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10

朝食は、ほとんど手につかなかった。入院患者の
タイラーという男と話して、自分が彼より重症であることに気がついた。

僕は、とことんウザイ奴になってやろうと思う。キツい看護師、そういうものに
負ける気がしない。いろいろナースステーションに訪ねに行った。
うるさがられた。高校や中学校よりずっとマシな世界だ。

心の痛みは、なぜか消えてなくなった。そして、生きる気力に火がついた。
あの生意気な憎たらしい看護師が、逆に生きている感じにさせてくれる。
あまり食べてないのも、逆にいいのかも知れなかった。

 


11

僕が入れられたのは解放病棟だった。だから階段を降り、下で
植物を育てている医療スタッフと話をすることができた。
何という植物だったか忘れてしまったが、初めて見た変わった花だった。
僕は植物オンチだ。キキョウと言われたが、キキョウがどれなのかわからない。
植物に関する知識が必要だな。

カフェテリアでタイラーと喋りながら食べた。タイラーに「夢遊病?」と言われる。
僕が「いつの間にか座ってる」話をしたからだ。
やっと胃に少し食べ物が入って、重い。
その後は僕の何もせずに寝たい気持ちが復活して、寝ることにした。

 


12

抗精神病薬が変わったらしい。頭がほわーんとして、笑い出したく
なるほど気分がいい。何も考えられないけど。
僕はいつも鬱だけど、今日は少し笑った顔をしてる。空っぽで虚ろな、
笑顔。虚ろなのはここの人皆そうだ。
廊下に座り込んで、ずっと笑ってた。

太陽は、鉄格子越しに見ても、いい。虚ろな心を暖めてくれるものだ。
そして、そこで飲むコーヒーはまた格別に美味い。コーヒーがなかったら
自殺を図っているのではないかと思うほどうまい。

財布を開けるが50円と10円玉しかない。
ぼけた頭でなんとか120円を計算し、自販機にチャリチャリ入れ、微糖のコーヒーを
買う。何か、達成感がある。

タイラーがカフェテリアで何か考え事をしていた。僕が尋ねたが、
「秘密」といって何か教えてくれなかった。冷水を飲んで部屋に帰った。


13

「思うよりあなたはずっと強いからね」というエルレの歌詞がある。
僕はエルレが好きでずっと聴いていたので、音楽がなくても十分
思い出せた。僕は、実は強かったのかもしれない。弱っちい、弱い、と
昔から言われ続けて、そう思っていたが、入院してどんな気分になるだろう、
辛くないかなと思ったら、意外に馴染んでしまった。
強くなくても、適応能力があるのだろうか。

気持ち悪さに耐えながら、推理小説を読む。まだ内容に入ってないところだ。
細かい文字を必死に追う。どうにか2ページ読めた。
もう寝よう。当分はクスリ飲んで寝る。統合失調症もインフルエンザも
基本は同じなんだ、食べてクスリ飲んで寝る。というわけでおやすみ。
クスリの時間が待ち遠しいなあ。

 


14

僕は何も知らない。新しく入ったあの大きなクスリが何のクスリで
名前を何というのか、全く知らない。今度診察の時に聞いてみよう。
何だか頭が不快な感じでフラフラする。クスリが切れてきたんだろうか。

鉄格子を見ると、僕は嬉しい。なぜ嬉しいのかと思われるだろうが、
守られている実感があるんだよ。早くクスリの時間にならないかなあ。
家のベランダにも鉄格子取り付けたいよ。僕はいつかあそこから
落ちてしまう気がする。

夕食をタイラーの隣で食べた。わりと美味しかったのでほとんど全部
食べた。胃が痛くなってしまった。でもクスリは飲んだ。
食事は、家よりおいしい。家でこんな手のこんだメニューが毎日出たらいいよな。

僕は、認めたくないが寂しがりだと自覚している。でも今日はほんの少しも
寂しさを感じなかった。ここの仲間に、いつの間にかなっていた。

 



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