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はやみんの美しかった髪も最近、乱れてきていた。
僕はさりげなく「ここいいかい」とベンチの隣に腰掛けて、
「はやみん・・・死にたくなる事はないかい?僕はいつもだよ」
「あるよ、あたしもいつも・・・死のうか、一緒に」
僕は机の下ではやみんの手を握った。はやみんは抵抗しなくて、
むしろ血色がよくなったように見えた。
「はやみん・・・ときどきはやみんの声で幻聴が聞こえる」
僕は頭を伏せて、汚い、ろくに洗われていない髪の毛をかきむしった。
「何て言ってるの?」
「『寒くない?』とかね。僕は『いや暑いだろ』って返すけど」
「そうなんだぁ、あたしの幻聴は臭い、汚いって言うけどな」いろんな声があるんだね。

本当は、死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。
だけど明日になったらなぜか病気が回復してて、家のベッドでカビた天井を見ながら
目覚めるということはないのだろうか。目覚めて、夢だった事にはっとする。
ああ、都合のいい夢でもみよう。おやすみ。

 


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ああ、こんな僕なんかのためにも、朝日は昇るのだなあ。
死にたい、けどきれいだ。朝日が昇り、空が朝焼け色に染まるのを、鉄格子から
ずっと見ていた。

今日は「パフェ記念日」きららがそう言ってた気がする。
「あなたと初めて同じパフェを分け合って食べた日なの。だからパフェ記念日。
いつかまたやりたいね。何度でも」
「そうだっけな」
「いやだな、忘れたの?」
そんな会話があった気がする。パフェ記念日をまさか鉄格子の病院の中で
迎えるとは思わなかったな。

パフェとは関係ないが、最近は朝一にミルクティーを買うのが日課になっている。
コーヒーではなくて、自販機にゆっくり金を入れて、熱々のミルクティーを取って
お釣りがないか確認し、とぼとぼ帰る。これが僕の日課ね。


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はやみんは、ときどき寝ぼけているようで髪がぼさぼさの時もあるが、口紅?の色が
とても魅惑的で、色っぽい。もしかして、最近の若い子はリップというのかもしれないが、
僕にはどうでもいい。

看護師に呼び止められた。「蒼月さん」
「はい」
「速見さんに近づきすぎないでください」
「はい」僕は適当に返事した。
そういう事を考えると、何だか、僕の心が疲れてしまう。どっと負担がくる。
僕ははやみんの回復の妨げになっているのではないか?鬱になる。

はやみんは、今日も突然泣き出してナースステーションで薬をもらっていた。
ああ、よけい鬱になる。


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今日は、珍しく自販機でブラックコーヒーを買った。味はいいが
微糖の方が美味しいなと思った。おっさんにポーカーに誘われたので断った。

僕の生きる気力はどこだ・・・・缶コーヒー?今日はブラックだったな。
生きてる気が、少しもしない。生きる気力についた火は、いつの間にか風に
吹かれて消えてしまったようだ。ロウソクがポンコツだからダメなんだな。僕自身が。
久しぶりに鏡を見ると、頭はプリンで、口が開けっ放しになっている。いつから
そんな癖がついたんだろう?クスリの副作用か?

ここで見ていると、統合失調症の奴らには2タイプいるようだ。まずはメジャーなのが
おとなしい無口系。しかし少数の人はおしゃべりで、口が軽い軽い。何でもきいても
いない事を喋ってくる。人の話は全然、聞かない。
僕もそんなに喋るほうではないが、日記では別だな。


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『治療のしおり』って何?ときかれたら僕はまず「読めば読むほど鬱になる魔法のパンフレットだ」
と答えるだろう。初期の目標『精神症状が軽くなり、援助を受けながら日課に沿った生活ができる』
これを書くだけでもう鬱になってしまう。できるわけねーよ。

やっぱり、微糖じゃないとダメだ。微糖じゃないとダメなんだ。
これこそ、生きている実感というもの。ブラックやコーヒー牛乳、カフェオレ・・・
そんなのダメだ。微糖があるから僕は生きているんだ。

昨日は寝れなかった。深夜1時半に目が覚めて、エルレでも聴いていた。
5時に金の微糖を買った。24時間自販機がやっているのが、せめてもの救いだ。
今日一日、なんとかこの世にしがみつけそうな気がする。

 

 



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