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The Fate

50 The Fate

カフェテリア。ひどい臭いのする所だ。ここで、机に伏せて寝てしまおう。
どうせまた昨日の悪夢を見るんだろう。
「ちょっといいですか」聞きなれない、でも遠い昔どこかで聞いたような声。
「んん」僕は顔を上げる。「わあ、きれいなヘイゼルの瞳」
「はやみん・・・?」夢か、それとも幻覚か?僕がずっと大好きだったアイドルの顔を
した女性が、目の前で僕をじっと見ている。
「幻視は無視することにしているので。ごめんね」僕は視線をそらす。そんな現実感の無い
話、あるはずかない。
「幻覚じゃないよ。私、はやみんです。速見メリィっていいます。
今日からビョーキで入院になりました。よろしくね、金髪くん」
はやみん・・・嘘だろ、嘘か現実か解らない。現実として見れないから、
僕の顔は蒼白なままだった。「はやみんって、あのテレビに出てたアイドルと同じ名前だね」
「同じ名前じゃなくて、あたしがテレビに出てたの。メイク落とすと別人だよね。
でもあたしがホンモノの速見メリィ。はやみんって呼んでね。ああ、
年きいてもいいよ」
「・・・何歳なんだ」
「今年で21なんだぁ。それにしてもね、そのうっすーい目の色とか、金髪さんのカッコいい
ところあたし好みなんです。つきあっちゃおうかな」

 


51

「ブルーのカラコン、忘れてきた・・・」
はやみんが言った。「そんなもの関係ないですよ。いい色してるじゃん。
でもつきあうのはウソかもでしたー」
はやみん?夢か?これが現実か?今夢の中にいるのか?
僕は気を失っている?
ずっと好きだった、いつもテレビで可愛いドレスを着て歌っていた、はやみん。
「金髪さん、名前なんていうんですか」
「蒼月ジュナン」
「ジュナンさん、出逢ったついでに、ひとつだけ願いを叶えてあげる。だめ?」
はやみんがそっと、でもしっかり僕の手を握った。たった2秒だけ。
現実だ・・・そう思った瞬間、僕の顔に血が走った。
ブラウンの長い毛がふわふわと首を傾けるときに揺れる。
少し離れていてもわかる、その髪はこの臭いカフェテリアの中で唯一、
いい香りがしたんだ。

52
「実はあたし、来たのはいいけど、話す人がいなくて。そこに若そうなジュナンさんを見つけて。
女の子もほとんどいなくて。それで・・・」
「ああ、ここは老人ホームだからな。若いといえばわずかに若い青年がいるくらいだな」
「ジュナンさんくらいですよ」
アゲハは閉鎖に行ってしまったし・・・
僕の肩に無防備に手を置いて、もう片手でピンクのコップをいじるはやみん。手、手を
握ったりしてもいいものだろうか?ダメだよな。
「ねえ、ジュナンって呼んでもいい?ここの人達呼んでる」
「えっ」僕は露骨に赤くなって「君がそれでいいなら、いいよ」
・・・何考えてるんだ、僕は。僕にはきららがいるじゃないか。こんなところで油を売ってて
いいものか。そうだよ。
「ねえ、あたし何のビョーキかわかる?」
「わからないよ。元気そうじゃん」
はやみんは、ブラウンの髪に少し触った。きららと少し似ているな、と思った。
抱きしめたくなるような、儚いふわふわの髪。
「統合失調症」って診断されたの」

 


52

「!!」僕は一瞬ろれつの回らないはやみんを想像し凍りついた。
それは・・・
「はい、アイドルとしてはもう無理です。やっていけません」
「だから、最近テレビに出てこないのは・・・」
「終わったんです」はやみんはうつむいた。「もうああいう時代は、終わった
んです。マスコミにちやほやされるのも、パパラッチされるのも、終わった過去
なんだよ」
ああ寂しい。僕の信じたものは、何もかも終わってゆくんだ。世界はそんな寂しさで
回っているのかもしれない。もう甘く儚い声で歌うはやみんはDVDでしか見られない
のか。病院でDVDがもし使えるならの話だが。
「僕も、統合失調症なんだよ、ほら何言ってるかわからないだろう」
はやみんは少しゆるく微笑んで、「ジュナンのはわかるよ、大丈夫」
はやみんが笑ってくれた。少し恥ずかしかった。


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「!!」僕は一瞬ろれつの回らないはやみんを想像し凍りついた。
それは・・・
「はい、アイドルとしてはもう無理です。やっていけません」
「だから、最近テレビに出てこないのは・・・」
「終わったんです」はやみんはうつむいた。「もうああいう時代は、終わった
んです。マスコミにちやほやされるのも、パパラッチされるのも、終わった過去
なんだよ」
ああ寂しい。僕の信じたものは、何もかも終わってゆくんだ。世界はそんな寂しさで
回っているのかもしれない。もう甘く儚い声で歌うはやみんはDVDでしか見られない
のか。病院でDVDがもし使えるならの話だが。
「僕も、統合失調症なんだよ、ほら何言ってるかわからないだろう」
はやみんは少しゆるく微笑んで、「ジュナンのはわかるよ、大丈夫」
はやみんが笑ってくれた。少し恥ずかしかった。

 


54

午後はリハビリ室でビデオを見た。感想を求められたので、僕は
「ビデオを見るより皆さんと話したいのですが」と半分立ち上がって言った。
スタッフは「ビデオの感想はどうですか」と返してきたので、僕は緊張のあまり混乱して、
何を話したか覚えていない。
タイラーやはやみんはメモをとり、真面目に答えていた。ふざけんなよ!

看護師やはやみん、他のおっさん達とウノをやった。
はやみんはメイクをしていなくても、どこか色っぽい。看護師にも美しい女性がいて、
横顔に見とれることもあるが、はやみんはまつ毛が長く黒くて、その美しい女性達の
中にあっても、ひときわ輝いて見える。さすが元芸能人だ。
テレビで見るより肩幅が狭くて、ずっと寂しそうに儚く笑う。心がここにない時がある。
辺りは真っ暗で、何も見えていないような時も。やはり僕と同じ病気なのだろう。
はやみんを笑わせようとして、わざとミスをした。何をやっているのだろう。
僕にはきららがいるじゃないか。それなのに。
はやみんにはもう何も見えていないのだ。テレビの向こう側で何があったというの
だろう。


55

水色のコップを持って服薬の順番を待ち、5錠を一気飲みして帰る途中、タイラーに
呼び止められた。タイラーの方から話しかけてくるのは珍しいな。
「はやみんって、僕も昔テレビで見てたんで知ってるんだけど、紅白の時とは別人
だよね。暗い顔して、倒れそうだよ。どうしちゃったの」
「知らないんだよ、それが」僕は肩をすくめた。
「あんなふうに、人って変わるんだね。恐ろしいね。あれはツクリモノの姿だったのかな」
青いロングドレスを着て、頭の花飾りに包まれ、幸せをわけてあげる人のように歌う
はやみん。DVDいくつか買ったっけ。どこにしまったかな。
タイラーがふふっと笑った。「でも、君の前だと嬉しそうな顔してるよね」
「そうなのか?」僕はまばたきした。
「コイしちゃったのかもよ、君に。なんて」
タイラーは穏やかに笑った。僕は胸を一瞬押さえた。それから長い長いため息
をついた。
「どうしたの。そうか、もう彼女いたんだ。
いかにもいそうな顔してるもんね」
「きららって言うのさ、連絡すらあまり取れないけどな」
僕は頭を抱えて、それから胸をぎゅっと押さえた。
はやみん。きららにどこか似ている。抱きしめたらいい匂いのしそうな髪。
儚げな後姿。耳が熱くなるのを、どうすることもできない。
はやみん・・・

 


56

僕はジュナン。観賞用。きららの幻聴がつけたキャッチフレーズだ。
鑑賞する以外に何の価値も無い。時期が来たら死んでしまうだろう。
しかし、観賞用としてはものすごく価値があるらしかった。尾のきれいなグッピー
みたいなものか。
散らかった部屋を漁り、『回復へのしおり』を探す。見つけたそれを抱いて、
泣きそうになる。『今いる場所がわかりますか。』
わからねえよ。病院だけど、ここどこだ・・・真っ白なのに、何も見えない場所。
金網の中に、気付けば閉じ込められていた。

 


57

最近、タイラーがそっけないので、野田のおっちゃんとポーカーをやっていた。野田は
何言ってるかわからない高齢のおっちゃんだが、陽気な人で、こういう高齢者に
なるなら悪くないかと思う。僕のように、暗くない。

タイラーと、結局クスリを飲む列で話した。僕の事がウザいわけではないようだった。
よかった。僕が自分をそう思っているからかもな。ではおやすみ。

 


58

今日も、露骨によろめきながら、なんとかナースステーションに辿り着き
頓服を飲んだ。どうも部屋が暑いので、アイスノンを貸してもらった。ウザがられて
いるように感じるが、気にしない事にした。

朝からおっさん達が「ここは糞尿の匂いで満ち溢れている」などと
タバコ臭い息で話しかけてきて、いっそう気分が悪くなってしまう。
僕はGみたいにタバコは吸えないし、何がいいいのかそもそもわからない。
タバコを世界から消したいと思うがどうにもならない。
おまけに嗅覚過敏になっている僕は、病院の匂いに過剰に反応
してしまうんだ。


59

窓の外を小学生が通ってく。故郷の小学生と違って比較的おとなしいな。
あの頃はよかった。その頃はまだ「精神分裂病」って言ってたんだと思うけど、
そんな病気があることさえ少しも知らなかった。他人事だと思ってた。
自分の事になってみてわかるよ、初めて。今までバカやってたんだって。
何も考えず道端の草を抜いて、蹴倒して遊ぶバカだったんだって。

重い病気の人のように、暗い顔でベッドにくるまって寝ていた。
いや重い病気なんだけどね。
ラジオ体操が聴こえる。今朝は参加しようなんて意欲も起こらない。
やめてくれよ。お願いだから・・・僕の嫌がらせみたいだ。希望に満ちた朝なんて
来ねえよ。


60

広くて白っぽい、窓の多い部屋。窓からは田舎のいい眺めだ。
そこに黒いカラオケ機がドドンと1個設置してある。不思議なコントラストだ。
僕はそのレクリエーションで、洋楽を歌った。順番待ちの時間に
絵ハガキを書くコーナーも用意されていたので、誰に渡すか考えなかったが
適当な植物の絵ハガキを書いた。
なぜか、タンポポだった。春にでも「退院しました」と出すつもりだったのだろうか。

今日は診察もあって、リアルに疲れた。カバーは看護師にとられちまったし、
どうやって寝よう。
とりあえずさくら商店(解放の人はさくら商店までなら出入りがOKとされていた)でココアを
買って、部屋に帰った。僕の頭の中はそれどころではなかった。
317号室の空きベッドに誰かが来るらしい。誰なのか?いてもたっても
いられない。ああ、早くこんな時間が終わって、早く来てくれればいいのに。
ナーバスな僕はさくら商店で買ったココアの味がわからない。
これで悪化したらどうしてくれんだ・・・

 


61

さくら商店でまた、店のおばちゃんにウザがられているように感じた。
これは病気・・・なんだろうか。早く出て行けよ、と言わんばかりだったような
気がする。ウザイ奴になってやろう、と思ったけどもう何だか気が滅入ってきた。
すべての人にウザいと思われるのは辛いよ・・・ああ、病気なのか?

はやみんの部屋は二つ隣で、同室の女性達とうまくいっていないのだろうか、
いつもカフェテリアで何か飲んでいた。タイラーと角度60度くらい離れた席で。
僕は入り口前の席に無造作に座り、何もしないで頬杖をついていた。突然
口から歌が出た。「朝焼けのビルの 彼方へ羽ばたく鳥のように
この胸の中を曇らす迷いを 大空高く飛ばしてほしい」
「いい声してますね。ジュナン」
物思いに沈んでいてふと気がつくと、前の席にはやみんが来ていた。
僕はコップの熱いお茶を喉にひっかからせて咳き込んだ。
「・・・ああ、昔から声は高い方だから。この曲、何かわかるかい」
「ミスチルの昔の曲でしょ」虚ろな目。どこか焦点のあわない目ではやみんが
笑った。
「ばれたか」僕も半分笑った。
「尋いてもいいのかな」僕ははやみんの目をまっすぐ見た。「どうしてこんな
ところに?」

 


62

「語りたくないよ」はやみんは少し声を震わせて言った。「でもあたしのいた世界ではね、
いつも崖っぷちで猛烈な風に吹かれてて、能力のない人はどんどん地獄へ転落してゆく
厳しいところなんだよ」
「地獄にか・・・」はやみんがそんな言い方をすると思わなかったから、僕は愕然とした。
僕はいつも自分のいる所より下はないと思っていたけど、それでも地獄は口を開けて
待っていた。
「もうダメ・・・」はやみんが涙を頬に伝わせて言った。「もうついていけない。芸能界は、
恐ろしいところ。だから、やめた。何もかも諦めて、無職になって・・・」
気がついたら、僕ははやみんの前にかがんで、その涙を人差し指で拭いていた。
「疲れてるんだろ。嫌かもしれないけど、部屋に帰るか、誰かに相談した方がいい」
「ううん、看護師さんには話さない。ジュナンだから話したの」
「ありがとね」はやみんはそう言って、肩を震わせながら廊下を歩いていった。
(これって僕が泣かせたことになるのかな・・・?)
僕は動揺して2回まばたきして、首を振り、部屋に戻った。

 


63

救急救命士になる実習生たちと話をしていた。彼らは皆、夢と希望に満ちている。
目が僕がなくしてしまった空のように澄んで、光り輝いている。
自分だけがなんでこんな所にいるんだろう。動物園の動物みたいなものだ。
本気で虚しくなった。
いつから、夢も希望も消えてしまった?部屋に戻って、頓服飲んでしばらく泣いた。
廊下に座り込んで、ボケ老人のように座り込んで、うつむいていた。歩くときは、
蛇行しながら、酔っ払いのようにふらつきながら歩いた。
心が痛くてたまらない、誰か、誰かにわかって欲しかったのに。
廊下を歩いてくるタイラーの顔が、歪んで見える。「どうした?」

タイラーにわけを話した。タイラーは遠くを見るような目をして、「僕もそんな気持ちに
なるよ。本当なら結婚して、奥さんがいて、子供もいる年齢なのに、自分は何やってるん
だろうなって」
タイラーに話したら、少し落ち着いた。「泣いてたの?ジュナンは泣き虫なのかい?」
いつも温かいなあ、タイラーは。救われる。


64

天井がカビだらけの僕の家に目覚めたような気がしていた。でもよく見ると
金網の中だった。
なぜだろう。何も悪い事をしていないのに。
ここへ来てからもう一週間になるんだな。早いな。

「思うよりあなたはずっと強いからね」
強くなんかない。強くなんかない。僕は弱い人間だ。
そう思っていたけど。
案外、強いのかもしれなかった。もう一週間、ここで耐えてきたんだ。

遠くの方で、何か悲しそうな風のような音がする。この世界を吹き渡る、
悲しみの音なのだと思う。金網の中も鉄格子の中も、外に出たって、
世界中泣き叫びたい思いであふれ、吹き渡っているのだろう。

 


65

今日はSSTがあった。僕の話した議題は、とっても的外れなものだった。
「コンビニのおでんで秋を感じるか」というものだった。みんな引いてた。
言わなかっただけで。
SSTとはもちろんそう言う事を話し合う場ではない。人付き合いの中で起こる
さまざまな問題を解決する場だと思う。しかも、今日はよけいにろれつが回らなかった。
ほとんどの人に理解ができなかったかもしれない。死ね、僕なんて。

ろれつが回らない、僕の人生は終わったんだ・・・
たった一度の人生をダメにしてしまった、僕は最低の人間だ・・・
そんなことをカフェテリアでぼんやり考え、水色の空のコップを前に
頭をかきむしっていると、
突然、肩に手が置かれた。「大丈夫だよ」
「はやみん・・・」僕は振り返って、心拍数が病的に上がるのを聞いた。
「ろれつがまわらなかったこと、気にしてたんだ。やっぱり」はやみんは無造作に
僕の髪にポンと触れた。「でも、大丈夫。ジュナンは少なくとも、何言ってるかわかるもの。
でもあたしは、もう・・・」
はやみんがまたうつむいた。表情を歯でかみ潰してしまおうとした。
「はやみん」僕は突然、はやみんを抱きしめた。カフェテリアに他に一人だけいたおっさんが
雰囲気を察してか、立ち上がった。

 


66

「僕は最低のまぬけのどうしようもない奴だって言ってくれよ、はやみん」僕ははやみんを
揺さぶった。
「ろれつが回らない、何言ってるかもわからないろくでなしだって言ってくれよ。
そっちの方がせめて楽になるから」
「あ・・・」はやみんは僕の腕を拒否しなかった。「ろくでなしなんかじゃないよ」
「だって・・・」はやみんの頬が赤くなる。「だって、ジュナンはすごく力があって、あったかくて、
生きてる」
「えっ」僕ははやみんを離して、辺りに人がいなくなったのを確認し、走って逃げた。
部屋で何もかも破壊してしまいたかった。

 


67

部屋に帰って、違うある事に気がついた。僕の腕といえば、汚くて、服も
ろくに洗濯してなくて、臭い。はやみんに嫌われたんじゃないのか、と考えて、
ますます鬱になった。机上に散乱していたバタークッキーを手に取り、食べる。
ああ、僕にバタークッキーを食べる価値などあるものか。それすら疑問に思えてきて、
何も食べずに死んでやろうかな、と考える。
廊下に座り込んでいじけていると、タイラーが通りかかった。「ねえタイラー、僕って
臭いだろ、そばに寄ってほしくないだろ」
タイラーはまばたきして答えた。「そんなことないよ。僕が言うのも何だけど、
近寄るといい匂いがするよ。はやみんにも聞いてみな」
僕はうなだれる。「見てたのか・・・あれを」
タイラーは笑って、「ああ、噂になってるよ。でも僕はあれくらいで止めといた方がいい
と思うなあ。ここの規則だから」


68

今日の給食のきしめんは感動的に美味かった。きしめんに、山菜・・・!
感動的なコラボ!ゆっくり味わって食べた。

はやみんの事が気になって眠れない。きららに何と言い訳したらいいのか。
はやみんが、あの柔らかい感じの髪と身体が、僕を甘い色の海へ引きずり落とす。
忘れられない。今そこで、抱きしめているようにすら感じる。寝ようにも、
落ち着かなくて、どうやって時間を過ごしたらいいんだろう。次すれ違う時まで・・・
きららにどこか似ている、ピンクブラウンの瞳と、きららより華奢な肩。
正気に戻れない僕は、一人で占拠している一人部屋の中を右往左往するばかりだ。

珍しく、一日中寝ていたい気は起こらなくて、むしろマラソンでも始めたいような、
動きたい気分でいっぱいだった。夕方5時半、部屋とカフェテリア前をうろうろして
いた。


69

夕食が始まった。食欲はないが、生きなきゃ。この目の前の給食を食べなきゃ。
僕は死んではいけない、はやみんのために。はやみんと明日会うために。
あれほど死にたかった僕は、いつの間にか野草にしがみついてでも生きる
気になっていた。

そして、実は・・・
つい出来心で、夕食後がらんと空いたレストランの中、お茶を飲んでいた
はやみんに近づくと、つい目が合って、そのままキスした。はやみんは、初めてなのか
どうかわからなかったけど、とても驚いた表情をしていた。それは拒否の意味では
なさそうだった。
僕はキスなんて生温くて、美味いと思った事など一度も無かったけど、はやみんの唇は
リップクリームか何かのいい匂いがして、心から美味しいと思えた。

ああ、キスの後ほど落ち着かない時間はないだろう。まだせめて誰かそばにいてくれたら
落ち着きを保てるのに。ムリか。
部屋で「幸せな躁病の人風」になっていた。きららに何て言おう。
何も考えずに、出来心で・・・病気のせいにするつもりはなかった。明らかに、
僕が悪かった。

 


70

それにしても、はやみんは僕のキスを気持ち悪いと思っただろうか?
見た感じ、そうでもないようだった。でも、明日から目も合わせてくれなかったら
どうしよう。

僕ははやみんが好きで、それは結局きららに似ていたから?
それともきららが中高生のころ好きだったはやみんに似ていたから?
よく理由もわからない。Gなんか、きっと悲しむだろうな。
あいつは顔では笑って「お前がいなくて、休日はゆっくりできたぜ」とか言うけど、
きっとまだ公園のあたりをうろうろしてんだろうな。面白いな。人間関係って。
複雑で、時にとても残酷で、面白い。
きっと、人を好きになるのに理由なんかなくて、それは別のもっと偉い神様か仏様か
何かが決める事かもしれなかった。おやすみ。
寝る前に音楽を聴いてるんだけど、幻聴でバグってて、あまり聴き心地のいいものでは
ない。

 


71

結局、夜中3時に起きてしまった。睡眠薬3つも飲んだのに、4時間しか
寝れなくて、その間何を考えていたかは言うまでもない。3時に起きて、生まれて
初めて「ラブレター」なるものを書いた。内容があまりに恥ずかしいものになると
予想できたので、片言の英語も交えながら。
深夜徘徊だな、と思いつつ、部屋の外へ出た。カフェテリア前の暗いところで座って
ぼんやりしていたら、そのことをもう始めから知っていたかのように、
はやみんがパジャマ姿で来た。
僕はその手紙をいつの間にかポケットの中に入れていたので、すぐ渡した。
はやみんも、寝れなかったらしい。目をこすって、
「ありがとう。ここ暗いから、部屋で読むね」
僕は走って逃げた。明日、話題になっていたらどうしよう。
僕は何をしでかしたんだ・・・

水色の、かわいいパジャマだったな。僕には何というブランドの物なのか
解らなかったが、全身が女の子って主張してる感じ。
この病院では明らかに浮いていた。ゾンビの群れの中に妖精が浮いている。
そんな風にしか見えない。

 


72

鉄格子から見る朝の光は暖かくて、気持ちいい。もっと外にいる間に
見ておけばよかったな。僕の心に光が灯ったんだ。はやみんや
外にいるみんなのために、両親のためにも、生きなければ。

はやみんはたいていカフェテリアでぼーっとしてるので、僕は頻繁に
会いに行くようになった。行くのだが、緊張してうまく喋れない。
「はやみん、えっと・・・」
「何ですか?ジュナン」
「ほ、ほら、鉄格子から見る空、キレイだろ・・・いや、そんなのが言いたいんじゃ
なくて」
「?」
「ほら、空よりキレイなもの、知ってるかい」
「? 知らないなあ」
「いや、何でもない・・・ごめん」
ぎこちないし、緊張しすぎて吐き気がする。吐きに部屋に戻るという感じだ。
こんなんで本当に療養といえるのだろうか?

 

 


73

ぼーっとして廊下を歩いて、カフェテリアに向かう。後ろからおっさんに
「よっ!色男」と言われる。もうすでに皆さんご存知のようで。
うつむいて顔を隠し、悲しそうに座っていたはやみんの肩に、手を置いた。
「はやみん・・・来たよ。僕だよ」
はやみんの目から一気に涙があふれた。僕はアセる。
「あーあ、泣かしちゃった」おっさん達がはやす。

「ど・・・どうして、泣くの?」
「あたしの周りには誰もいない。誰も来ない。振り向こうともしない。
存在さえしない。陰口を叩くんだよ。全然可愛くないくせに何芸能人面
してんだよ。何がアイドルなんだって」
はやみんは冷めた茶を一気飲みする。
よかった、昨日の恥ずかしいレターのことは忘れてくれたようだ。
「キモイって。臭いって」はやみんはまた、顔を伏せた。

 


74

「陰口なんか言ってないさ。大丈夫」僕は半ば自分に言い聞かせるように言った。
そうさ、何もかも大丈夫・・・
はやみんは立ち上がって「お薬、飲まなきゃ」と言うと、僕と目もあわせずに
リスパダールをナースステーションでもらって水と一緒に飲み、部屋に帰った。
僕はクスリなしでもう少しだけ耐えてみる事にした。

「はらわたが煮えくりかえる」とはこういう事を言うのではないと思う。
「はらわたが煮えくりかえる」ように苦しい・・・というのはありなんだろうか。
はらわたがよじれるみたいにさ。我慢できなかったので、自分は武士では
ないのだから仕方ない、と諦め、ナースステーションでリスパダールを飲んだ。
少しマシになった。よかった。

そういえば、さくら商店でクールなロゴ入り長細いタオルを見つけたので、思わず
買ってしまった。黄緑でWAKE UP!と書いてあるやつだ。タオルが多いと、
洗濯をサボれるからちょうどいいんだ。

 


75

カフェテリア前に行ったら、はやみんがウォークマンで何か聴いていた。
「何聴いてるの」僕は顔を少し近づける。
「古い曲なんだけどね。ううん、なんでもない」はやみんが寂しそうに笑った。
はやみんの瞳に映る人は誰なんだろう。親や家族、友達?仲間?
それすらも失ってしまったように微笑んだ。
「聴いちゃダメか」
「ダメじゃないよ、別に。・・・聴く?」僕はうなずいた。
「あたしね、寝れないときは、頭の中で洗濯物がぐるぐる回ってて、柴田淳を聴くよ。
大好き。あたしの歌とはちょっとちがうけど。ぐるぐるがぐにゃぐにゃになって、ちょっと
よくなる。大好きなんだよ。トモダチに教えてもらったんだ」
はやみんはイヤホンの片方を差し出すから、僕は受け取って耳にしっかりはめた。
もう少しだけ、大きいボリュームがいいな。

泣いたら崩れてしまいそうで
自分を必死に守ろうとする僕に
やさしく、やさしく光が
僕の頬を伝って流れた

いつも周りが賢く見えて
いつもヘラヘラ空回りして・・・

終わったころには、僕は何も言えなくなっていた。
はやみんが「大丈夫かな」と言って、僕の肩を前から優しく包んだ。
僕の頬に幾筋もの涙が流れた。
そうだよ、月から見て僕は惨めで哀れな存在だよ・・・
僕は惨めで、鬱で、僕の目の前は真っ暗だ。死にたい。
でも死ぬのも苦しいとわかっている。


76

今日は朝からはやみんに会った。はやみんの髪型は何というのか知らないが、
とっても可愛かった。はやみんはアイドル時代の話をしてくれたが、僕は
認知機能障害が進んでいて、何と言われているのかさっぱりわからず、
ついていけなくて、ただ相槌を打っているだけだった。
あるいは、はやみんの方が支離滅裂だったのかもしれないが。
僕もはやみんも、ダメだ。狂ってる。
狂ってやがる、この世界何もかもが・・・!

風呂の時間を時計をチラチラ見て気にしながら、窓の明るい方をぼんやり見ていた。
アゲハはどうしてるだろうか。ん、閉鎖?閉鎖ってどんなところだろう?
僕はなぜだか始めから解放で、閉鎖には行った事がない。
閉じ込められるのはどんな感じがするものなのだろうか。いや、案外金網の
中に入って安心した僕みたいに、気楽になるものかもしれないが。

治療のしおりを眺めると、どんどん心が痛くなってくる。診察がいつあってもいいように
カフェテリアに持ってきたのだが、適切な判断?そんなのできねえよ。

 


77

臨時なのかどうか解らないが、今日は風呂の後に診察があった。診察で、
全てをぶちまけた。たしか、このような事を言ったと思う。
「僕は、生きている価値がないんです。どうか、お願いだから殺してください。
この世なんてもう見たくないんです」
診察で、白い錠剤が一つ増えた。抗うつ薬だと思って飲んでいる。

散歩に行った。こんな僕にでも、秋の空の青、稲、病院の建物・・・そういう景色は
感じられる。感じられるのだが、パズルのピースが一つ欠けているみたいに、
自分がそこにいない。ここにいるという実感がないままで、時間だけが過ぎて
いく。


78

はやみんの美しかった髪も最近、乱れてきていた。
僕はさりげなく「ここいいかい」とベンチの隣に腰掛けて、
「はやみん・・・死にたくなる事はないかい?僕はいつもだよ」
「あるよ、あたしもいつも・・・死のうか、一緒に」
僕は机の下ではやみんの手を握った。はやみんは抵抗しなくて、
むしろ血色がよくなったように見えた。
「はやみん・・・ときどきはやみんの声で幻聴が聞こえる」
僕は頭を伏せて、汚い、ろくに洗われていない髪の毛をかきむしった。
「何て言ってるの?」
「『寒くない?』とかね。僕は『いや暑いだろ』って返すけど」
「そうなんだぁ、あたしの幻聴は臭い、汚いって言うけどな」いろんな声があるんだね。

本当は、死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。
だけど明日になったらなぜか病気が回復してて、家のベッドでカビた天井を見ながら
目覚めるということはないのだろうか。目覚めて、夢だった事にはっとする。
ああ、都合のいい夢でもみよう。おやすみ。

 


79

ああ、こんな僕なんかのためにも、朝日は昇るのだなあ。
死にたい、けどきれいだ。朝日が昇り、空が朝焼け色に染まるのを、鉄格子から
ずっと見ていた。

今日は「パフェ記念日」きららがそう言ってた気がする。
「あなたと初めて同じパフェを分け合って食べた日なの。だからパフェ記念日。
いつかまたやりたいね。何度でも」
「そうだっけな」
「いやだな、忘れたの?」
そんな会話があった気がする。パフェ記念日をまさか鉄格子の病院の中で
迎えるとは思わなかったな。

パフェとは関係ないが、最近は朝一にミルクティーを買うのが日課になっている。
コーヒーではなくて、自販機にゆっくり金を入れて、熱々のミルクティーを取って
お釣りがないか確認し、とぼとぼ帰る。これが僕の日課ね。


80

はやみんは、ときどき寝ぼけているようで髪がぼさぼさの時もあるが、口紅?の色が
とても魅惑的で、色っぽい。もしかして、最近の若い子はリップというのかもしれないが、
僕にはどうでもいい。

看護師に呼び止められた。「蒼月さん」
「はい」
「速見さんに近づきすぎないでください」
「はい」僕は適当に返事した。
そういう事を考えると、何だか、僕の心が疲れてしまう。どっと負担がくる。
僕ははやみんの回復の妨げになっているのではないか?鬱になる。

はやみんは、今日も突然泣き出してナースステーションで薬をもらっていた。
ああ、よけい鬱になる。


81

今日は、珍しく自販機でブラックコーヒーを買った。味はいいが
微糖の方が美味しいなと思った。おっさんにポーカーに誘われたので断った。

僕の生きる気力はどこだ・・・・缶コーヒー?今日はブラックだったな。
生きてる気が、少しもしない。生きる気力についた火は、いつの間にか風に
吹かれて消えてしまったようだ。ロウソクがポンコツだからダメなんだな。僕自身が。
久しぶりに鏡を見ると、頭はプリンで、口が開けっ放しになっている。いつから
そんな癖がついたんだろう?クスリの副作用か?

ここで見ていると、統合失調症の奴らには2タイプいるようだ。まずはメジャーなのが
おとなしい無口系。しかし少数の人はおしゃべりで、口が軽い軽い。何でもきいても
いない事を喋ってくる。人の話は全然、聞かない。
僕もそんなに喋るほうではないが、日記では別だな。


82

『治療のしおり』って何?ときかれたら僕はまず「読めば読むほど鬱になる魔法のパンフレットだ」
と答えるだろう。初期の目標『精神症状が軽くなり、援助を受けながら日課に沿った生活ができる』
これを書くだけでもう鬱になってしまう。できるわけねーよ。

やっぱり、微糖じゃないとダメだ。微糖じゃないとダメなんだ。
これこそ、生きている実感というもの。ブラックやコーヒー牛乳、カフェオレ・・・
そんなのダメだ。微糖があるから僕は生きているんだ。

昨日は寝れなかった。深夜1時半に目が覚めて、エルレでも聴いていた。
5時に金の微糖を買った。24時間自販機がやっているのが、せめてもの救いだ。
今日一日、なんとかこの世にしがみつけそうな気がする。

 

 


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夜が少しずつ、ゆっくり青くなって、明けていくのを見ながらRed Hotを聴くのは、悪くない。
多少関係ないが、エルレが嫌いな人は夕焼け色に染まる空を見ながら壁にもたれて
Missingを聴けば、好きにならなくてもちょっと口ずさみたくはなるだろう。大サビは
芸術的としか言いようがない。
というか、朝のわずかな青い光を見ながら、Red Hotを聴いて泣きそうになる。
ガラスに顔を近づけていると、冬でもないのに吐く息でガラスが白くなる。

僕は、洗濯が基本的には好きだ。料理、洗濯、掃除は全部好きだが、正直、
しかし雨の日の、それも大量の湿った洗濯物を見ると正直凹む。乾燥機は
高価いから使わない。
まず、雨の日の洗濯というだけで、気分が悪い。さらに、溜め込んでいたので大量だ。
とりあえずベランダへ出るのが面倒なので隣の空きベッドに干して、それでも干せない
分は外に干した。屋根が天井を覆って、金網があるため風が強く吹かなければ
降り込んでこない。自宅にも欲しい仕組みだ。

 


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ちょっとした事で鬱になり、ナースステーションの前に座り込んでいた。
僕はもう何をするかわからないから、そこにいれば保護してもらえる
と思ったんだ。でもしばらく待っても誰も来なかった。
僕など大して重要ではないんだ。

今日は風呂の日だった。嫌いな奴と一緒だったけど我慢した。ちょっとだけ
頑張ったから、金の微糖を買って飲んだ。ハーゲンダッツを買って帰る
知り合いの気持ちがよくわかった。

今日ははやみんにまだ朝一度しか会えていない。僕が寂しがっていると思うか?
まあ露骨に言ってしまえばそうだ。でも期待、つまり次会った時に何話そうか
妄想しているから、そんなに激しく寂しいとは思わない。

ヨガを習わされて、ますます鬱になる。後半はあきらめて座り込んでいた。
リスパダールを飲みにいったところ、看護師長の確認がいるとか何とかで
待たされる。その間に少し鬱が退散してくれたが、飲んだ。


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実は、ここ一時間半の記憶がまったくない。腹が減ったのでカフェテリアに
行ったら「食事はもう済んだよ。ジュナンさん爆睡してたね」と看護師に
笑いながら言われた。
しかし食事はとっておいてくれたようで、何とか食事にありつく。しかし寝てたなんて
少しも覚えていないのだけど。

今日看護師に言われたのは、「ジュナンさん、軍隊みたいに返事したり、ペコペコ
頭下げなくてもいいんだよ。ここ病院なんだから」
自覚症状は、ない。僕は軍隊のように厳格に礼儀正しく返事をしたり、頭下げまくって
いるのか・・・自分は礼儀作法や敬語のできない、だらしないやつだと思ってた。
就職活動の失敗がまだ根っこのところにあるのかな。

 


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一人黙々と食べようとすると、はやみんが入ってきて、前の席に
座った。何か話したそうな感じでこちらを見つめていた。
「やめてよ」僕は断った。「今日はごめん、どいてくれないかな」
嫌いになったわけじゃない。嫌いになれればいいのに。
はやみん・・・そんなに見つめられたら
食べられないじゃないか。

今日もいろいろあったけど、一日の終わりが気持ちよくて良かったよ。
Missingを聴いていると、心まで共鳴して同じリズムで鳴り出す。
今日は泣いてなんかいないさ。

夢の中で、ある男性スタッフがなぜかうどん屋をやっていたので、僕は
財布を逆さまにしてぶちまけた。いくらでも持っていけ。どうせ
夢の中でしか使えないお金だ。うどんは超美味しかった。数秒しか食べられなくて
目が覚めたけど、いい夢見れたな。

 


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僕に生きる希望を与えてくれるもの。あるとすれば、コーヒーだね。
家にいた頃は、フェイスブックとかオンラインゲームの類、読書、家事とか
そういう楽しみもあったけど、今はやりようがない。
もう文字を書く事すら厳しくなってきてるけど、金の微糖飲んでる時はやっぱり生きてて
よかったと思う。金の微糖のために、生きたいという気持ちが煙が立つように
出てくる。

はやみんを抱きたいとか、そういう欲求もないわけではない。僕はこれでも男だから。
でもここは病院だし、僕にはきららがいる。いろんな妄想もするけど、
たとえ病気でも理性的でありたいよ。でもそういう枯れてしまったと思っていた
欲望も、僕を生きる気にさせてくれるもののひとつだ。

さて、夜明けを見ながら聴くエルレのRed Hotは最高だ。誰もいない部屋で
踊りまくっていた。監視カメラとかついてないよな?

 


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今朝もはやみんと会った。「今日の赤いセーター、かわいいね」
「・・・ありがと」
それだけで、会話が止む。僕は緊張していたし、はやみんもそうだったのだろう。
「あたし、行かなくちゃ」
しばらくして、少しはやみんが微笑んで、手を振って去っていった。
寂しくない、と前書いたような気がするが、このところはやみんがあまり
かまってくれない。やっぱり寂しいよ。

外を散歩していると、しまぞうに会った。いつの間にか季節は進んで、外は
寒いくらいになっていた。
しまぞう、お前はかわいいなあ。この前の狂暴な名前の知らない猫(「寂しがりや
のジュナン」に登場した猫)と大違いだよ。こっちをじっと見てミャアミャア鳴くのが
本当に癒される。
ジュナンがしまぞうを持ち上げると、しまぞうはまた短く「ミャア」と鳴いて、
腕の中から飛び出して逃げていった。
ああ、女心というものがまったくわからない。なぜ笑っているのに、すぐ去って
いくんだろう?
僕のことを避けているのか?はやみん・・・


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僕は寂しがりだから、悪いのかな?ラジオ体操なんかつい真面目に
やってしまう方だ。軍隊みたいにさ。「寂しがりやのジュナン」なんて
名付けたのはGだったけな。ああ、何を言っているのか自分でもわからない。
二つの事がごっちゃになってる。
でも僕にもプライドはある。昔はいい大学に入って、エリート意識というもの
を持っていた。今はM70星雲まで行ってしまったけれどね。
もういいよ。もう何もかもいいんだよ。はやみんが僕の事を嫌って
いるような気がする。僕は愛される資格の無い人間さ。

無性に牛乳が飲みたくなって、牛乳とカロリーメイトを買いに行った。
小学生の時、こんなに牛乳が貴重な物だと思った事が一度さえあっただろうか。
あまり冷えてなくて、生温い。でも飲めなくなって初めて、牛乳の貴重さを知ったんだ。
実は、小学生の頃はどちらかというと嫌いで、残してばかりいた。
あの牛乳は全部捨てられたのかな。もったいないな。今残った分があれば
全部飲むのに。