閉じる


<<最初から読む

31 / 202ページ

30

とっても意味のない幸福感に包まれ、笑いながら売店へ行った。
なぜか嬉しくて外来の方まで行ってしまった。売店のおばさんに「あなた
買ったものを忘れてるよ」と言われた。買ったものを忘れるほど、
幸せな気分でいっぱいだった。
病棟に帰ってからある人とポーカーとウノをやって余裕勝ちした。
部屋で、ベッドに横向きに丸まって寝ていた。さっきから汚い例えで
申し訳ないのだが、よだれが止まらないほど気持ちいい。
何で?

今日は4時から診察かードキドキだなあ。暇なのでカフェテリアの辺りを
うろうろする。
やっぱりコーヒーはいいな。症状が進んで、どれだけマッドになっても
コーヒーは飲むんだ。ならないといいけど。

 


31

「回復へのしおり」なるものを書かされる。希望?やりたいこと?特にない。
ただ、寝たい。寝たい。希望?何だそれ?
しおりを見て落ち込む。希望が何だって?もうやめてくれよ。そんなものがどこに
あるというのか?希望:寝たい。それだけ。
一週間の予定を書いた。月寝る、火寝る、水話す、木寝る、金寝る。
水曜日も10分話したら寝よう。

そのあと、案の定めっちゃ凹んだ。希望。そんなもの僕のどこにあるというのだろう。
白いベッドにくるまって、泣きながら眠りについた。

 


32

「『回復へのしおり』知ってる?」僕は窓の外を見ているタイラーに尋ねた。
「知らないね」タイラーの声はいつも穏やかだ。
「今後の週間予定を書かされるんだけど、あるわけないだろ。
やる気に満ちてここ来る人いないじゃん」
「確かにな」タイラーはまだ夕暮れの方を向いていた。
「月寝る、火寝るって書いたよ。書きなぐって大泣きした。そのしおりによればどんどん
回復してくことになってるけど、そんなわけないぜ」
タイラーは僕に背中を向けていたが、少し笑ったように感じた。
「次はどん底かもね。どこまで落ちていくんだろうね」
「ここ来てる時点でどん底だよ」

しかし、タイラーの予言は的中する・・・

 

 


33

夜もタイラーと話していた。
「電車が空を飛ぶのを見た人がいるらしいよ」
タイラーはいつも決して荒くなく、穏やかな声で言う。
僕を見ているようでも、さりげなく窓の方を気にしていた。
「へえ、そうなの」
あとは思い出せない。認知機能が麻痺している。

僕を刺した蚊が、まだ生きているようだ。もう一ヶ所刺された。
電気を朝4時からつけて待ち構えているが、意外と寄って来ない。
はあ、朝に早くならないかなあ。売店で消しゴムが欲しいんだけど。
新しい朝が来た。 希望の朝なんて来ねえよ。
鉄格子ごしに赤い朝日を見た。


34

午前早くに運動も兼ねて階段を降り、自販機まで走った。
ついに念願のクリーミーラテを手に入れ、一人で乾杯。
味はそこそこだったが、まあいいとしよう。

今日は、自分が凄く惨めに感じた日だった。吐き気をこらえながら
掃除をしていたが、ついに限界が来て、モップを置いて座ってじっと耐えていた。
そのうちに、涙がこぼれてきた。僕ほど惨めな人間は、この世界にいないんじゃ
ないかと思った。「金の微糖」で隠し、飲み干してしまう。
この後から運動プログラムがある。頑張らなければ。

 



読者登録

あめのこやみ(おけちよ)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について