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Falling

90

カロリーメイトといえば、JKみたいなイメージがあるが、僕には思い出の食べ物だ。
大学受験の時に、深夜2時ポリポリ食ってたっけ。
でも一日13時間勉強してたから、頭がおかしくなったんだろう。そういう苦い
思い出も、合格の思い出もいっぱいつまった、いつも隣で苦しむ僕を見ていた
食べ物だ。

昼食後の服薬の時、手が震えて神経が弱っていた僕はクスリを思い切り
床に転がしてしまった。「ジュナンさん、お年寄りじゃないんだからしっかり
してくださいよ」と看護師に言われる。

掃除も、体力が残ってなく、できなかった。リハビリ室でダイエット教室なるものに
参加させられるが、途中から机に突っ伏していた。文字が何を意味しているのか
わからないし、視界が揺れて全く読めない。
                                  


91

夜、気分は落ち着くが少し熱っぽいような気がする。疲れのせいだろうか。
そうだ、Gにも何か書こうかな。住所何だったっけ?
Gは強いしシャイだから、露骨に寂しいとは言わないだろうけど。
今頃僕の事を考えているだろうか。心配しているだろうか。
何も言わずに来てしまったから、まだかぼちゃ公園のあたりで待ってるかもな。Gの
思うようにはしてやれないけど、会いたいな。

それにしてもGって、僕みたいに奇声をあげて泣いたり、しないんだよな。
やっぱ強いね、彼は。きららも、強い女性だ。
測ってみたら、やっぱ微熱があった。もう寝るよ。おやすみ

 


92

金の微糖は内容量が少なめだから、半分まで飲んで何かもったいない気がして
くる。朝の4時半、起きてコーヒーを買い、これを書いている。とはいえ
昨日は8時に寝たから、8時間寝たわけだ。顔も洗った。

ああもし、金の微糖がなくて、タイラーとはやみんがいなかったら、僕は金網を
破ろうとして血まみれになるか、シーツで首を吊っていただろう。今頃閉鎖に
いるだろう。特に、金の微糖には何て感謝していいかわからない。自販機に
金の微糖がなかったら、僕はもういないといっても過言ではない。

とkろで、窓に金網が張ってあったら、入院歴の無い人は閉じ込められた気分に
なって悲しいと思うだろう。でも僕が入院した時は、心から金網に「ありがとう」と
思ったよ。僕の命を守っていてくれる。見ると安心してたまらないんだよ。
それに、洗濯物を盗られる心配もないし、もっとも女子の下着を盗む奴はいるかも
しれないが、僕の汚い洗濯物なんて誰も要らないと思うがね。そうそう、
飛ばされる心配もないし。

 


93

空が、赤、黄色、青の三色に染まるのを見たことあるかい?僕は初めて見たよ。
僕に生きる気力がなくても、世界は生きよう、生きようとしている。今日を探して
回り続けてる。夜明けを見ながら、エルレのRed Hotをクレイジーな音量で聴くのが
僕の日課となった。

どっかで「賢者は歴史から学ぶ」と言う言葉をきいた事があるような気がするのだが、
僕は少なくとも賢者ではないし、君子でもないから、失敗からしか学べない。
いいじゃないか、失敗からも学べなかったら終わりだぜ。僕は失敗から、少なくとも
学んできた。そこはいい加減、自信をもたなきゃな。

落ち着け、落ち着け・・・と自分に言い聞かせる。さっきから監視されている気がする。
かなりナーバスになっているのがわかる。看護師に尋ねたところ監視などしていないと
言うが、どうも信用できない。

監視されているという考えが頭の中に次々と入ってくる。誰を信用したらいいのか
わからない。廊下に出た。タイラーならわかってくれる。でも、どこにいるのだろう。
部屋かもしれない。他人の部屋に押しかけてはいけない。
タイラー・・・苦しいよ、どうしたらいいんだよ・・・


94

少し落ち着いた。トイレの鏡を見ると腹が立つほど、いっそそういう風に染めてみたのだと
主張したくなるほどプリンで、悲しくなる。
しかも僕の地毛はもともと茶色、明るめの色なので、まるでカラメル。プッチンプリンを
思わせるような色使いだ。染めてから来ればよかったな。

あのころ、そんな余裕はなかった。僕は嗅覚過敏で、ヘアカラーの匂いなど嗅いだら
吐いてしまっていただろう。

おっさんが言った。「クスリ飲んでるから、目つき普通の人と違うよね」
そうだよ、僕はクスリ飲んでる虚ろな目の薬物中毒者だよ。

今日はレクに参加して、玉を投げたりバレーボールをやったりしていた。すぐ負けて
同じグループのオヤジに舌打ちされた。
それと、診察があった。気分安定剤が増えた。ロナセンが減った。

何だかよく分からないが、不安でたまらない。僕は震えている。さっきリスパダールを
ナースステーションでもらって、飲んできた。リスパダールは苦いけど少量の水と一緒なら
案外簡単に飲める水薬だ。ただし頭や背中がだるくなることがある。

シーツ交換の日だった。新しいシーツを受け取ったのはいいが、頭が完全にやられて
いてかけ方も全く分からない。看護師に手伝ってもらってようやくできた。

 


95

夜、遠くの病棟で「お水くださーい」とものすごい怒鳴り声で叫びまくっている人が
いて、すげえ怖かった。

夕食の時、はやみんが落ち込んでいて、リスパダールをもらっていた。
僕が何か言ったのかな?傷つけてたらどうしよう。
リスパダールを飲んでいたはやみんに話しかけたら、はやみんはなぜか涙を
こぼしながら意味の全くわからない幼稚園の話をして、コップを持ってすぐ部屋に
帰ってしまった。

僕の気持ちは、何だか冷めてしまっていた。はやみんは、何ていってるのかときどき
わからず、こっちの頭までヤバくなってくる。きららに似ている。でもきららじゃない。
きららには、遠く及ばない!顔はかわいいけど、ただの抜け殻。完全に壊れて
しまっている。

そういえば、センターである女の子が声をかけてきて、「彼氏募集中です」って言うから、
その子がどう思ってるのか看護師に聞いてみたら、「あなたがイケメンすぎるから
みんな声かけてくんのよ。あまり気にしないで」と言ってた。
どうでもいいね。プッチンプリンの何がいいんだ。おやすみ

 


96

今深夜2時。おはよう
睡眠薬をもらいに行ったけど誰もいなかった。がっかりだよ
そういえば昨日、「統合失調感情障害の人が知り合いにいて、それと僕とは
何が違うんですか?」と先生に尋ねたところ、統合失調感情障害は気分障害を
ベースに統合失調症がのっかってるもので、僕の場合は「統合失調症をベースに
躁鬱がのっかってるもの」らしい。違いわかる?僕にはわからん。

今度、また別の人に「目の焦点があってない」と言われた。

深夜3時に書く話ではないが、前の晩、タイラーとカフェテリアのテーブルをかこんで
長話をしていた。
ふだんはあまり感情を表さないタイラーだが、僕の前ではけっこう楽しそうだった。
忘れてしまったが、いっぱい喋ってくれた。彼は前「涙なんてもう枯れた」と言って
いたのに、それでも笑えるんだな。僕と気が合うのかな。

僕は5円玉みたいに価値の低い、使えないやつだ。5円玉が本当に役に立つのは、
お賽銭の時だけだ。
僕は自販機で5円玉が使えない事を知らなかったので、入れたら、出てきた。
何度も入れてみたが、やっぱり出てきた。
今までボトルコーヒーばかり飲んでいたから、こんなに自販機を利用することがなかった
んだ。バカだなあ。
それに、病院の人間関係って難しい。微糖飲んでるうちが一番幸せだよ。
真っ暗で自販機前ではお金が見えないから、部屋に明かりをつけて、120円数えて
持っていく。今日も夜明けが見れるかな。


97

ブラックコーヒーもすきだ。いつだったか、ハワイへ旅行に行って、
甘い、甘すぎるおやつと飲み物を食べた時、またそればブラックの苦味と
よく合うんだ。
あと、ボトルのよりはマックのブラックコーヒーの方が好きだな。僕は。
ミルクも砂糖も何も入れないのがたまらないんだよ。

ハードロック・ハードコア・パンクを大音量で聴いて何が悪い?
もし耳が悪くならないかわりにもう二度と聴けないんだったら、僕は首を吊る。
いい音楽聴いて、耳が悪くなったら、本望だよ。今の僕を生かしてくれるものが
ないと、未来に耳が悪くなるとか、そんな事はありえない。
未来自体が、消えてしまうのだから。
あまり夜明けにふさわしい音楽ではないが、エルレのSalamanderを聴いて
いた。未来なんてこの際、どうでもよくて、今の自分の事しか考えられなかった。

coldrainやONE OK ROCKも好きだが、彼らの音楽にはエルレほどの温かみがない
(と個人的には思っている)エルレが聴いてて一番人間的に感じるんだよ。
The HIATUSもあまり好きになれない。僕は時代遅れなんだろうか?やっぱり細美
だけじゃなく(敬称略)成功の裏に他のメンバーの支えがあったんだろうな。

夜明けには、No.13とかRed Hotがあうなぁ。そうだ、英語の下手なバンドが嫌い
だから、結局いつまで経ってもエルレがいいのかな。PTPも好きじゃなかったし。

 

 


98

苦しそうな息遣いが間近で聴こえる。呼吸が、早く、浅くなっている。
「スー、ハー、ハーー・・・」僕はフローリングの床に足をつきベッドに顔を
いつの間にか伏せている。明らかに激しい鬱状態だ。リスパダールを取りに
行く気力はあるだろうか。ジターバグを聴いてまぎらわそうとする。気を他へ
逸らそうとする。でもダメなんだ。
僕は今日掃除当番で、しかもある「事件」にまきこまれた。頭の具合がおっさん達と
話してる時点で悪かったのが、急激に悪化してしまった。

カロリーメイトを2箱ヤケ食いした。しかし鬱は止まらない。
これを書くのもやっとだ。震えが止まらない。全身、大地震の後のように震えている。
誰かが遠くで「本田さん、本田さん・・・!」と呼ぶ、すると自分が呼ばれているような気が
してビクッとする。今度の診察で言おう。いつもビクビクしている。


99

洗濯をしているどころではない。やる気も出ないが。目の前に積もっているのは
大量の洗濯物。僕は認めたくないが几帳面だから、ゴミ捨て、洗濯、掃除は
大好きだ。でも今日は何だか凹んでしまう。
干していると、何だかわからないが少しだけさっぱりした気分になった。
散歩に行こう。そうすればもっとさっぱりできるだろうか。

外は曇り空。グレーの雲がわりと低いところを覆っていたが、傘など持っていないのでそのまま
行った。財布だけを持って。
入り口を出たところでばったり担当の先生と会った。今の症状をお伝えしたところ
「そういうときは深呼吸」と笑顔でおっしゃったので、少し安心した。別に
クスリは増やさなくてもいいらしい。


100

ケヴィンとは、最近よく話している。おっさんたちの間に一人だけ青年がいるので、
話しかけてみたら「42歳」ということでびっくりした。見た目が、本当に若い。
彼は、面白い人間だと思う。「君は、統合失調症に就職したの!だから年金もらえてるの!」
他にも、名言がいろいろ飛び出すのだが、残念な事に僕は忘れてしまった。
僕が話したのは、「自分の将来を考えると、死んでるか、自殺するか、精神病院
にいるか、作業所でも行ってるか、しかないよな」という内容だった。
現世の会話から離れすぎだ。わかってる。
「そういえば、○○がここ退院して彼女つくる予定だって」僕が切り出した。少し笑って、
「そんなに統合失調症は甘いもんじゃないよな」
「ああ」ケヴィンも何もかも知っているような顔で言った。

具合がかなり悪いのに掃除当番だったのが原因で、僕はついにキレてしまった。
机をひっくり返し、食事を散らかし、椅子を思い切り蹴った。他の食事中の
人には、今思うと大層迷惑だっただろう。
若い青年が奇声を発しながら机を蹴りまくる光景。マッドとしか言いようがない。
閉鎖落ちを覚悟したが意外とおとがめはなく、後で逆に仲間に励まされた。

確かに、虚ろな目をしている人もいる。でも全員じゃない。
何十年にもわたり入院しながら、未来へ希望をもって生きている人がいる。
自分も真似すべきだな。
というか一番虚ろなのは僕じゃないのか、周りから見て。
ああ、いっそう鬱になる。
鏡見ても分かる。目の焦点が、明らかに合ってない。

 


101

今日は運動会。ふざけんなよ。
昨日はぐったりして寝た僕は、よく寝れた。朝5時、コーヒーを買う。
カロリーメイトをボリボリかじって、これを書いている。一番好きなのはフルーツ味。
次がメープル。でもどれも最高の味だ。
今日は運動会なので、もしも学校のように救護室などあればそこで寝ていたい。
看護師に尋いてみよう。
コーヒーの缶を開けた時、こぼしてしまった。着替えたばかりのトレーナーに、
べっとりコーヒーがついた。朝からこれか、嫌な予感しかしない。
しかし、さっきから雨が降っているような気がするのだが。中止になるかな?
風がないからまず大丈夫だと思うが、洗濯物は干しっぱなしだ。取り込む
気さえ起こらなかった。

昨日机を蹴って暴れといてなんだけど、僕はできるだけ善良な人でありたいんだよ。
はやみんに抱きつく気ももうないし、過去は変えられないけど、そういう思いはある。
病気が邪魔するんだよ。でも、病気に勝ちたい。少なくとも、成長したい。
愚者らしく、失敗からしか学べないけど、それでいいじゃん。背も低いし、弱いし、
マイナス思考でダメダメだけど、せめて善良な人になりたいよ。


102

運動会は中止になり、明日に延期されることになった。
僕の中には今、いろいろな複雑な感情があるけれども、統合失調しているものを
あえてまとめて言えば、「疲れた」に近い。食器の返却の仕方がわからないほど
疲れている。これでは運動会も参加できなかったに違いない。

疲れきって自販機にミルクティーを買いに行ったら、ぼんやりして「あったか~い」
を買ってしまった。僕は熱い飲み物が苦手で、がっくりきた。いや、こういうときこそ
なんとか買いにこれた自分を褒めてやらなければ。

でも缶を開けたとき、すごくいい匂いがしたんだ。懐かしいミルクティーの香り。
コップに注いで飲むことにした。熱くても美味しい飲み物もあるのだなあ。
今日はミルクティーに浮気してしまった。でも僕の本命はコーヒーちゃんだから、
明日は買うからね!僕の初恋はコーヒーちゃんだったかもしれない。小学4年の時に
初めて飲んで、それ以来飲まずにはいられなくなった。

今日の午後は気分がいい。
そして珍しく「生きたいな」と思った。今日の夕食に出た切り干し大根の
人参と煮たやつがめっちゃ美味しかった。生きて、病気に勝ってこの料理を
作れるようになるんだ。男の料理。僕は実は得意なんだぜ。

すばらしい人間や、ノーベル賞をとれるような人間・・・もうなりようがない。
僕ももう24になろうとしている。でも作業所に通って美味しいお菓子を作る
人間になるなんて、夢の見すぎではないだろう?
今日は何か前向きな事を書いてしまった。僕の目の前を覆っていた霧が晴れて、
少しだけ未来が見えるようになった気がする。今夜は。

 


103

実は、はやみんとはあまり会っていない。僕の大好きだったアイドルが、何か
訳の分からない精霊の話をしたり、暴れたり、そうやってどんどん苦しみにはまって
ゆくのが、耐えられない。見ていて辛い。
高校生だった頃の僕は、初めて買ったCDにキスしたっけ。あのときは若かったな。
もうそんなに経つんだな、あれから。もう今のはやみんは抜け殻なんだ。ここにいて、
いない。ドキドキしなくなってしまったのが、もっと辛い。
淡い黄色のドレスを着て、あの儚くも叙情的な声でで僕の心をグラグラ揺さぶってくるはやみんと、
優等生だった昔の僕。昔に帰りたいよ。

カフェテリアで夜、はやみんに会った。僕は心が痛いのを我慢して、勇気を出して、
近寄った。
「月が、ドイツとイギリスの間にあるの。でね、南京大虐殺はあたしのことなんだ。
ジュナン、どう思う?」
「・・・」僕は話をあわせる事にした。「いいんじゃないか」
「そうだよね、キャハハ、あたしもそいつらも疲れてんの」
少し笑うはやみん。ここに来た頃おしゃれだった髪型はいつの間にかボサボサに
なっている。でも・・・
その笑顔にわずかにキュンとなるのはなぜだろう。

 


104

104
部屋に帰って少し泣いたけど、もう大丈夫だよ。黒い霧が晴れて、
あとは夜が明けて樹海から脱出するのを待つだけだ。いや待っていても助けは
来ないな。どんなに苦しく、痛くても歩いてゆかなければ・・・ずっと死にたいんだと
思ってた。でも、僕はずっと生きたくてもがいてきたんだよな。

月日はただ過ぎていく、僕の心を置き去りにしたままで・・・ああ虚しい・・・
夜明けを見ながらコーヒーを飲むのが僕の日常で、地上で唯一の幸せ。
でも今日は朝までとっておこう。5時過ぎまで寝れた。

そうだ、こんなにコーヒーちゃんが恋しくなるのは、音楽を聴いていないからに
違いない!エルレかいつものワンオクでも聴こう。ワンオクのライブにいつか行けたら
な。幻聴があるから、音に怯えてる僕の持てる夢ではないのかもしれないけど。
幻聴でぐちゃぐちゃでもいいや。ワンオクのライブ、行きたいな・・・
幻聴だらけのワンオクを聴いているうちに、だんだん怖くなってきた。知らない
女の声のハモリが入っていたり、笑い声が遠くでしたり・・・やはり僕の持てる夢では
ないのか・・・2曲でやめた。


105

今ひどい鬱状態のジュナンです 本当に鬱になると死にたいと思わなくなるって知ってた?
死ぬ準備やトリックを考える気力も無いんだよ。ただ白いベッドに転がってるだけになる。
鬱ってそういうものだ。死ぬ頭もまわらなくなる。
今リスパダール飲んできたから、まだ昼間だけど、カロリーメイトかじってもう寝るね。

(数時間後)

今日は母と面会があって、カフェに行った。カフェモカを飲んだ。
美味しかったけど、何だかあっという間に飲み終わって、別れた気がする。
面会ってそんなもんか。
「シャバの方が物価が安いから、カロリーメイトもっと買ってきてよ」
そんな会話をした気がするのだが、そのほかに何も思い出せなかった。


106

ここのトイレはどうしてこんなに臭いのだろう。看護師に言ったところで我慢しろと
言われるだけだと思うのだが、小の方は小便臭さが鼻をつくし、大の方は何ともいえない
臭いが戸を開けるなり、する。日曜なので、とりあえず寝よう。臭いの事なんか忘れて。
やっぱり他人が言うように、僕は几帳面なのだろう。僕一人のトイレだったらもっと
ピカピカのいい香りにするのに。気になってしょうがない。ゴミ捨てに行ってこよう。
ゴミ箱を抱えて部屋の外に出る。毎日2回は行っている気がするよ。

服を着替えるのは3日に一度くらいだが、脱ぎ捨てると服が「痛い、痛い」と言うので、
仕方なく丁寧に畳み直している。僕は昔ファッションが好きだったので今思えば相当
ナルシストな服を着ていた。だから服の気持ちがわかってしまう。
脱ぎ捨てられる服の気持ち、畳まれる服の気持ち、買ったばかりの服の気持ち・・・みんな
違う。手に取るだけで、いや見るだけでわかる。いい加減に畳んで、悲しそうな顔をされると、
僕も悲しい。完璧に畳まなければ。


107

イラーによれば、ここは周囲から「キ○ガイ病院」と呼ばれているらしい。
「確かに、キ○ガイだらけだな、ここは。何言ってるかまるでわかんなくて、正常な
頭まで話聴いてるだけでオカシくなっちゃうような奴ばっか」僕は声をあげて笑った。
「一般ピ-ポーには目のキラキラしてる人っているよね。でもここにはいないね」
「ああ、僕らは空っぽの器。虚ろな奴らばかりだよ。
タイラー、自分のどこがキ○ガイだと思う?」
「ここに入院してる時点でキ○ガイだよ」
「あはは、僕もそう思う」
僕はタイラーのどこかゆっくりした空気が好きで、退院するまでこんな生活が
ずっと続くと思っていた。
「ねえ」タイラーが視線をお茶に落として聞いた。「ジュナンは自分のどこがキ○ガイ
だと思う?」
「僕の目を見ればわかるだろ」
タイラーは子供でも見るようにそっと微笑んで、熱いお茶を飲み干した。
ウォーターサーバーでまたお茶をもらってた。何杯飲むつもりなのだろう?


108

今日はわりと落ち込みの少ない日だったと思う。明日は微糖コーヒーを飲めるかな。
診察もあるから、頑張らないと。誰かの遠い話し声を聞くと、自分の事を言っているようで
怖い。早く寝てしまおう。おやすみ

(1日後)

昨日もヤケ、今日もヤケ、明日もヤケなんだろうな・・・そんな感じだ。
一日の始まりは、ヤケだ。でも昨夜睡眠薬を三つも飲んだからよく寝れた。
僕は惨めで不幸なんだろうと思う。でも世の中にはもっと不幸な人達もいる。僕くらい
のレベルで死にたいとか言ってちゃダメだよな。

頭の中が騒がしい。何人かが会話している。ほんの小さな声なのに、とても
邪魔に感じる。
黒い今日着るシャツをぼんやり見ていると、あれ、ハートマークのシャツなんて
持ってたっけ?
よく見るとドット柄だった。目が、かなり乱れて見えているようだ。

そういえば、閉鎖落ちしたアゲハはどうなったんだろう?話は聞かない。
閉鎖は女子病棟で鍵をかけられているから、情報が伝わってこない。
閉鎖はうるさいところだと聞いた。怖いなあ。

最近、僕には分かってきた事がある。
一見、何がいいのか、何の役に立つのか分からないような人達がいる。(僕も
その一人かもしれないが)
犯罪者、僕らのような精神病者、高齢者、知的障害者・・・
でもそういう人達にもいいところがあって、そういう人達を愛する人もいるのだと
いうこと。だからむやみやたらに嫌って差別して、敵をつくるべきではないということ。
24年もかかって、ようやく一つの事を学習したよ。
自分が障害者にならなければ、一生分からなかったかもしれないな。

 


109

今日はリハビリ室で塗り絵と書道の日。どうせあっという間に終わってしまうだろう。
次は海の色を何で塗ろうかな?赤で血の海?黒?黄色?それもいいかもしれない。
思い切り、サイケな絵にしよう。

絵は意外とまとまってしまい、残念だった。というより、不思議な色使いだが、なぜか
優しい心や愛を思わせるような、美しい塗り絵になった。僕の心の中の風景が、
本当はこうなんだろうか。

窓の外から男の叫び声が聞こえてくる。ああ、あれは数日前の僕なのだ。うるさいと
いうより、むしろかわいそうでならない。あのときの気持ちをありありと思い出す。
もうやめて、苦しむのはもうやめてくれよ。いたたまれない。苦しかった事全部
思い出してしまう。

 


110

隣の部屋のオヤジが僕に何か怒鳴ってきた。ろれつが回らず、まるで何を言っているか
わからない。疲れたが、珍しく鬱にはならなかった。

部屋に冷蔵庫などもちろん無い。ホテルじゃあるまいし。
でも放置して生ぬるくなった牛乳と一緒にカロリーメイトを食べるのは、家で冷えた
牛乳を飲むよりもっとうまい。牛乳、家ではあまり飲まなかった。
今はどうしても飲みたくなる時がある。

オヤジが何で怒っていたかわかった。僕が掃除の時使ってはいけないバケツを
雑巾で汚してしまったらしい。僕がバケツの水を替えると、あっさり許してくれた。
そんなに悪い人ではなさそうだった。

売店でインスタントコーヒーを買おうとしたのだが、頭がどうも回らなくてなかなか
決められず、生活費の半分以上をぼったくられてしまった。これからどうしよう・・・
とりあえず熱いお湯をウォーターサーバーで注いで、水を注いで、飲んだら甘さが
少し足りなくて、クリープを入れた。白いクリープが島のようにアイスコーヒーに浮いて
いる。頭を壊すって、こういう事なのだ。


111

リベンジした。今度はコーヒーの量を減らして、クリープを増やした。
薄味になった。もう生きてる実感がない。でも、生きなければ。
木に必死にしがみついてる落ち葉に、さらに必死にしがみついてる人のように
崖っぷちで、どうしようもなく、虚しさが募るけど、でも生きなければ。
死んでは、いけない。どうして始めからそう思っていたのに、死にたいなんて言って
ごまかしてきたんだろう。Gに言われたのを、忘れたのか。僕は自分に嘘をついてたんだよ。
生きたくて、生きたくて、もがいてるのに、周りは僕をどんどん地獄へ落とそうとする・・・

診察があった。どうして閉鎖じゃなかったのか尋ねると、先生は「閉鎖は叫んでる人が
いっぱいいるから、音に怯えてる蒼月君には向かない」とのことだった。
「ここで頑張ってみな」と励まされ、少しやる気が出てきた。今日は気分が本当に
いい。


112

夕食は部屋に持ち込んで食べた。人と会話しながら食べるのが怖くて。
音にビクビクしながら食べた。でも、完食だった。
昨日も震えていた。今日も震えている。明日もきっと・・・
いつになったら終わるのか?誰にも分からない。

今日からクスリが変わったようで、これはかなり眠気と鎮静感が強いなあ。
キモチいい。周りの事、何も考えられない。
ロナセンと副作用止めが増えたんだっけ。キモチよすぎて本当に漏らしそうだよ。
でも大丈夫、たぶんしないから。

病棟内の音があまりに怖いので、、廊下の突き当たりにある男子用テレビの音を
少し小さくしてもらったけど、このクスリは鎮静作用がすごくて、飲んだら何か
もう音もそんなに気にならない快感を感じる。

今日は寝れそうだ。おやすみ


113

今日はよく寝た。6時過ぎまで寝ていた。気がつくと夜が明けていた。
おはよう!
ブレンディのミルクの無い、不味いホットコーヒーを飲む。ないよりはましだ。
LInkin ParkのBurn It Downを聴いてたけど今一気分が乗らなかった。
ほええ、朝のクスリが効いてきた・・・クスリで押さえつけられて眠ってるうちが
一番幸せだよ。

ブレンディのインスタントコーヒーは、正直言って不味い。ミルクがあれば変わって
くるんだろうけど。でも何も無いよりは少なくともマシな味がする。ああ、金の微糖の
方がかえってコストパフォーマンスよかったかなあ。本当に頭がダメになるってそういう事
なんだよ。「幻覚ってどんなの?見てみたい、聴いてみたい」と思うガキもいるかも
しれないが、ここは地の果てなんだ。地図の外なんだよ。
そういう余計な「楽しいかも」なんていう考えは持たないほうがいい。知らない方がいい
世界というものがいっぱいあるのさ。僕は24年しかまだ生きてないけど、ようやくそれだけ
確実に言えるようになった。精神病、ドラッグ、自殺、そういうものに手を出しちゃ
いけないって事。手を出したら、あとは地獄。


114

正確に言えば23・9歳だけど、ああ自分は子供のままで、、結婚もできず、
アラサーになってしまうのかな。老後はいったいどうなるのだろう・・・
だから、母さん、父さん、G,きららは、貴重な存在だ。良かった頭さえ悪くなって、
弱い最低最悪の僕を愛してくれる人たち。そして、僕を捨てた姉さん。
結婚してフィリピンに行ってしまって、連絡も取れない。父さん、母さん、
僕は姉さんのためにも跡取りにならなきゃダメなのに。こんなんでごめんな・・・

きっと姉さんは、僕が病気である事すら知らないだろう。今幸せに暮らしてる
のかな。子供がいるのか?電話さえつながらない。

実は、その「幻覚見たいガキ」っていうのは昔の僕の事なんだよ。
好奇心が強くて、メンヘラに憧れて、幻覚ってどんなものだろうと思ってた。
ワクワクしてた。少なくとも今、僕は十分に学習した。自分はバカだったんだと。

目は虚ろで、焦点があわなくて、口をゆがめて話しにくそうに話す人々。
僕の将来の姿なのか。ロナセンもっと欲しいな。いい夢見れるからな。
ガキだった僕の考えてた楽しい何かとは全く別の、苦しいだけの世界。
僕はきっと罰を受けたんだ、楽しいなんて一度でも思ってしまったから。


115

このごろ急に寒くなってきたので、予め公衆電話で連絡しておいて、面会のとき
母さんにジャケットを渡してもらった。病院では携帯が使えない。テレホンカードの残量を
気にしなければいけないのが厄介だ。
ジャケットにはいつの間にかサインペンで「蒼月ジュナン」と書かれていた。母さん
ありがとう。というかもうみんな歳をとったんだな。母さんの顔にしみができて、髪の毛が
グレーになっているのに気がついた。僕がこんなんでごめんよ。

はやみんとは、最近うまくいっていない。どうも僕の方が避けられているようで。
話しかけようとするとすぐに遠くへ行ってしまう。
女の子の考える事はわからない。というより、はやみんの行動が支離滅裂なのかもしれ
なかった。
おまけに、僕の方にも胸が高鳴る感じとか、もう少しもないんだ。かわいそうとは
感じるが、なんだか冷めてしまった。


116

気がついたら、タイラーと親友になっていた。
年齢差は20歳近いが、最低でも一日一回はカフェテリアでお茶をすすりながら
話すようになった。喋り方も、いつの間にかタメになっていた。
「ある人が、僕らのこと家畜って言ってたよ」タイラーはクスッと笑った。
「家畜!傑作だなぁ」僕も手を叩いて笑った。
「人間動物園だよね、ここは。まだ閉鎖よりは人間的だけど」
「人間的な人も中にはいるよな、ここは」特にタイラーとかな。
はやみんといると、僕は正常でいられなくなる。いい意味でも、悪い意味でも。
心がざわざわする。
タイラーといる時が一番、心が落ち着いて、本当の自分でいられる。
話題は暗いけどな。
タイラーはいつものぼさぼさの髪型で、口元に微笑みをたたえて言った。「2~3年の
間、服も着替えずに、風呂にも入らずにいたよ。発見されて、すぐ病院に連れて
いかれた」
僕はなんとなく尋ねた。「その時」が近づいているなんて知らなくて。
「ここの解放の生活、気に入ってるかい」
「ああ。料理も作らなくていいし、掃除だけでいいから、楽だよ」

 


117

やっぱりコーヒーはいいねえ。気分爽快だったのでついお菓子をタイラーとケヴィンに
あげてしまった。でも自分で食べられなくても、お菓子をあげる気分っていいものだ。
誰かのために、ほんの少しだけガマンする。2袋しかなかったから2人にあげたんだ。
ガマンする事で相手は嬉しいし自分も嬉しい。

子供達は叫び声をあげながら帰ってゆく。どこの市でも、子供はうるさいようだ。
でもその考えをみんなが持っているとすると、人類は滅亡してしまうな。
子供がいるから、人類に未来があるんだよ。むやみやたらにうるさい子供を嫌う
べきじゃないな。成長して未来を支えてくれる、大事な役目を持ってるんだから。

僕はいかれた人って思われたいっていうクセとか願望みたいなものを持っている
からね、ヨガとかラジオ体操の感想をきかれたら結構いい加減な事を言うように
している。もっと笑わせたい。おとなしいけど、面白いって思われたいよ。

エルレのGunpowder Valentineを聴いていた。
こんなハードな曲でも人間味があるのがすごいよな。細美の声に温かみがあるから
だろうか。ライブ、行きたかったな。残念だけどエルレは今休止中で、僕は思考停止中
だから、行けない。だって、エアコンの音にさえ悩まされてるんだぜ?

今日の夜は暴走する一歩手前でリスパダール飲んだからなんとか落ち着いた。
せめて、平和な夜がほしいな。まだ7時台だけど眠くなってきたよ。
ロナセンと恋の夢に落ちる・・・とか言ってみたりして。
ジョークだよ。いい夢見れるといいな。

 


118

僕には苦すぎる。でも買ってしまったんだから飲むよ。午後には金の微糖か
ミルクティーを買うよ。

おはよう。今日も頑張ろうね。
こういうセリフが出てくるようになったのはなぜだろう。
生きる力というものにまた火がついて、リアルに燃えてるような気がする。
深夜4時に起きて、これ書いてる。
生きたいよ。崖の上でそう叫びたい程、生きたい・・・!
もっともここは崖じゃなくて、鉄格子と金網の中だけど。
今日一日、うまくやれるだろう。我慢しなきゃいけない事もたくさんあるだろうけど、
僕なら乗り越えられるだろう。
金の微糖を飲みながら、幸せを手探りで探している。

後悔しないと、生きてる感じがしないんだって。
ある好きな外国のバンドの歌詞なんだけど、僕はもしかすると、幸せに手を伸ばす
ために今苦しんでいるのかもしれない。ガラにもなく前向きな事を言って
しまった。


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僕は昔、透明人間だったんだよ。中高生の頃・・・知ってる?
はっきりしてた姉さんとは逆で、いてもいなくても、何も変わらない、虫一匹
すら動かない、世界は僕なしでも毎日回ってゆく・・・写真にも写っているようで、
いない。どこにもいない、ここにいるのに・・・
初めて僕を見つけてくれたのが、きらら。次に、G。何て物好きな人達なんだろう
と思ったさ。

でも、僕はもう透明じゃない、と主張したい。入院して僕は、確実に変わった。
一人でもなんとか生きて、歩いていけるんだ。あれほど怖かった、人前に一人で
出る事が、なんだか抵抗がなくなってしまった。自殺衝動を克服すれば、電車に
乗って遠くまで行けるようになるだろう。一人でもやっていける。
そんな自信が生まれたのさ。
洗濯、掃除はもともと好きだ。まず一人でやれるだろう。働けるようになるとは
思わないが、料理も得意だし、一人暮らすのもいいかもな。

そして、人の意見に左右され、惑わされていてはダメだ。他人はいい加減な
事しか言わない。信用できる人をこの目で見極めるしかない。これは自分に向かって
言いたい事だ。
僕の短い半生で、見極めるという事は難しい。頭も壊れてしまっている。
だまされながら、血を流しながら、学び続けるしかない。