閉じる


<<最初から読む

5 / 202ページ

4

看護師の男女三人と患者三人でトランプを始めたものの、
気が向こうの方へ飛んでいて集中できない。簡単なルールがわからない。

入院がこんなにいいところだったとは知らなかった。僕の燃えかすのようだった
生きる気力に、火はつかなかったが、少し煙が立ったように感じる。
何かよく知らないものに、大きな手で守られているんだ。
その力は、凄い。目に見えないくせに頭痛も幻聴も今日はおさまっている。

もうこのまま何もせずに眠っていたい気分。食事もいらない。起きたくもない。ただ、寝ていたい。
本を持ってきたが、読みたいとも思えない。
疲れたのかどうかもわからない。ただ、寝させてほしい。

 


5

僕は破瓜型なのか?「なのか?」とはよく知らない事柄について
使う言葉だと思う。でもこの場合、僕も周りの人も言わないだけで知っている。
僕ももちろん知っていたが、認めたくないから言ったのさ。
それに、僕は破瓜型だと実際どうなるのか、よく知らない。幻聴が少なくて、
例の「無為・自閉」が出てくるタイプなんだろうと思う。

それと関係があるかはわからないが、僕の『無為』症状はけっこうひどい。
気がつくとぼんやり白いベッドに座っている。その前に何をして、
何を考えてたかがまるでわからない。家にいたときはいつの間にか風呂に
入ってたり、寝たりしていた。

夕食。僕は野田というおっさんと喋っていた。といっても彼が何を言っているかは
98パーセントわからない。辛うじて単語が聞き取れることがある。
それをもとに推測して会話するんだ。本当は若い人がよかったが、ここにいるのは
7割型おっさんだ。それも極端に年の。

 


6

外から鍵はかけられない。だから、「誰か後をつけて襲ってくるんじゃないか」と
不安になる。不思議だ、大学のひとり暮らしの頃はそんな事気にしちゃいなかったのに・・・
看護師をつかまえて訴えると、「大丈夫ですよ」と言われる。
ああ、今日の薬はいったい何を飲んだのだろう。不安でたまらない。

いつの間にかぼんやりと立って、、やっていることを忘れてしまっている。
明日も自販機でコーヒーを買おう。微糖で。
そういうと、なんだか虚しいような、切ないような気分に襲われる。
僕は今、一缶のコーヒーのために生きているんだ。

 


7

夜の薬を飲んだ。コップに水をいれて、持って並んで、
袋に入ってる謎の薬を飲む。それだけ。
何か効果があるのかわからないが、明日は寝れるだろうか。

今日の午後の事。
「蒼月ジュナンさん」と呼ばれて、自分がいつの前に名前を教えたのだろうと
思った。
看護師の女性が言った。「都会的な感じの患者さんって珍しいですよね」
「都会的・・・?」
もう一人の看護師が言った。まだ20歳過ぎに見えた。「都会的というか、かわいい感じかな」
かわいい・・・?僕には理解ができなかった。
彼女らとトランプをやった。誰もが知ってる、ババ抜きと7並べ。
少しも理解ができなかった。心がここじゃない遠くへ飛んでいってしまってる
みたいだった。看護師たちがなぜ笑っているのかわからない。
あげくの果てには「大丈夫ですか」と気遣われた。

フラフラしながら眼鏡ケースを探す。僕はコンタクトは持ってこず、黒ブチ眼鏡で
来ていた。睡眠薬が効いてきたらしい。

 


8

寝れねえ。とにかく寝れなかった。
睡眠薬は入っていたのに少しも寝れない。午前4時半に起きてこれを書いている。
始めは、頭の中が声でいっぱいになって寝れなかった。こんなにたくさんの
声を聞いたのは初めてだった。次は、とにかく目がさえて寝れなかった。
それに、N市の街は明るい。窓にカーテンがないから、電気を消しても
十分すぎるほど明るい。

本を持ってきた。でも読む気にならない。ただ寝たいというのがあるだけで。
あ”--本も音楽もない生活より、コーヒーのない生活のほうが耐えられない。
コーヒーをよこせ。

ええと、朝食の前にまずコーヒーを飲んで・・・だめだ、
昼間の楽しみが減ってしまう。でも飲みたいや。

結局、コーヒーを買ってしまった。
朝日はまだ見えないんだけど、朝の雰囲気の中で冷たい微糖コーヒーを
飲むとやっぱりおいしい。
まっとうに生きる気力もないけど、なんとか今日一日だけなら
やれそうな気がしてきた。

 

 



読者登録

雨野小夜美(おけちよ)さんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について