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「語りたくないよ」はやみんは少し声を震わせて言った。「でもあたしのいた世界ではね、
いつも崖っぷちで猛烈な風に吹かれてて、能力のない人はどんどん地獄へ転落してゆく
厳しいところなんだよ」
「地獄にか・・・」はやみんがそんな言い方をすると思わなかったから、僕は愕然とした。
僕はいつも自分のいる所より下はないと思っていたけど、それでも地獄は口を開けて
待っていた。
「もうダメ・・・」はやみんが涙を頬に伝わせて言った。「もうついていけない。芸能界は、
恐ろしいところ。だから、やめた。何もかも諦めて、無職になって・・・」
気がついたら、僕ははやみんの前にかがんで、その涙を人差し指で拭いていた。
「疲れてるんだろ。嫌かもしれないけど、部屋に帰るか、誰かに相談した方がいい」
「ううん、看護師さんには話さない。ジュナンだから話したの」
「ありがとね」はやみんはそう言って、肩を震わせながら廊下を歩いていった。
(これって僕が泣かせたことになるのかな・・・?)
僕は動揺して2回まばたきして、首を振り、部屋に戻った。

 


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救急救命士になる実習生たちと話をしていた。彼らは皆、夢と希望に満ちている。
目が僕がなくしてしまった空のように澄んで、光り輝いている。
自分だけがなんでこんな所にいるんだろう。動物園の動物みたいなものだ。
本気で虚しくなった。
いつから、夢も希望も消えてしまった?部屋に戻って、頓服飲んでしばらく泣いた。
廊下に座り込んで、ボケ老人のように座り込んで、うつむいていた。歩くときは、
蛇行しながら、酔っ払いのようにふらつきながら歩いた。
心が痛くてたまらない、誰か、誰かにわかって欲しかったのに。
廊下を歩いてくるタイラーの顔が、歪んで見える。「どうした?」

タイラーにわけを話した。タイラーは遠くを見るような目をして、「僕もそんな気持ちに
なるよ。本当なら結婚して、奥さんがいて、子供もいる年齢なのに、自分は何やってるん
だろうなって」
タイラーに話したら、少し落ち着いた。「泣いてたの?ジュナンは泣き虫なのかい?」
いつも温かいなあ、タイラーは。救われる。


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天井がカビだらけの僕の家に目覚めたような気がしていた。でもよく見ると
金網の中だった。
なぜだろう。何も悪い事をしていないのに。
ここへ来てからもう一週間になるんだな。早いな。

「思うよりあなたはずっと強いからね」
強くなんかない。強くなんかない。僕は弱い人間だ。
そう思っていたけど。
案外、強いのかもしれなかった。もう一週間、ここで耐えてきたんだ。

遠くの方で、何か悲しそうな風のような音がする。この世界を吹き渡る、
悲しみの音なのだと思う。金網の中も鉄格子の中も、外に出たって、
世界中泣き叫びたい思いであふれ、吹き渡っているのだろう。

 


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今日はSSTがあった。僕の話した議題は、とっても的外れなものだった。
「コンビニのおでんで秋を感じるか」というものだった。みんな引いてた。
言わなかっただけで。
SSTとはもちろんそう言う事を話し合う場ではない。人付き合いの中で起こる
さまざまな問題を解決する場だと思う。しかも、今日はよけいにろれつが回らなかった。
ほとんどの人に理解ができなかったかもしれない。死ね、僕なんて。

ろれつが回らない、僕の人生は終わったんだ・・・
たった一度の人生をダメにしてしまった、僕は最低の人間だ・・・
そんなことをカフェテリアでぼんやり考え、水色の空のコップを前に
頭をかきむしっていると、
突然、肩に手が置かれた。「大丈夫だよ」
「はやみん・・・」僕は振り返って、心拍数が病的に上がるのを聞いた。
「ろれつがまわらなかったこと、気にしてたんだ。やっぱり」はやみんは無造作に
僕の髪にポンと触れた。「でも、大丈夫。ジュナンは少なくとも、何言ってるかわかるもの。
でもあたしは、もう・・・」
はやみんがまたうつむいた。表情を歯でかみ潰してしまおうとした。
「はやみん」僕は突然、はやみんを抱きしめた。カフェテリアに他に一人だけいたおっさんが
雰囲気を察してか、立ち上がった。

 


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「僕は最低のまぬけのどうしようもない奴だって言ってくれよ、はやみん」僕ははやみんを
揺さぶった。
「ろれつが回らない、何言ってるかもわからないろくでなしだって言ってくれよ。
そっちの方がせめて楽になるから」
「あ・・・」はやみんは僕の腕を拒否しなかった。「ろくでなしなんかじゃないよ」
「だって・・・」はやみんの頬が赤くなる。「だって、ジュナンはすごく力があって、あったかくて、
生きてる」
「えっ」僕ははやみんを離して、辺りに人がいなくなったのを確認し、走って逃げた。
部屋で何もかも破壊してしまいたかった。

 



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