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4、約束は時を越えて

 
—彼は、人だった。
 人が、この場所に来る事は滅多にない。…むしろ、来れないから。

 ここは、妖精の庭。プリンセスが統治するこの場所は、清き心を持った者でないと、訪れることすら不可能。
…私も、母さん以外の「人」を見るのは、初めてだった。
 
 最初、泉で彼と出会った時は、とても驚いた。
 でも、話をしているうちに、次第に尊敬するようになった。
 彼はアルケミストで、様々な秘薬や錬金術の研究をしている事。その研究を病で倒れる人や、力なき者の為に活用したいという夢。
…何より、彼の純粋で澄んだ心に、惹かれていった。
 
 恋に落ちるのに、時間はかからなかった。
 彼と一緒に世界を歩んでみたいと、願いは日毎に強くなっていった。
 
…彼も、同じ気持ちだった事を打ち明けてくれた日は、今でも忘れない…。
 
 だけど、彼は人。私は、人から生まれたとは言え、妖精のはしくれ。
 私たち家族が、この庭に住む事を寛容に受け入れてくれたプリンセスとは言え、私の願いを話したらお怒りになるだろうか…。
 
 
「…シェイラ。そしてロイル。貴方達の絆の強さを、確かめさせて頂きたいのです」
 金色の、腰まで伸びる長い髪。神々しく、美しく透き通る、大きな羽を持ったプリンセス。
 その日、ついに私は彼女に謁見し、離郷の許可を求めた。
「まず、シェイラ。貴女がこの庭を離れてしまえば…今より小さく、幼い姿となってしまうでしょう。それでも世界を歩みたいと望むのならば、場の力を借りず、自身の魔力を頼りに生きれるようならなければなりません。ロイルが居たマナリア学院…その場所で、あなたが人の世界で、今の姿で有り続けられるよう、自身の力を強く鍛えるのです。…厳しい試練である事は、分かりますね」
「はい、プリンセス…。承知しています」
 その言葉を聞くと、姫は少しだけ寂しそうな笑顔を見せたが、目を閉じてすぐに表情を戻した。
「そして、ロイル。貴方には、アルケミストとしての力と、その心を試させて頂きます。1年に一度、あの泉の水をシェイラに届けるのです。泉の水は、それだけでシェイラに魔力を与える事ができますが…方法によっては魔力を増し、シェイラの成長に大きく貢献できるでしょう。時が過ぎてもこの場所が再訪可能な澄んだ心、シェイラが本来の姿を取り戻すまで研究を続ける強い意思。この二つを私に証明してください」
「…分かりました、プリンセス。必ず、貴女の期待に添えるよう全力を尽くします」
 
 
 
「シェイラ…。寂しくなりますね」
「はい、すみません…」
「あの泉で、良く遊びましたね。あの頃がとても懐かしい…」
「はい、私もです…」
「…シェイラ。私は…貴女も彼も、信じたいです」
「……」
「けれど、貴女の身を心配せずにはいられません。私にとっても、貴女は大切な…」
「……」
「これを、受け取ってもらえますか」
「…これは…?」
「お守りです。貴女が無事に成長できますように…」
「…綺麗な首飾り…。…ありがとうございます、プリンセス」
「…必ず、願いを叶えてくださいね」
「…はい。きっと、必ず…」
「……。ありがとう。シェイラ…」
 
 
 
 
—学院の中に、あの泉に似た場所があった。
 あの森ほど大きくないけど、木々に囲まれた小さな泉。
 朝の散歩は昔ほど多くないけど、今も良くここに来る。
 
 機会が減ったのは、友達が増えたから…かもしれない。
 
 故郷の泉と違うのは、焔天使の像がある事。
 最初はあまり気に留めていなかったけれど、いつしか摘んだ草花と併せて、祈りを捧げるようになった。
 願いが早く、叶いますようにと。その為だったら何でもします、と…。
 
 
 シェイラは、いつものように摘んだ草花と、いつもと違う赤い宝石を持って、泉に来ていた。
 そして奥の、天使の像へ進む。
 一度、周りをぐるっと見渡し、誰もいない事を確認して、天使の像の後方の茂みが濃い場所に手を伸ばす。手に掴んでいた卵くらいの大きさのその宝石は、離すと茂みの中を転がって、姿が見えなくなった。
 
 その後いつものように、摘んだ草花のプチブーケを天使の像の前に置き、首飾りを握りしめて、祈りを捧げた。
 祈りの内容は、いつもと違った。
 今日、うまくいきますように…。
 
 
「やっぱり、ここでしたのね」
 シェイラはハッとして、声がした方を振り返る。
 そこに立っていたのは、
「ハンナ…」
 彼女を、その場を動かず見つめた。
「以前も『あの日』はこの場所にいたから、今日もここにいるかと思って…」
「うん…」
 歩み寄る、ハンナ。目線を、少しだけ下げるシェイラ。
「…不安、ですわよね」
 ハンナの言葉に、少し戸惑いの表情を浮かべた後、彼女の瞳を見つめた。
 そして、また少しうつむく。
「…うん。信じてるけど、少しだけ…」
 そう言うと、二人は少しの間、沈黙する。
 
「シェイラ、私は…」
 ハンナは、うつむいたシェイラを見つめながら話す。
「貴女が無事成長できることを、心から願っていますわ…」
「…ハンナ……」
 彼女の言葉と、プリンセスの言葉が、ふと重なる。
 …その瞬間、両目から涙がポロポロとこぼれ落ちていた…。
 
 ハンナは取り出したハンカチを、涙で濡れたシェイラの手と一緒に握りしめ、片方の手で少女の震える背中を、心をなだめるように優しくさすった。
「…大丈夫ですわ。シェイラなら、絶対できますわ…」
「…うん。…うん…。ありがとう、本当に…。ありがとう、ハンナ…」
 しばらくの間、そうして二人は寄り添った。
 その姿を見守るように、朝露に濡れた天使の像が、陽の光に反射してキラキラと輝いていた…。
 
 

5
最終更新日 : 2014-02-08 21:33:07

5、記憶に残る人

 
「ほえ?ロイルさんって人は、そんなに有名な人なんですかぁー」
「うん、まぁ元生徒会長って事も、ひとつの要因だけどね」
 少し長めの青い髪の青年。前髪は横と後ろに流して目に掛からないようにしている。
 ルゥは、学院の上級生がロイルの訪問を騒いでいる事を知り、たまたま近くを通りかかった彼、ウィリアムに事情の説明を要求した。
「ロイル先輩は魔術も上手いけど、アルケミストの分野では特に名高い人なんだよ。更に人当たりが良くて、みんなに好かれる性格してたから、生徒会長に推薦されたんだ。で、シェイラちゃんの一件があって、たまにこの学院に来る事があるんだけど…そのついでを狙って、先輩にアドバイスをもらったり、研究成果を発表してもらおうと、僕を含め一部の生徒達は特に大騒ぎってわけなのさ」
「なるほどぉー」
 廊下を並んで歩きながらふんふんと相槌を打って聞き、事情をなんとなくだが理解したルゥ。
「という事で、僕も先輩に聞きたい事が山ほどあって…。今日のお昼には到着するって聞いたから…」
「おーい、ウィリアム!こっちこっち!」
 少し先の扉から、こちらに向かって手を振る男子生徒が見える。
「あ!今行くよ!…ごめんルゥちゃん、また後でね!」
 そう言い残すと、足早にウィリアムはルゥの元を去って行った。
「ほえー。マナリア学院には、有名人がたくさんいるんですねぇー」
 慌てるウイリアムの後ろ姿を見つめながら、のほほんと呟く。
「…ルゥも有名になって、将来はめくるめく学園ドラマを引き起こす中心人物となるですよー」
 少女はニヤリとした表情を浮かべながら、人が若干引くような妄想を楽しげに繰り広げていた。
 
 
 
 
—マナリア学院の、正門。
 その大きな門を、ふと見上げて懐かしむ。
 この門戸を叩いたのが、つい最近の出来事のようだ。
 
 最初は、マナリアのみんながロイルの名前を知ってる事に驚いた。
 いろんな話を聞いて、益々彼の為に頑張ろうと、責任にも似た感情が押し寄せてきた。
 
 彼は泉の水を、必ず何かしら施してから渡してくれた。魔力がみなぎるのが、すごく良く分かった。
…だから、今の結果は、彼のせいじゃない。
 原因は、私。だからこそ、何が必要なのか、逃げずに模索するしかなかった。
 
 でも、そんな解決方法、本には載ってなくて。経験した人も、いなくて。
 そうして、答えを探して、探し続けて…それでも結果を出せずにいる自分が、嫌になって…。
 
…今日は、その答えの糸口が、見つかったらいいのに…。
 
「シェイラ!!」
 はっと顔を上げると、こちらに手を振る人が見える。
 彼、ロイルの声だ。
 シェイラは、最初は遠く見えるそれを確かめるように見つめ、やがてロイルと分かると、少しずつ手を降り返し、彼の元に向かってゆっくり駆け出した。
「ロイルッ!!」
 二人が目の前までお互いの距離を縮めると、数秒間だけ見つめ合い、その後何も語らず抱きしめ合った。
「…元気で、良かった」
「僕もだよ、シェイラ…」
 黄金色の瞳、黒い髪、彼の匂い…。
 不安も、寂しかった気持ちも、何もかも忘れて。ただ目の前の彼に、触れた喜びを感じていた。
 
「…シェイラ。あの宝石たちは、指定の場所に置いてきた?」
「…うん、五つとも全部」
「ありがとう、準備万端だ。…シェイラ、今日こそは君を、成長させてあげるから」
 少し離れたロイルは、風変わりなマントを払って、腰に下げていたコルクで閉められた瓶と、黒い杯を取り出す。
 その透明な瓶の中から見えるのは、鮮やかな赤い液体。ロイルはコルクを開けると、杯に液体を注いで、シェイラへ渡した。
「ロイル、これは何…?」
「何って、泉の水だよ。僕の力を注いだ…」
「……」
 今まで見たことのない色。一瞬、不安が過る。
「本当に、あの泉の水なの?何か、違う気がする…」
「そうさ、だって僕がシェイラの為にアレンジを加えたから」
 その液体と笑顔を前に、シェイラは戸惑った。彼の言うとおりに、この液体を飲んでしまっていいのだろうかと。
 
…ふと、今朝の出来事を思い出す。
 
 
 そうだ、私は誓った。成長する為なら、何でもしますって…。
 大切な人に、約束した。彼女たちの気持ちを、無駄にはしたくない…。
 
 
—シェイラは、意を決した。
 
 黒い杯をロイルから受け取り、目をつぶって口に運ぶ。
 苦い、金属のような味がした。それでも構わず、一気に飲み込む。
…飲み終えた後、その杯が空になったのを確認するため、一度手元を見つめる。
「…ロイル、飲んだよ…。今日こそ…願い、叶う…か…な……」
シェイラの意識が、突如暗闇の中に落ちた。
 
「…ふふっ。さぁ、願いを叶えに行こう。二人でなら、きっとできるよ…」
 黄金色の瞳が、わずかに赤みを帯びた。
 
 
 

6
最終更新日 : 2014-02-08 21:05:24

6、姫が守るもの

 
…ピクッ。
 音楽塔から流れる、優雅なピアノの音が止んだのは、その時だった。
 背中には竜の翼と尾、右手の肘から伸びる竜の腕、竜の爪。濃い紫色の髪から見える、大きな角。それとは対象に際立つ美しい顔立ち。
「グレア、どうしたの?」
「…何か、来る…」
 グレアと呼ばれた半分竜・半分人の珍しい姿をした少女は、立ち上がると窓のある方へと足を運んだ。門のある方へ目を向けると、人らしきものを両腕で抱えた誰かが、学院に向かって歩んで来ている。
「アン、あれは…誰?」
「んー?どれー?」
 アンと呼ばれたターコイズブルーの瞳、腰まで伸びる明るい茶色の髪の少女が、グレアの発言に興味を持って、同じく窓を覗き込む。
「あ、あれ、きっとロイル先輩だよ。もう到着したんだね!…でもなんか様子が変…?」
「嫌な予感がする…。なんだろう…」
 
 
 
「さぁ、起きて、シェイラ」
 両腕に抱えられた少女は、翡翠色の目を虚ろげに開く。
 ロイルはしゃがんで、彼女の足を地に付けて立たせた。
「君の、本当の姿を見せて」
 シェイラの身体が、フワリと浮いて、赤く輝き始める。
 突如、眩しい光に包まれる。その光がすぐ収まると、長い金色の髪、黒く透き通った妖精の羽根が生えた美しい女性が姿を現した。
「あぁ、シェイラ…本当のシェイラ…綺麗だ。…さぁ、行こう。願いを叶えに」
 
 ロイルが学院に向き直ると、呪文の詠唱を始める。
 同時に、シェイラも同じ言葉を紡ぎ始めた。
 
—彼女が、今朝訪れた、天使の像の後ろ。
 あの赤い宝石が、眩い光を放った。
 
 同じ反応を示した宝石が、あと四つ。一つは、ミランダとハインラインが噂の霊を目撃したあの庭園。他の三つも、学院を騒がせていた霊の出現場所から近い所にあった。
 その宝石たちを頂点として、マナリア学院に赤い光の五芒星が描かれる。
 
 大地が、揺れる。風が強くなり、太陽を隠すように厚い雲が覆い始めた。
 
『赤き五芒星よ!闇の地と、住まいし彼等を此処に召喚せよ!!』
 
 二人の言葉が強く重なり合った時、五芒星が大きな柱と壁を立てるように、雲に向かって光を貫いた。
 
 
 一部始終を見ていたアンとグレアは、緊急事態を察した。
「これ、あの人が? 一体何を…?」
「分からない…。でも、止めなきゃいけない気がする!行こう、グレア!」
「うん!!」
 二人は扉を勢いよく開けて、階段を駆け下りた。
 
 
「きゃあぁぁぁ!!!」
 塔の一階まで降りると同時に聞こえてくる叫び声。二人は顔を見合わせて、早速声の方向へ走り出す。
 廊下を駆けると、生徒たちが外を見ている姿が見えてきた。とりあえず、校舎の中にはまだ異変はないようだ。
「みんな、どうしたのっ!?」
 アンが先に、生徒たちに声を掛けた。
「あ!姫様!あれ見て!!」
「!? あれは…!」
 大きな赤い光柱から、黒い大きな物体が生まれて来る。まだ遠く、それが何かはっきりとは分からないが、少なくとも無害なものでないと察しがついた。
「みんな!みんな、聞いて!…まずは上級生をリーダーにして、学院の中心に避難しよう!先生を見つけたら指示に従って落ち着いて行動して!いざという時の為に、戦う準備は怠らないで!絶対にみんなとはぐれないように!」
「姫様!!」「…そうだ、姫様がいれば…!」
ザワザワザワッ…
 アンの声に気づいた生徒たちは、不安気な表情を浮かべつつも、何とか平静を保とうとそれぞれ行動を取り始めようとした。
「姫様!!竜姫!!ご無事ですか!!?」
 二人の横から突如、オレンジ色の髪の青年が駆け寄ってくる。耳から上は単髪、その下はまとめられるくらい少し長め。手には騎士が持つ剣を携えている。
「あ、オーウェン!」「オーウェン君!」
「お二人とも音楽塔にいらっしゃらなかったので、心配しました…」
「私たち、召喚主を見たの!これからグレアと一緒に会いに行ってくる!」
「なっ…!? そ、それでは私もお供します!」
「大丈夫!それよりオーウェンは、ここのみんなを先生のところへ誘導して!」
「ですが危険です!姫様達を守るのが騎士の務め…」
「みんなを安全な場所によろしくね!」「よろしくね、オーウェン君…!」
「あ!姫様!竜姫!お待ちを…!!」
 二人はオーウェンの言葉が終わる前に、全力で駆け出して行った。
 
 
 マナリア学院の正門に向かいながら、今度は先ほどとは別の赤い光柱が遠くに見えた。
 その光からは細かく黒い物質が生まれ、空を舞う。恐らく、翼の生えたモンスターの類と察する。
「アン…ロイル先輩って言ったっけ。多分モンスターだと思うんだけど…あれを呼び寄せて、彼は何が目的なんだろう」
「分からない…。ロイル先輩はハンナちゃんの前に生徒会長をしてた人なんだけど、すごく優しい人で…。学園のみんなの事、大好きだったから…。だから、みんなを危険な目に合わせるなんて、考えられない!」
「…。直接、聞くしかないね」
「うん!絶対、何かあったんだ!」
「皆さん!速やかに先生の所へ!!」
 アンとグレアが学園の中央付近に近づいた頃、大人数の生徒たちと、誘導するハンナの姿が見えた。
「ハンナちゃん!」
「あ!姫様!グレアさん!」
 ハンナは二人の姿を見ると、張り詰めた顔が少し和らいだように見えた。
「みんな無事?!」
「はい、この周辺をジル先生とハインライン先生が、結界を張って頂く事に!他の先生方は、離れた場所にいる生徒を探しに行かれましたわ!」
「そっか、ありがとう!…ハンナちゃん、こんな時に聞くのも申し訳ないけど…ロイル先輩の事、何か知らない?」
 ハンナは、少し思い詰めた顔をした。
「…私が知ってるのは、二人を迎え入れようと向かったら、シェイラが突然変わってしまって…。嫌な予感がして学園に戻ったら、モンスターが現れたと…。それくらいしか、今のところは…」
「そっか…。うん、分かった!私が直接会って、止めてくる!きっと大丈夫だから!」
「…姫様、ありがとうございます。私は、まだ皆さんの避難を誘導しなければならないので、お願いしますわ!」
 アンとグレアは、ハンナに返事を返すと、再び門に向かって走り出した。
 
 
 五つの赤い光柱からは、推測通りモンスターが召喚されていた。
 アンとグレアが見た大きな黒い影は、全身が硬い岩でできた巨人。細かい空飛ぶ影は、巨大化した吸血コウモリ。その他三つの柱からも、それぞれ別の種族のモンスターが顔を出した。
「ふふ、マナリア学院の者たちよ、混乱と恐怖で闇を渦負け…」
 ロイルは真上に立ち込める暗雲を満足そうに眺めると、学院の正門へ一歩、ゆっくり足を踏み入れる。
 片足が無事に門を跨いだ後、両足を学院の入り口に向けて歩き出した。その後を、シェイラが追う。
「…無事に学院に侵入成功。さぁ、次は主賓をお呼びしよう。…シェイラ」
 その声を聞くと、シェイラは垂直に飛び立ち、その上空で止まると黒い羽を大きく広げる。
 全身が、赤い光に包まれる。両手を目の前に突き出し、呪文を詠唱する。その両手を左右に広げると、光の帯が彼女の目の前に半円を描いた。
「…光よ、破壊の創始者となれ!」
 彼女がその言葉を紡ぐと同時に、光の剣が無数に飛び出し、マナリア学院全域に豪雨のように降り注いだ!
 
 ドガガガガガガッッ!!!
 
…四方八方から建物が壊れる音がガラガラと聞こえ、土煙がモクモクと舞い上がる。
 
「…もういいよ、シェイラ」
 ロイルの満足そうな声を聞くと、シェイラは先程の光の帯をスゥッと消して収めた。
「さぁ、僕からの招待状は届いたかな?プリンセス・マナリア。…次は、舞台の準備を整えよう」
 背中に手を伸ばすと、ロイルは一冊の本を取り出し、魔法陣の描かれたページをめくる。
 そして、革のベルトに下げていた透明な液体が入った瓶を取り出し、コルクの蓋をコポンッと開けた。
 
 

7
最終更新日 : 2014-02-08 21:05:24

7、大切な人の声

 
「いた…。ロイル先輩ッ!!」
 アンは、ロイルを見つけるなり、彼の名を呼んて走る。グレアも、その後を追う。
 本を片手に、背中を向けて佇んでいたロイルは、その目線をアンに向ける。
「…意外と早かったね。姫ちゃん…」
 少し不満足な顔をしながら、本をパタンと閉じ、ロイルは上空のシェイラを手招きして呼ぶ。
 シェイラは黒い羽を羽ばたかせ、スウッとロイルの隣に舞い降りた。
「…!?その人、シェイラちゃん、なの?」
「あぁ、そうだよ。これが本当のシェイラ。綺麗だろ?」
 身体が成長している事にも驚いたが、その後ろから生えている黒い羽と、見た事のない装いが、彼女のイメージを覆す。
「…先輩。モンスターも、先輩が呼んだの?」
「そうだよ。目的を果たすためにね」
 その端麗な顔が、無邪気そうに笑った。
「目的…?シェイラちゃんの成長が、先輩の願いじゃないの?」
「その通りだよ、姫ちゃん。だから…君の血が必要なんだ。英霊をも魅了する、その高貴な血が…」
 一瞬、ロイルの言葉を理解出来ないアン。一方、グレアはその言葉にアンの身を案じて、庇うように二人の間に立ちはだかる。
「あ、きみは竜姫だね。あまり交流がなかったから…はじめましてかな。君も、大いなる血が流れているみたいだね。ふふ、血は似た者を呼び寄せる…」
「そんな些細な目的だったら、学院の皆を巻き込まなくても!いくらでも協力したのに、なんで?!」
「ダメなんだよ。今の状態じゃ。もっと怒ったり、失望したり…闇に囚われてほしいんだ。マナリアのみんなを傷つける僕が、憎いだろ?召喚したモンスター達にみんなが怯え、傷つけられている姿がありありと浮かぶだろ?怒り狂った、闇に染まった君の血が欲しい…」
「そんな…そんな理由だけの為に…?」
「小さい事じゃないよ。シェイラの成長の為に、必要なんだから」
「…先輩。先輩は、マナリアのみんなが大好きだったよね。大切に想っていたよね。その気持ちが一緒だったから、私、尊敬してたのに…!」
「姫ちゃん…。願いを叶える、一番簡単な方法を教えてあげる。それは…手段を選ばない事さ!」
 シェイラが、片手から炎を燃え上がらせ、アンに向かって飛び出したのが、戦いの始まりとなった。
 その炎に俊敏に反応したのは、グレア。
 彼女は、炎に包まれたシェイラの手を、片方の竜腕で受け止める。
「力と炎なら…負けない!」
その片腕を大きく振りほどき、シェイラに打撃を与えようと片手を振りかざす。
が、その一瞬でグレアの後ろに回り込み、シェイラはグレアの背中に反撃を与えようとした。
「水の精霊っ!」
 その声と共に、アンが空中で描いた魔法陣から水の精霊が召喚され、シェイラの炎を水柱でかき消した。
 あとから続く水流の力に耐えきれず 、シェイラは再び二人との距離を空ける。
 水の精霊の姿が消えると、一瞬でアンは次なる魔法陣を虚空に描く。
「魔の鷹、此処に!」
 声と共に、大きな黒い翼を広げた鷹が姿を現し、アンの図上で指示を待つ。
「…グレア。こんな状況で申し訳ないけど…」
「アン、分かってる。ダメージは最小限に抑えるよう、がんばるから」
 
 
「エティ、それはどういう意味ですの?」
「…見てみないと分からないけど…闇の魔力を象徴して、シェイラさんはその姿に変わったという事よ」
 上品な赤色の長い髪、白と青を基調にしたドレスのような服のアンリエットという女性が、ハンナとオーウェンと共に正門へ急ぐ。
「妖精の多くは姿の具現化の際、魔力源の大きさ・属性がその姿に反映されやすいの。姿を自身で操れる者や、例外ももちろんあるけど…。状況を聞く限り、シェイラさんに強い闇の力が『何か』を介して入り込み、彼女の姿に影響を与えたんじゃないかしら」
「もしかして…それをロイル先輩が!?」
「…それしか、今のところは思い付かない…」
「……」
 アンリエットはハンナの心を知っているからこそ、冷静に状況分析しようと努めた。
「…もし仮にそうだったとしたら、どうしたらいいんですの…?シェイラを元に戻す方法はありますの?」
「方法は二つ。シェイラさんの魔力源に近いエネルギーを強制的に注ぐか、闇の力を弱めて彼女自身の力で跳ね返すか。…だけど前者の欠点は、その闇の力と同等、もしくはそれ以上の力が必要で、かつ『注ぐ』方法を模索しなければならないところね。ロイルさんとも戦わなければならないとしたら、そんな時間があるかどうか…」
「それでは…。我々はどうしたら…」
「…もし私の仮説が正しければ…」
 アンリエットは持っていたリラの弦を、確かめるように一度響かせた。
                                                                                                                                                                
 
 
 
ドスッ!!
「っく…あぁっ…!!」
「グレア!!」
 シェイラの一撃が、グレアの左肩を直撃する。
 その衝撃に耐えられず、グレアの身体は半回転して、地面にザザッと音を立てて倒れ込んだ。
「風の精霊よ、守って!」
 右手で描く魔法陣とアンの声の下に精霊が姿を現し、二人をドーム型の風壁が包み込んだ。
「グレア!大丈夫!?」
「…うん、そんなに大きな傷じゃな…。…っ!」
 強がって起き上がろうとするが、傷の痛みに顔を顰めるグレア。
「…聖霊よ、癒しの力を」
 今度は、左手で描く魔法陣から聖霊を召喚し、グレアの傷を光が包み込んで治していく。
「へぇ。久しぶりに見たけど、両手召喚とはさすがだね。…いや、むしろレベルが上がってる。益々、その血が楽しみだよ…!」
「ロイル先輩…」
 遠くで佇むロイルを、アンは悲しそうな顔で見つめた。
「…アン、もう大丈夫。ありがとう。…中々、手強いね…」
「…うん…。英霊を召喚できる相手なら、全然負けないんだけど…。どうしたら…」
「まずは、シェイラちゃんを何とか止めないと…」
「姫様!グレアさん!」
 その時、学院の入口方面からハンナとアンリエット、オーウェンが駆けて来るのが見えた。
「!!みんな、ここは危ないよ! 風の精霊っ、座標変更!」
 精霊は、風の壁を今度はその三人を包むように作り上げた。
「アン、事情は何となく把握してるわ!私たちに一つ策を試させてほしいの!」
「エティ!策って!?」
「我々三人に任せて!守備はオーウェン君が担ってくれるから!この風を外してほしいの!」
 そう言うと、オーウェンは騎士の剣をスラッと鞘から引き出し、前に構えた。
 アンは一瞬戸惑ったが、言われたとおりに三人の風壁を取り払う。
 
「…いきます」
 アンリエットは、その瞬間に手元のリラを鮮やかに鳴らした。
 その次に、ハンナが先程から準備していた術の詠唱を終える。
「…奏楽天使の加護をここに!」
 ハンナの手元から、風がシェイラに向かって放たれる。
 その風に気づいたシェイラは、同じように手元から風の壁を作り上げ、ハンナの風を四方八方へ散らした。アンは、攻撃性がない術の発動に疑問を持ったが、三人の真剣な面持ちに言葉を抑えた。
 風はやがて周囲に見えない壁を作り上げ、音響効果を高める。気分が高潮するような甘い花の香りが、徐々に広がった。リラの音色が風に乗り、少し涼しい空気を伝って、響き渡る。
…どこか遠い秘境を想像させる、美しい音色の曲だった。
 
—しばらくして、シェイラの様子が変わった。
「…っ!あぁっ!!」
 彼女は自身の壁を解き放ち、両手で頭を抱え地面にひざまずいた。
「今よ!ハンナ!」
 
「シェイラぁっ!!」
 
 ハンナは彼女に大声を向ける。彼女の声もまた、風に乗って大きく響き渡る。
「シェイラ!本当のシェイラに戻ってくださいませっ!!私との約束、忘れたとは言わせませんわ!!」
「……ヤ…ク、ソ、ク……」
 うつろな目で、シェイラはハンナを見つめる。
 胸元の宝石が、一瞬輝く。
 
 
『…貴女が無事に成長できますように…』
 
「…プリン、セス…!」
 
 
『…シェイラなら、絶対できますわ…』
 
「…ハン、ナ…!」
 
 
「シェイラっ!お願い!目を覚ましてぇっっ!!」
「うああぁぁァァァッッ!!!」
 その瞬間、彼女の胸元に光る首飾りが青白く光り、彼女を包み込むように眩しく輝いた。
 
 
 
「…何が、起きたの?」
 某然と見守るアンとグレアに、アンリエットが駆け寄る。
「急な行動ごめんなさい。簡単に説明するわ。彼女…シェイラさんは、あの姿から察するに闇の力が増幅したと仮定して、その力を抑える最善策を試したの。それは、彼女自身の光りを復活させ、強める事。その為に親友のハンナさんの声と、私のリラの音色…浄化の曲を、効果を高める風に乗せて強め、彼女の耳から魂に語りかけたの」
「なるほど…。じゃあ、あの光は…」
「恐らく、彼女自身の光だとは思うけど…」
それにしても強い光。予想以上に策が早く上手くいったのは、あの光の力だという事をアンリエットは察していた。
「…っ…」
 光が首飾りにすぅっと収まると、シェイラは倒れていた体を少しずつ起こした。羽が、黒から青白い透明な色へと徐々に変化していく。
「…シェイラ…?」
「…ハンナ…」
 翡翠色の、いつもの瞳が、ハンナを見つめた。
「…ありがとう。目、覚めたよ…」
 ハンナは、その瞬間にシェイラへ駆け寄り、二人はぎゅっと抱きしめ合った。
 
 

8
最終更新日 : 2014-02-08 21:05:24

8、重なり合う想い

 

「…シェイラ、ひどいじゃないか…」
 はっと、声の主へ皆の注目が集まる。
「…ロイル」
 緊迫した空気が、張り詰める。
「君の為に、君の欲望を強めてあげたのに…。力を強めてあげたのに…」
—『チカラガアレバ、ネガイハカナウ』—
「…ロイル、貴方の気持ち、わかるよ…。さっきまで同じ気持ちだった…。でも、ダメだよ…。みんなを犠牲にして、願いを叶えるなんて…」
「僕らの願いは、そんなに意志の小さいものだったのかっ?!!」
—『オオイナルイケニエヲ、ササゲヨ』ー
「そうじゃないよ…。それで願いを叶えたとしても、私は嬉しくないの…。大切な人を失ってまで…」
「…僕以上に、大切な人がいるんだね…」
—『ヨクボウヲ、ミタセ!!』—
「許さない…みんな」
 その声と供に、ロイルは黒い杯と、瓶詰めされた赤い液体を取り出す。
「…姫ちゃん。僕はね、君の召喚術が羨ましかったんだ。今まで誰も到達出来なかった、英霊の召喚。感動と同時に、嫉妬を覚えたものだった…」
 杯に、トポトポと液体を注ぐ。
「僕も、その世界に行ってみたかった。でも、努力じゃどうにもならない境界がある事も知った…」
 空の瓶を投げ、杯を地面に置く。
「でもね、見つけたんだよ。僕の声に応えてくれる英霊を」
 ロイルは指先から、小さな炎を出した。途端に、地面を駆けるように緑色の炎が大きな魔法陣を描いた。ナイフを取り出し、指先に当て、にじみ出した血を杯に落とす。
「!!先輩…!その魔法陣は…!!」
「…君の英霊と、どっちが強いかな。勝負しよう。その血を賭けて…」
 背中から、先程の陣が描かれた本を取り出し、ページをめくる。
「…英霊よ!汝の姿を現し、更なる血を求めろ!!」
 カァッ!!
 魔法陣と、杯に着いた緑色の宝石が、同時に光を放った。
 
…ゴゴゴゴゴゴ…
 
 地響きに似た空気の振動が、低く辺りを包み込む。
 緑炎の魔法陣から、黒い大きな塊がヌゥッと現れる。それは頭だった。すぐにギョロっとした大きな目が見え、体の次に大きな黒い翼が広がった。胴体から足は、黒く分厚い鎧で覆われ、両手には鋭い爪。全てが空中に浮かぶと、その巨大な怪物は、英霊というよりも、悪魔にも似た顔でニィィと口元を緩ませる。その笑みに、皆が背筋を凍らせた。
「…先輩とは戦いたくなかった…。でも、これ以上マナリアのみんなを傷つける訳にはいかない。…その勝負、受けて立つわ!」
 アンは腰から下げていた本入れから魔導書を取り出し、右手の指を張って掌を下に向けると、精神を集中させる。朱色の鮮やかな炎が、アンの周りを迸った。すると、いつの間にかそこに小さな英霊が現れる。頭から胴体までが騎士の鎧に、胴から下は四本足の馬の姿。その姿を確認すると、次に青色の光が手の周りに集め、アンはその光で魔法陣を描いた。
「英霊よ!みんなを守る防御結界を!!」
 小さな英霊はスピアを頭上に掲げると、背に見えるマナリア学院とアンの間に、青く透明な防壁を瞬く間に空に向けて走らせた。マナリア学院全域が、門周辺を残して結界に包まれる。
 オーウェンは自分にも結界を張られている事を理解し、自分も戦いに名乗りをあげようとした。しかし、傍にいたグレアがハンナとシェイラを結界側へ運び、そこから動かない様子を見て、まだ自分が出る幕ではない事を察し、剣を鞘にとりあえず収めた。
「これで全力で戦える…。さぁ、英霊よ!一緒にあいつをやっつけよう!!」
 アンが手を少し形を変えて、新しい赤い魔法陣を描く。すると小さな鎧の英霊はシュンッと炎をまとい空に向かうと、空中で炎を渦巻き、瞬く間に巨大な姿へ形を変えた。
「…準備万端みたいだね。じゃあ…いくよ!」
—『オマエノチヲ、ヨコセ!!』—
 黒鎧の悪魔と半馬の騎士の、大きな体が同時に動いた。
 
 
「…シェイラ、大丈夫?」
 ハンナは、姿の変わったシェイラの肩を支えていた。大人びた身体、長い金色の髪、そして青く透き通った透明な羽。この姿のシェイラを見るのは、ハンナも初めてだった。
「…うん、ハンナ、ありがとう…」
「何が、あったんですの?」
「…ロイルから、もらった水を飲んだの…。『あの日』にもらう水…。そしたら、意識を失って…。目が覚めたとき、私が私じゃない感じで…。魔力が漲るのもそうだけど、何か、破壊したい衝動とか、今まで受けた屈辱とか、恨みの気持ちが大きくなって…」
 シェイラの瞳が、潤んだ。
「あの水には、ロイルの血と、負の思念が強く入ってた。意識が朦朧としていた間ずっと、ロイルの苦悩が頭の中で何度も繰り返されてたの」
 ハンナの手を、ぎゅっと握りしめる
「…今まで、苦しんでいるのは私一人だけかと思ってた。…でも、そうじゃなかったんだね…。想いが深い分、その人のこと考えて、自分のせいにしちゃうのは…みんな一緒だったんだね…」
 翡翠色の瞳から、涙がこぼれた。
「…シェイラ…」
「…っく…。…ごめ…ん……!」
 言葉が、詰まる。彼女は少しだけ、悲しみに身を任せた。
 
 …落ち着いた頃。シェイラは涙を拭いて、意を決したかのようにハンナを見つめた。
「…ハンナ。私、彼を救いたい…。私もハンナや、みんなに救われたから…。今度は、私の番」
「でも…どうしたらロイル先輩を止められるの?」
「ロイルは、さっきの私と一緒。負の力を増幅されて、操られてる。…今、少し深いところで眠ってるの。だから、私、助けに行ってくる」
「…シェイラ?」
 握っていたハンナの手を離した後、シェイラは無理に立ち上がった。
 少しおぼつかない足取りでロイルの居る方向を見据えると、首飾りに手を当てた。
「…プリンセス。あと少しだけ、力を貸してください…!」
 声に応えるように、先程と同じ青い光が首飾りを中心に輝き始めた。その後すぐ、シェイラの姿が光と同化するように透明になって輝き、光の玉へと変化した。
 青い玉はシュンッ!と虚空に尾を描くと、一目散にロイルの胸元に向かい、英霊に意識が向けられてる隙をついて彼の中に入り込んだ!
「うっ!…ぁっ!!…何をした…妖精ッ!!」
『ロイルを、返してもらうわ』
 
 
 
 
—暗い、闇の中。深海の底のように、ゆったりとした空間。
 奥へと進んだ。景色が、少しずつ変化していった。
 彼の、ネガティブな感情が、ちぎれ雲のように垣間見えて、去っていく。
 負の心。これでもかと、押し寄せる波。
 
 一つの景色は、学院。
 孤独な彼の姿。
 学院随一のアルケミスト、生徒会長。
 心から分かち合える人のいない、寂しさ…
 
 一つの景色は、研究室。
 落胆する彼の姿。
 私に差し出した水が、効果がなかった事に、苛立ってる。
 無力感と罪悪感で、自分を責めている…
 
 一つの景色は、プリンセスとの謁見。
 責任感を強める彼の姿。
 平気な顔を装って、心の重圧に勝とうとしてる。
 自分で自分を、追い詰めて、苦しんでいる…
 
…彼は、完璧な人だと思っていた。
 でも、本当はそうじゃなかった。
 
 私と同じように、不安を感じたり、必死になったり、自分を責めたり…。
 期待に応えようと、精一杯がんばって…。
 それなのに…それを少しも見せないで、一人で努力して…。
 私の事を、すごく考えてくれて…。
 
「ロイル、ごめん、ごめんね…。私、自分の事ばかりだった。そのせいで貴方を苦しめてしまっていた…。分かってあげられてなかった…」
 涙が、止まらなかった。
「本当に、ごめんね…」
 
 
 
 進んでいくと、小さな光が見えた。
 そこを目印に、更にスピードを上げる。
 宙に浮いた光のベッドの上で、ロイルが眠っているのが見えた。
 
 『ジャマヲ、スルナ!!
 突如、目の前に現れた赤黒い大きな影。すぐにシェイラを覆うように、先の尖った影を無数に放つ!
 しかし、その影はあっけなく、シェイラを包む光を境に消え去っていった。
 「邪魔なのは、あなたの方よ」
 シェイラはスッと片手を目の前に差し出し、思念を込める。
 金色の長い髪と、青白い羽が体以上に広がり、輝きが大きく強まった。
 「影よ、消え去りなさい!!!」
 彼女が言葉にしたその瞬間。太陽のように彼女自身が強烈に輝き、辺りの闇を一掃した。
 
 
 光が収まった頃、辺り一面は草原になっていた。
 奥には変わらず、光のベッドが、見える。
 
 彼の元に、辿り着く。
 心地良さそうな寝顔の彼の黒髪を、優しく撫でた。
 目が、開く
 黄金色の瞳が、ゆっくりと彼女を見つめた。
 
「…おはよう。シェイラ」
 
 ロイルは笑顔で、彼女に語りかけた。
 
 
 
『姫様!あの英霊を全力で倒してください!』
 アンは、突如聞こえてきた声に一瞬驚いたが、それがシェイラの声だとすぐに気づいた。
「その声…!シェイラちゃん!!あの術は、魂の契約が含まれている…だから、倒してしまったら…!!」
『はい…何もしなければ、魂も道連れになります。でも、私が彼を守ります!この魂が此処に残るように!』
 先程、ロイルに入り込んだ光がシェイラと知りつつも、果たして魂の契約を解除できる程の力があるのか、半信半疑だった。
『英霊を倒せば、召喚したモンスターも消え去ります!…姫様、お願いです!姫様はマナリアのみんなを守ってください!ロイルは、私が守りますから!』
「…分かった。シェイラちゃん!信じるよ!」
 彼女の決意に、心が決まった。
 ロイルの動きと併せて鈍くなった英霊の一瞬の隙を狙い、アンの英霊が黒鎧に一撃を食らわせて更に時間を稼いだ。
「この一撃で終わらせるよ!!」
 アンは手を手前に差し出すと、詠唱しながら魔法陣を空中に描く。いつもの魔法陣より、ゆっくりと、そして繊細に描きあげていく。同時に、アンの英霊の手前にも同じ魔法陣が描かれる。その中心に光の針が眩く集まり、少しずつ大きな光へと変化していった。アンの魔法陣と詠唱が、同時に完成する!
「英霊よ!!その大いなる力を解き放て!!!」
 
—グオオォォァァッッ!!!!
 
 英霊の咆哮と共に、光の束が黒鎧の英霊に向かって飛び出し、一直線に突き進んだ!!
 黒鎧の英霊は最初、その光を受け取めた。が、すぐにその力に耐えられず、押されるように光の群を全身に浴びる。
 その光と共に、姿が霧のように少しずつ消えていく。
 そして最後に…黒い杯が割れて、同じように消えていった…。
 
 
「……やった、の…?」
 グレアがまだ警戒心を解き切れない中、周りの景色が徐々に変化した。
 厚い雲を貫いていた赤い五芒星の光が消え、風が止む。
 雲は、青空を見せ始め、太陽の光が帯状になって祝福するように注ぎ、辺りを包んでいた魔の気配が薄らいだ。
 そして、目の前のロイルは、気を失ったようにドサッと倒れ込んだ。
 
「…倒したみたいね。でも…」
…シェイラの姿が、しばらく経っても見当たらない。
「まさか、失敗して一緒に…」
 アンは、少し息を切らせながら辺りを見回した。
「う…そ…」
 ハンナが、まだ解除されてない結界を飛び出し、ロイルの元へ走り寄った。
「ロイル先輩!起きて…!シェイラ!中にいるんでしょう?!」
 身体を強く揺さぶるが、反応が、ない。
 肌が、少し冷たくなってくる。
 同時に、肌色が青白く変化していった。
「!!……嫌ですわ…二人とも…!冗談は、やめて…!」
 ハンナの目から、涙が滲み出る。
「…お願い!二人とも、戻ってきて!!」
 
 
—雲の隙間から、一筋の光が、ロイルを照らした。
 光は、彼を輝かせていたと思っていたが、徐々に彼自身が光り出している事に気づく。
 
 輝きが最高潮に達した時、彼に飛び込んだ青い光の玉が、スウッと姿を現す。
 その青い光は徐々に広がり、最後にシェイラの姿を形度って、血色を戻した彼に寄り添うように降りた。
 
 ハンナが、シェイラの名前を嬉しそうに呼んだ
 アンは、英霊と防御結界を収めると、少し潤んだ瞳と笑顔で三人に向かって駆け出す。
 それを見た皆も顔を見合わせ、安堵の表情で、同じ場所へ走っていった。
 
 
 
…皆の笑顔の、その後方
 誰も気づかない、地面の上。
 白い羽が一枚、空から静かに、舞い降りた。
 
 
 
—マナリア学院での騒動は、こうして終止符が打たれた…。
 
 
 
 

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最終更新日 : 2014-02-08 22:00:36


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