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救急救命士になる実習生たちと話をしていた。彼らは皆、夢と希望に満ちている。
目が僕がなくしてしまった空のように澄んで、光り輝いている。
自分だけがなんでこんな所にいるんだろう。動物園の動物みたいなものだ。
本気で虚しくなった。
いつから、夢も希望も消えてしまった?部屋に戻って、頓服飲んでしばらく泣いた。
廊下に座り込んで、ボケ老人のように座り込んで、うつむいていた。歩くときは、
蛇行しながら、酔っ払いのようにふらつきながら歩いた。
心が痛くてたまらない、誰か、誰かにわかって欲しかったのに。
廊下を歩いてくるタイラーの顔が、歪んで見える。「どうした?」

タイラーにわけを話した。タイラーは遠くを見るような目をして、「僕もそんな気持ちに
なるよ。本当なら結婚して、奥さんがいて、子供もいる年齢なのに、自分は何やってるん
だろうなって」
タイラーに話したら、少し落ち着いた。「泣いてたの?ジュナンは泣き虫なのかい?」
いつも温かいなあ、タイラーは。救われる。


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天井がカビだらけの僕の家に目覚めたような気がしていた。でもよく見ると
金網の中だった。
なぜだろう。何も悪い事をしていないのに。
ここへ来てからもう一週間になるんだな。早いな。

「思うよりあなたはずっと強いからね」
強くなんかない。強くなんかない。僕は弱い人間だ。
そう思っていたけど。
案外、強いのかもしれなかった。もう一週間、ここで耐えてきたんだ。

遠くの方で、何か悲しそうな風のような音がする。この世界を吹き渡る、
悲しみの音なのだと思う。金網の中も鉄格子の中も、外に出たって、
世界中泣き叫びたい思いであふれ、吹き渡っているのだろう。

 


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今日はSSTがあった。僕の話した議題は、とっても的外れなものだった。
「コンビニのおでんで秋を感じるか」というものだった。みんな引いてた。
言わなかっただけで。
SSTとはもちろんそう言う事を話し合う場ではない。人付き合いの中で起こる
さまざまな問題を解決する場だと思う。しかも、今日はよけいにろれつが回らなかった。
ほとんどの人に理解ができなかったかもしれない。死ね、僕なんて。

ろれつが回らない、僕の人生は終わったんだ・・・
たった一度の人生をダメにしてしまった、僕は最低の人間だ・・・
そんなことをカフェテリアでぼんやり考え、水色の空のコップを前に
頭をかきむしっていると、
突然、肩に手が置かれた。「大丈夫だよ」
「はやみん・・・」僕は振り返って、心拍数が病的に上がるのを聞いた。
「ろれつがまわらなかったこと、気にしてたんだ。やっぱり」はやみんは無造作に
僕の髪にポンと触れた。「でも、大丈夫。ジュナンは少なくとも、何言ってるかわかるもの。
でもあたしは、もう・・・」
はやみんがまたうつむいた。表情を歯でかみ潰してしまおうとした。
「はやみん」僕は突然、はやみんを抱きしめた。カフェテリアに他に一人だけいたおっさんが
雰囲気を察してか、立ち上がった。

 


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「僕は最低のまぬけのどうしようもない奴だって言ってくれよ、はやみん」僕ははやみんを
揺さぶった。
「ろれつが回らない、何言ってるかもわからないろくでなしだって言ってくれよ。
そっちの方がせめて楽になるから」
「あ・・・」はやみんは僕の腕を拒否しなかった。「ろくでなしなんかじゃないよ」
「だって・・・」はやみんの頬が赤くなる。「だって、ジュナンはすごく力があって、あったかくて、
生きてる」
「えっ」僕ははやみんを離して、辺りに人がいなくなったのを確認し、走って逃げた。
部屋で何もかも破壊してしまいたかった。

 


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部屋に帰って、違うある事に気がついた。僕の腕といえば、汚くて、服も
ろくに洗濯してなくて、臭い。はやみんに嫌われたんじゃないのか、と考えて、
ますます鬱になった。机上に散乱していたバタークッキーを手に取り、食べる。
ああ、僕にバタークッキーを食べる価値などあるものか。それすら疑問に思えてきて、
何も食べずに死んでやろうかな、と考える。
廊下に座り込んでいじけていると、タイラーが通りかかった。「ねえタイラー、僕って
臭いだろ、そばに寄ってほしくないだろ」
タイラーはまばたきして答えた。「そんなことないよ。僕が言うのも何だけど、
近寄るといい匂いがするよ。はやみんにも聞いてみな」
僕はうなだれる。「見てたのか・・・あれを」
タイラーは笑って、「ああ、噂になってるよ。でも僕はあれくらいで止めといた方がいい
と思うなあ。ここの規則だから」



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