閉じる


<<最初から読む

9 / 10ページ

8、重なり合う想い

 

「…シェイラ、ひどいじゃないか…」
 はっと、声の主へ皆の注目が集まる。
「…ロイル」
 緊迫した空気が、張り詰める。
「君の為に、君の欲望を強めてあげたのに…。力を強めてあげたのに…」
—『チカラガアレバ、ネガイハカナウ』—
「…ロイル、貴方の気持ち、わかるよ…。さっきまで同じ気持ちだった…。でも、ダメだよ…。みんなを犠牲にして、願いを叶えるなんて…」
「僕らの願いは、そんなに意志の小さいものだったのかっ?!!」
—『オオイナルイケニエヲ、ササゲヨ』ー
「そうじゃないよ…。それで願いを叶えたとしても、私は嬉しくないの…。大切な人を失ってまで…」
「…僕以上に、大切な人がいるんだね…」
—『ヨクボウヲ、ミタセ!!』—
「許さない…みんな」
 その声と供に、ロイルは黒い杯と、瓶詰めされた赤い液体を取り出す。
「…姫ちゃん。僕はね、君の召喚術が羨ましかったんだ。今まで誰も到達出来なかった、英霊の召喚。感動と同時に、嫉妬を覚えたものだった…」
 杯に、トポトポと液体を注ぐ。
「僕も、その世界に行ってみたかった。でも、努力じゃどうにもならない境界がある事も知った…」
 空の瓶を投げ、杯を地面に置く。
「でもね、見つけたんだよ。僕の声に応えてくれる英霊を」
 ロイルは指先から、小さな炎を出した。途端に、地面を駆けるように緑色の炎が大きな魔法陣を描いた。ナイフを取り出し、指先に当て、にじみ出した血を杯に落とす。
「!!先輩…!その魔法陣は…!!」
「…君の英霊と、どっちが強いかな。勝負しよう。その血を賭けて…」
 背中から、先程の陣が描かれた本を取り出し、ページをめくる。
「…英霊よ!汝の姿を現し、更なる血を求めろ!!」
 カァッ!!
 魔法陣と、杯に着いた緑色の宝石が、同時に光を放った。
 
…ゴゴゴゴゴゴ…
 
 地響きに似た空気の振動が、低く辺りを包み込む。
 緑炎の魔法陣から、黒い大きな塊がヌゥッと現れる。それは頭だった。すぐにギョロっとした大きな目が見え、体の次に大きな黒い翼が広がった。胴体から足は、黒く分厚い鎧で覆われ、両手には鋭い爪。全てが空中に浮かぶと、その巨大な怪物は、英霊というよりも、悪魔にも似た顔でニィィと口元を緩ませる。その笑みに、皆が背筋を凍らせた。
「…先輩とは戦いたくなかった…。でも、これ以上マナリアのみんなを傷つける訳にはいかない。…その勝負、受けて立つわ!」
 アンは腰から下げていた本入れから魔導書を取り出し、右手の指を張って掌を下に向けると、精神を集中させる。朱色の鮮やかな炎が、アンの周りを迸った。すると、いつの間にかそこに小さな英霊が現れる。頭から胴体までが騎士の鎧に、胴から下は四本足の馬の姿。その姿を確認すると、次に青色の光が手の周りに集め、アンはその光で魔法陣を描いた。
「英霊よ!みんなを守る防御結界を!!」
 小さな英霊はスピアを頭上に掲げると、背に見えるマナリア学院とアンの間に、青く透明な防壁を瞬く間に空に向けて走らせた。マナリア学院全域が、門周辺を残して結界に包まれる。
 オーウェンは自分にも結界を張られている事を理解し、自分も戦いに名乗りをあげようとした。しかし、傍にいたグレアがハンナとシェイラを結界側へ運び、そこから動かない様子を見て、まだ自分が出る幕ではない事を察し、剣を鞘にとりあえず収めた。
「これで全力で戦える…。さぁ、英霊よ!一緒にあいつをやっつけよう!!」
 アンが手を少し形を変えて、新しい赤い魔法陣を描く。すると小さな鎧の英霊はシュンッと炎をまとい空に向かうと、空中で炎を渦巻き、瞬く間に巨大な姿へ形を変えた。
「…準備万端みたいだね。じゃあ…いくよ!」
—『オマエノチヲ、ヨコセ!!』—
 黒鎧の悪魔と半馬の騎士の、大きな体が同時に動いた。
 
 
「…シェイラ、大丈夫?」
 ハンナは、姿の変わったシェイラの肩を支えていた。大人びた身体、長い金色の髪、そして青く透き通った透明な羽。この姿のシェイラを見るのは、ハンナも初めてだった。
「…うん、ハンナ、ありがとう…」
「何が、あったんですの?」
「…ロイルから、もらった水を飲んだの…。『あの日』にもらう水…。そしたら、意識を失って…。目が覚めたとき、私が私じゃない感じで…。魔力が漲るのもそうだけど、何か、破壊したい衝動とか、今まで受けた屈辱とか、恨みの気持ちが大きくなって…」
 シェイラの瞳が、潤んだ。
「あの水には、ロイルの血と、負の思念が強く入ってた。意識が朦朧としていた間ずっと、ロイルの苦悩が頭の中で何度も繰り返されてたの」
 ハンナの手を、ぎゅっと握りしめる
「…今まで、苦しんでいるのは私一人だけかと思ってた。…でも、そうじゃなかったんだね…。想いが深い分、その人のこと考えて、自分のせいにしちゃうのは…みんな一緒だったんだね…」
 翡翠色の瞳から、涙がこぼれた。
「…シェイラ…」
「…っく…。…ごめ…ん……!」
 言葉が、詰まる。彼女は少しだけ、悲しみに身を任せた。
 
 …落ち着いた頃。シェイラは涙を拭いて、意を決したかのようにハンナを見つめた。
「…ハンナ。私、彼を救いたい…。私もハンナや、みんなに救われたから…。今度は、私の番」
「でも…どうしたらロイル先輩を止められるの?」
「ロイルは、さっきの私と一緒。負の力を増幅されて、操られてる。…今、少し深いところで眠ってるの。だから、私、助けに行ってくる」
「…シェイラ?」
 握っていたハンナの手を離した後、シェイラは無理に立ち上がった。
 少しおぼつかない足取りでロイルの居る方向を見据えると、首飾りに手を当てた。
「…プリンセス。あと少しだけ、力を貸してください…!」
 声に応えるように、先程と同じ青い光が首飾りを中心に輝き始めた。その後すぐ、シェイラの姿が光と同化するように透明になって輝き、光の玉へと変化した。
 青い玉はシュンッ!と虚空に尾を描くと、一目散にロイルの胸元に向かい、英霊に意識が向けられてる隙をついて彼の中に入り込んだ!
「うっ!…ぁっ!!…何をした…妖精ッ!!」
『ロイルを、返してもらうわ』
 
 
 
 
—暗い、闇の中。深海の底のように、ゆったりとした空間。
 奥へと進んだ。景色が、少しずつ変化していった。
 彼の、ネガティブな感情が、ちぎれ雲のように垣間見えて、去っていく。
 負の心。これでもかと、押し寄せる波。
 
 一つの景色は、学院。
 孤独な彼の姿。
 学院随一のアルケミスト、生徒会長。
 心から分かち合える人のいない、寂しさ…
 
 一つの景色は、研究室。
 落胆する彼の姿。
 私に差し出した水が、効果がなかった事に、苛立ってる。
 無力感と罪悪感で、自分を責めている…
 
 一つの景色は、プリンセスとの謁見。
 責任感を強める彼の姿。
 平気な顔を装って、心の重圧に勝とうとしてる。
 自分で自分を、追い詰めて、苦しんでいる…
 
…彼は、完璧な人だと思っていた。
 でも、本当はそうじゃなかった。
 
 私と同じように、不安を感じたり、必死になったり、自分を責めたり…。
 期待に応えようと、精一杯がんばって…。
 それなのに…それを少しも見せないで、一人で努力して…。
 私の事を、すごく考えてくれて…。
 
「ロイル、ごめん、ごめんね…。私、自分の事ばかりだった。そのせいで貴方を苦しめてしまっていた…。分かってあげられてなかった…」
 涙が、止まらなかった。
「本当に、ごめんね…」
 
 
 
 進んでいくと、小さな光が見えた。
 そこを目印に、更にスピードを上げる。
 宙に浮いた光のベッドの上で、ロイルが眠っているのが見えた。
 
 『ジャマヲ、スルナ!!
 突如、目の前に現れた赤黒い大きな影。すぐにシェイラを覆うように、先の尖った影を無数に放つ!
 しかし、その影はあっけなく、シェイラを包む光を境に消え去っていった。
 「邪魔なのは、あなたの方よ」
 シェイラはスッと片手を目の前に差し出し、思念を込める。
 金色の長い髪と、青白い羽が体以上に広がり、輝きが大きく強まった。
 「影よ、消え去りなさい!!!」
 彼女が言葉にしたその瞬間。太陽のように彼女自身が強烈に輝き、辺りの闇を一掃した。
 
 
 光が収まった頃、辺り一面は草原になっていた。
 奥には変わらず、光のベッドが、見える。
 
 彼の元に、辿り着く。
 心地良さそうな寝顔の彼の黒髪を、優しく撫でた。
 目が、開く
 黄金色の瞳が、ゆっくりと彼女を見つめた。
 
「…おはよう。シェイラ」
 
 ロイルは笑顔で、彼女に語りかけた。
 
 
 
『姫様!あの英霊を全力で倒してください!』
 アンは、突如聞こえてきた声に一瞬驚いたが、それがシェイラの声だとすぐに気づいた。
「その声…!シェイラちゃん!!あの術は、魂の契約が含まれている…だから、倒してしまったら…!!」
『はい…何もしなければ、魂も道連れになります。でも、私が彼を守ります!この魂が此処に残るように!』
 先程、ロイルに入り込んだ光がシェイラと知りつつも、果たして魂の契約を解除できる程の力があるのか、半信半疑だった。
『英霊を倒せば、召喚したモンスターも消え去ります!…姫様、お願いです!姫様はマナリアのみんなを守ってください!ロイルは、私が守りますから!』
「…分かった。シェイラちゃん!信じるよ!」
 彼女の決意に、心が決まった。
 ロイルの動きと併せて鈍くなった英霊の一瞬の隙を狙い、アンの英霊が黒鎧に一撃を食らわせて更に時間を稼いだ。
「この一撃で終わらせるよ!!」
 アンは手を手前に差し出すと、詠唱しながら魔法陣を空中に描く。いつもの魔法陣より、ゆっくりと、そして繊細に描きあげていく。同時に、アンの英霊の手前にも同じ魔法陣が描かれる。その中心に光の針が眩く集まり、少しずつ大きな光へと変化していった。アンの魔法陣と詠唱が、同時に完成する!
「英霊よ!!その大いなる力を解き放て!!!」
 
—グオオォォァァッッ!!!!
 
 英霊の咆哮と共に、光の束が黒鎧の英霊に向かって飛び出し、一直線に突き進んだ!!
 黒鎧の英霊は最初、その光を受け取めた。が、すぐにその力に耐えられず、押されるように光の群を全身に浴びる。
 その光と共に、姿が霧のように少しずつ消えていく。
 そして最後に…黒い杯が割れて、同じように消えていった…。
 
 
「……やった、の…?」
 グレアがまだ警戒心を解き切れない中、周りの景色が徐々に変化した。
 厚い雲を貫いていた赤い五芒星の光が消え、風が止む。
 雲は、青空を見せ始め、太陽の光が帯状になって祝福するように注ぎ、辺りを包んでいた魔の気配が薄らいだ。
 そして、目の前のロイルは、気を失ったようにドサッと倒れ込んだ。
 
「…倒したみたいね。でも…」
…シェイラの姿が、しばらく経っても見当たらない。
「まさか、失敗して一緒に…」
 アンは、少し息を切らせながら辺りを見回した。
「う…そ…」
 ハンナが、まだ解除されてない結界を飛び出し、ロイルの元へ走り寄った。
「ロイル先輩!起きて…!シェイラ!中にいるんでしょう?!」
 身体を強く揺さぶるが、反応が、ない。
 肌が、少し冷たくなってくる。
 同時に、肌色が青白く変化していった。
「!!……嫌ですわ…二人とも…!冗談は、やめて…!」
 ハンナの目から、涙が滲み出る。
「…お願い!二人とも、戻ってきて!!」
 
 
—雲の隙間から、一筋の光が、ロイルを照らした。
 光は、彼を輝かせていたと思っていたが、徐々に彼自身が光り出している事に気づく。
 
 輝きが最高潮に達した時、彼に飛び込んだ青い光の玉が、スウッと姿を現す。
 その青い光は徐々に広がり、最後にシェイラの姿を形度って、血色を戻した彼に寄り添うように降りた。
 
 ハンナが、シェイラの名前を嬉しそうに呼んだ
 アンは、英霊と防御結界を収めると、少し潤んだ瞳と笑顔で三人に向かって駆け出す。
 それを見た皆も顔を見合わせ、安堵の表情で、同じ場所へ走っていった。
 
 
 
…皆の笑顔の、その後方
 誰も気づかない、地面の上。
 白い羽が一枚、空から静かに、舞い降りた。
 
 
 
—マナリア学院での騒動は、こうして終止符が打たれた…。
 
 
 
 

9
最終更新日 : 2014-02-08 22:00:36

エピローグ —大切な贈りもの—

 

 その日の朝。シェイラは、学院の泉に訪れていた。
 いつもと違うのは、先日の騒動で所々が荒れていたこと。幸いにも、あの像は無事に姿を留めていた。
「今日もここでしたのね。シェイラ」
 振り返ると、ハンナの姿。
「あ、おはよう。…うん、早く元の泉に戻ってほしいから」
 シェイラは笑った。いつもこの場所で見る、彼女の姿で。
「ロイル先輩も、さっきあちらの庭園で見かけましたわ。シェイラと同じ事を言ってた」
 フフッとハンナが笑うと、シェイラもそれにつられて一緒に笑った。
「しばらくは、その姿のままでいるつもりですの?」
「うん。あの姿は、いつでもなれるけど…急に変わったらみんなビックリするし。それに…」
「それに?」
「悪い虫がつくから、やめてくれって、彼が…」
「…意外とヤキモチ焼きなんですのね」
 ハンナは、半ば呆れ顔でごちそうさま、と呟いた。
 
「ハンナ…」
「なんですの?シェイラ」
「…助けてくれて、本当にありがとう」
 そんな事ない…と一瞬言いそうになったが、言葉が違うような気がして、止めた。
 
 こんな時、一番ふさわしいのは、どんな言葉だろう。
 
 彼女は、すぐ身近にある大切なその言葉に気づいて、笑顔で贈ることを決めた。
 
「…こちらこそ、私の声を聴いてくれて、ありがとう。シェイラ」
 
 
—二人の笑顔を見守るように、焔天使の像が朝露と陽光で輝いていた…。
 
 

10
最終更新日 : 2014-02-08 21:05:24

この本の内容は以上です。


読者登録

神長みんくさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について