閉じる


〈候補作品〉 ※得票順

『箸先のメテオラ』 雨森

投稿時刻 : 2014.01.18 23:41
総文字数 : 2222字
獲得☆3.700
 布施さんはいつもの朝に、また良い匂いを漂わせて僕の元へやってきた。
 正直、僕はもう少し暖かなダウンジャケットの山に包まれて眠っていたかったが、僕の鼻腔へと漂着したその香りは一瞬で僕の意識を現実世界へと呼び戻してしまった。
「……朝から牛肉ッスか?」
 口の端にこびりついた涎の跡をこすりながら僕が起き上がると、布施さんは人のよい顔を更に崩した。
「匂いで分かるの、木内くん? これ国産のA5サーロイン」
 プラスチックの包材からは厚切り肉が放つ湯気がもうもうと立っている。僕は布施さんに断りもなく手を伸すと肉の真ん中の一切れをつまみ上げ、口の中へと放り込んだ。
「……あー真ん中とっちゃうのね、遠慮なく」
 恨みっぽい事をぼやきながら布施さんも一切れつまんでしゃぶりついた。
 僕の口の中のサーロインは芳醇な香りを放ちながら僕に一時の幸福を齎していた。ああ、なんて幸せ。噛めば噛むほど柔らかく、解けてゆくような食感。この時ばかりは僕達の境遇すらどこかに吹っ飛んでしまっている。未練たらたらでA5サーロインを喉の底へと追いやっているうち、布施さんの姿は消えていた。
「ねえ、布施さん。陣原くんはー?」
 まだ近くにいるのだろうと大声を上げた。
「たぶん鮮魚コーナーだよ」
 布施さんの声は思いのほか近くから聴こえた。どうやら、ワゴンから手頃なパンツを探しているようだった。
「じゃ、僕ちょっと行ってきます」
 僕は裾の長いダウンジャケットを一枚選んで肩にひっかけていた。
「はい。いってらっしゃい」
 まるで息子を見送る父親のような顔で布施さんが手を振った。
 つい三日ほどまえ、季節外れの暴風雪が僕らの町へとやってきた。その被害は甚大で、町はすぐに都市機能をマヒさせ、ちょうど現代詩サークルの会合の帰りだった僕達五人は命からがら、このスーパーマーケットに避難していた。
 携帯もネットも繋がらず、途方に暮れてはいたが、常時ポジティブ思考の布施さんをはじめサークルのメンバーは意外にもこの境遇を受け入れていた。
 サークルのうちでは若手に入る陣原くんはやはり鮮魚コーナーにいた。僕は冷凍ケースの隙間から厨房に入ると陣原くんの背後へと回りこんだ。陣原くんの横顔は削ったみたいに痩せているが、避難生活に入ってから逆に太ったようにも思える。
「どうも」
 挨拶だけはしたが、僕へはまったく目もくれずに陣原くんは出刃包丁を研いでいる。
「まさか、これで僕を――」
 そこまで僕が言うと陣原くんはいやに真面目くさった顔で、
「ええ、実はそろそろ木内さんには死んで頂こうかと思いまして」
 そう言って、御免! と包丁を突き出した。
 当然ながら、ただの冗談だ。陣原くんは突き出した包丁をおもむろに引っ込めると再び砥石に乗せた。ここにもう一人、戸田さんや江頭くんが居ると少しは笑えるのだが、僕と陣原くんではどうにも盛り上がらない。
「で、今から何するの?」
 厨房の奥には業務用の巨大な冷蔵庫がメタリックに輝いていた。ここは鮮魚コーナーだから無論、魚しか置いていない。
「そろそろマグロに手をつけようかと思いまして」
 さっきと同じトーンで陣原くんは言った。
「ほう……」
 食う専門で、料理など何もできない僕はただそう言うしかできなかった。つい昨日聞いたばかりだが、陣原くんは父親の趣味が釣りとかで幼い頃から魚の捌き方を学んだのだという。
「――ほう。これはついにマグロカツ登場ですね!」
 江頭くんが足音を消して僕達に忍び寄っていたのは薄々知っていたので僕は驚かなかった。
「いや、カツはどうかと思うけど」
 そう冷ややかに答えたのは陣原くんだ。そういえば彼が肉や油物が苦手だった事を僕は思い出していた。
「なんで? マグロカツとか最高じゃん!」
 相変わらずテンションの変動が読めない江頭くんは仰々しく体をクネクネ揺らす。
「カツなんて豚肉とか鶏肉とかで作ればいいじゃない。なんでわざわざマグロを揚げなきゃいけないのか僕には理解できないんだけど」
「そこは『考えるな、感じろ!』でしょうが!」
「意味がわかんない」
 陣原くんと江頭くんが押し問答をやっているうちに、隣の惣菜コーナーからなんとも良い香りが漂ってきた。僕は二人をそのままにして惣菜コーナーへと移動した。
 冷凍庫から取り出したマグロがどうなるのか興味が尽きない所ではあったが、今現在鼻腔を擽る香りには負ける。
 惣菜コーナーでは避難した五人の中で紅一点の戸田さんが深鍋で野菜を煮込んでいた。戸田さんがエプロン姿で料理に勤しむ姿を見るなど始めての事なので僕は少しぽーっとした。
「戸田さんは何作ってんの?」
「あ、木内さん。丁度いいとこに来た」
 僕の感動など無視して戸田さんは僕をパシリに使った。オーダーはコンソメの素とベイリーフだ。
「カートはそこに置いてるから、よろしく」
 まるで最初から誰かをパシリにする予定だったかのように彼女はしれっとそう頼んだ。
 ここはスーパーだ、パシリ上等、と僕はカートを全力で押して疾走した。途中で衣料品コーナーから戻ってきた布施さんを見かけたが、声などかけなかった。僕は戸田さんの作る深鍋の行方が気がかりだった。さっきまで陣原くんのマグロの運命を気にしていたが我ながら浮気者だと笑いが出てくる。
 なんて楽しいんだろう、この三日間。もう雪など解けなきゃいいのに、と酷い事を考える。僕は布施さんが皆に隠れて家族と連絡を取っているのを知っている。携帯もネットももう復旧しているのに、まだ僕達は救助も呼ばずにこうしている。

『クマちゃん』 小伏史央(旧・丁史ウイナ)

投稿時刻 : 2014.01.18 23:44
総文字数 : 2784字
獲得☆3.700
 秒速二〇〇メートルの強風の前では、うずくまるだけでやっとだった。うずくまることができただけでも、ぼくにとっては御の字だったけれど、それはこの星の大気が地球よりも薄いせいなんだろう。ぼくは風に押しつぶされたり、吹き飛ばされたりしないように、司令官お手製の鉄器付きワイヤーを地面に突き立てた。
 ぼくは風に逆らいながら、ワイヤーを綱に少しずつ前進する。火星の土は公園の砂場のようで、歩きやすいものではなかったけれど、我慢するより仕方なかった。ただ、ワイヤーの先端に取り付けられている鉄の突起が、そのやわらかい砂に押し出されて、ぼくの体ごと吹きとばされてしまわないか、そればかりが心配だ。
 でも、その心配は、このあとすぐに霧散していった。それは、また新たな、そしてより大きな不安が、ぼくにのしかかってきたからだ。
 徐々に徐々に進んでいった先に、その火星の地上に、ぽつりと、ひとつの小屋が建っていたんだ。

 彼らは、まるでぼくとは異質な姿をしていた。でも、人間と異なった姿をしている、というわけではないんだ。いや、なんだか難しい感覚だけれど、ぼくみたいな太ったやつとは違うけれど、司令官みたいな器用で繊細で、細っちょろい体をした人みたいではある、みたいな。
 言葉は通じなかった。小屋にいた人たちは、全部で四人で、そのどれもがぼくには同じ顔に見えた。そのうちのひとりが、ぼくに手を差し伸べる。なにか言葉を言っているようだけれど、ぼくには理解できない。理解できないことを伝えるすべも、ぼくには思いつかなった。訓練のやり直しだ。
 手を差し伸べたその人は、他の三人を振り返って、またなにか言う。三人のうち白銀色の毛を頭部から生やしている人が、ぼくに絡まっているワイヤーを、取り外してくれた。それを横目に見ながら、他の人より肌が黄色い人が、通信機でどこかと連絡をとっている。通信機はぼくが知っているものと同じようなもので、だからぼくは彼らが使っているものは言葉以外、ほとんど把握することができた。さきほど手を差し伸べていた人は、またぼくに手を差し伸べながら残りの一人になにか言っている。その言葉を受けて、金色の毛を垂らした、特に肌の白い人が、どこかにせわしなく駆けていく。その様子を見てやっと、目の前の人は手を差し伸べているのではなくて、ぼくに指を指しているのだと分かった。ぼくはワイヤーから自由になった体で、彼らに向かって感謝の意を伝えようとしてみた。でも、火星での活動に、異星人とのコンタクトの予定はなかった。だからぼくには意思を伝えるための準備はなにも持ち合わせていなくて、もどかしいんだ。それに、彼らは別に、異星人ってわけでもないんだしさ。

 ぼくは、小屋のなかの小屋に入ることになった。黄色人種の人が勧めてくれたんだ。小屋のなかの小屋、といっても、マトリョーシカのような構造になっているわけではなくて、それはいわゆる身を癒すための、カプセルのようなものだった。いや、でも、強風のなかで見た小屋というものも、カプセル状の形をしていたのだから、結局はマトリョーシカのようなものなのかもしれない。ぼくはそこで体を休めることにした。予定にない休息だけれど、休むことは、とても大切なことだ。
 特に肌の白い人が、ぼくになにか話しかけてきた。言葉が通じないことは知っているはずなのに、その人は構わないように一方的に話しかけてきた。ぼくは、言葉が全世界で共通であればいいのになとこのとき思った。それは、地球のなかだけに限らなくて、ここのような火星でも同じことだ。すべての生命体がわかりあえる言葉があればいいのに。でも、そんな難しいことはわからなかった。相手は楽しげに話し続けている。ぼくは、なにか答えたくて、通じないとわかっている声を発話した。相手は少し驚いたようだったけれど、司令官が趣味のサバイバルナイフを研ぎあげたときのような表情をして、またぼくに話しかけた。ぼくはもう発話しないことにした。
 ぼくに指をさしていたリーダーらしき人が、共通認識型の拡張視野をコネクトしていた。それは言葉だけではなくて、身振りや表情、背景といった情報を同時に伝達するときに、活用される通信機だった。拡張視野に立体映像が映し出される。通信相手の姿が現れる。
 それは司令官だった。迷彩柄の服ではなくて、黒いスーツを身に纏っていた。それを見た瞬間、ぼくの脳内は、びびっとはじけて、光がはじけて、一転した。
「ええ、知能指数の向上は、驚くべきものです。これは大成功ですよ」
 リーダーらしき人が、司令官に向かって微笑んでいる。
 そうだ。この表情は「微笑む」というんだった。
「ただし、一定以上の衝撃が加わると、連絡媒体に不具合が生じるようです。本体自体は正常に動いていても、こちらとのリンクに齟齬が生じると。特に今日のような風の強い日には、厄介モノですな」
「でも、火星っていつも風強いじゃない」
 リーダーの言葉に、そう反駁したのは、さっきぼくに話しかけてくれていた金色の毛の――そうだ、これのことを「金髪」と言うんだった――女性だった。その発言に、黄色い肌の男の人が、小さく微笑を洩らす。
「そうね。機械の増強が必要、と」
 立体映像の司令官が、地球にいる司令官が、拡張視野にメモ書きをする。
〈ねえ、司令官。この人たちは、司令官のお友達なの? 言葉が通じないんだ〉
 ぼくは今更になって、思いついて司令官に向かって連絡を試みた。
「いいや。機械に不具合があって通じなかっただけで、ほら、いまは言葉も分かるんだよ」
 白銀色の髪をした人が、ここぞとばかりに、ぼくにそう言う。
〈ほんとだ。言葉が分かるよ〉
「とにかく、このプロジェクトは軌道に乗ったと見ていいわね。火星支局のみなさん、ご協力ありがとう。クマちゃんもおつかれさま。火星での活動はあまり向いていないようだから、予定を変更して、ひとまず地球に帰ってきて。ご馳走の苔をたくさん用意して待ってるから」
 司令官が、そう言って、通信は終了した。

「じゃあね、ばいばい」
 背中にガス噴射機を載せてくれた金髪の人が、ぼくにそう話しかけてくれる。カプセルで休んでいたとき、この人はなんて言っていたんだろう。気になったけれど、時間がもったいないから、聞くのはやめた。
 ぼくは、八つの脚を火星のやわらかい砂のうえでふんばって、噴射機のスイッチを入れる。
(……彼らは、まるでぼくとは異質な姿をしていた。でも、人間と異なった姿をしている、というわけではないんだ)
 ふと、小屋の彼らを最初に見たとき、ぼくが感じた印象を思い起こした。そりゃあ、そうだよね。彼らは司令官と同じ人間だけれど、ぼくが人間じゃあないんだから。
 ――巨大クマムシのクマちゃん、いま、帰還します。
 宇宙服がなくてもへっちゃらで生きていられるぼくは、噴射機に押されながら地球を目指した。

『ルビー』 大沢愛

投稿時刻 : 2014.01.18 23:24
最終更新 : 2014.01.18 23:40
総文字数 : 4057字
獲得☆3.667
 私は宝石のなかでルビーがいちばん好き。
 ママがタケルおじさんを好きなのと同じくらいに。

 金曜日の夜、ママのバスタイムはいつもの倍くらいになる。パパがいなくなってからは週末になるといつもタケルおじさんがやって来るんだ。バスから上がって、身体にバスタオルを巻いたままチェストのそばで髪を乾かす。スツールはあるけれど、ママは座らない。以前、スツールに座って髪からメイクまでを整えてタケルおじさんを迎えたとき、お尻にスツールの継ぎ目跡が赤く残っていたから。焦ってバスタオルを敷いてみたけれど、今度はパイル地の形がお尻に移っただけだった。スツールから立ち上がって二時間近く経っていたのに。ママはそれ以来、ドライヤーは立ったまま、メイクは中腰でするようになった。
 タケルおじさんは美容室帰りの髪のにおいが好きじゃない。ママはいつも木曜日に美容室に行く。前日にパーマをかけたばかりの髪は、乾かしながらブラシで起こすだけでスタイルが決まる。
 カチューシャで前髪を起こしてフェイスメイクにとりかかる。ママのメイクは大学時代に馴染んだパターンがベースになっている。鏡の前ではみんな、ひとりぼっちだ。鏡面に顔を近づけて肌理を整えても、生え際に散らばる白髪は目に入らない。大学時代の自分と同い年の女の子が鏡の中に入って来ても、自分の顔だけを見つめ続ける。
 ママの顔ができあがる。きれいだ、と思う。そう言ってくれないと壊れてしまいそうな美しさだった。だからいつもママはタケルおじさんの胸に抱き締めて欲しいんだ。ハート型の瓶から指先にしずくを載せて、耳の下、胸元、腋につけてゆく。最後に脚の付け根に触れて、終わり。うっとりするほどいい匂いになったママがベッドのそばにやって来る。でもこれは私のためじゃない。
「メグ、そろそろおやすみ」
 おやすみのキスもどこか上の空だ。はやく寝て欲しいのがわかる。メグのベッドをパパの部屋へ置けばよかったのに。パパのにおいがうつるのが我慢できなかったんだ。パパは週に一度、布団を干してくれて、掃除機もかけてくれたのに。オードトワレをつけるとまず抱き締めてくるのも、私を自分のにおいにしておきたいから。でもね、ママは時間が経つと脂っぽい臭いが滲み出てくるけど、私はそんな臭いはさせていないもん。バスのあとでもほんの少し、耳孔から漏れる臭いをタケルおじさんに気付かれないとでも思っているの? パパよりもちょっと、鈍感なふりをするのが上手なタケルおじさんに。

 ベッドルームの電気が消える。ダイニングからママの嬌声が聞こえる。いつもより甲高いぶん、語尾が掠れて、なんだか嗄れているみたいだよ。私はこっそりとベッドから下りて、ドアの隙間から窺う。イブニングドレスのママがタケルおじさんに抱き付いている。いつもの笑顔で、髪のウエーブをそっと撫でる。ママがおじさんの胸元に顔を埋めると、頭の上におじさんの顎が載ったかたちになる。
 ねえママ、タケルおじさんが今どんな顔してると思う?

 テーブルの上にワイングラスが並んでいる。ワインの開栓はタケルおじさんの役目だ。コルクが抜ける瞬間に、ママはいつも大袈裟に声を上げてみせる。ペンダントライトの下で、グラスにワインが注がれる。波打つ赤ワインはルビーの色だ。うっとりと眺める。どんな味なんだろう。もちろん、ママは飲ませてくれない。本物のルビーを口に入れたら同じ味がするのかな。メグの息遣いが聞こえそうだ。ママのグラスの縁にルージュがついている。タケルおじさんのグラスはきれいなままだ。もしひと口だけもらえるとしたら、タケルおじさんの方がいいな。ママはすこし早口になっている。タケルおじさんはわざとゆっくり話す。ふたりきりのときに早口で喋られるとなんだかいらいらする。パパに向かってそう言ったのはママだったんだよ。タケルおじさんはママを見つめたまま、笑みを絶やさない。本当に満足そうに見える。もうすこしぞんざいな態度でもママは平気だけれど、穏やかな口調はママをますますうっとりさせる。でも、たったひとつ、テーブルの下で組んだ足先が小刻みに震えている。ママの足が伸びて、おじさんの足を挟み込む。震えはすぐに静まり、足の甲を優しく撫でる。ママが小瓶を取り出した。蓋を取ってワイングラスに一振りずつ入れる。注ぎ足したワイングラスを宙で合わせて、ひと息に飲み干す。「幸せになる薬」って、おじさんは言ってた。もっと言えば「自分たちだけ幸せになる薬」。だから見つからないように、こっそりと飲まなければならないんだよね。

 薬が効き始めると、ママはおじさんに絡みついてくる。息遣いが太くなり、声は低くなる。ベッドルームのドアが開き、天井の明かりが灯る。ベッドのなかでいい子に戻った私は布団の襟に鼻を隠す。布団が跳ねる。ママの身体は羽毛布団の中にうずもれて見えない。タケルおじさんの後ろ頭と背中が、サイドフレームの向こうに見える。ママの息遣いは悲鳴みたいだ。夕方からいままで、ママが整えて来たものを全部かなぐり捨てている。途中でタケルおじさんは上体を起こす。そのとき、私と目が合った。逸らさない。そのまま動き続ける。顔を顰めてベッドに崩れ落ちるまで、おじさんは私を見続けていた。

 「幸せになる薬」はママにしか効かなかったんだ。幸せになったひとを目の前にすると、いろんなものが見えてしまう。油断したママは幸せになるたびに我を忘れていた。仰向けになってもぽこんと突き出した下腹も、重力に引っ張られて横長になる顔も、肩から肘にかけてげっそりと落ちた筋肉も、汗をかくと蘇る本来の体臭も。鏡から外れたママの顔は熟睡中のそれに近づいていた。そんなママを前にして、薬の効いていないタケルおじさんはすこしずつ、キスを手のひらや指先へと置き換えていった。そして、ママがうとうとし始めると、そっと起き上がって床に降りた。素足の足音が近づいてくる。ママよりも二歳年下のタケルおじさんの身体は浅黒かったけれども、光を受けてつやつやしていた。天井の明かりを覆う位置まで来ると、私の顔を見下ろす。目を閉じるのも忘れて、そのまま見上げる。おじさんの指先が唇に触れる。おずおずとした触り方が可愛かった。ハート型の瓶のにおいがする指で、耳朶から髪の毛を撫でる。初めて女の子に触れたときにはこんなふうだったのかもしれない。布団がめくられる。ボタンにメグの大好きな模造ルビーをあしらった、お気に入りのパジャマだった。そのまま、横たわった私を見つめる。タケルおじさんの視線が往復するたびに目を瞑ってしまいそうになる。不意に、左手の甲を撫でられる。手首の手前ですっと離れる。パジャマ越しに手のひらがそっとなぞってゆく。
 タケルおじさんの息遣いは苦しそうだった。我慢しなくていいのに、と思う。本当に我慢しなきゃならなかったのは、もっとずうっと前でしょ、おじさん?
 視野の端で動くものが見えた。目を細めるふりをして横目を使う。
 ママだ。
 布団の上で横向きになったまま、こちらを睨んでいる。白目がはっきりと見えた。身体が動かなくなる。タケルおじさんの手がパジャマの下に潜り込みそうになったとき、ママは大きな唸り声を挙げた。手が引込められる。おじさんの身体が離れ、天井の明かりが顔を照らす。ベッドの上のママは寝返りを打って、布団の中に見えなくなっていた。

 一週間が経った。
 金曜日の夜、暗いベッドルームにはドアの隙間からダイニングの明かりが漏れている。私は壁際に両足を投げ出したまま座っている。タケルおじさんはいつものようにやって来て、さっきまでママとワインを楽しんでいた。
 でもね、ママ。タケルおじさんが本当に好きなのは私なんだよ。私の身体中のどこを比べても、ママは勝てっこないんだから。髪も、顔も、肌も。もっとずうっと敏感なところだって、私ならいつでも差し出すことができるよ。美容師さんにクレームをつけて、いろんなひとに当たり散らしても、鏡の中でしか通用しないママとは大違い。
 このまま、鏡の中で自分をごまかしながら、タケルおじさんに好かれているって錯覚していくつもりなの? ママの視線を外れたときのタケルおじさんの顔を知らないくせに。そんなの、惨めでしょ。
 今日も、「幸せになる薬」、使ったんでしょ。あれね、すり替えておいたの。あのあと、ママにさんざんぶたれて叩きつけられたあとに。足は折れたし、肘も動かなくなったけれど、なんとかなったよ。すこぅしずつ、見えないくらいの動きを重ねて、ね。
 でも、そっくりだったな、パパとメグに飲ませた薬と。パパにとっては久し振りにみんなで囲むテーブルだったし、メグなんか本当に喜んでたんだよ、ルビーみたいだって。苦いのに我慢して笑って。あれって、ママが「自分が幸せになる薬」だったんでしょ? ワイングラスに入れて、ワインを注いで。ひと口飲んだだけで、ママはきっと、あのときのパパやメグと同じになる。でもね、タケルおじさんは違うよね。パパをひとりで担げるほど力持ちなんだもんね。メグを抱えるのが精一杯だったママと違って。あの薬だって効かなかったし、きっと立ち上がってくれるよね。
 ああ、痛いよぅ。膝のボルトが折れちゃってる。肘の芯材が外れて変な形になったし。ひどい格好だなぁ。でも、安心して。髪のおかげで顔は無事だったんだよ。タケルおじさんが大好きなパジャマの下なんて、傷ひとつついていないんだから。ママ以外の誰も知らないところ。もう睨んでくるママもいないし、心配しないで。ちいさな男の子みたいにおずおずとでいいから、ちゃんと触って。この間みたいに、もう途中でやめたりしないでね。
 私は宝石のなかでルビーがいちばん好き。
 でも、タケルおじさんはもっと好き。
 
 ベッドルームの暗がりから、そっと身を起こす。あらぬ向きに揺れながら、帯状の光に向かってそろそろと歩き始める。ボタンのルビーがひとつひとつ光を宿している。一瞬だけかすめた帯が、シリコンの表面を浮かび上がらせた。

            (了)

『少女と教訓』 豆ヒヨコ

投稿時刻 : 2014.01.18 23:44
最終更新 : 2014.01.18 23:45
総文字数 : 2130字
獲得☆3.556
 ジェリーにとって一番たいせつなのは、本当は小説だった。でも女子寮にいるかぎり、そういうわけにもいかない。

「見て! 今日おば様と街にでたとき買っていただいたの」
 シェリルは誇らしげに、ぴかぴかのヒール靴を指先へぶら下げて見せびらかした。
 それは一見すると学校の指定ローファー(古くさく、雨にぬれるとひどく重くなる)に似ていて、けれどじっくり見れば明らかに違う、最新流行のしゃれた型だった。少女たちは口々に歓声をあげ、ベッドの周りに集まる。色とりどりのロングヘアが、それぞれにカーラーを巻きつけてふわふわ揺れる。
「ジェンスン&バルゴッチじゃないの、パリの一等品ブランドよ。おば様奮発したわね」
 バーバラがそばかすだらけの鼻がくっつけて凝視し、誕生日だっけ? と隣のマリアに尋ねた。
「確か違うわ、彼女と同じ7月でしょ」
 マリアはおっとり答え、燃えるような赤毛のベティを示す。ベティは冷やかに「そう。残念ながらね」と答えて鼻を鳴らした。皮肉屋のベティと見栄っ張りのシェリルは犬猿の仲なのだ。しかしご機嫌なシェリルは嫌味を気に病む様子もなく、嬉々として素足を靴に入れてみている。足の甲にわたるストラップは、ダイヤを模したデザインガラスのボタンで留めるようになっており、ほのかな読書灯の光を照り返して美しい。
 ふと気づいた様子で、マリアがジェリーを振りむいた。
「そういえば、ジェリーも今日は面会だったんでしょ? 叔父様だったかしら」
 にっこり尋ねられ、ジェリーは曖昧に笑ってにうなずいた。どことなく後ろめたい気持ちがした。バーバラが、いいわねえと羨ましそうに言う。
「わたしなんか、幾何学の課題で一日が終わったわ。どこに行ったの? お買い物? バーティッシュホテルでお茶?」
「すこしお茶して、映画に行ったわ」
「映画!」
 ベティが天をあおぎ、くしゃくしゃと赤毛をかき回す。シェリルがパアっと目を輝かせ、ヒール靴を放って身を乗り出した。
「ねえ、その叔父様って確か血がつながってないんでしょ」
 そんなんじゃないわと弁解する間もなく、パジャマ姿の四人は興奮して飛び跳ねた。ベッドのスプリングが軋む。
「彼ってジェリーにお熱でしょ、二週間に一ぺん途切れなく会いにくるじゃないの。明らかよ。ねえ、そろそろプロポーズされたんじゃないの? 隠し事はなしよ、どうなのねえ……」
 かしましく喋りまくる四人に、そうじゃないのと言っても伝わらない。ジェリーは仕方なく真実を告げる。
「来年から、ブラジルで新規事業を始められるそうよ」
 思ったより、ひどく強い口調になった。はっと焦り、ジェリーはできるだけ微笑を含ませて続ける。
「だから、わたしの在学中にお会いすることは、もうなさそうね。寂しいけれど」
 読書灯がジジッと音をたて揺らめく。気まずい沈黙が、所在無げな少女たちに降りる。ジェリーは虚しく微笑み続けた。
 親友である彼女らにも、たぶん、言えない。
 どう説明していいか、分からない。

 叔父の手は、しっとりと冷たかった。
「きみといると、いつでも幸せだ」
 手の甲に重ねられた思いのほか大きな指を、ジェリーは振り払うことができなかった。赤面していく頬を隠したかったが叶わなかった。
「……でも、わたしたちは親戚ですし」
「血はつながっていない。君は養子なのだから。問題はないはずだ」
 ジェリーのブラウンヘアを、一筋だけすくって零す。
「僕は今度、ブラジルへ行く。一緒に来てほしい。とても愛しているんだ、ずっとそばにいてほしい」
 ジェリーは顔を上げた。穏やかに微笑む、端正な叔父様の瞳があった。願ってもない申し出のはずだった。両親を安心させるだろうし、ジェリーは一生を不自由なく暮らせるだろう。叔父様は、大財閥の跡取りなのだから。なのに、なのに、なのに。
 ジェリーは逃げてきてしまった。突然席を立ち、何も言わずにホテルを飛び出した。何もかもふり捨てて、買ったばかりの大切な小説も、テーブルの片隅に置いたままで。

 夜が更けても、ジェリーは眠りに堕ちていけなかった。
 つめたいシーツに、火照る頬を押し付ける。何度も寝返りを打つ。窓から、美しく円い月が銀色に見えている。
 ジェリーは静かに、愛する物語たちの一節を唱えてみる。

 ――愛とは片手間に生み出されるものじゃないわ(シェリル・パーマーの『恋人たち』ね)
 ――ねえ、一緒にいれば全て解決すると思っているの? ひとの想いを馬鹿にしているの(バーバラ=ザックバーグ『すれちがい』、大好き)
 ――口で言うのは簡単さ。何十年もともに連れ添って、はじめて答えが出るのさ(ベティ・ローレンス・バーガー『やさしい絆』、本当なのかしら)
 ――あなたには分からない、だってまだ何もはじめていない(マリア・クリアーマ『臆病なひと』……私のことだわ)
 ジェリーには分からない。

 小説たちが教えてくれたものごとは、叔父にもあてはまるのだろうか。
 もしかして全ては夢に過ぎず、新たな世界に飛び込まなくてはならないのだろうか? ジェリーは、可能であればいつまでも空想の世界に生きていたかった。美しく閉じた夢の住人でいたかった。けれど、それではもう、駄目なのかもしれない。叔父の手をとるべきなのか、私には分からなかった。

 けれどもう、逃げることはできないのだ。おそらく。

『クロロホルムのガロン瓶』 永坂暖日

投稿時刻 : 2014.01.18 23:45
総文字数 : 2280字
獲得☆3.500
笠井宏明の証言
 ガラスの割れる音を聞いて俺が駆け付けた時には、実験室中にクロロホルムの臭いがしてたよ。もう臭いのなんの。立っているだけで、意識が飛ぶかと思ったよ、マジで。飛ばないけど。
 まあそんな状況だというのに、立花と津田は背中を向かい合わせにしてうつむいて立っていたんだよ。二人の足下には、割れたガロン瓶とこぼれたクロロホルムが広がってたってのにね。臭気はなるべく吸わないようにして、早く拭かないとと二人をどやしつけて。それでようやく、二人は動き出したって感じ。でも、片付けをしている間も終始目を合わせない、口もきかないで。俺の方が気を遣っちゃうよ、あの二人、付き合ってるって噂だったから。本人達は否定してたけど。
 立花の不注意でガロン瓶を落として割ったということで、教授には報告したけど。落とす前に何があったかは、俺には分からないね。その時実験室にはいなかったし、二人もその前に何があったか言わないし。

木島藤治朗の証言
 立花と津田が付き合っている、という噂は学部生の時にもありましたよ。ただ、そのあとに別れたという噂も聞きました。そんな噂があった後でも、二人は普通に話をしていましたけどね。同じ研究室を選ぶし、二人して院に進学するし、よりを戻したんだろうと思ってました。現に、また付き合いだしたって噂もありましたし。
 クロロホルムのガロン瓶を立花が落として割った時、俺は実験室にいたんですよ。でも、二人は実験室奥のドラフト前にいたけど、俺は前の方で実験中だったんです。試薬棚とかがあるから、前にいると後ろの様子は見えないじゃないですか。いろんな機械が動いている稼働音で、四六時中うるさいし。二人が後ろで何か話しているみたいだな、というのは分かったんですけど、聞こえるわけはないし自分の実験に集中しているし。そしたらいきなり、ガラスの割れる音が聞こえたんです。大丈夫かって聞いたら、津田が大丈夫と答えたんだけど、妙に焦った声で。行ってみたら、立花はうつむいてて、津田はそっぽ向いてて。実験してたという雰囲気じゃあなかったですね、あれは。立花が何かやらかしたんだと思いますよ。左のほおが赤かったように見えたから。

佐々倉数也の証言
 立花と津田は付き合ってましたよ、学部の二年から三年の頃まで。別れた理由は、なんだろうなあ。立花は、お互いよく考えたら好きじゃなかったみたいだから、とか言ってましたけど。友達みたいにしか思えなくなった、とも言っていたかな。津田もそれで納得したんじゃないんですか、別れたあとでも普通に話をしていたし、同じ研究室を選んだんだし。
 まあ、仲がいいように見えましたけどね。ただ、友達以上ということはなかったかな。昔付き合っていたとはいえ、ね。
 立花は、よりを戻したかったみたいです。友達みたいとか言っておきながら、いざ別れてみたらやっぱり好きだったって気が付いたんだとか言ってました。
 クロロホルムのガロン瓶割った時ですか。あの時僕、いなかったんですよ。だから詳細は全然分からないんですけど、よりを戻したい立花が、津田に迫ったんじゃないんですか。でもふられて、何かの拍子でガロン瓶が割れた。そんなとこじゃないかと思ってます。

水川さおりの証言
 津田ちゃんは、立花くんとはよりを戻すつもりは全然なかったですよ。付き合っていた時はそれなりに好きだったけど、一度別れましたしね。しかも、友達としか思えなくなったっていう理由で。津田ちゃんはそうでもなかったから、普通にはしてたけど、陰では結構泣いてたんですよね。立花くんはひどいなって、一時期同期の女子の間で評判だだ下がりしてたんですよ。
 まあでも、同じ研究室に入れるくらいに立花くんのことは吹っ切ったんですよね。その頃には、津田ちゃん、好きな人がいたから。立花くんじゃないですよ、もちろん。でもだから、立花くんがよりを戻したがっているの、迷惑がってました。
 クロロホルムのガロン瓶が割れた時、あの時、立花くんがもう一度付き合ってくれないかって言ってきたみたいなんですよね。津田ちゃんは断ったけど、立花くんがしつこくて。それで――キスしようとしたから、ひっぱたいたって言ってました。その弾みで、ガロン瓶落としたみたいですね。津田ちゃんの足に落としてたらと思うと、ぞっとします。

森尾拓人の証言
 はあ、立花くんと津田さんですか。あの二人、仲がいいのか悪いのか、よく分かりませんね。まあ、僕は完全夜型なので、二人ともあまり話をしたことがないから、よく分からないんですけど。津田さんは、まあ、明るくてはきはきしてますね。僕みたいな怪しいセンパイでも、話しかけてくれますし。
 ただ、まあ、僕と話をしている時でも、ちらちらと視線は違うとこに行くんですよね。何だろう、何を見ているのかなと思ってましたが、笠井さんとか佐々倉くんと話す時もそうだし、立花くんと話す時もそうみたいだし。気になったので観察してたら、彼女、木島くんを見てたんですね。
 ええ、はい。僕の見立てに間違いがなければ、津田さんは木島くんを好いている。彼にやきもちを妬いてほしくて、彼の前で他の男と話をしていた。そんなところではないかと。
 クロロホルムのガロン瓶が割れた時も、木島くんが実験室にいたんでしょう。やきもちを妬いてほしくて、わざと立花くんと話をしていたんじゃないかな、と思ってますよ、僕は。まあ、当の木島くんは遠距離恋愛中の彼女がいるとか聞きましたけど。
 割れたクロロホルム、最後の一本だったんですよねえ。おかげで僕の実験も滞ってしまって、いい迷惑です。


※無題で投稿された作品でしたが、作品集への掲載にあたって改題されました。

『遭難』 たきてあまひか

投稿時刻 : 2014.01.18 23:40
総文字数 : 741字
獲得☆3.455
冬山。
こええところだ。
こええ所だとわかってはいたが、それでも油断があったんだな。
俺と上田と下村と前川。みんな冬山経験は豊富だ。
上田なんてのは、海外でも登ってくれえだし、下村はK大登山部のエース。前川だって、勲章みたいなものは一つもねえが、体力だけは俺たちの中で誰にも負けね。
油断があったんだなあ。荒れた天候、雪崩に巻き込まれかけて半分の装備を失い、山小屋になんとか逃げ込んだんだが暖をとるすべがない。
「寝ちまったらアブねえ」
そう言ったのは下村だ。
「だが休まねば身体が持たんぞ」
反論したのは前川だ。
上田はじっと黙って、残った装備の確認をしてた。
「ともあれ、なんとか朝まで耐えるしかねえ」
おれぁそう言ってな、山小屋の四隅にいすを置いてな、休みながら動く事を提案したわけよ。
まんず俺が椅子から立って、次の角に座ってる上田のとこまで行ってタッチすんだ。
そすたら上田が立ち上がってな、俺が座る。俺は次にタッチされるまで休むわけよ。山田ぁ、次の角まで歩いて下村にタッチ、下村は前川にタッチとまあ、そう言う案配に、休みながら動くわけさ。
なんとかそれで朝までやり過ごすとなあ、運があったんだなあ、天気が回復してきてよ。
なんとか帰ってくることができたんだ。
ところがよく考えると不思議なことがあったんだ。

  *   *   *

後藤さんはそこでいたずらっぽい表情を浮かべた。
ぼくは応えた。
「知ってますよ、それ有名なネタじゃないですか」
「ありゃ、知ってたかあ」
「4つ角を、4人で回ると途切れるんです。どうしても5人いないといけない。後藤さんたちは4人パーティで一人足りないじゃないですか」
「そうだ、。運がなかったんだなあ。そんなわけでホントはその作戦は上手くいかなくてな」
後藤さんは寂しげな微笑みを浮かべて。
ふっと消えた。

『地球の危機』 工藤伸一@ワサラー団

投稿時刻 : 2014.01.18 23:45
総文字数 : 675字
獲得☆3.444


《発言が人をつくる賞》
《1人1ツイート賞》
地球の危機
工藤伸一@ワサラー団


「やべー、寝ちゃってたよ。今23時28分。後17分しかないというのに、5人を出せって無理だよ」「でも何とかしなくちゃ地球が終ってしまうんだよ。それなのに寝坊なんて無責任にも程があるわ」「別に好きで選ばれたわけじゃないからな。さてどうするか。今二人いるよな。外は既に汚染されていて、通信手段もない」「チャネリングすればいい」「そんなオカルトなこと言われても。まあいい。時間もないから話だけ聞かせてくれ。どうすればいいんだ?」「まず寝るの。そして夢の中で意識を接続する」「起きたばかりなのに出来るわけないだろ」「柔道技で落としてあげるわ」「なるほど仕方ない。やってくれ」「じゃあ行きます。うりゃー」「ひいいいいーい。ガクッ」



「ここが夢の世界か。でもチャネリングする手段を聞き忘れたままだ。どうにもならない」「本当だよね」「お前だれだ?」「3人目さ」「良かった。あと2人」「俺が既に繋がってる奴がいるぜ」「初めまして。3人目なりー」「どうも。もしや君も誰か連れてきてないか?」「もちろんなり」「それは助かった。声を聴かせてくれ」「スイミンろぼデス。コンゴトモヨロシク」「ロボットってありなの?」「セイカクニハあんどろいどデス」「アンドロイドも夢を視るって本当なんだな。それなら大丈夫かな」「ノウニハイリコンダダケデス」「でも5人そろったことに違いはない。大丈夫だろう」「デモボク、キミヲオトシタ2リメトオナジダヨ」「足りてないわけか。くそ!」「これで地球は終わり。残念だったな」「貴様が悪の根源か。でも貴様を入れて5人だろ?」「そうだな。運が良かったね」

『苦情、処理しまくり』 ひこ・ひこたろう

投稿時刻 : 2014.01.18 23:15
最終更新 : 2014.01.18 23:24
総文字数 : 2005字
獲得☆3.417
 「公務員なのに真面目に働くヤツは無能」と先輩から教わったもんだから、私は勤務中に自分の席で女子高生とチャットばかりやっていた。しかし、それが上司・望月課長の目に触れたようで、私は早速「苦情処理係」の窓口に配属された。この職種は事実上の退職勧告といってもよい。市民からのどうでもいい苦情を一日中聞かされ、精神に異常をきたして辞めていく同僚が多いからである。

 翌日、私は窓口に座り市民からの苦情を聞いた。
「どうして砂丘は鳥取にしかないのか?」
「どうして日の丸の太陽は赤いのか?」
「うちで作ったレモンパンを宣伝してくれ」
「日本は『にほん』と『にっぽん』、どちらの読みが正しいのか?」
「日本共産党の書記局長が代わったので、名前を覚えてくれ」
 とまあ、こんな感じのしょうもない苦情を聞き流すのである。ああ、しんど。女子高生相手に「おっぱい触らせろ」とチャットしていた昨日までの日々はいったい何だったのだろう。いくら憲法で国民の請願権が保証されているからといって、しょうもない話に付き合わされるなんて、こんな安月給では割に合わない。たまに、望月課長と廊下ですれ違うが、もはや向こうは目を合わそうともせず、挨拶にも応えない。

 そんなある日、とうとう私を怒らせる苦情が舞い込んできたのである。
「国の借金は1008兆円、国民一人当たり792万円というが、国民は借金してくれと頼んだ覚えはない。借金は公務員がこしらえたものだ。公務員一人当たり16億円と発表しろ」
 はあ、何だ、こいつは? そう思いながら、私はつばを飛ばしながら憤る白髪の男性の話に耳を傾けた。確かこの男は共産党書記局長の名前、山下芳生氏の名前を覚えろとしつこく言ってきた人物である。なぜか胸に「山本」の名札を着けている。どう見ても年金生活者といった風情なのだが、私に名前を売ってどうするつもりなのだろう。もしや、選挙にでも出ようというのか。

 それはともかく、市民・山本の挙げる数字が正しいかどうか手元の電卓で確認してみる。
「1008兆円」って桁が多すぎて、自分の電卓じゃ入り切らない。公務員の数、ここでは国家公務員の64万人で割ればいいのか。まずは紙に書いてみて、「兆円」を「万円」で割って桁数を減らすことから始める。
「げっ、やばいじゃん!」
 いやあ、国の借金ってこんなにあったのですか。国家公務員一人当たり16億円。もう笑うしかない。
「これを死にもの狂いで減らしなさい」と、市民・山本は私に詰め寄る。そんなこと、山下芳生氏だってできやしないと思うぞ。

 だが、私はやってみることにした。まずは安倍総理に電話をし、「公務員を増やしてください」とお願いしてみた。1008兆円の借金を減らすのは難しいが、公務員を増やして一人当たりの金額を減らすことなら可能だ。
 翌日、地方公務員をすべて国家公務員にする特例法が成立した。「君の頼みなら聞かないわけにはいかないからね」と安倍総理。恩に着ますぜ。そして、公務員一人当たりの借金は、16億から3億に減った。やったね、自分! それに、さすが安倍総理。「地方の借金÷地方公務員の数」は分母がゼロになったので、無限大になったけど、ワシは知らん。だって、責任を取る地方公務員はもういないのだ。えっ? 分母がゼロの計算は不能だって? 文部科学省にでも尋ねてくれ。

 公務員一人当たりの借金が減ったので、もうちょっと贅沢をしてもいいだろうということで、もっともっと放漫財政をやってみた。私は苦情処理窓口から栄転し、財務省の政務官になった。

 そんなある日のこと、市民・山本は本当に選挙に出て当選し、国会に私を呼びつけこう迫った。
「日本の財政は危機状態にある。公務員一人当たりの借金はもはや9億円になった!」
 しょうがないので、日本国民、子供からお年寄りまで全員公務員にしてみた。そうしたら、公務員一人当たりの借金は減った。ざまあみろ、市民・山本。いや、代議士・山本。
「これでは以前の国民一人当たりと同じではありませぬか」代議士・山本が指摘した。「しかも現在は2400万円に膨れ上がっている」
 ふうん、そんなに借金が増えたのか。日本国民の資産をはるかに超えてしまっている。792万とか言ってた頃が懐かしい。

 トゥルルルル……。
 私は今度は中国の李首相に電話をした。日本を中国に売り渡すためだ。
「あなたの頼みなら」とこれまた気さくに応じてくれた李首相。やはり持つべきものは友達である。「よっ、大統領! じゃなくて、首相!」
 翌日、日本と中国は合併。「東アジア連邦ドラゴン」というひとつの国家となった。人口15億、GDPたくさん。公務員一人当たりの借金も国民一人当たりの借金もばっちり減った。
 私は早々と引退し、年金生活。野球は中日ドラゴンズを応援し、日本共産党は消滅したので、書記局長の名を聞くこともない。AKBのセンターは上海48の子だ。尖閣諸島の領土問題も消えた。めでたし、めでたし。

『だらだらと呑む奴らの話』 長介

投稿時刻 : 2014.01.18 23:40
総文字数 : 1498字
獲得☆3.400


《発言が人をつくる賞》
だらだらと呑む奴らの話
長介


「おう、この刺身うめえな!なんだっけ」
「サワラ。おまえが頼んだんだろ!」
「ヨシオはいつもそんなだよな。一瞬で前のこと忘れやがって。
オレが貸した三千円返せよ!」
「ヤスノリから金なんて借りたっけ?いつ?」
「てめーマジか!マサシと呑みに行くけどカネねーって、一週間前!
マサシ、おまえも見てたよな?」
「ていうかそれでも足りなくて、俺が千円多く出したんだよ。ほんとこいつは……」
「おー、おー?ていうか呑みってどこ行ったっけ?」
「桜新町の十銭酒場だよ。水谷君が旨いっていうからさあ」
「あー、そうだった。あんましだったなー、魚まずくてさあ」
「すまんかった……」
「いやいやいいんだよ水谷君、こいつが異常に魚に厳しいだけ」
「ていうかヨシオ、水谷君いる前でその発言はないわー」
「ヨシオはうるさいわりに、注文した刺身の名も忘れてるしなあ」
「いやー、魚の名は忘れるっしょ?イナダとかノドグロとか言われてもさー」
「ノドグロなんてすぐ覚えるだろ?ま、どうせ俺らがめったに食える魚じゃねーけど」
「それにタクがいるだろ。金沢出身だよ」
「俺か?ノドグロって金沢じゃほぼとれないんよ。山陰のほうよ」
「あ、そうなん?」
「また無駄な知識を増やしてしまったな」
「はい、ビールおかわりする人!ヤスノリだけ?」
「俺ホッピー」
「マサシー。ホッピーならビールでいいじゃん」
「馬鹿おまえ、プリン体がだなあ……」
「はいはい。タクは?」
「ウーロンハイ。最近凝ってるんよ」
「こんな店のウーロンハイに凝ってるも何もあるかよ。水谷君、どうする?」
「おう、カシスオレンジで」
「カシスオレンジかあ。水谷君さすがだなあ、うん」
「なんだよそれww」
「なあヨシオは?」
「トイレ行ったよ」
「おう」
「あいつはさあ、ほんとにダダ漏れだよ、記憶も財布も下半身も」
「その表現だとヨシオ君ドンファンみたいだよw」
「ドンファン!水谷君はさすがだなあ」
「やめろよw」
「あ、ヨシオ帰ってきた」
「俺、高い焼酎頼んじゃった」
「てめえどうせカネないくせに割り勘だと思って!いいちこにしろ!」
「ヤスノリの口うるささは異常だと思う」
「でもカネないんだろ?」
「今日は二千円もあるぞ!」
「全然足りないと思うんよ」
「いや俺が貸すから、いざとなったら」
「水谷君、好き!」
「そんなw」
「ヨシオにはマサシがいるだろ」
「マサシ君とは別れますわ」
「正直ホッとしたよ俺」
「焼酎お湯割りおまたせしましたー」
「あの店員さん、他の飲み物はまだすか?」
「え、ご注文いただいてませんが」
「あれ?」
「……あれ?じゃあ、あらためて」
「俺ホッピーで」
「俺ビール」
「ウーロンハイ」
「カシスオレンジじゃなくてモスコミュール」
「かしこまりましたー」
「で、さっきはなんで通ってなかったんよ」
「つかみんなの注文きいてたやつが伝えてなかったんだな」
「え?それってさ……誰だったんだ?」
「あ……」
「俺、ヤスノリ、マサシ、タク、水谷君……。
じゃあ、さっき注文きいてたのは誰だ?」
「……ああ」
「この席には、実は……六人いるんじゃないだろうか」
「ヨシオ……」
「だってそうだろ、そう考えないと……つじつまがあわない」
「……怖いな」
「マサシ……」
「座敷わらしっているんだ……あたっ!なんで殴るのヤスノリ」
「自分の心にきいてみろ!」
「あたっ!やめろよー!助けて水谷君!」
「無理www」
「いやマジでなんで殴るの?タク、冷静に解説してよー」
「うん、それは、注文聞いてたのがおまえだからだよ、ヨシオ」
「……」
「……」
「トイレ行くついでに頼んできたんだと思ってたわけよ」
「……てへ。ごめん!おわびに今日は多めに出すから!」
「二千円しか持ってないだろうがおまえは!」

『林檎の彼女 ~私が彼女と付き合うまで~』 orksrzy

投稿時刻 : 2014.01.18 23:40
総文字数 : 3539字
獲得☆3.400
 大学構内を長い髪をなびかせて颯爽と歩く彼女は凛々しく、そして美しかった。
 思えば、私は彼女を初めて見た時に、彼女の虜になっていたのだろう。
 恋する私は彼女の右手にいつも握られている赤い果物を気にすることがなかった。私は穏やかな気持ちでこう思ったものだ。林檎が好きなお嬢さんなのだな、と。

 私は大学に入学した当初、いよいよこれから私は華のキャンパスライフを送り、友との熱い抱擁や恋人との胸焦がす夜を、それはごく当然のごとく体験してゆくのだろうと思った。
 しかし、入学後の様々な煩悶とした事務的手続きを経て、心は緩やかに萎んでいった。このまま、何も経験せず終わるのだろうかと苦しみが私の中に生まれた。
 そんな時、私は大学構内で件の彼女を見かけたのである。林檎の彼女である。
 今となっては彼女は病的なほど林檎を愛していることを知っているが、当時は初対面であるから何も知らない。例えば彼女が決して林檎を手放すこと無く、気が向けば、左手にナイフを握り、しゃりしゃりと音を立ててリンゴの皮をむき、思うままに口に放り込む、というような一面があることを知らないし、彼女が恋人が林檎病という伝染病にかかれば、ナイフを持ちだし、私は林檎と恋人のハイブリットした物を食べたい、と襲いかかるとなど、露とも知らない。
 だから私は彼女に恋したし、彼女の透き通るような白い肌と、それこそ林檎のような真っ赤な唇に心を躍らせた。
 私は少しでも彼女に近づこうと果物愛好サークルに入った。そこは果物と名のつくものにフェチズム的愛を傾ける怪しげな団体であるのだが、私はよく内情を知らず、ただ、彼女が在籍しているという情報のみで門戸を叩いた。
 果物愛好サークルでの最初の課題は、ミカンを皮から搾り出る汁に刹那的快楽を感じることだった。至極ノーマルである私にはこの課題をクリアすることは地獄のように苦しかったが、ミカンの汁の向こうに彼女の笑顔があると思えば、乗り切ることができた。部長はうざったい人間で、「ミカンの汁に何を感じたのかね? 言ってみたまえ、さあ、我慢せずにぶちまけてしまいたまえ!」と耳元で唾を飛ばすので厄介であった。
 そういう日々を送る中で、どうやら彼女の周りには恋のライバルがいるらしいことが分かった。
 伊達眼鏡をかけた超名門高校出身のシンジ、野球部の筋肉自慢のタケル、文芸部の王子様ジン、の三人である。
 果物愛好サークルの部室には彼らが足繁く通い、彼女に熱い視線やら熱い言葉やら熱い手紙を投げかけていた。
「ここは果物に熱き情熱をかける者の聖地であるので、お引き取り願いたい」
 私はぷりぷりと怒って、彼らに言った。
「僕は林檎の彼女に会いたいけれど、このサークルには入りたくないんだよなあ。ここに入るなら、死んだ方がいい」
 辛辣な言葉を伊達眼鏡シンジが放つ。
「ならば、何故、このサークルに入っている女性を狙うのかね? 矛盾していないかね?」
 私はシンジを睨み付ける。
「いいや、矛盾していないよ。このサークルの価値より彼女の価値の方が上なんだ。価値が下の物は上の物に影響を及ぼさないよ」 
 私は底辺高校出身である。シンジの言葉は訳が分からぬ。
「屁理屈である!」
 私は怒鳴って、シンジを追い返した。彼は虫けらを見るような目つきで私を見た。
「おい、ひょろガリ。彼女はどこだい?」 
 別の日には野球部のタケルの相手をした。タケルは筋肉馬鹿である。標準体形の私をひょろガリ扱いである。
「知らんね。帰りたまえ」
「殴られたいのか?」
「林檎の木の剪定に向かいました」
 私は青い顔をしてぶるぶると震えて答える。私は暴力が嫌いである。
「それはどこにある?」
「確か、ここから二山越えた先にありますが、電車もバスも通っておらず、歩いて行かねばなりません。こちらが地図となっております」
 私は鉛筆で書かれた地図を渡した。タケルは地図を奪い取ると、しげしげと眺めた。
「なるほど。俺の足では三日で行けるな。もう用はない。ひょろガリ」
 そう言うとタケルは私を突き飛ばし、駆けていった。私はもんどりをうってひっくり返る。おかしい。私は標準体形であるはずなのに。
 いてて、と腰に手を当てながら、にやりと瞳を鈍く光らせた。
 彼女が林檎の木の剪定に行ったなど、嘘である。馬鹿な男め。彼女は林檎パイを作るために家に帰っておるわ。
「儂は彼女のことを愛しておる。文に著わしたのだが、君、渡してもらえんかのう」
 文芸部のジンはイケメンである。古臭い喋り方をするが、気の良い奴だ。私は彼を裏切りたくない。恋のライバルであるが、彼を応援したい。
「分かった」
 私は彼の手紙を恭しく受け取る。
「恩に着る。立派な青年じゃ」
 ジンが立ち去ると、私はこの手紙を彼女に必ず届けるのだ、と強く誓った、が手元が緩んで、手紙はゴミ箱の中へと放り込まれた。これはいかん。すぐに拾わねば、と思ったが、ゴミ箱の中は不潔である。その中に落ちたものを彼女に渡すのは忍びない。しかし、ジンを裏切るのもまた、私の人間としての自尊心を傷つける。
 私はごみ箱から手紙をさっと拾い上げた。そして、石鹸をつけて、手紙を洗う。
 水に濡れてふやける手紙を見て、私は、まだこの手紙は汚れているような気がしてならなかった。決して他意は無い。純粋に私は綺麗好きなのである。であるから、私はせっせと手紙を洗う。
 不思議である。手元には濡れた紙の断片がちりぢりとなって残るばかり。これでは彼女に手紙を渡せない。私は悔しくて、声を殺して泣いてみた。しかし、涙は出なかった。
 そんな日々を送っているある日である。
 彼女が微笑んで宣言した。
「私は彼氏が欲しいわ」
 その声に私も恋のライバルも興奮せざるをえなかった。
「僕と付き合えば、君はエリートになれる可能性が高い。僕は司法試験を目指しているからね」
 シンジが自信ありげに言った。
 彼女は眉間にしわを寄せた。
「嘘。だって、この大学から司法試験に合格? 無理でしょ。ここ、Fランクの大学よ。あなた、大学受験に壮絶に失敗しているじゃない」
 シンジは泣き崩れ、君がそんな女だったなんて、と吐き捨て、去って行った。
「おっぱいちゃん、俺と付き合えば、どんな奴だって殴ってやるよ」
 タケルが力こぶを作ってみせる。
 彼女はため息をついて首を振った。
「あのね、その呼び方やめて。それに人を殴ったらいけないでしょ? あなたリングの上のボクサーじゃないでしょ。考えるという行為があることを知って」
 タケルが怒り狂い、去っていったシンジに追いつくと、八つ当たりで彼の背中を蹴りつけた。シンジは痛みに苦しみつつ、伊達眼鏡をくいっとあげた。それに意味があるとは、私には思えない。
「なあ、儂の手紙を読んでくれたやろ? 儂は君の事が好きぃて好きぃて、しゃあないんや」
 ジンが緊張した面持ちで、彼女に告白した。
 彼女は不思議な顔で彼を見た。
「っていうか、あなた、だれ? 初めて会うよね? 手紙って何?」
 ジンは驚いた表情を浮かべた後、何かを察した表情になり、私を睨み付けた。
 私は、これはまずい、と思った。
「こいつ、きっと、ストーカーって奴ですよ! 手紙ってなんです? 怪しいですよね! 喋り方もなんか不審者だし!」
 私は恋のライバルとしてあるまじき、いや、人間として最低の言葉を放った。
「そうね。あなた、もう半径五メートルには近づかないで。私の林檎が腐るわ」
 彼女は冷酷に言い放った。
 ジンはその事がよほどショックだったのだろう。もう私の方を見ず、肩を落として去っていった。
 しばらく、気まずい雰囲気が私の中でだけ漂った。
「まったく、なんなのかしらね? そう思わない?」
 ん? チャンスかもしれない。ライバルは去った。今が告白時かもしれない。私の胸がドキドキとしてきた。
「ん? どうしたの?」 
 さあ、言おう。どんなかっこいい台詞を言おう。
 陸地に生きるすべての生物があなたに恋をするだろう。いいや、海に生きる者たちもあなたに恋をするだろう。けれど、誰よりもあなたの瞳に囚われているのは、あなたの目の前にいる、この私だ。――よし、これでいこう!
「りぃっ!」
 やべ、噛んだ!
「え、なに?」
「り、り……」
 迷った。今から言ってもかっこ悪い。その時、彼女の右手に目がいった。赤い果物、林檎がある。
「り……りんごが、僕も好きである。私と付き合ってください」
 彼女が頬を染めた。
「……嬉しい。あなたなら、分かってくれると思っていたわ」
 おやおや、なんだ、この展開は?
「他の男は何だったんだろうね。私はただ、林檎が好きだと言ってほしかったの。私の愛する林檎を、同じように好きだと言ってくれる相手であって欲しかったの」
 彼女はそう言って、空いている左手で僕の頬を撫でた。
「生涯、愛を育みましょう」
 こうして、私は正式に林檎の彼女の恋人になったのである。

 了


※作品集への掲載にあたって、誤字等を一部修正しました。



『6人答えられない人は、星5つ』 デーブ・“しゃん”・スペクター

投稿時刻 : 2014.01.18 23:44
総文字数 : 824字
獲得☆3.000
 その日、クアラルンプールには怒りを秘めた人々が集まっていた。
「さて、みなさん。先だっての話ですが、いよいよ我々が復讐を果たす時が訪れました」
 テロリストを名乗る一人が、威嚇するような低い声でそう言った。
「それはともかく、この会場に納豆はないのか? 広報部長代理、ちゃんと説明したまえ。わざわざマレーシアくんだりまで来て、何故揚げバナナなど食わなくてはならん。本来なら、私はいまごろスイミングをしている予定だったのだよ」
「ふよふよ~。そうですよ。私だって仙台のスーパーで働いていて忙しいのに。地域活性化のために、また店長と悪だくみ……じゃなくて、斬新なイベントを考えなくちゃいけないんですよ」
「しかし、納豆部長。我々の統計では、昨年はあなたが一番いじられていたはずです。今は仲間割れをしている時ではありません。力をひとつにして、奴に仕返しをしなければ。月曜と奴は、我々の共通の敵です。我々はそれを確認するために、こうして国際会議を開いていることを、どうか理解してください」
 テロリストが食い下がると、向かいの席の参加者が乾杯を待たずに、手酌で酒を注いでいた。
「そんなのどうでもいいよ。はやく飲もうよ。納豆部長は魔界都市に住んでいるんだから、もうちょっと割り切ってよぉ。みうらだいちとお酒は今が旬ってね。折角のオフ会なんだから、楽しくやらなくちゃあ。楽しく~」
「そんなの、どうでもいい。プロコンさいこー。つか、あんた折角なんだかホタルイカの一匹くらい持ってきなさいよ。何一人で先に飲んでるの?」
 ほどなくして、「あの、みなさん」という小さな声がテーブルの端から聞こえた。
「一応、幹事は僕なんですが。マレーシアといえば、僕なんですが。無視しないでくださいね。どーじん、よろしくお願いします。無視しないでね」

 こうして、6人によるオフ会は開かれた。
 彼らは一体、誰に復讐しようというのか。
 その具体的な手段とは?
 謎とともに、夜が更けていく2月のマレーシアだった。


 おしまい

『はゆらのみくす』 ひやとい

投稿時刻 : 2014.01.18 23:17
最終更新 : 2014.01.18 23:26
総文字数 : 1772字
獲得☆2.900
 ローラ(もちろんヤッホー、ローラだよ~のローラのイメージ)! きみはーなぜーにー!
 とかなんとかゆってると誰かこっちに向かって走ってきたんだあ。
 なんかっていうと登場人物を走らせるのって基本よね。増田みず子先生も海燕でやってたもん。おじさんが持ってるバックナンバーにあったもんね。
「なんだなんだあ」
 砂煙とかあげてこっち来るし。
 しかも超はやい。
 おじさんぶつかって死んだりしないかなあ。
 とかなんとかマドマギちがったドギマギしてるうちにー来た来た来た来たー、北ー! ていうのを前にマージャンしてたとき近所のおじさんがよく北の牌出しながらゆってたっけなあ。
 わあ逃げなきゃ。
 よく見たら集団だし。
 しかも円陣組んで回転しながら走ってくるし。アニメのミスター味っ子かおまいらは! サンライズか! スタンハンセンか!
 まあそんなわけで、ここで5人登場ってわけだあ。
 ホントはおじさんもいるから出すのは4人でいいんだけど、それじゃダークダックスとかボニージャックスとかデュークエイセスとかそういう人たちしか思い浮かばないからなんか懐メロみたいだし5人でいいや。
 どわあああああああああん!
 でも道とかほっそいし。
 逃げ場所ないっぽいし。
 どうすっかあ。
「わあもうだめかあ」
 しょうがないから観念して、購入三年目のガラケー出してダイヤルだぶるわんないんにお電話しよかっかあって思ったの。
 したっけさ。
 急に立ち止まって。
 よく見たら兄弟だったの。
 うち五人兄弟でさあ、おじさん長男なんだけど、ほかの人はみーんな北海道いるんだあ。
 なんでまたこんないきなり東京の貧民層窟に来たんだあ。
 ていうか一人多いし。
 実名出すとアレだから年齢順にY子おじさんK二N美R子の五人なんだけど。
 なんか知らん顔のおじさんがいる。
「どうしたの? ひさしぶりだあねえ」
 すっとんきょうな気分になってたら、一番上のねーちゃんの口が開いたの。
「この人がね、あんたのにーちゃん!」
 聞いたことはあったよ。
 ねーちゃんとおじさんの間に一人いたっていうの。
 子供のころ聞いた話では、なんでも流れちゃったってことで、あーにいちゃんがいたらなあよかったのになあとか思ってたっけなあ。
「おやじとおふくろがウソついてて、実は、生きてたんだよ」
 弟のK二がぼつり。
「あっそうなん? でもわざわざいきなり東京来てまでサプライズってバカじゃないの……驚いたね」
 某名人の口真似をしながら、おじさん思わずゆっちゃったよ。
「私たちもこの人にお金出してもらってこっち来たってわけさあ。紹介するよ、この人がHさん」
「へえ、おっかねもちなんだなあ。かーちゃんとかとーちゃんは?」
「もう旅行とか行くのキツいんだって」
「ふうん」
 親がいないのは残念だったけど、妹二人にあらためて紹介してもらったその人は、おじさんよりかーちゃんに似てて、紅顔の美少年とゆわれた(一回だけ)おじさんにはかなわないと思うけど、まあまあいい男だったあ。
「はじめまして、Hです」
 そっから積もる話いろいろして、なんでもうちがびんぼったれすぎたからどっかに預けられてて、そっからかーちゃんがポンポン子供生むもんだから、その預けられたとこの養子になって子供のころから東京に住んでるんだっていう話だった。
 まあそっからその辺の店でビール飲んだり餃子食ったりしながらいろいろ話して、あっというまに時間が過ぎてったあよ。
 そんでいよいよお別れのときになって、兄ちゃんにあたるHさんにこうゆったの。
「どうもこんな騒がしい兄弟ですけど、もうじきみんな死にますんで、短い付き合いですがよろしくおねがいします。しかし豪気ですねえ4人も呼ぶとは。さっきもゆったけどおっかねもちですねえ」
「いやーそんなことないですけど、せっかくですからね。家も近いしまたあらためて飲みましょう」
「いやーあんまりごちそうになるのもアレだから、てきとうーにそのへんは……」
「まあお金持ちというよりは」
「いうよりは?」
 何でかしらないけど、残りの4人が声をそろえてパンチDEデートごっこしてから、Hさんゆったの。
「越後製菓の切もちって感じですかねえ」
「正解は~、って英樹か!」
 そしてまた五人は円陣を組みながら回転して去ってったとさ。
 元気だなあ。みんなもういい歳なのに。
 いつまでも元気でいるといいなあ。
 
 まあおじさんは、できるだけはやくこの世からいなくなりたいけどね。