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正月の月 2014

 清夜吟     小林虎三郎

 

  天有万古月

  我有万古心

  清夜高楼上

  憑欄聊開襟

  天上万古月

  照我万古心

 

 

   天に万古(ばんこ)の月あり

   我に万古の心あり

   清夜高楼の上

   欄によっていささか襟を開く

   天上万古の月

   我が万古の心を照らす

 

  

 

 雪国の小都市。年越し講習会の終わった塾の一室。

 

「雪がやんで、今年の初詣の人出は多いそうだぜ」

「小林、大晦日まで働いてもらって悪かったな。大手予備校講師のお前に手伝ってもらって助かったよ」

「いや、こっちに戻ってから、ぶらぶらしていたし、むしろ働かせてもらって感謝しているよ。子どものパワーってすごいなぁ」

「まったくだ。俺もそう思う」

「しかし、学生時代のお前のいい加減さを知っている俺としては、三島センセイって呼ばれるお前に、笑いをこらえるのがつらかったよ」

「よく言うよ。お前も、大学を出たら地元に戻って来るかと思ったら、一人で福島に就職して、何十年も音信不通で、またひょっこり一人で帰って来るんだからなぁ」

「まあ、いろいろあってな」

「そのことだけど、3月11日を境に、仕事も、家も、家族もすべて失ったんだってな」

「ああ、予備校は、2月いっぱいで退職したところだった。退職金も少しだが出た」

「そうか、じゃ仕事を奪われたってことじゃないんだな。でも、家は津波で流されたんだよな」

「流されはしたが、すでにこっちに戻ることで、賃貸マンションの契約は打ち切ってた」

「そ、そうか。じゃあ、計画的なUターンってことだな。でもよ、奥さんと娘はなくしたんだよな」

「そうだ、2月の頭には、二人して東京に引っ越しちまった。住所は教えてくれなかった。今も分からない」

「はあ、津波で流された訳じゃないんだ」

「そんなこと言ったか?」

「いや、ただ、お前は、二人とも見つかっていないって言うから、てっきり……」

「3月11日に、退職金とマンションの解約確認書と妻からは離婚届が、同時に届いた」

「まあ、そういうことなら、同時に職と住まいと家族を失ったってことになるのかなぁ」

「でもな。おれ、こっちで一人でやり直そうと思って戻ってきたけど、やっぱり、福島に戻らなきゃと思っているんだ」

「えっ、むこうで何をやるっていうんだ」

「俺、塾をやろうと思う。今度は、『雇われ』じゃなくて、自分で経営したい」

「むこうは、それどころじゃないんじゃないか。みんな食えない状態で、明日のことなんか考えられないんじゃないの」

「ああ、食えないからこそ、人を育てることが大切だと思うんだよ。それが、自分のできる復興の手伝いになると思うんだ」

「まるで『米百俵』だな。おれも応援するよ。早いけど、はなむけに、さっき、古典の授業でやった、小林虎三郎の『天上万古(ばんこ)の月、我が万古の心を照らす』って言葉を贈るよ」

「なんだそれ」

「『自分の志が変わらないのなら、月を見た時、この光は自分を照らしていると思えるに違いない』って俺は解釈した」

「いいこと言うね。おれ、弱気になったら、月を見ることにするよ」

「じゃ、これから、月見酒と洒落るか」

「いいねえ。もちろん、窓越しにね。寒いから」

 

 残念だが、今年の正月は、何十年かぶりに新月。月は見えない。


この本の内容は以上です。


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