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3、言えない本音

 
「じゃあ、かんぱーい☆」
 ミランダが高々とグラスを掲げ、グラスがカチンと重なり合させる。
 ふふっと笑みをこぼすシェイラ。
 
—その日の夜、早速ミランダの部屋で相部屋が決定した。
 身支度を整え、指定した時間通りに訪れたシェイラ。
 その部屋からは…フリフリのパジャマ姿で現れたミランダ。テーブルの上には料理と飲み物が、女子会と言わんばかりに可愛くセッティングされている。
 そしてシェイラにも、早速パジャマに着替えるよう促す。
…ジルが懸念していた通りの展開に、事は順調に進んでいた…。
 
「シェイラちゃん、今日はお礼って事で、遠慮せずに食べて飲んでねー☆あ、もちろん飲み物はジュースだから心配無用よー♪」
「はい、ありがとうございます、ミラ先生」
 目の前の料理を前に、ミランダに言われた通り空腹で来て良かったと、胸を撫で下ろす。
 いただきまーす!という言葉と同時に二人は料理にフォークを伸ばした。
 会話の切り口は、シェイラの授業の調子から始まり、お互いの得意な魔術、苦手な魔術、クラスの様子や、学院の先生達の話題にまで話が盛り上がった。
 
「ねぇねぇ、私、シェイラちゃんに聞きたいことがあるのー☆」
「はい、何ですか?」
「先生ねー、『彼』との出会いとか、あんまり詳しく聞いたことがなかったから、聞いてみたいのー☆」
「出会い、ですか…??」
 顔は笑顔のままだが、ちょっと顔を赤らめてる姿が見て取れる。
「そんな話で、いいんですか?」
「先生、恋話も大好きよー♪」
「そ、そうですか…」
 ますます顔を赤らめるシェイラ。
「私から話したことはあまりないんですが…じ、じゃあ…」
 ミランダは、興味津々とばかりに、目を輝かせて聞き耳を立てた…。
 
 
 
「いやーーーーん☆なんて素敵なお話なのかしらー♪♪」
「そ、そうですか…?」
「いいわねー☆二人の愛の共同作業ー♪お互いを想い合った心の結晶が開花するのねー☆」
「そ、そうとも言いますね…」
 話の初めより、さらに頬を赤らめるシェイラ。
「で、でもまだまだ乗り越える事はたくさんあって…。私、まだ彼の期待に応えられてなくて…」
 そう言うと、シェイラはちょっと下にうつむく。
「先生だから正直に話しますが…」
 翡翠色の瞳が、急に潤み始めた。
「見れば分かると思いますが…上手くいっていない事の方が多すぎて…」
「シェイラちゃん…」
「まだまだ、全然足りないんです…。もしかしてジル先生は、それを察してミラ先生とこういう形でお時間を作ってくれたのかなって…。思い込みかもしれないんですが、今日この提案をされた時に、そんな風に、思っていたんです…」
 声が、少し震えていた。
 両手にギュッと、力が入る。
 瞳から大粒の涙が、今にもこぼれ落ちそうだ。
「だいじょーぶよっ!!シェイラちゃん☆」
「先生……わぷっ!」
 ミランダは手をシェイラの背中に回し、彼女をぎゅうっと抱きしめる。
「先生もその恋、バッチリ応援するわー♪悩みがあったら、いつでも相談してねんっ☆」
「せんせ…胸、苦しい…ですっ!」
「あらあら、先生つい勢いで…。ごめんねー☆」
 大きな胸に顔がうずくまるのを見て、シェイラを抱きしめていた両手をパッと離す。
「ぷはっ!ふぅ…いえ…、大丈夫です」
 シェイラは少し苦しそうだったが、大粒の涙はミランダの胸に落ちて消えていた。
「…先生の胸は、相変わらず羨ましいです」
「あら、けっこう重くて大変よー?」
「あ、そうですよね。でも…もし彼が望むなら、先生みたいになりたいなぁ」
「そしたら、またシェイラちゃんに恋しちゃうかもね☆」
 そう言うと、シェイラはまた顔を真っ赤にして、少し不自然な照れ笑いをミランダに向けた。
 
 
 
 
 
—森の泉は、美しかった。
 特に、朝日が差す景色が大好きで、その光景を見ると力が湧いてくる。
…もちろん、泉の持つ力が強い事も理由のひとつ。
 朝の散歩がいつの間にか習慣となって、毎日この時間にこの場所へ来るようになった。
 時に泉の水と戯れ、時に草花を愛で、時に朝日を眺め…。
 周りには、誰もいない。
 この一人の時間が好きだった。
 
…その日も変わらず、彼女はいつものように泉へ出かけて行った。
 森は、変わらず美しい景色で、彼女を迎えた。
 いつものように、気ままに散策を始める。背中の薄く青い羽が、陽に照らされキラキラと輝いていた。
 
—ガサッ。
 
 ビクッと、尖った耳を震わす。
 ちょうど後ろの森の奥で、聞こえてきた音。
…この泉には、邪悪なものは一切近づけない…。
 きっと、小動物だろう。
 そうして気持ちを落ち着けた矢先—
 
—ガサガサガサ…。
 
 音が、こちらに近づいてくる。
 翡翠色の目を音の方向に向けながら、体をそれとは反対方向に移動させ、後ずさりをする。
 緊張した面持ちで、その音を見つめる…。
 葉が、動く。その影が、見えて…。
 
—ガサッ。
 
 その影を、光が照らし出す。
 
…風変わりなマントに、黒髪を後ろで束ねた姿。精悍な顔立ちの青年。
見たことのない、人。
 
『…あ、あなたは…?』
 
「…?」
 
『どうして、ここに…?』
 
「僕は…」
 
 
「シェイラちゃーん☆ 朝よーん!!」
 
—景色が急にスゥっと消えてなくなり、一瞬の暗闇を通り抜け…。
 目を開けると、そこに再び光がこぼれてきた。
 眩しいその光に慣れると…横に誰かの姿がボヤッと見えてくる。
…その姿がミランダだと認識するまで、少し時間がかかった。
 
「あれ…?先生、なんでここに…?」
「シェイラちゃん、おはよー♪ほら、昨日から先生と一緒にお休みしていたじゃなーい☆」
「えっと…、ここは…。あ、そうか…」
ふと、我に返るシェイラ。
「そうよー♪さぁ、今日も一日、元気にいきましょー☆」
そう言うと、ミランダは奥の部屋へと姿を消した。
 
「…夢、だったのね…」
 先ほどの光景を、寝ぼけ眼で思い出す。
 
 夢でも変わらない、黒髪。
 黄金色の瞳、その精悍な顔立ち。
「…ロイル…」
 彼の名を、呼んでみる。
 返事がないのは、分かっていた。
「…元気かな…」
 夢の余韻に浸りながら、彼女はしばらく窓の朝日を眺め、微睡んでいた…。
 
 
 
 
「シェイラさんの状況は、いかがですかな?」
「はい♪いつもと変わらない感じで、仲良くしてますよー☆」
 6日目の朝。ジルはミランダとハインラインを部屋に呼び、状況を確認していた。
「ハインライン先生の方は、どうでしょう?」
「すみません、あれからあの物体を発見できていません…。ですが、他の生徒からの新たな目撃情報は耳にしています」
「そうですか…」
 しばらく沈黙するジル。
「この数日間、夜はずっと一緒でしたけど、変な感じは見当たりませんでしたよー☆」
「ジル先生、どうしましょうか。まだ何とも言えませんが、彼女との関係性が見えない事には…」
「そうですねぇ…」
 また少し、沈黙するジル。
「…もう少し様子を見たいところではありますが…。これ以上はシェイラさんにこちらの思惑を感ずかれてしまう可能性がありますね。補習の延長という理由を付けても不自然ですし…」
「では…」
「約束通り、明日の朝を持って終了としましょう」
「…わかりました」
「さて、ミラ先生。シェイラさんをお呼びしてもらっていいですか」
「はーい☆いってきまーす♪」
 
 
…コンコン。
「はい、どうぞ」
「し、失礼します」
 キィっと、ドアが空く。そこにはシェイラの姿。
 気のせいか顔が、少し赤らんでいるように見える。
 
 バンッ!!!!
 
「ジル先生、大ニュースですよー☆」
 後ろからドアを壊れそうなほど勢いよく開けて、笑顔のミランダが入ってくる。
「ほう、どうされましたかな、ミラ先生」
「私もさっき話を聞いたばかりなんですけどぉ、なんとなんと♪」
 そう言うとミランダはシェイラを見つめる。
「じ、実は…」
 照れ臭そうに、シェイラはミランダを見返す。
 ウインクして、話を催促するミランダ。
「彼が…ロイルが、学院に来るって連絡があったんです!」
 顔を赤らめながらも、満遍の笑みで言葉を放った。
「ほっほっほ…それは吉報ですね。それでは生徒会にもお知らせせねば…」
「あ、それならもう先にハンナに話したので大丈夫です!」
「そうでしたか。さすが行動がお早い。…そうそう、タイミングの良くご報告です。ミラ先生の補修を終了しますので、今日からご自由に行動なさってください。ご協力、感謝します」
「あ…はい、分かりました!ミラ先生、ありがとうございました。ジル先生も、機会をありがとうございました」
 シェイラは、二人に深々とお辞儀をし、感謝を表した。
「昨日教えた美容パックで、お肌ツルツルにして彼をビックリさせちゃってねー☆」
 シェイラは先程よりも更に顔を赤らめていた。
 
 
 二人が出て行った後、ジルは沸かしていたお湯をポットに注ぎ込む。
 茶葉がクルクルと回転しながら、湯の中を踊った。
「…元生徒会長にして、卒業後も名を轟かせる、学院随一のアルケミスト…」
 砂時計の底を逆にして置く。金色の砂がサラサラと、ガラスの細い道を通って落ちて行く。
 ふと窓の外を見つめ、不安気な表情を見せる。
「…この胸騒ぎ…。年寄りの勘違いであって欲しいものです…」
 
 

4
最終更新日 : 2014-02-08 21:31:06

4、約束は時を越えて

 
—彼は、人だった。
 人が、この場所に来る事は滅多にない。…むしろ、来れないから。

 ここは、妖精の庭。プリンセスが統治するこの場所は、清き心を持った者でないと、訪れることすら不可能。
…私も、母さん以外の「人」を見るのは、初めてだった。
 
 最初、泉で彼と出会った時は、とても驚いた。
 でも、話をしているうちに、次第に尊敬するようになった。
 彼はアルケミストで、様々な秘薬や錬金術の研究をしている事。その研究を病で倒れる人や、力なき者の為に活用したいという夢。
…何より、彼の純粋で澄んだ心に、惹かれていった。
 
 恋に落ちるのに、時間はかからなかった。
 彼と一緒に世界を歩んでみたいと、願いは日毎に強くなっていった。
 
…彼も、同じ気持ちだった事を打ち明けてくれた日は、今でも忘れない…。
 
 だけど、彼は人。私は、人から生まれたとは言え、妖精のはしくれ。
 私たち家族が、この庭に住む事を寛容に受け入れてくれたプリンセスとは言え、私の願いを話したらお怒りになるだろうか…。
 
 
「…シェイラ。そしてロイル。貴方達の絆の強さを、確かめさせて頂きたいのです」
 金色の、腰まで伸びる長い髪。神々しく、美しく透き通る、大きな羽を持ったプリンセス。
 その日、ついに私は彼女に謁見し、離郷の許可を求めた。
「まず、シェイラ。貴女がこの庭を離れてしまえば…今より小さく、幼い姿となってしまうでしょう。それでも世界を歩みたいと望むのならば、場の力を借りず、自身の魔力を頼りに生きれるようならなければなりません。ロイルが居たマナリア学院…その場所で、あなたが人の世界で、今の姿で有り続けられるよう、自身の力を強く鍛えるのです。…厳しい試練である事は、分かりますね」
「はい、プリンセス…。承知しています」
 その言葉を聞くと、姫は少しだけ寂しそうな笑顔を見せたが、目を閉じてすぐに表情を戻した。
「そして、ロイル。貴方には、アルケミストとしての力と、その心を試させて頂きます。1年に一度、あの泉の水をシェイラに届けるのです。泉の水は、それだけでシェイラに魔力を与える事ができますが…方法によっては魔力を増し、シェイラの成長に大きく貢献できるでしょう。時が過ぎてもこの場所が再訪可能な澄んだ心、シェイラが本来の姿を取り戻すまで研究を続ける強い意思。この二つを私に証明してください」
「…分かりました、プリンセス。必ず、貴女の期待に添えるよう全力を尽くします」
 
 
 
「シェイラ…。寂しくなりますね」
「はい、すみません…」
「あの泉で、良く遊びましたね。あの頃がとても懐かしい…」
「はい、私もです…」
「…シェイラ。私は…貴女も彼も、信じたいです」
「……」
「けれど、貴女の身を心配せずにはいられません。私にとっても、貴女は大切な…」
「……」
「これを、受け取ってもらえますか」
「…これは…?」
「お守りです。貴女が無事に成長できますように…」
「…綺麗な首飾り…。…ありがとうございます、プリンセス」
「…必ず、願いを叶えてくださいね」
「…はい。きっと、必ず…」
「……。ありがとう。シェイラ…」
 
 
 
 
—学院の中に、あの泉に似た場所があった。
 あの森ほど大きくないけど、木々に囲まれた小さな泉。
 朝の散歩は昔ほど多くないけど、今も良くここに来る。
 
 機会が減ったのは、友達が増えたから…かもしれない。
 
 故郷の泉と違うのは、焔天使の像がある事。
 最初はあまり気に留めていなかったけれど、いつしか摘んだ草花と併せて、祈りを捧げるようになった。
 願いが早く、叶いますようにと。その為だったら何でもします、と…。
 
 
 シェイラは、いつものように摘んだ草花と、いつもと違う赤い宝石を持って、泉に来ていた。
 そして奥の、天使の像へ進む。
 一度、周りをぐるっと見渡し、誰もいない事を確認して、天使の像の後方の茂みが濃い場所に手を伸ばす。手に掴んでいた卵くらいの大きさのその宝石は、離すと茂みの中を転がって、姿が見えなくなった。
 
 その後いつものように、摘んだ草花のプチブーケを天使の像の前に置き、首飾りを握りしめて、祈りを捧げた。
 祈りの内容は、いつもと違った。
 今日、うまくいきますように…。
 
 
「やっぱり、ここでしたのね」
 シェイラはハッとして、声がした方を振り返る。
 そこに立っていたのは、
「ハンナ…」
 彼女を、その場を動かず見つめた。
「以前も『あの日』はこの場所にいたから、今日もここにいるかと思って…」
「うん…」
 歩み寄る、ハンナ。目線を、少しだけ下げるシェイラ。
「…不安、ですわよね」
 ハンナの言葉に、少し戸惑いの表情を浮かべた後、彼女の瞳を見つめた。
 そして、また少しうつむく。
「…うん。信じてるけど、少しだけ…」
 そう言うと、二人は少しの間、沈黙する。
 
「シェイラ、私は…」
 ハンナは、うつむいたシェイラを見つめながら話す。
「貴女が無事成長できることを、心から願っていますわ…」
「…ハンナ……」
 彼女の言葉と、プリンセスの言葉が、ふと重なる。
 …その瞬間、両目から涙がポロポロとこぼれ落ちていた…。
 
 ハンナは取り出したハンカチを、涙で濡れたシェイラの手と一緒に握りしめ、片方の手で少女の震える背中を、心をなだめるように優しくさすった。
「…大丈夫ですわ。シェイラなら、絶対できますわ…」
「…うん。…うん…。ありがとう、本当に…。ありがとう、ハンナ…」
 しばらくの間、そうして二人は寄り添った。
 その姿を見守るように、朝露に濡れた天使の像が、陽の光に反射してキラキラと輝いていた…。
 
 

5
最終更新日 : 2014-02-08 21:33:07

5、記憶に残る人

 
「ほえ?ロイルさんって人は、そんなに有名な人なんですかぁー」
「うん、まぁ元生徒会長って事も、ひとつの要因だけどね」
 少し長めの青い髪の青年。前髪は横と後ろに流して目に掛からないようにしている。
 ルゥは、学院の上級生がロイルの訪問を騒いでいる事を知り、たまたま近くを通りかかった彼、ウィリアムに事情の説明を要求した。
「ロイル先輩は魔術も上手いけど、アルケミストの分野では特に名高い人なんだよ。更に人当たりが良くて、みんなに好かれる性格してたから、生徒会長に推薦されたんだ。で、シェイラちゃんの一件があって、たまにこの学院に来る事があるんだけど…そのついでを狙って、先輩にアドバイスをもらったり、研究成果を発表してもらおうと、僕を含め一部の生徒達は特に大騒ぎってわけなのさ」
「なるほどぉー」
 廊下を並んで歩きながらふんふんと相槌を打って聞き、事情をなんとなくだが理解したルゥ。
「という事で、僕も先輩に聞きたい事が山ほどあって…。今日のお昼には到着するって聞いたから…」
「おーい、ウィリアム!こっちこっち!」
 少し先の扉から、こちらに向かって手を振る男子生徒が見える。
「あ!今行くよ!…ごめんルゥちゃん、また後でね!」
 そう言い残すと、足早にウィリアムはルゥの元を去って行った。
「ほえー。マナリア学院には、有名人がたくさんいるんですねぇー」
 慌てるウイリアムの後ろ姿を見つめながら、のほほんと呟く。
「…ルゥも有名になって、将来はめくるめく学園ドラマを引き起こす中心人物となるですよー」
 少女はニヤリとした表情を浮かべながら、人が若干引くような妄想を楽しげに繰り広げていた。
 
 
 
 
—マナリア学院の、正門。
 その大きな門を、ふと見上げて懐かしむ。
 この門戸を叩いたのが、つい最近の出来事のようだ。
 
 最初は、マナリアのみんながロイルの名前を知ってる事に驚いた。
 いろんな話を聞いて、益々彼の為に頑張ろうと、責任にも似た感情が押し寄せてきた。
 
 彼は泉の水を、必ず何かしら施してから渡してくれた。魔力がみなぎるのが、すごく良く分かった。
…だから、今の結果は、彼のせいじゃない。
 原因は、私。だからこそ、何が必要なのか、逃げずに模索するしかなかった。
 
 でも、そんな解決方法、本には載ってなくて。経験した人も、いなくて。
 そうして、答えを探して、探し続けて…それでも結果を出せずにいる自分が、嫌になって…。
 
…今日は、その答えの糸口が、見つかったらいいのに…。
 
「シェイラ!!」
 はっと顔を上げると、こちらに手を振る人が見える。
 彼、ロイルの声だ。
 シェイラは、最初は遠く見えるそれを確かめるように見つめ、やがてロイルと分かると、少しずつ手を降り返し、彼の元に向かってゆっくり駆け出した。
「ロイルッ!!」
 二人が目の前までお互いの距離を縮めると、数秒間だけ見つめ合い、その後何も語らず抱きしめ合った。
「…元気で、良かった」
「僕もだよ、シェイラ…」
 黄金色の瞳、黒い髪、彼の匂い…。
 不安も、寂しかった気持ちも、何もかも忘れて。ただ目の前の彼に、触れた喜びを感じていた。
 
「…シェイラ。あの宝石たちは、指定の場所に置いてきた?」
「…うん、五つとも全部」
「ありがとう、準備万端だ。…シェイラ、今日こそは君を、成長させてあげるから」
 少し離れたロイルは、風変わりなマントを払って、腰に下げていたコルクで閉められた瓶と、黒い杯を取り出す。
 その透明な瓶の中から見えるのは、鮮やかな赤い液体。ロイルはコルクを開けると、杯に液体を注いで、シェイラへ渡した。
「ロイル、これは何…?」
「何って、泉の水だよ。僕の力を注いだ…」
「……」
 今まで見たことのない色。一瞬、不安が過る。
「本当に、あの泉の水なの?何か、違う気がする…」
「そうさ、だって僕がシェイラの為にアレンジを加えたから」
 その液体と笑顔を前に、シェイラは戸惑った。彼の言うとおりに、この液体を飲んでしまっていいのだろうかと。
 
…ふと、今朝の出来事を思い出す。
 
 
 そうだ、私は誓った。成長する為なら、何でもしますって…。
 大切な人に、約束した。彼女たちの気持ちを、無駄にはしたくない…。
 
 
—シェイラは、意を決した。
 
 黒い杯をロイルから受け取り、目をつぶって口に運ぶ。
 苦い、金属のような味がした。それでも構わず、一気に飲み込む。
…飲み終えた後、その杯が空になったのを確認するため、一度手元を見つめる。
「…ロイル、飲んだよ…。今日こそ…願い、叶う…か…な……」
シェイラの意識が、突如暗闇の中に落ちた。
 
「…ふふっ。さぁ、願いを叶えに行こう。二人でなら、きっとできるよ…」
 黄金色の瞳が、わずかに赤みを帯びた。
 
 
 

6
最終更新日 : 2014-02-08 21:05:24

6、姫が守るもの

 
…ピクッ。
 音楽塔から流れる、優雅なピアノの音が止んだのは、その時だった。
 背中には竜の翼と尾、右手の肘から伸びる竜の腕、竜の爪。濃い紫色の髪から見える、大きな角。それとは対象に際立つ美しい顔立ち。
「グレア、どうしたの?」
「…何か、来る…」
 グレアと呼ばれた半分竜・半分人の珍しい姿をした少女は、立ち上がると窓のある方へと足を運んだ。門のある方へ目を向けると、人らしきものを両腕で抱えた誰かが、学院に向かって歩んで来ている。
「アン、あれは…誰?」
「んー?どれー?」
 アンと呼ばれたターコイズブルーの瞳、腰まで伸びる明るい茶色の髪の少女が、グレアの発言に興味を持って、同じく窓を覗き込む。
「あ、あれ、きっとロイル先輩だよ。もう到着したんだね!…でもなんか様子が変…?」
「嫌な予感がする…。なんだろう…」
 
 
 
「さぁ、起きて、シェイラ」
 両腕に抱えられた少女は、翡翠色の目を虚ろげに開く。
 ロイルはしゃがんで、彼女の足を地に付けて立たせた。
「君の、本当の姿を見せて」
 シェイラの身体が、フワリと浮いて、赤く輝き始める。
 突如、眩しい光に包まれる。その光がすぐ収まると、長い金色の髪、黒く透き通った妖精の羽根が生えた美しい女性が姿を現した。
「あぁ、シェイラ…本当のシェイラ…綺麗だ。…さぁ、行こう。願いを叶えに」
 
 ロイルが学院に向き直ると、呪文の詠唱を始める。
 同時に、シェイラも同じ言葉を紡ぎ始めた。
 
—彼女が、今朝訪れた、天使の像の後ろ。
 あの赤い宝石が、眩い光を放った。
 
 同じ反応を示した宝石が、あと四つ。一つは、ミランダとハインラインが噂の霊を目撃したあの庭園。他の三つも、学院を騒がせていた霊の出現場所から近い所にあった。
 その宝石たちを頂点として、マナリア学院に赤い光の五芒星が描かれる。
 
 大地が、揺れる。風が強くなり、太陽を隠すように厚い雲が覆い始めた。
 
『赤き五芒星よ!闇の地と、住まいし彼等を此処に召喚せよ!!』
 
 二人の言葉が強く重なり合った時、五芒星が大きな柱と壁を立てるように、雲に向かって光を貫いた。
 
 
 一部始終を見ていたアンとグレアは、緊急事態を察した。
「これ、あの人が? 一体何を…?」
「分からない…。でも、止めなきゃいけない気がする!行こう、グレア!」
「うん!!」
 二人は扉を勢いよく開けて、階段を駆け下りた。
 
 
「きゃあぁぁぁ!!!」
 塔の一階まで降りると同時に聞こえてくる叫び声。二人は顔を見合わせて、早速声の方向へ走り出す。
 廊下を駆けると、生徒たちが外を見ている姿が見えてきた。とりあえず、校舎の中にはまだ異変はないようだ。
「みんな、どうしたのっ!?」
 アンが先に、生徒たちに声を掛けた。
「あ!姫様!あれ見て!!」
「!? あれは…!」
 大きな赤い光柱から、黒い大きな物体が生まれて来る。まだ遠く、それが何かはっきりとは分からないが、少なくとも無害なものでないと察しがついた。
「みんな!みんな、聞いて!…まずは上級生をリーダーにして、学院の中心に避難しよう!先生を見つけたら指示に従って落ち着いて行動して!いざという時の為に、戦う準備は怠らないで!絶対にみんなとはぐれないように!」
「姫様!!」「…そうだ、姫様がいれば…!」
ザワザワザワッ…
 アンの声に気づいた生徒たちは、不安気な表情を浮かべつつも、何とか平静を保とうとそれぞれ行動を取り始めようとした。
「姫様!!竜姫!!ご無事ですか!!?」
 二人の横から突如、オレンジ色の髪の青年が駆け寄ってくる。耳から上は単髪、その下はまとめられるくらい少し長め。手には騎士が持つ剣を携えている。
「あ、オーウェン!」「オーウェン君!」
「お二人とも音楽塔にいらっしゃらなかったので、心配しました…」
「私たち、召喚主を見たの!これからグレアと一緒に会いに行ってくる!」
「なっ…!? そ、それでは私もお供します!」
「大丈夫!それよりオーウェンは、ここのみんなを先生のところへ誘導して!」
「ですが危険です!姫様達を守るのが騎士の務め…」
「みんなを安全な場所によろしくね!」「よろしくね、オーウェン君…!」
「あ!姫様!竜姫!お待ちを…!!」
 二人はオーウェンの言葉が終わる前に、全力で駆け出して行った。
 
 
 マナリア学院の正門に向かいながら、今度は先ほどとは別の赤い光柱が遠くに見えた。
 その光からは細かく黒い物質が生まれ、空を舞う。恐らく、翼の生えたモンスターの類と察する。
「アン…ロイル先輩って言ったっけ。多分モンスターだと思うんだけど…あれを呼び寄せて、彼は何が目的なんだろう」
「分からない…。ロイル先輩はハンナちゃんの前に生徒会長をしてた人なんだけど、すごく優しい人で…。学園のみんなの事、大好きだったから…。だから、みんなを危険な目に合わせるなんて、考えられない!」
「…。直接、聞くしかないね」
「うん!絶対、何かあったんだ!」
「皆さん!速やかに先生の所へ!!」
 アンとグレアが学園の中央付近に近づいた頃、大人数の生徒たちと、誘導するハンナの姿が見えた。
「ハンナちゃん!」
「あ!姫様!グレアさん!」
 ハンナは二人の姿を見ると、張り詰めた顔が少し和らいだように見えた。
「みんな無事?!」
「はい、この周辺をジル先生とハインライン先生が、結界を張って頂く事に!他の先生方は、離れた場所にいる生徒を探しに行かれましたわ!」
「そっか、ありがとう!…ハンナちゃん、こんな時に聞くのも申し訳ないけど…ロイル先輩の事、何か知らない?」
 ハンナは、少し思い詰めた顔をした。
「…私が知ってるのは、二人を迎え入れようと向かったら、シェイラが突然変わってしまって…。嫌な予感がして学園に戻ったら、モンスターが現れたと…。それくらいしか、今のところは…」
「そっか…。うん、分かった!私が直接会って、止めてくる!きっと大丈夫だから!」
「…姫様、ありがとうございます。私は、まだ皆さんの避難を誘導しなければならないので、お願いしますわ!」
 アンとグレアは、ハンナに返事を返すと、再び門に向かって走り出した。
 
 
 五つの赤い光柱からは、推測通りモンスターが召喚されていた。
 アンとグレアが見た大きな黒い影は、全身が硬い岩でできた巨人。細かい空飛ぶ影は、巨大化した吸血コウモリ。その他三つの柱からも、それぞれ別の種族のモンスターが顔を出した。
「ふふ、マナリア学院の者たちよ、混乱と恐怖で闇を渦負け…」
 ロイルは真上に立ち込める暗雲を満足そうに眺めると、学院の正門へ一歩、ゆっくり足を踏み入れる。
 片足が無事に門を跨いだ後、両足を学院の入り口に向けて歩き出した。その後を、シェイラが追う。
「…無事に学院に侵入成功。さぁ、次は主賓をお呼びしよう。…シェイラ」
 その声を聞くと、シェイラは垂直に飛び立ち、その上空で止まると黒い羽を大きく広げる。
 全身が、赤い光に包まれる。両手を目の前に突き出し、呪文を詠唱する。その両手を左右に広げると、光の帯が彼女の目の前に半円を描いた。
「…光よ、破壊の創始者となれ!」
 彼女がその言葉を紡ぐと同時に、光の剣が無数に飛び出し、マナリア学院全域に豪雨のように降り注いだ!
 
 ドガガガガガガッッ!!!
 
…四方八方から建物が壊れる音がガラガラと聞こえ、土煙がモクモクと舞い上がる。
 
「…もういいよ、シェイラ」
 ロイルの満足そうな声を聞くと、シェイラは先程の光の帯をスゥッと消して収めた。
「さぁ、僕からの招待状は届いたかな?プリンセス・マナリア。…次は、舞台の準備を整えよう」
 背中に手を伸ばすと、ロイルは一冊の本を取り出し、魔法陣の描かれたページをめくる。
 そして、革のベルトに下げていた透明な液体が入った瓶を取り出し、コルクの蓋をコポンッと開けた。
 
 

7
最終更新日 : 2014-02-08 21:05:24

7、大切な人の声

 
「いた…。ロイル先輩ッ!!」
 アンは、ロイルを見つけるなり、彼の名を呼んて走る。グレアも、その後を追う。
 本を片手に、背中を向けて佇んでいたロイルは、その目線をアンに向ける。
「…意外と早かったね。姫ちゃん…」
 少し不満足な顔をしながら、本をパタンと閉じ、ロイルは上空のシェイラを手招きして呼ぶ。
 シェイラは黒い羽を羽ばたかせ、スウッとロイルの隣に舞い降りた。
「…!?その人、シェイラちゃん、なの?」
「あぁ、そうだよ。これが本当のシェイラ。綺麗だろ?」
 身体が成長している事にも驚いたが、その後ろから生えている黒い羽と、見た事のない装いが、彼女のイメージを覆す。
「…先輩。モンスターも、先輩が呼んだの?」
「そうだよ。目的を果たすためにね」
 その端麗な顔が、無邪気そうに笑った。
「目的…?シェイラちゃんの成長が、先輩の願いじゃないの?」
「その通りだよ、姫ちゃん。だから…君の血が必要なんだ。英霊をも魅了する、その高貴な血が…」
 一瞬、ロイルの言葉を理解出来ないアン。一方、グレアはその言葉にアンの身を案じて、庇うように二人の間に立ちはだかる。
「あ、きみは竜姫だね。あまり交流がなかったから…はじめましてかな。君も、大いなる血が流れているみたいだね。ふふ、血は似た者を呼び寄せる…」
「そんな些細な目的だったら、学院の皆を巻き込まなくても!いくらでも協力したのに、なんで?!」
「ダメなんだよ。今の状態じゃ。もっと怒ったり、失望したり…闇に囚われてほしいんだ。マナリアのみんなを傷つける僕が、憎いだろ?召喚したモンスター達にみんなが怯え、傷つけられている姿がありありと浮かぶだろ?怒り狂った、闇に染まった君の血が欲しい…」
「そんな…そんな理由だけの為に…?」
「小さい事じゃないよ。シェイラの成長の為に、必要なんだから」
「…先輩。先輩は、マナリアのみんなが大好きだったよね。大切に想っていたよね。その気持ちが一緒だったから、私、尊敬してたのに…!」
「姫ちゃん…。願いを叶える、一番簡単な方法を教えてあげる。それは…手段を選ばない事さ!」
 シェイラが、片手から炎を燃え上がらせ、アンに向かって飛び出したのが、戦いの始まりとなった。
 その炎に俊敏に反応したのは、グレア。
 彼女は、炎に包まれたシェイラの手を、片方の竜腕で受け止める。
「力と炎なら…負けない!」
その片腕を大きく振りほどき、シェイラに打撃を与えようと片手を振りかざす。
が、その一瞬でグレアの後ろに回り込み、シェイラはグレアの背中に反撃を与えようとした。
「水の精霊っ!」
 その声と共に、アンが空中で描いた魔法陣から水の精霊が召喚され、シェイラの炎を水柱でかき消した。
 あとから続く水流の力に耐えきれず 、シェイラは再び二人との距離を空ける。
 水の精霊の姿が消えると、一瞬でアンは次なる魔法陣を虚空に描く。
「魔の鷹、此処に!」
 声と共に、大きな黒い翼を広げた鷹が姿を現し、アンの図上で指示を待つ。
「…グレア。こんな状況で申し訳ないけど…」
「アン、分かってる。ダメージは最小限に抑えるよう、がんばるから」
 
 
「エティ、それはどういう意味ですの?」
「…見てみないと分からないけど…闇の魔力を象徴して、シェイラさんはその姿に変わったという事よ」
 上品な赤色の長い髪、白と青を基調にしたドレスのような服のアンリエットという女性が、ハンナとオーウェンと共に正門へ急ぐ。
「妖精の多くは姿の具現化の際、魔力源の大きさ・属性がその姿に反映されやすいの。姿を自身で操れる者や、例外ももちろんあるけど…。状況を聞く限り、シェイラさんに強い闇の力が『何か』を介して入り込み、彼女の姿に影響を与えたんじゃないかしら」
「もしかして…それをロイル先輩が!?」
「…それしか、今のところは思い付かない…」
「……」
 アンリエットはハンナの心を知っているからこそ、冷静に状況分析しようと努めた。
「…もし仮にそうだったとしたら、どうしたらいいんですの…?シェイラを元に戻す方法はありますの?」
「方法は二つ。シェイラさんの魔力源に近いエネルギーを強制的に注ぐか、闇の力を弱めて彼女自身の力で跳ね返すか。…だけど前者の欠点は、その闇の力と同等、もしくはそれ以上の力が必要で、かつ『注ぐ』方法を模索しなければならないところね。ロイルさんとも戦わなければならないとしたら、そんな時間があるかどうか…」
「それでは…。我々はどうしたら…」
「…もし私の仮説が正しければ…」
 アンリエットは持っていたリラの弦を、確かめるように一度響かせた。
                                                                                                                                                                
 
 
 
ドスッ!!
「っく…あぁっ…!!」
「グレア!!」
 シェイラの一撃が、グレアの左肩を直撃する。
 その衝撃に耐えられず、グレアの身体は半回転して、地面にザザッと音を立てて倒れ込んだ。
「風の精霊よ、守って!」
 右手で描く魔法陣とアンの声の下に精霊が姿を現し、二人をドーム型の風壁が包み込んだ。
「グレア!大丈夫!?」
「…うん、そんなに大きな傷じゃな…。…っ!」
 強がって起き上がろうとするが、傷の痛みに顔を顰めるグレア。
「…聖霊よ、癒しの力を」
 今度は、左手で描く魔法陣から聖霊を召喚し、グレアの傷を光が包み込んで治していく。
「へぇ。久しぶりに見たけど、両手召喚とはさすがだね。…いや、むしろレベルが上がってる。益々、その血が楽しみだよ…!」
「ロイル先輩…」
 遠くで佇むロイルを、アンは悲しそうな顔で見つめた。
「…アン、もう大丈夫。ありがとう。…中々、手強いね…」
「…うん…。英霊を召喚できる相手なら、全然負けないんだけど…。どうしたら…」
「まずは、シェイラちゃんを何とか止めないと…」
「姫様!グレアさん!」
 その時、学院の入口方面からハンナとアンリエット、オーウェンが駆けて来るのが見えた。
「!!みんな、ここは危ないよ! 風の精霊っ、座標変更!」
 精霊は、風の壁を今度はその三人を包むように作り上げた。
「アン、事情は何となく把握してるわ!私たちに一つ策を試させてほしいの!」
「エティ!策って!?」
「我々三人に任せて!守備はオーウェン君が担ってくれるから!この風を外してほしいの!」
 そう言うと、オーウェンは騎士の剣をスラッと鞘から引き出し、前に構えた。
 アンは一瞬戸惑ったが、言われたとおりに三人の風壁を取り払う。
 
「…いきます」
 アンリエットは、その瞬間に手元のリラを鮮やかに鳴らした。
 その次に、ハンナが先程から準備していた術の詠唱を終える。
「…奏楽天使の加護をここに!」
 ハンナの手元から、風がシェイラに向かって放たれる。
 その風に気づいたシェイラは、同じように手元から風の壁を作り上げ、ハンナの風を四方八方へ散らした。アンは、攻撃性がない術の発動に疑問を持ったが、三人の真剣な面持ちに言葉を抑えた。
 風はやがて周囲に見えない壁を作り上げ、音響効果を高める。気分が高潮するような甘い花の香りが、徐々に広がった。リラの音色が風に乗り、少し涼しい空気を伝って、響き渡る。
…どこか遠い秘境を想像させる、美しい音色の曲だった。
 
—しばらくして、シェイラの様子が変わった。
「…っ!あぁっ!!」
 彼女は自身の壁を解き放ち、両手で頭を抱え地面にひざまずいた。
「今よ!ハンナ!」
 
「シェイラぁっ!!」
 
 ハンナは彼女に大声を向ける。彼女の声もまた、風に乗って大きく響き渡る。
「シェイラ!本当のシェイラに戻ってくださいませっ!!私との約束、忘れたとは言わせませんわ!!」
「……ヤ…ク、ソ、ク……」
 うつろな目で、シェイラはハンナを見つめる。
 胸元の宝石が、一瞬輝く。
 
 
『…貴女が無事に成長できますように…』
 
「…プリン、セス…!」
 
 
『…シェイラなら、絶対できますわ…』
 
「…ハン、ナ…!」
 
 
「シェイラっ!お願い!目を覚ましてぇっっ!!」
「うああぁぁァァァッッ!!!」
 その瞬間、彼女の胸元に光る首飾りが青白く光り、彼女を包み込むように眩しく輝いた。
 
 
 
「…何が、起きたの?」
 某然と見守るアンとグレアに、アンリエットが駆け寄る。
「急な行動ごめんなさい。簡単に説明するわ。彼女…シェイラさんは、あの姿から察するに闇の力が増幅したと仮定して、その力を抑える最善策を試したの。それは、彼女自身の光りを復活させ、強める事。その為に親友のハンナさんの声と、私のリラの音色…浄化の曲を、効果を高める風に乗せて強め、彼女の耳から魂に語りかけたの」
「なるほど…。じゃあ、あの光は…」
「恐らく、彼女自身の光だとは思うけど…」
それにしても強い光。予想以上に策が早く上手くいったのは、あの光の力だという事をアンリエットは察していた。
「…っ…」
 光が首飾りにすぅっと収まると、シェイラは倒れていた体を少しずつ起こした。羽が、黒から青白い透明な色へと徐々に変化していく。
「…シェイラ…?」
「…ハンナ…」
 翡翠色の、いつもの瞳が、ハンナを見つめた。
「…ありがとう。目、覚めたよ…」
 ハンナは、その瞬間にシェイラへ駆け寄り、二人はぎゅっと抱きしめ合った。
 
 

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最終更新日 : 2014-02-08 21:05:24


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