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夕食が始まった。食欲はないが、生きなきゃ。この目の前の給食を食べなきゃ。
僕は死んではいけない、はやみんのために。はやみんと明日会うために。
あれほど死にたかった僕は、いつの間にか野草にしがみついてでも生きる
気になっていた。

そして、実は・・・
つい出来心で、夕食後がらんと空いたレストランの中、お茶を飲んでいた
はやみんに近づくと、つい目が合って、そのままキスした。はやみんは、初めてなのか
どうかわからなかったけど、とても驚いた表情をしていた。それは拒否の意味では
なさそうだった。
僕はキスなんて生温くて、美味いと思った事など一度も無かったけど、はやみんの唇は
リップクリームか何かのいい匂いがして、心から美味しいと思えた。

ああ、キスの後ほど落ち着かない時間はないだろう。まだせめて誰かそばにいてくれたら
落ち着きを保てるのに。ムリか。
部屋で「幸せな躁病の人風」になっていた。きららに何て言おう。
何も考えずに、出来心で・・・病気のせいにするつもりはなかった。明らかに、
僕が悪かった。

 


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それにしても、はやみんは僕のキスを気持ち悪いと思っただろうか?
見た感じ、そうでもないようだった。でも、明日から目も合わせてくれなかったら
どうしよう。

僕ははやみんが好きで、それは結局きららに似ていたから?
それともきららが中高生のころ好きだったはやみんに似ていたから?
よく理由もわからない。Gなんか、きっと悲しむだろうな。
あいつは顔では笑って「お前がいなくて、休日はゆっくりできたぜ」とか言うけど、
きっとまだ公園のあたりをうろうろしてんだろうな。面白いな。人間関係って。
複雑で、時にとても残酷で、面白い。
きっと、人を好きになるのに理由なんかなくて、それは別のもっと偉い神様か仏様か
何かが決める事かもしれなかった。おやすみ。
寝る前に音楽を聴いてるんだけど、幻聴でバグってて、あまり聴き心地のいいものでは
ない。

 


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結局、夜中3時に起きてしまった。睡眠薬3つも飲んだのに、4時間しか
寝れなくて、その間何を考えていたかは言うまでもない。3時に起きて、生まれて
初めて「ラブレター」なるものを書いた。内容があまりに恥ずかしいものになると
予想できたので、片言の英語も交えながら。
深夜徘徊だな、と思いつつ、部屋の外へ出た。カフェテリア前の暗いところで座って
ぼんやりしていたら、そのことをもう始めから知っていたかのように、
はやみんがパジャマ姿で来た。
僕はその手紙をいつの間にかポケットの中に入れていたので、すぐ渡した。
はやみんも、寝れなかったらしい。目をこすって、
「ありがとう。ここ暗いから、部屋で読むね」
僕は走って逃げた。明日、話題になっていたらどうしよう。
僕は何をしでかしたんだ・・・

水色の、かわいいパジャマだったな。僕には何というブランドの物なのか
解らなかったが、全身が女の子って主張してる感じ。
この病院では明らかに浮いていた。ゾンビの群れの中に妖精が浮いている。
そんな風にしか見えない。

 


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鉄格子から見る朝の光は暖かくて、気持ちいい。もっと外にいる間に
見ておけばよかったな。僕の心に光が灯ったんだ。はやみんや
外にいるみんなのために、両親のためにも、生きなければ。

はやみんはたいていカフェテリアでぼーっとしてるので、僕は頻繁に
会いに行くようになった。行くのだが、緊張してうまく喋れない。
「はやみん、えっと・・・」
「何ですか?ジュナン」
「ほ、ほら、鉄格子から見る空、キレイだろ・・・いや、そんなのが言いたいんじゃ
なくて」
「?」
「ほら、空よりキレイなもの、知ってるかい」
「? 知らないなあ」
「いや、何でもない・・・ごめん」
ぎこちないし、緊張しすぎて吐き気がする。吐きに部屋に戻るという感じだ。
こんなんで本当に療養といえるのだろうか?

 

 


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ぼーっとして廊下を歩いて、カフェテリアに向かう。後ろからおっさんに
「よっ!色男」と言われる。もうすでに皆さんご存知のようで。
うつむいて顔を隠し、悲しそうに座っていたはやみんの肩に、手を置いた。
「はやみん・・・来たよ。僕だよ」
はやみんの目から一気に涙があふれた。僕はアセる。
「あーあ、泣かしちゃった」おっさん達がはやす。

「ど・・・どうして、泣くの?」
「あたしの周りには誰もいない。誰も来ない。振り向こうともしない。
存在さえしない。陰口を叩くんだよ。全然可愛くないくせに何芸能人面
してんだよ。何がアイドルなんだって」
はやみんは冷めた茶を一気飲みする。
よかった、昨日の恥ずかしいレターのことは忘れてくれたようだ。
「キモイって。臭いって」はやみんはまた、顔を伏せた。

 



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