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「回復へのしおり」なるものを書かされる。希望?やりたいこと?特にない。
ただ、寝たい。寝たい。希望?何だそれ?
しおりを見て落ち込む。希望が何だって?もうやめてくれよ。そんなものがどこに
あるというのか?希望:寝たい。それだけ。
一週間の予定を書いた。月寝る、火寝る、水話す、木寝る、金寝る。
水曜日も10分話したら寝よう。

そのあと、案の定めっちゃ凹んだ。希望。そんなもの僕のどこにあるというのだろう。
白いベッドにくるまって、泣きながら眠りについた。

 


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「『回復へのしおり』知ってる?」僕は窓の外を見ているタイラーに尋ねた。
「知らないね」タイラーの声はいつも穏やかだ。
「今後の週間予定を書かされるんだけど、あるわけないだろ。
やる気に満ちてここ来る人いないじゃん」
「確かにな」タイラーはまだ夕暮れの方を向いていた。
「月寝る、火寝るって書いたよ。書きなぐって大泣きした。そのしおりによればどんどん
回復してくことになってるけど、そんなわけないぜ」
タイラーは僕に背中を向けていたが、少し笑ったように感じた。
「次はどん底かもね。どこまで落ちていくんだろうね」
「ここ来てる時点でどん底だよ」

しかし、タイラーの予言は的中する・・・

 

 


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夜もタイラーと話していた。
「電車が空を飛ぶのを見た人がいるらしいよ」
タイラーはいつも決して荒くなく、穏やかな声で言う。
僕を見ているようでも、さりげなく窓の方を気にしていた。
「へえ、そうなの」
あとは思い出せない。認知機能が麻痺している。

僕を刺した蚊が、まだ生きているようだ。もう一ヶ所刺された。
電気を朝4時からつけて待ち構えているが、意外と寄って来ない。
はあ、朝に早くならないかなあ。売店で消しゴムが欲しいんだけど。
新しい朝が来た。 希望の朝なんて来ねえよ。
鉄格子ごしに赤い朝日を見た。


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午前早くに運動も兼ねて階段を降り、自販機まで走った。
ついに念願のクリーミーラテを手に入れ、一人で乾杯。
味はそこそこだったが、まあいいとしよう。

今日は、自分が凄く惨めに感じた日だった。吐き気をこらえながら
掃除をしていたが、ついに限界が来て、モップを置いて座ってじっと耐えていた。
そのうちに、涙がこぼれてきた。僕ほど惨めな人間は、この世界にいないんじゃ
ないかと思った。「金の微糖」で隠し、飲み干してしまう。
この後から運動プログラムがある。頑張らなければ。

 


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鏡を見ると、僕も彼ら、彼女らと同じ虚ろな目をしている。いやそれ以上かな。
いつか、印象は薄いって言われてたけど、後輩の女子に告られたこともあったかな。
遠い昔のようだ。いま、こんな僕を見てくれるのはアゲハくらいだ。
アゲハは僕のファンなのかもしれない。男子用の洗面所は女子のそれより大きいらしいので、
女性もたまに来るのだが、僕が顔を洗っているとき、たまに後ろにいる。
「こんにちは」と軽い挨拶をしたり、微笑み合ったりするだけなのだが、何か特別な目で
僕を見ているようだ。
こんな虚ろな僕に何の魅力があるというのだろう。



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