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結局、夜中3時に起きてしまった。睡眠薬3つも飲んだのに、4時間しか
寝れなくて、その間何を考えていたかは言うまでもない。3時に起きて、生まれて
初めて「ラブレター」なるものを書いた。内容があまりに恥ずかしいものになると
予想できたので、片言の英語も交えながら。
深夜徘徊だな、と思いつつ、部屋の外へ出た。カフェテリア前の暗いところで座って
ぼんやりしていたら、そのことをもう始めから知っていたかのように、
はやみんがパジャマ姿で来た。
僕はその手紙をいつの間にかポケットの中に入れていたので、すぐ渡した。
はやみんも、寝れなかったらしい。目をこすって、
「ありがとう。ここ暗いから、部屋で読むね」
僕は走って逃げた。明日、話題になっていたらどうしよう。
僕は何をしでかしたんだ・・・

水色の、かわいいパジャマだったな。僕には何というブランドの物なのか
解らなかったが、全身が女の子って主張してる感じ。
この病院では明らかに浮いていた。ゾンビの群れの中に妖精が浮いている。
そんな風にしか見えない。

 


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鉄格子から見る朝の光は暖かくて、気持ちいい。もっと外にいる間に
見ておけばよかったな。僕の心に光が灯ったんだ。はやみんや
外にいるみんなのために、両親のためにも、生きなければ。

はやみんはたいていカフェテリアでぼーっとしてるので、僕は頻繁に
会いに行くようになった。行くのだが、緊張してうまく喋れない。
「はやみん、えっと・・・」
「何ですか?ジュナン」
「ほ、ほら、鉄格子から見る空、キレイだろ・・・いや、そんなのが言いたいんじゃ
なくて」
「?」
「ほら、空よりキレイなもの、知ってるかい」
「? 知らないなあ」
「いや、何でもない・・・ごめん」
ぎこちないし、緊張しすぎて吐き気がする。吐きに部屋に戻るという感じだ。
こんなんで本当に療養といえるのだろうか?

 

 


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ぼーっとして廊下を歩いて、カフェテリアに向かう。後ろからおっさんに
「よっ!色男」と言われる。もうすでに皆さんご存知のようで。
うつむいて顔を隠し、悲しそうに座っていたはやみんの肩に、手を置いた。
「はやみん・・・来たよ。僕だよ」
はやみんの目から一気に涙があふれた。僕はアセる。
「あーあ、泣かしちゃった」おっさん達がはやす。

「ど・・・どうして、泣くの?」
「あたしの周りには誰もいない。誰も来ない。振り向こうともしない。
存在さえしない。陰口を叩くんだよ。全然可愛くないくせに何芸能人面
してんだよ。何がアイドルなんだって」
はやみんは冷めた茶を一気飲みする。
よかった、昨日の恥ずかしいレターのことは忘れてくれたようだ。
「キモイって。臭いって」はやみんはまた、顔を伏せた。

 


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「陰口なんか言ってないさ。大丈夫」僕は半ば自分に言い聞かせるように言った。
そうさ、何もかも大丈夫・・・
はやみんは立ち上がって「お薬、飲まなきゃ」と言うと、僕と目もあわせずに
リスパダールをナースステーションでもらって水と一緒に飲み、部屋に帰った。
僕はクスリなしでもう少しだけ耐えてみる事にした。

「はらわたが煮えくりかえる」とはこういう事を言うのではないと思う。
「はらわたが煮えくりかえる」ように苦しい・・・というのはありなんだろうか。
はらわたがよじれるみたいにさ。我慢できなかったので、自分は武士では
ないのだから仕方ない、と諦め、ナースステーションでリスパダールを飲んだ。
少しマシになった。よかった。

そういえば、さくら商店でクールなロゴ入り長細いタオルを見つけたので、思わず
買ってしまった。黄緑でWAKE UP!と書いてあるやつだ。タオルが多いと、
洗濯をサボれるからちょうどいいんだ。

 


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カフェテリア前に行ったら、はやみんがウォークマンで何か聴いていた。
「何聴いてるの」僕は顔を少し近づける。
「古い曲なんだけどね。ううん、なんでもない」はやみんが寂しそうに笑った。
はやみんの瞳に映る人は誰なんだろう。親や家族、友達?仲間?
それすらも失ってしまったように微笑んだ。
「聴いちゃダメか」
「ダメじゃないよ、別に。・・・聴く?」僕はうなずいた。
「あたしね、寝れないときは、頭の中で洗濯物がぐるぐる回ってて、柴田淳を聴くよ。
大好き。あたしの歌とはちょっとちがうけど。ぐるぐるがぐにゃぐにゃになって、ちょっと
よくなる。大好きなんだよ。トモダチに教えてもらったんだ」
はやみんはイヤホンの片方を差し出すから、僕は受け取って耳にしっかりはめた。
もう少しだけ、大きいボリュームがいいな。

泣いたら崩れてしまいそうで
自分を必死に守ろうとする僕に
やさしく、やさしく光が
僕の頬を伝って流れた

いつも周りが賢く見えて
いつもヘラヘラ空回りして・・・

終わったころには、僕は何も言えなくなっていた。
はやみんが「大丈夫かな」と言って、僕の肩を前から優しく包んだ。
僕の頬に幾筋もの涙が流れた。
そうだよ、月から見て僕は惨めで哀れな存在だよ・・・
僕は惨めで、鬱で、僕の目の前は真っ暗だ。死にたい。
でも死ぬのも苦しいとわかっている。



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