に飲み終わって、別れた気がする。
面会ってそんなもんか。
「シャバの方が物価が安いから、カロリーメイトもっと買ってきてよ」
そんな会話をした気がするのだが、そのほかに何も思い出せなかった。


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ここのトイレはどうしてこんなに臭いのだろう。看護師に言ったところで我慢しろと
言われるだけだと思うのだが、小の方は小便臭さが鼻をつくし、大の方は何ともいえない
臭いが戸を開けるなり、する。日曜なので、とりあえず寝よう。臭いの事なんか忘れて。
やっぱり他人が言うように、僕は几帳面なのだろう。僕一人のトイレだったらもっと
ピカピカのいい香りにするのに。気になってしょうがない。ゴミ捨てに行ってこよう。
ゴミ箱を抱えて部屋の外に出る。毎日2回は行っている気がするよ。

服を着替えるのは3日に一度くらいだが、脱ぎ捨てると服が「痛い、痛い」と言うので、
仕方なく丁寧に畳み直している。僕は昔ファッションが好きだったので今思えば相当
ナルシストな服を着ていた。だから服の気持ちがわかってしまう。
脱ぎ捨てられる服の気持ち、畳まれる服の気持ち、買ったばかりの服の気持ち・・・みんな
違う。手に取るだけで、いや見るだけでわかる。いい加減に畳んで、悲しそうな顔をされると、
僕も悲しい。完璧に畳まなければ。


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イラーによれば、ここは周囲から「キ○ガイ病院」と呼ばれているらしい。
「確かに、キ○ガイだらけだな、ここは。何言ってるかまるでわかんなくて、正常な
頭まで話聴いてるだけでオカシくなっちゃうような奴ばっか」僕は声をあげて笑った。
「一般ピ-ポーには目のキラキラしてる人っているよね。でもここにはいないね」
「ああ、僕らは空っぽの器。虚ろな奴らばかりだよ。
タイラー、自分のどこがキ○ガイだと思う?」
「ここに入院してる時点でキ○ガイだよ」
「あはは、僕もそう思う」
僕はタイラーのどこかゆっくりした空気が好きで、退院するまでこんな生活が
ずっと続くと思っていた。
「ねえ」タイラーが視線をお茶に落として聞いた。「ジュナンは自分のどこがキ○ガイ
だと思う?」
「僕の目を見ればわかるだろ」
タイラーは子供でも見るようにそっと微笑んで、熱いお茶を飲み干した。
ウォーターサーバーでまたお茶をもらってた。何杯飲むつもりなのだろう?



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