一休「お主の生きた業、全てもらい受けよう。儂も地獄に落ちる身。ちょうどよい土産だ」
遠くから馬の駈ける音。青いのぼり旗。
畠山「あの旗は敵軍か」
矢が乱れ飛んで来る。畠山達、馬に乗り、
畠山「都には二度と入るな。目障りじゃ」
と去っていく。一休、森女の体を抱き、
一休「無事か?」
森女「一休様こそ」
一休「たばかったな。目が見えるのだろう」
森女「何も見えぬと信じた方が生き易いのです、親も子も全て奪われた私にとっては」
一休「森女よ、これからは信じてくれるか、お前の中にある仏を」
一休、涙を流す。遠くで戦の物音。
○朱雀門(夜)
平安京の入り口にある大きな門。
大雨だ。周辺には死体や瓦礫の山。
一休と森女、雨に打たれ、歩いて来る。
門に着いた二人、身を寄せ合い、座る。
妙界、歩いて来る。付き添いの小僧、朱い傘と提灯を持つ。
後ろには着飾った僧侶の行列。
妙界、一休を見かけて、
妙界「一休殿。そのお怪我、どうされた?」
一休「つまらぬ戦に巻き込まれてな」
妙界「その怪我でどこに行かれるおつもりよ?」
一休「もちろん都だ。仏を伝えねばならぬ」
妙界「待たれよ。連れの女もひどい怪我だ」
一休「妙界殿、畠山武房と言う男、知り合いか?」
妙界「いや、知らぬな」
一休「そうか、ならよい」
妙界、礼をして歩き出す。
雨が上がる。雲が晴れ、満月が浮かぶ。
一休「我らも行こうか。時は人を待たぬ」
森女、目を閉じ、安らかな顔つき。
一休「どうした? 夢を見ておるのか?」
森女、満月の光を受ける。息はない。
一休、立ち上がり、森女に両手を合わせる。
一休、杖をつき、一人歩き出す。(了)
「三転倒立ライフスタイル」人物表
人 物
蛤 真守(はまぐり まもる)(40)自称タレント
蛤 凛(りん)(14)蛤の娘
蛤 鈴(すず)(69)蛤の母
蛤 環(たまき)(37)蛤の妻・故人
「三転倒立ライフスタイル」本文
○蛤書店・表(夕)
駅前商店街にある小さな書店。
サングラスをかけた蛤真守(40)店の脇に座り、ギターでファンキーな演奏。
蛤凛(14)、制服姿で帰って来る。
凛、怪訝な顔で蛤を見つつ店に入る。
○同・店内(夕)
蛤鈴(69)、カウンターに座り、小説『原発ブラックアウト』を読んでいる。
凛、帰って来て、
凛「おばば、店の前に変なのいるけど」
鈴「ほっとけほっとけ」
凛、外へ。
○同・表(夕)
凛、ギターを弾く蛤を見つめる。
凛「営業妨害です。他行ってもらえません?」
蛤「凛、大きくなったな」
凛「え? 誰?」
蛤、サングラスを外してにやつく。
凛「お父さん!」
蛤、ギターをジャランと鳴らす。
○同・店内(夕)
鈴、電話の受話器に向けて、
鈴「だからそんな男知らないって。切るよ」
と言って切る。溜息。キセルで煙草を吸い始める。
蛤と凛、店に入って来る。
凛「おばば、さっきの変な奴お父さんだった」
鈴「ああ、知ってるよ」
凛「え? 知ってたの?」
蛤「ちょっと世話なるぜ母ちゃん」
鈴「よくまあノコノコ帰って来たなバカ息子。凛、塩まいて追い出しな」
蛤「相変わらず頑固な婆さんだな」
鈴「3年間連絡1つもよこさないで突然帰って来やがって。成功するまで帰って来ないんじゃなかったのか?」
蛤「わかったよ、東京戻ればいいんだろ」
と音楽雑誌の立ち読みを始める。
鈴「お客さん、うちは立ち読み禁止だよ」
蛤「はいはい、すぐ決めますから」
凛、蛤の隣に立ち、
凛「お父さん、小説家なるんじゃなかったの?」
蛤「おお。今も小説書いてるよ。時間的余裕あるからさ、ファンクの演奏も始めたんだ」
凛「え? てことは、東京で成功しちゃった?」
蛤「いやそれがさあ、わざわざ東京で成功する必要ないってわかっちゃったんだよね」
凛「やっぱ成功してないんじゃん」
蛤「今だとネットあるからさ、福島からでも世界に向けて文章や音楽発表できんだぞ」
凛「負けて帰って来ただけだったか」
鈴、蛤に塩をかける。
鈴「ほら、さっさと帰れ」
蛤「客に塩かける店員何て見たことねえぞ」
鈴、ごほごほ咳こみ、その場に倒れる。
凛「おばば、しっかり」
蛤「凛、救急車呼んでくれ」
と鈴の体を抱き抱える。
○病院・鈴の病室(夜)
鈴、ベッドにいる。蛤が入って来る。
蛤「凛はもう家に帰したよ」
鈴「真守の世話なるなんて私もおしまいだね」
蛤「母ちゃん、これ吸ってみろよ」
とキセルを差し出す。
鈴「煙草は吸うなって言われたんだ」
蛤「煙草じゃない。ハーブだよ」
鈴「ハーブって、もしかして危険ドラッグか?」
蛤「違う。ナチュラルハーブ。喉に効くから」
鈴、キセルでナチュラルハーブを吸う。
蛤「凛の面倒は俺が見るからゆっくり休めよ」
鈴「真守よ、本気でこの街で暮らす気なのか?」
蛤「ああ。本屋の店員も任せてくれ」
鈴「じゃあもう小説家なるとかタレントなるとか夢みたいなこと言うの辞めんだね?」
蛤「いいや。それとこれとは話が別だ」
鈴「半端な気持ちで仕事すんならお断りだよ」
蛤「母ちゃん。時代が違うんだよ。今はな、何歳なっても、どこ住んでても夢追っていいんだよ。そういう時代になったんだよ」
鈴「亡くなった環さんのためにも、ちゃんと生きてみろよ」
鈴、キセルから煙を吐き出す。
○蛤書店・店内(夕)
ファンクミュージックのかかった店内。
蛤、カウンターでガムを噛みつつノートPCを操作。
凛、帰って来る。
凛「お父さん、ちゃんと店番してよ」
蛤「してるって」
凛「何それ? 小説書いてんの?」
蛤「電子出版するんだ。凛も読む?」
凛「仕事中は副業禁止」
蛤「おばばだって毎日店の本読んでたろ。どうせ客こないし、ファンキーに行こうよ」
凛「ちょっとはお客さん増やす工夫したら?」
蛤「まあそうだな。おばばだっていつぽっくり行っちゃうかわかんないし」
凛「縁起でもないこと言わないでよ」
蛤「でもさ、環のこともあるし」
とカウンターの奥、茶の間にある蛤環(37)の写真をちらと見る。
凛「全然頼りになんないんだから」
と店を飛び出していく。
○太平洋沿岸・蛤家の跡地(夕)
かつて住宅地だった痕跡のある野原。
中央には東日本大震災被災者の慰霊碑。
海岸の先に廃墟となった原発が見える。
凛、慰霊碑の前に座り、風船ガムを膨らませている。
蛤、やって来る。
蛤「やっぱり、ここにいたか」
凛「お父さん……随分変わったでしょここも」
蛤「3年前、俺達の家がここに建ってたとは思えないな。瓦礫もきれいに片付いたし」
凛「原発、まだ復旧作業中だけどね」
蛤「凛、お母さんに手合わそう」