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今日も、露骨によろめきながら、なんとかナースステーションに辿り着き
頓服を飲んだ。どうも部屋が暑いので、アイスノンを貸してもらった。ウザがられて
いるように感じるが、気にしない事にした。

朝からおっさん達が「ここは糞尿の匂いで満ち溢れている」などと
タバコ臭い息で話しかけてきて、いっそう気分が悪くなってしまう。
僕はGみたいにタバコは吸えないし、何がいいいのかそもそもわからない。
タバコを世界から消したいと思うがどうにもならない。
おまけに嗅覚過敏になっている僕は、病院の匂いに過剰に反応
してしまうんだ。


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窓の外を小学生が通ってく。故郷の小学生と違って比較的おとなしいな。
あの頃はよかった。その頃はまだ「精神分裂病」って言ってたんだと思うけど、
そんな病気があることさえ少しも知らなかった。他人事だと思ってた。
自分の事になってみてわかるよ、初めて。今までバカやってたんだって。
何も考えず道端の草を抜いて、蹴倒して遊ぶバカだったんだって。

重い病気の人のように、暗い顔でベッドにくるまって寝ていた。
いや重い病気なんだけどね。
ラジオ体操が聴こえる。今朝は参加しようなんて意欲も起こらない。
やめてくれよ。お願いだから・・・僕の嫌がらせみたいだ。希望に満ちた朝なんて
来ねえよ。


60

広くて白っぽい、窓の多い部屋。窓からは田舎のいい眺めだ。
そこに黒いカラオケ機がドドンと1個設置してある。不思議なコントラストだ。
僕はそのレクリエーションで、洋楽を歌った。順番待ちの時間に
絵ハガキを書くコーナーも用意されていたので、誰に渡すか考えなかったが
適当な植物の絵ハガキを書いた。
なぜか、タンポポだった。春にでも「退院しました」と出すつもりだったのだろうか。

今日は診察もあって、リアルに疲れた。カバーは看護師にとられちまったし、
どうやって寝よう。
とりあえずさくら商店(解放の人はさくら商店までなら出入りがOKとされていた)でココアを
買って、部屋に帰った。僕の頭の中はそれどころではなかった。
317号室の空きベッドに誰かが来るらしい。誰なのか?いてもたっても
いられない。ああ、早くこんな時間が終わって、早く来てくれればいいのに。
ナーバスな僕はさくら商店で買ったココアの味がわからない。
これで悪化したらどうしてくれんだ・・・

 


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さくら商店でまた、店のおばちゃんにウザがられているように感じた。
これは病気・・・なんだろうか。早く出て行けよ、と言わんばかりだったような
気がする。ウザイ奴になってやろう、と思ったけどもう何だか気が滅入ってきた。
すべての人にウザいと思われるのは辛いよ・・・ああ、病気なのか?

はやみんの部屋は二つ隣で、同室の女性達とうまくいっていないのだろうか、
いつもカフェテリアで何か飲んでいた。タイラーと角度60度くらい離れた席で。
僕は入り口前の席に無造作に座り、何もしないで頬杖をついていた。突然
口から歌が出た。「朝焼けのビルの 彼方へ羽ばたく鳥のように
この胸の中を曇らす迷いを 大空高く飛ばしてほしい」
「いい声してますね。ジュナン」
物思いに沈んでいてふと気がつくと、前の席にはやみんが来ていた。
僕はコップの熱いお茶を喉にひっかからせて咳き込んだ。
「・・・ああ、昔から声は高い方だから。この曲、何かわかるかい」
「ミスチルの昔の曲でしょ」虚ろな目。どこか焦点のあわない目ではやみんが
笑った。
「ばれたか」僕も半分笑った。
「尋いてもいいのかな」僕ははやみんの目をまっすぐ見た。「どうしてこんな
ところに?」

 


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「語りたくないよ」はやみんは少し声を震わせて言った。「でもあたしのいた世界ではね、
いつも崖っぷちで猛烈な風に吹かれてて、能力のない人はどんどん地獄へ転落してゆく
厳しいところなんだよ」
「地獄にか・・・」はやみんがそんな言い方をすると思わなかったから、僕は愕然とした。
僕はいつも自分のいる所より下はないと思っていたけど、それでも地獄は口を開けて
待っていた。
「もうダメ・・・」はやみんが涙を頬に伝わせて言った。「もうついていけない。芸能界は、
恐ろしいところ。だから、やめた。何もかも諦めて、無職になって・・・」
気がついたら、僕ははやみんの前にかがんで、その涙を人差し指で拭いていた。
「疲れてるんだろ。嫌かもしれないけど、部屋に帰るか、誰かに相談した方がいい」
「ううん、看護師さんには話さない。ジュナンだから話したの」
「ありがとね」はやみんはそう言って、肩を震わせながら廊下を歩いていった。
(これって僕が泣かせたことになるのかな・・・?)
僕は動揺して2回まばたきして、首を振り、部屋に戻った。

 



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