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レストランでアゲハに後ろから話しかけられた。「隣ちょっといいですか」
「ああ」僕は心をなくしてしまった人のように応えた。
「何考えてたんですか、頬杖ついて、ぼんやりしちゃって」
「何も・・・鬱なこと以外は何も」
死ぬ。生きる。そういう言葉もゴミ箱の中に突っ込んだように乱雑で、
滅茶苦茶になって僕の頭の中に押し込まれている。頭がダメになってしまってる。
「ふふっ」アゲハが何故か笑った。「知らないんですね、ジュナンさん。
蒼月ジュナンさんでしたっけ、ここでは結構人気ありますよ」
「人気なんかないよ」僕は溶けてしまったみたいな眼球を動かす。
「僕のどこに人気があんだよ」
「そ・う・い・う・と・こ・ろ。 いつも浮かない顔してて、顔伏せたりしてて、
ときどき誰も予想しなかったところにひょっこり現れたりするところ。そういうのに
女子は弱いんですよ。
あっ、女子っていうか私以外はオバサン連中ですけどね」
「アンケートでもとったのか?匿名で投票でもしたんだ?」わけわからん。
「いえ、聞いただけですけどね。一番人気みたいですよ。ほら、ときどき廊下に座り込んで
クッキー食べながら沈んでたりしますよね。このロマンがわかりますか」
「全然わからんな」
「ジュナンさんらしいですね」アゲハがまた笑った。


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最近、舌のろれつが回りにくくなってきた。ああ、寂しい。
僕はあの何言ってるかわからない入院患者たちと同じなんだ。
明日救われるとかないかなあ。おやすみ。天上から何かスバラシイ
力が降りてきてさ。


(一日後)

 

毎日5時に起きている。どうも今日は寝ていたらしい。でも、暑かったり寒かったりで
温度調節がうまくいかないんだよ。4時間くらい寝たんじゃないかな。

鉄格子越しに見える朝日が綺麗すぎて泣いた。閉じ込められて初めて気付くことも
あるのだった。後悔がこみあげてきて、よけい鬱になった。何で、空は、雲は、こんなに
赤いんだ?もっと広い場所にいて、どうして気付かなかったんだろう。

タイラーとは、最近うまくいってない。何だかそっけなくて、僕のことをただの空気か
カフェテリアの椅子みたいに扱う。無視されるのには慣れてるけど、誰も喋る人がいない
生活というのは、正直寂しい。

 


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タイラーがぽろりと言った。結局、他に喋る人がいなかったので、僕は
どこまでも付きまとうことにした。
「そういえば、紺野アゲハって知ってる?」
「知ってるよ」
「あの子、自殺図って閉鎖に移ったらしいよ」
「えっ」心がここにない僕も、さすがにこれには驚いた。「君とよく話してた子だよね。
何かヤバい事言ったんじゃない?」
「ヤバい事…?」僕はぼけた頭で、昨日の献立も思い出せないような頭で、
必死に考えた。
「キレイだよ、とかかわいいよ、みたいな事を言ったような・・・」
「もしかしてそれかもよ。健康な人だったら大丈夫だけど、入院してるような子だったら、
それを悪くとる場合もあるじゃん。知らないけど」
「そうなのか・・・?」

僕がアゲハを壊してしまった・・・?何となく実感がわかない。本当にそうなのか?
しかしその真偽はともかく、アゲハはこの病棟のもうどこにもいない。
寒気がした。僕は震えていた。そんなにも簡単に、閉鎖に落とされる?
「ねえ、聞いてるかい」
「ああ」
「あの子、鬱なんだけど、顔に出すのが苦手で、ずっと人前では笑ってたって聞いたよ」

 


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アゲハ、アゲハ、・・・アゲハって誰だったっけ?どんな人?
それすら、知らなかったような気がする。
僕は、壊してしまったのか、よく知らない女の子を・・・


エアコンはときどき、喋る。遠すぎるラジオのように小声で喋るので、
気になって仕方がない。もっとも大声で喋られても困るが。
今日は休ませてくれるのかと思ったら、運動会の総練習があるようだ。
ああ死にたいな。輪廻なんて信じたくもない。

「こんにちは・・・」僕が明らかに沈んだ声と顔で言った。
「こんにちは、どうしたの」男の医療スタッフが優しそうに言った。
「運動会の総練習、全員が出なきゃいけないんですよね・・・」

 


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「ええと、待ってよ」医療スタッフが紙を見た。「君は出なくていいよ。午後から
別のプログラムに参加してもらうから、疲れちゃうでしょ」
「もう十分疲れてますよ。ええと・・・何言うか忘れました」
スタッフはふふっと笑った。「思い出したら言って」
部屋に肩を落として帰った。帰ってもまだ思い出せないのが辛かった。
午前中は思い切り寝てやろう。

自販機で、カルピスソーダを買って飲んだ。僕は炭酸は苦手だったが、
自販機に並んでいると挑戦したくもなるものだ。
部屋のポンコツのエアコンがあまりに静かにしてくれないのがいまいましくて、
おかしくなりそうだ。もうおかしい奴の言う事じゃないけどな。



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