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§ 2

§ 2

 俺は今日もおっさんがスポーツ新聞にくびったけなのを眺めている。グラスは当然空だ。そういやあそこにコーラが入っているのを見たことがあったかな。ないな。いつもあの一杯でみみっちく粘ってやがるんだ。まあ俺もおかわり無料のコーヒーだけだから強くは言えないが。
 入口のドアが開いて、あの男がやってきた。いつもどおり俺の正面に腰を下ろし、ウェイトレスにコーヒーを頼んでから話しかけてきた。
「久しぶりだな相棒。きのう以来か?」
「そうだよ。今日はテンション高そうだな」
「わかるか相棒、実はお前にいいもん買ってきてやったんだ」
 男はそう言ってテーブルの上に黒くてでかくてモジャモジャしたブツを置いた。
「これが何か当ててみろ」
「当てるも何も、どう見てもこれアフロヘアーのカツラだろ」
「正解! お前に似合うと思ってな」
「まさかとは思うけど、ひょっとしてこれ俺に?」
「もちろん」
「マジか……超かっけーじゃねえか! いいのか、てか、いいのか本当にこれもらって? 何? ドッキリ?」
 俺は浮かれ気分で早速頭に装着してみた。完璧なフィット感だ。
「やっぱり似合うな。最高だぜ相棒」
「悪いな。いつもありがとうな」
「それよりカツラの毛がパラパラ落ちるのが気になるな」
「それは俺の鋭い爪で斬れちまうからだろ。そうだ、この爪切っちゃだめか?」
「それがあってこそアフロが生きるんだろうが。次はその爪黒く塗ろうぜ」
「ナイスアイデアだな。どっからそんな発想が出てくるんだよ。あ、そろそろ今日の情報聞くか? 今日はおもしろいネタが四件も入ってるぜ」
「おう、聞かせてくれ」
 サプライズプレゼントで上機嫌な俺は、かなり飛ばし気味で集めた情報を披露した。やはり男は俺が話している間は基本的に無反応だが、それはもうそういうものだと割り切ることにした。一通りしゃべり終えた時、いつもは無音の店内に騒々しい音楽が流れ始めた。
「なんだこの曲? かっこいいな」
 俺は尋ねるともなく呟いた。男が反応した。
「いいだろ。最近お気に入りのミュージシャンの曲なんだ。ベースラインがぐっとくるよな。目覚まし代わりにすると、めちゃくちゃシャキっと起きられるんだ」
「へえ。俺はボーカルがいいと思うな。このなんというか、幸福感とイライラがせめぎあう感じ。違うな、表向き幸福感を満載してるんだけどそれがいまいち自分で信用できなくて、イライラを適度に練り込むことでバランスを取ってる感じ」
「おもしろいこと言うな」
「俺のいちばんの特技は音楽の分析だからな、プロフィールにも書いてあっただろ。ところでこれ何人編成のバンドなんだ?」
「いや、ボーカルの個人名義だ。いわゆるシンガーソングライター」
 しばらく二人で音楽に耳を澄ませた。その分野には詳しくないがにぎやかでファンキーな感じだ。俺は曲の音の成分をきっちりと聴き分け、低音も高音もリズムも、すべての要素を分析しながら記憶に刻み込んでいった。曲が終わると男が口を開いた。
「相棒、明日からはこの曲のミュージシャンの情報も集めてくれよ」
「お安い御用だな。それどころか、似たような曲調の他のミュージシャンもいくつかピックアップしておくよ」
「頼もし過ぎるぜ。俺は明日から仕事で出張だから、次に会うのは五日後だ。それまでよろしく頼む」
「任せろ」
「じゃあな。飴でもなめてがんばってくれ」
 男はライム味のキャンディを投げて寄越すと、伝票を持って席を立って行ってしまった。次は五日後か。寂しいもんだ。
 念のためさっきの曲を頭の中で再現しておさらいした。このノリノリの曲であの美人のウェイトレスが踊りだしたら、どんだけ楽しいことになるんだろうか。おっさんもご婦人方も踊りだして、ファミレスは汗の飛び散るダンスフロアに変身か。いいなそれ。

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