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タイラーと久しぶりに廊下でばったり会い、話をした。前回話した時が
もう遠い昔のように思えた。
「ここに来て一週間位は、独房に入れられた。何をしてんだろうなと思ったよ。
他の人は働いて、自動車乗り回してさ、世間の役に立ってんのに。自分は
何をしてるんだろうなって」
僕は言った。「ここに来る奴はみんなそう思ってるさ」
タイラーが遠い目をして言った。「ああ」

二人でカフェテリアに入り、無表情で席についた。
タイラーほど穏やかな奴が、独房に入るなんて一体何をやらかしたのだろう
と思ったが、尋かなかった。
タイラーは珍しくその夜は饒舌だった。「家族なんて、姉がときどき面会に来るだけでさ、
父さんも母さんも死んじまった。運命を呪ったこともあるけど、今はもういいよ、って
思えるようになった。僕は始めから、天に見捨てられた存在だったんだよ。天に
見捨てられたから、生まれてきたのさ」
僕は頬杖をついて言った。「僕も20年後はそんな感じだろ」
タイラーが少し涙目になった。「とりあえず、ろれつが回らないのがイラッとくるよ。
死にたい。窓を破って飛び降りたくなるよ。そっちの方向に引っ張られる。
ジュナンは?」
「僕も、無性に死にたくなる」僕らの意見は一致した。

 

 


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アゲハについては、何の痛みも感じない。感覚が麻痺している。
現実感がなくて、自分の事じゃない感じ。空も、木も、街も、
みんな寝ている。そんな気がする。

10時になったので、売店にプリンを買いに行った。買った事で満足して
しまって、食べながらぼんやりしていたら、あっという間に食べ終わってしまった。
美味しいかどうかもわからなかった。

ここの食事は、食欲を失くしている僕にとっては、少し多い。無理矢理食べたら、
胃が久しぶりに食べ物を受けつけて、悲鳴をあげている。クスリを胃に流し入れるのに、
やっとだった。
「グゥ」と胃が鳴る。僕に生きる気などまるで無くても、胃は生きようとしているのだろう。
その必死の抵抗を、僕は曇りガラスの向こうから眺めている。
偉いなあ、胃は。僕の脳ミソの何て腐っている事だろう!


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きららから返事が来た。面会に来た母が渡してくれた。ハサミがなかったので、
そっと破った。

『そっか・・・入院していたのね。ケータイがつながらなくて、もしかして、
とは思ってたけど・・・
ジュナンのことだから、元気じゃないだろうけど、どうしてる?
心配だよ。』

『ジュナン・・・アゲハはどうしてる?彼女、鬱で最近ひどいってきいてたから、
入院したってきいたら、あっ、ジュナンと会ってるかもしれないなって。違う病院だったら
ごめんなさい。
同じ病院だったら、仲良くしてあげてる?あの子、ジュナンの事大学の頃から
ずっと好きだったんだよ・・・でもジュナンには私がいたから、ずっと耐えてたの。
だからどうなったのかすごく心配で・・・
結構前から鬱で、でも人前では笑ってて、無理して、つらかっただろうな。
ジュナンも今苦しいだろうから、わかってあげて。』

『アゲハの話ばかりして悪いわね。ジュナンのことはもっとずっと、心配してる。
私の名前、かわいいって言ってくれた、最初の人だもの。
いつも仕事帰りに夜空を見て、ジュナンといた大学の頃のこと考えてる。
ベッドにもぐって泣くこともあるけど、大丈夫だよ。
虚ろな目・・・そうだよね。でも覚えてるよ私、ジュナンと出会ったときの、あの目・・・
空より綺麗なものがあるなんて知らなかったんだ。
大丈夫、辛いのは今だけよ。虚ろな目をしてる人たちだって、一生そうじゃないでしょう?』

 


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『私はね、看護師をやってるのよ。まだ学生だけどね。言ってなかったらごめん。
ジュナンの病院とは違うわ。汚いこと、辛いこと、いっぱいある。言ったでしょ、
どんな人にも、闇はあるって。
でもね、ジュナンと過ごした思い出と、これからまたいつか出逢えるドキドキ、そういうものを
たよりにして頑張るよ。
だから、死なないで。私が守るよ。遠い空から祈ってるよ』


僕は手紙をくしゃくしゃと丸めて、ゴミ箱に捨てようとして、手をとめた。
さすがにそれはやりすぎだ。

何をキレイ事をぬかしているんだろう・・・?きらら、僕はろれつが回らなくなって、
社会のお荷物になって、死ぬだけの運命さ。
他に何があるというのだろう?

まるめた赤いチェックの便箋をもういちど広げる。
「ごめんな、きらら・・・」

申し訳ない、僕の存在自体が。


50 The Fate

カフェテリア。ひどい臭いのする所だ。ここで、机に伏せて寝てしまおう。
どうせまた昨日の悪夢を見るんだろう。
「ちょっといいですか」聞きなれない、でも遠い昔どこかで聞いたような声。
「んん」僕は顔を上げる。「わあ、きれいなヘイゼルの瞳」
「はやみん・・・?」夢か、それとも幻覚か?僕がずっと大好きだったアイドルの顔を
した女性が、目の前で僕をじっと見ている。
「幻視は無視することにしているので。ごめんね」僕は視線をそらす。そんな現実感の無い
話、あるはずかない。
「幻覚じゃないよ。私、はやみんです。速見メリィっていいます。
今日からビョーキで入院になりました。よろしくね、金髪くん」
はやみん・・・嘘だろ、嘘か現実か解らない。現実として見れないから、
僕の顔は蒼白なままだった。「はやみんって、あのテレビに出てたアイドルと同じ名前だね」
「同じ名前じゃなくて、あたしがテレビに出てたの。メイク落とすと別人だよね。
でもあたしがホンモノの速見メリィ。はやみんって呼んでね。ああ、
年きいてもいいよ」
「・・・何歳なんだ」
「今年で21なんだぁ。それにしてもね、そのうっすーい目の色とか、金髪さんのカッコいい
ところあたし好みなんです。つきあっちゃおうかな」

 



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