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襲撃

イントロダクション

「私の名は、ヴォルツガング伯爵。この物語の主人公である。今後、私のことを呼ぶ時は、諸君も私にリスペクト、つまり敬意を払って爵位を付けて呼んで欲しい」

「さて、私がこの物語に登場するのは、だいぶ後半になってからだが、最初に皆さんに対して、少しレクチャーをしておきたいと思う。なぜなら、いきなり本文を読み進むと、子供向きのお伽話かと勘違いする方もいらっしゃるかも知れないのでな」

「この物語の趣旨は、以下の事についてである。少し面倒くさい理屈を述べるが。まあ、本文は先に言ったように、お伽話のように軽いノリで描かれているので、心配は無用である。では、趣旨を説明しよう」

「この世に存在する物は、全て正と負が打ち消し合うように存在している。物理的な世界では、電気的には正の電荷と負の電荷が存在して、互いに引き付け合い、その結果電気が流れる。磁気的にはN極とS極が存在し、同じように引き付け合っている。また、光があり闇が存在する。翻って人間世界でも、善があり悪がある」

「そんな中で、唯一その真理から逸脱している物がある。それは物質世界なのである。この宇宙で我々が知り得る物質は、全て正なる物質だけなのである。それに対し、前出の定理から言えば、この宇宙には必ず負の物質、つまり反物質が存在せねばならない。だが、我々は反物質の存在を知らない」

「また、正の物質とともに、この宇宙に存在する正のエネルギー、(ここではホワイト・パワーと呼ぼう)も存在している。当然、それと相対して、負のエネルギー、(ダークサイド・パワー)が存在せねばならないのに、同じように我々はその存在も知らない」

「だが、心配する必要は無い。ダークサイド・パワーは確かに存在するのだ。儂がこうしてダークサイド・パワーのお蔭で実在するようにな。それをこれから、この物語が明らかにしていくのである」

「ダークサイド・パワーの存在を、身近なところで知らしめるのは、この世に存在する非日常的なもの。例えば魔法使い、オオカミ男、ドラキュラなどは、もしかしたらダークサイド・パワーが生み出した者たちかも知れないのだ。その辺のところは、儂が物語の終わりの方で一気に説明する予定だ」

「まあ、途中で諦めることなく、この物語を最後まで読み進んで、諸君もこの世界の真実の一つを知り、人生をより豊かなものにして貰いたい。では、また逢おう」

 

 

 

襲撃

 満月の深夜。アメリカ合衆国メリーランド州にある、国立衛生研究所(National Institutes of Health、略称NIH)の警備室に、二人の年配の警備員が宿直で泊まり込んでいた。警備室の壁には研究所内に何ケ所にも設置された監視カメラからの映像がモニターに映し出されていた。モニターは何段にもなって壁いっぱいに横に並んで設置されていた。

 二人は壁から少し離れたところに設置されたデスクの前で、モニターが並んだ壁に向かって座っていた。二人は絶えずモニターを見つめていた。

 警備員のうちの一人が言った。

「なあ。相棒よ。俺はこのところいつも考えているんだが」

「なんですか。急に」

「いやな。最近俺もいい年になって子供も独立したから、そんなに生活に追われなくなったんだ。もう女房と二人だけで、なんとか食っていけたらいいかなと思っている。それに、この仕事ももう長い。確かにこの仕事は実入りは良いが、やっぱりこういう夜勤は疲れるからな。収入は減っても、もう少し楽な仕事に移ろうかと思っているんだ」

「そうですか。いや。実は私も同じ考えなんですよ。私には家族は居ませんが、やっぱりもう収入にこだわる必要はないかなと。そろそろ年相応の仕事に移ろうかと思ってるんです。で、先輩には、なにか具体的な計画はあるんですか」

「いや。今は特にないが。とりあえずこの仕事は、今月いっぱいで辞めようと思っている」

「そうですか。でも、急ですね」

「ああ。お前とのペアも今月で終わりになってしまう」

「じゃ。私も今月でいったんこの仕事を辞めて、少し休んだら他の仕事でも探すとしますか。なに。もう、仕事をしなくても生きていけるだけの蓄えはあるんですよ」

「そうか。じゃ、明日の朝、二人してボスと相談するとするか」

「ええ。そうですね」

 

 その後二人はコーヒーを淹れ、くつろぎながらモニターを見つめていた。

 そのうち、一人があるモニターの前を、一瞬ではあるが黒い塊が横切ったように感じて言った。

「おい。今No,18のモニターの前を何かかが横切ったぞ。正面ロビーの入り口をモニターしているNo,18だ」

「どれどれ」

「いや。一瞬で通り過ぎて、もう見えない」

「あのモニターは広角で、結構広い範囲をモニターリングしています。そんな一瞬でモニターリング範囲を横切れるもんですかね」

「分からない。だが、あっという間に通り過ぎたんだ」

「じゃ。ハードディスクのモニターの記録で確認してみましょう。先輩は他のモニターも含めてよく見ていてください」

「了解」

 一人が別のデスクに置いてあるPCでNo,18の監視カメラの映像を、少し前から遡って画面に出した。確かに2~3分前の画像で、何か人のような黒い塊が、モニター範囲を横切るのが確認できた。しかし、モニターは幅20mほどの範囲を映し出しており、人が一瞬でその間を横切るのは不可能かと思われた。PCで確認した男が自席に戻って言った。

「確かに何か人のようなものが横切るのがNo,18に映っていました。でも、あのスピードは人間離れしていますね」

「ああ。確かに」

 その時、別のモニターに同様な黒い影が、もの凄いスピードでモニター範囲を横切って行くのが映し出された。二人は同時に声を上げた。

「見たか」

「ええ。今のはNo,20のモニターだから、ロビーから中に入って最初のエレベータホールですね」

「よし。俺が行って確認してこよう」

 最初に異常を発見した男が言った。男は椅子から立ち上がり、壁に掛けられた研究所内の周回警備用の装備を取り外して身につけた。

 続いて男は別の棚の前に行き、トランシーバーを取り出し、肩のフックに掛けた。そして、カギのかかった引き出しを開け、拳銃を装備した。

「気を付けてください。私はモニターをよく見て、逐次状況を確認しています」

「ああ。頼んだぞ。よく見ていてくれ。俺に何かあったら、その時は頼む」

 そう言って、男は肩のトランシーバーに手をかけ、通話ボタンを押して試験をした。トランシーバーはザッザッと音を出して、異常がないことを知らせた。

 男は警備室から出て行った。

 

 しばらくすると研究所の正面ロビーを映し出しているNo,18のモニターに、部屋から出て行った男の姿が小さく映し出された。男は監視カメラに向かって手を振った。

 トランシーバーから男の声がした。

「今ロビーに着いた。見渡したところ異常は無さそうだ。これからエレベータホールに向かう」

「了解」

 いったん男の姿がモニターから消えた。

 少ししてNo,20のモニターに男の姿が映った。

「今、エレベータホールに着いた。ここも異常無さそうだ」

 男の声がトランシーバーから響いた。

 しかし、警備室のNo,20のモニターに映る男の後ろに、黒くこんもりとした塊が映し出されていた。塊は、どちらかと言うと大柄な警備員の男の背丈より大きかった。

「大変だ。後ろです」

 警備室の男がトランシーバーに向かって大声で言った。だがもう手遅れだった。

「ぎゃっ」

 トランシーバーから男の叫び声が聞こえた。No,20のモニターから人影が消えた。

 

 警備室の男は慌てて立ち上がり、少し離れたところの壁に取り付けられた、非常用回線の電話機まで急いで歩き、受話器を手に取った。自動的に相手を呼び出す音が聞こえてきた。呼び出している相手は最寄りの警察署だった。

 相手が応答するの待っている男は、警備室内に何かの異常を感じた。自分以外に、誰も居ないはずの警備室内に、人間ではない何か他の存在の気配を感じた。それも男の直ぐ後ろだった。

 男は恐る恐る後ろを振り返った。男になにか黒いマントのようなものが被せられた。男は首筋に激痛を感じ、意識を失い倒れこんだ。

 

捜査

 翌朝、NIHの襲撃現場に、アメリカ国家テロ対策センター(National Counterterrorism Center、略称NCTC)の二人の捜査官が派遣された。

 車から降りた二人を、たくさんのマスコミのカメラや、マイクを持ったインタビューアが取り囲んだ。二人はマスコミが邪魔で研究所に向かって、なかなか進めなかった。マスコミのマイクが二人に向けられ、質問が浴びせられた。

「あなた方はテロ対策センターの捜査官ですね。今回のNIHの襲撃がテロと断定されたという事でしょうか」

「所轄の警察署では、まだ何も掴んでいないと言っていますが、テロ対策センターでは何かテロに対する情報を得ているのでしょうか」

「一説には、研究所からバイオ兵器に関する細菌が盗まれ、バイオ兵器によるテロが予想されるという情報もありますが、本当でしょうか」

 二人に次々と質問が繰り出された。二人は手を振って、ノーコメントとしながらなんとか前に進み、研究所のロビーに入った。

 二人のうちの小柄な男が、もう一人に向かって言った。

「ジャック。彼らはどこから我々がテロ対策センターの人間だと知ったんでしょうね」

 小柄で小太りの、日本から研修のために派遣されていた日本人捜査官が、長身で金髪の捜査官のジャックに聞いた。

「なに。うちの所長が今回の事件でうちの名前を世間に知らしめるチャンスだと思って、わざとマスコミにリークしたのさ。俺たちがうまくこの件を解決すれば自分の手柄になるからな」

「そうなんですか」

「ああ。だから出てくる前に所長に挨拶したら、くれぐれもミスをするんじゃないぞと言われてきた」

「なるほど」

「ところでシンベエ。いつも思うことなんだが、お前のその格好は何とかならないのか。その青くダブダブなのに、なぜか足首のところだけ絞ってあるパンツと、同じく青くて前が日本の着物みたいに合わさっているのに、腕の部分は普通のシャツみたいにタイトになっている上着。今はしてないが、それにおんなじ色の頭巾がついて完成なんだろ。その戦闘服は」

「そうです。これが日本の忍者の正式な戦闘服です。私の許嫁のおシゲちゃんの手作りです。これと同じ服があと二着あるんですよ」

「忍者ってのは、敵に見つからないように行動するんじゃないのか。その格好じゃ目立ってしょうがないだろう」

「目立とうが目立たなかろうが、これが私の制服です。これ以外の服装は誰が何と言っても考えられません。それに私が違う格好をしているのを、おシゲちゃんが知ったら、一人前の忍者がなんて軟弱な格好をするのかと叱られてしまいます」

 シンベエが力を込めて言った。

「分かったわかった。まあ。俺としても小柄なお前を、人ごみの中で見つけるのに重宝しているから。まあ、いいか」

 二人は所轄警察の担当官に連れられて、昨日の当直の警備員達に引き合わされた。警備員達は襲撃を受けた割には元気だった。病院にも連れて行かれていなかった。

 警備員達は二人を紹介されると、いきなり話し始めた。

「よお。聞いてくれ。さっきから言っているのに、警察は全然人の話を信じてくれないんだ。さっきから俺が襲われたのが狼男で、相棒が襲われたのがドラキュラだって言っているのに」

「えっ。狼男? ドラキュラ?」シンベエが言い返した。

「そうだ。俺が襲われたのは、この階のエレベータホールだ。相棒が警備室のモニターに俺の背後で大きな影が映ったのを見て、後ろだと言うから俺が後ろを振り向いたら、毛むくじゃらの大男が飛びかかって来て、いきなり俺の首筋に食いついて来たんだ。見てくれ。この首筋に噛んだ跡があるだろう」

 ジャックとシンベエはその男の首筋を見た。確かに犬に噛みつかれたような大きいが浅い噛跡があった。

「でも、狼に噛まれていても、喉は喰いちぎられていないんですね」

 シンベエが言った。

「当たり前だ。首筋を食いちぎられたら、俺はもう生きていないだろうが」

 警備員が怒りを込めて言った。

「失礼しました」

「私のも見てください。この首筋です。私の相棒が襲われたのをモニターで見て、緊急連絡をしようとしたら、後ろに何か恐ろしい気配を感じて振り向いたんです。そしたら誰かに黒いマントのようなものを被せられて、抵抗しているうちにマントが外れて顔が見えました。目が真っ赤に光って、白い牙が生えている恐ろしい顔でした。そしてその口が大きく開いて、白い牙が二本。私の首筋に立てられました。私はあまりの恐ろしさと、首に走った激痛で気を失ってしまいました」

 二人はその男の首筋を見た。

「確かに赤い点が二つありますね。まだ少し血が滲んでいますね」

「そうでしょう。なんといってもドラキュラが私から血を吸ったばかりですからね」

 なぜか男は自慢げだった。

「でも、不思議ですね。ふつう狼男は人間の首筋を食いちぎり、ドラキュラは食いついた相手の血を全部吸い取って、どちらにしても襲われた人間は、生きてはいないんですけどね」

 シンベエいぶかった。

「なんだ。兄ちゃんは俺たちが生きているのが不満なのか」

「いや。そうじゃなくて。もちろん襲われたお二人が無事だったのは良かったですけど」

「だから無事じゃないって。こんだけ怪我しているんだ。一時は意識不明になったんだぞ。さあ。もういいだろう。もう帰らせて貰うぞ。昨夜のことは全て話したんだからな」

「そうですね。お帰り頂いて結構です。ただし、今お二人に話して頂いたことは、まだ捜査中であることと、狼男とかドラキュラとか言うと、国民にいらぬ不安を植え付ける可能性がありますので、マスコミ等には一切お話にならぬようにお願いします」

 ジャックが言って、警備員達に釘を刺してから二人を解放した。

 

 警備員達はその足で警備服のまま、ロビーから外へ出て、マスコミの取材に応じた。

 その日のニュースや翌朝の新聞トップで、警備服姿の二人の大きな写真と共に、NIHの二人の警備員が、狼男とドラキュラに襲われたが、それを撃退して研究所を守ったと報じられた。

 その後二人は、マスコミ各社の取材を受けたり、手記を出すなどして大金を手にして、無事研究所の警備員を退職した。

 世間一般では、狼男とドラキュラの話で持ちきりになり、NIHの襲撃事件は幕を引かれた。

 

 しかし、実際は深刻な事態が進行していた。NIHでは、ある国で起こっていた鳥インフルエンザの蔓延に対し、強毒性のH7N9ウイルスの株を、ウイルスの研究とワクチン製造のために、発生国から提供を受け、5株ほど保存していた。そのうち2株はワクチン製造工程で、増殖装置に移されていたが、低温保存されていた他の3株は、その日の襲撃により何者かにより持ち去られていた。狼男とドラキュラが映っていたとされる襲撃時のモニターの記録も、全館分全て消し去られていた。

 テロ対策センターと警察は、その事実を公表しなかった。

 

 

マジックランド・ショー

 ジャックとシンベエは襲撃犯を追っていた。

 ジャックが運転する車の中で、助手席のシンベエが聞いた。

「ジャック。あの二人の警備員が言っていたことは本当なのですかね」

「狼男とドラキュラのことか」

「そうです。本当に狼男とドラキュラが二人を襲ったのでしょうか」

「分からない。だが、当日の監視カメラの映像が全部消されてしまっているから、あとはあの二人の言う事を信用するしかないだろう」

「でも、かぶり物をしていたとか、何かの仮装だったりして」

「まあ。正体はそんなとこだろう」

「で。これからどこに行くんですか」

「襲撃の当日に近所でマジックランド・ショーと言うのが催されていた。今もやっているので、そこに向かっている。」

「マジックランド・ショーですか」

「そうだ。米国全土を巡回しているショーで、子供相手にマジックショーやオオカミ男やドラキュラのショーを見せているらしい」

「なんか。そのままですね」

「ああ。まさかとは思うが、今はそんなところから当たってみるしかないだろう」

 車は郊外のマジックランド・ショーの会場に到着した。駐車場は無く、周りの広大な空き地に勝手に車を置くようになっていた。

 二人は車を降りて入り口に向かった。入り口には簡単なゲートが作られ、ゲート上に掲げられた看板にはピエロや魔女、オオカミ男とドラキュラの姿が描かれていた。みんな頭が大きく幼い印象で描かれ、子供向きに可愛らしいく描かれていた。

 二人は入り口で手持無沙汰気味に立っていた女性に、身分証を見せて中に入った。

 二人は、まずオオカミ男の館を目指した。マジックランドの中は、平日にも関わらず沢山の子供たちで賑わっていた。近所の学校から大挙して生徒が押しかけてきているようだった。

 そんな二人が後ろから呼び止められた。

「捜査官の身分証で、お金を払わないで入って来たのは、あなたたちかしら」

 二人が振り返ると足首まである黒ずくめの重そうなドレスを着て、黒のマントを羽織り、尖った先が上に反り返った黒いブーツを履き、つばが広く、高く尖がった頂点の先を少し折り曲げた黒い帽子を被った、若い女性が腕を組んで立っていた。片手に魔法使いが持つような、短い杖が握られていた。

「何の捜査か知らないけど、勝手に入って来られると困るんだけど」

「いや。入り口の係の人には断ったんですけど・・・」シンベエが言った。

「嫌ね。あの人はお客さんよ。私がちょっと入り口を離れるので、子供たちが勝手に入って来ないように、見張りを頼んだの。まさか、大のおとなが捜査官を名乗って、タダで入ろうとするなんて思ってなかったからね」

「我々捜査官には、捜査特権が認められているんだが」ジャックが言った。

「だから、捜査って言うけど、何の捜査なの」

「先日のNIHの襲撃事件の捜査です」

「えっ。あれって狼男とドラキュラが研究所を襲ったってやつでしょ。まさか、あなた達はその狼男とドラキュラが、うちのオオカミ男とドラキュラだって言うの」

 魔法使いの格好をした女性が、少し軽蔑を含んだ笑いをしながら言った。

「いや。まだ、そう断定した訳ではないんですが、いちおう確認しておこうと思っての捜査です。関係しそうなものは全て確認する必要がありますから」

 シンベエがきまり悪そうに言った。

「分かったわ。それなら存分に捜査してください。捜査官殿」

 魔法使いは敬礼をして、二人に言った。

「いいわ。そういう事なら、まだ次のショーまで時間があるから、私が中を案内してあげる。私について来て。まず、オオカミ男の館からね」

 女性は先に立って歩いて行った。その周りを子供たちが面白そうに追って歩いていた。ジャックとシンベエは、その後に従った。ジャックとシンベエの周りにも子供たちがついて来た。

 

「さあ。ここよ」

 女性は「オオカミ男の館」と書いた看板が掲げられた、大きなテントの裏口に、二人を案内した。

 三人はテントの幕の端を持ち上げて中に入った。中は真っ暗だった。

「ここは楽屋よ。今日はまだオオカミさんが来て居ないから誰も居ないわ。ちょっと待ってね。今明かりを点けるから」

 そう言って女性はテントの奥の方に姿を消した。少ししてテント内が明るくなり女性が戻ってきた。

「その辺を見てもらうと分かると思うけど、うちのオオカミさんは、かぶり物をした普通の人間なのよ。残念なことにね。これが本物ならもっと沢山のお客さんを呼べるのにね」

 楽屋には、周りに明かりのついた大きな化粧用の鏡と、化粧道具、毛むくじゃらのオオカミのかぶり物などが散乱し、衣装ラックにはオオカミ男の衣装らしきものが何着かぶら下がっていた。

「なるほど」

 ジャックが言った。

「ステージの方も見せてもらえますか」

 ジャックが女性に言った。

「いいわ。こっちよ」

 女性が先に立って、先程姿を消した方向に歩いて行った。二人はその後に従った。

「ここがステージ。客席は50席ほど。昼間は殆どが子供ね。たまにオオカミさんの迫真の演技で泣き出す子もいるわ。とにかくオオカミさんの演技が凄いの。演技だけ見たら本物のオオカミ男みたいよ」

「テントの上は空いているんですね」

 シンベエが女性の話を聞きながら、テントの上部に気付いて聞いた。

「ええ。雨の日は閉じちゃって、中のライトを点けるけど。普段はあのように開けておくの。あそこからの光だけで中が十分に薄明るくなるから、ライトで月だけを描けばちょうど良いのよね。うちは夜の部もあるんだけど、満月の時は開ける方向を調節して、月の明かりが直接差し込むようにするんだけど、その中でやるオオカミさんの演技は、本物のオオカミ男みたいよ。とにかく凄いんだから。結構大人のファンもいるのよ。あなた達もこんど見に来てね。もちろんその時は、ちゃんとお金を払って頂戴ね」

「分かりました。ここはもう結構です。次はドラキュラの館をお願いします」

 ジャックが言った。

「ああ。ドラキュラの館ね。ちょっと今日の昼間は改装中で中を案内することが出来ないの。外からだけでいいかしら」

「改装中ですか。それなら仕方ないですね。外からだけでもお願いします」

 三人はドラキュラの館に向かった。

「ドラキュラの館のショーは、昼間はやってないのよ。以前は、昼間もやっていて、子供がいっぱい入ったんだけど、怖いおじさんが牙を剥いて人間に襲いかかって、体中の血を吸い取っちゃうのを子供に見せると、教育上良くないって苦情が来てね。今は何でも苦情だから、いやんなっちゃうわ。だから、ドラキュラショーは夜だけなの。ドラキュラさんはいつも昼間は来てないわ」

 三人がドラキュラの館の前に着いた。ドラキュラの館は外からの見た目は何も工事をしていないようだった。

「改装は中だけなの。だから中は足の踏み場もない状態なのよ」

 魔法使いの女性はそう言いながら、テントの幕を少し開けて中を見せた。確かに中は足の踏み場も無い状態だった。

「よくわかりました。ところでこのマジックランド・ショーの責任者は魔法使いの貴女という事でよろしいのでしょうか」ジャックが女性に向かって聞いた。

「ええ。紹介が遅れたけど。私がこのマジックランド・ショーの魔法使いこと、責任者のオズよ。よろしくね」

 オズはポケットから名刺を取り出し、黒いマントの下に仕舞っておいた杖を取り出して、名刺の裏にその杖で何か書くような仕草をしてから、ジャックにだけ手渡した。

 受けとったジャックが名刺を見ると、その表にはマジックランドショーの派手な記述と、事務所の連絡番号が書いてあった。裏も見たが何も書いてなかった。ジャックはその名刺を胸のポケットに無造作にしまった。

  ジャックとシンベエはオズに礼を言って車にもどり、その場を後にした。

 

 二人の乗った車が離れていくのを確認して、オズはドラキュラの館へ急いだ。

 ドラキュラの館のテントについたオズは、先程二人に中を見せた場所の反対側に回った。普段は出入りしない場所のテントの幕を持ち上げて中に入った。

 中は真っ暗だった。オズは杖を取り出して、軽く振って杖の先に明かりを灯した。明かりが周りを照らした。そこには怯えた表情の狼男が居た。ドラキュラが入っていて、蓋が閉まったままの棺桶も浮かび上がった。

「もう大丈夫。捜査官は帰ったわ」

「良かった。彼ら何か言ってましたか」オオカミ男がほっとした表情で言った。

「ええ。NIHの警備員があなた達について話していたので、一応うちに確認しに来たんですって。あなた達、あの日、本当に警備室の人たちに何もしなかったんでしょうね」

「もちろんです。僕はエレベータホールで、一人の警備員の人の後ろに立って、さてどうしようかなと思っていたら、トランシーバーから何か声がして、警備員の人がいきなりこっちを向いて、その手に銃が握られていたので、僕の方が驚いてしまって、つい首筋に噛みついてしまったのです。でも、ほんの甘噛みで、警備員の人はその時はもう気絶していました。首筋に付いた跡だって、直ぐに消えたはずです。だから、TVなんかでずっと見せていた噛み跡は、あとから何かで付けたのだと思います」

「そう。で、あなたはどうなの」

 そう言ってオズはドラキュラが入っている棺桶を、杖の先で軽く二度叩いた。棺の蓋がずれて、ドラキュラが上半身を起こして言った。ドラキュラは眠そうだった。

「私だって、何もしていません。私が警備室に忍び込んで、警備員の後ろについて、しばらく一緒に警備室の中を動いていたら、警備員が私の気配に気づいたようで、急に振り返ったのです。そして私の顔を見て、直ぐに気を失って私のマントに倒れ掛かって来ました。警備の人がマントが被せられて、その後わたしの顔を見たというのは順序が逆です。そのままだと警備の人が床に倒れて、頭を打ちそうだったので、私が抱えて助けてあげました。ちょうどその時、警備員の首筋が私の牙の目の前にあったので、ついちょっとだけ牙が刺さってしまいました」

「その時、血は吸ってないわよね」

「ええ。もちろんです。ちょっとだけ私の呼吸に従って、刺さってしまった牙のところから流れ出た血が、私の口の中に入ったかもしれませんけど、その量は、人間がよくやると言う、血液検査で吸い取る程度の血しか入ってません。それにあの警備員の血は本当にまずかったですから、それ以上吸うのは無理でした」

「なによ。血は吸っていないと言っていながら、ちゃんと味わっているんじゃない」

「いえいえ」

「まあ、あなた達がしたことが、あの警備員の人たちがマスコミなんかで話しているほど、酷い事じゃなかったのは分かったわ。でも、捜査当局がここをマークしているとなると、いつまでもここに居るのは無理ね。でも、このショーは私たちには非常に重要な意味を持つショーだから、簡単には止められないわ」

「こんな、子供相手のショーがそんなに大事なショーなのですか」

「もちろんよ。子供相手に私たちの存在を知らしめて、彼らの記憶に私たちが一生残るようにするの。それで世の中から私たちの記憶が消えないようにするのよ」

「そんなことをする必要がありますか」

「いいこと。私たちは子供や大人の記憶の中に、恐ろしい存在として認識されているからこそ、その存在価値があるのよ。世の中の誰も知らない存在なのに、満月の夜中に一晩中吠え続けても、棺桶から出てきて夜明けまで蝙蝠の格好で空を飛んでいても意味がないし、誰もそれを知らないなんて寂しいでしょう。だからこうしてショーを続けて、私たちの存在をアピールしているのよ」

「オズさんの魔法使いは、なぜ知らしめる必要があるのですか。秘密にしておいた方がいいんゃないのですか」

「それは、魔法使いは素敵な存在で、いつかは自分もああいう存在になりたいなと思わせるためよ」

「なんか。オズさんだけ格好良くて、ずるいような気がしますが」

「いいの。男のくせにあまり深く考えないの」

「そうですか」

「ところで、今回の別口のお仕事の件なんですけど。この間私たちがNIHで手に入れて、ルシファーさんに渡したウイルスを、研究する場所が確定したら、またルシファーさんから連絡があるはずなの。その時に、今後私たちがするお仕事の内容が詳しく分かるから、このショーの行く末もその時、また相談しましょ」

「お願いします」二人が同時に言った。

 

 マジックランド・ショーの会場から離れた車の中で、ジャックがシンベエに聞いた。

「シンベエは、今のマジックランド・ショーについてどう思う」

「そうですね。あのオズさんと言う人は、結構綺麗な人でしたね。ジャックは、ああいう人が好きなタイプでしょ」

「そういう事ではなくて、今回の事件と関係がありそうかと聞いているんだ」

「ああ。そういう事なら分からないというが正直な感想です。黒とは言えないが、はっきり白とも言えない」

「なぜ」

「最初のオオカミの館ですが、あそこに落ちていた毛が気になります」

 そう言ってシンベエは懐から紙に挟んだ短い毛を取り出した。

「いつの間に、そんなもの手に入れたんだ」

「オオカミの館に入って、オズさんが明かりを点けに言ったときの、テントの中が真っ暗な間に拾いました」

「よく見えたな」

「私を誰だとお思いですか。本物の忍者ですよ。忍者は真っ暗な中でも、心の目で何でも見えるのです」

「御見それいたしました」

「分かれば結構。ところでこの毛ですが、正真正銘のオオカミの毛です」

「あそこにあったカツラから抜け落ちたものじゃないのか」

「いいえ。オオカミの毛は簡単に手に入らない、非常に高価なものなんです。あんなところで使うカツラを、オオカミの毛で作るのは不可能です」

「そうか。では、あそこをもう少し観察する必要がありそうだな」

「ええ」

「よし。今夜もう一度行ってみよう。今度は入場料を払って、客として入ってショーを楽しむこととしよう」

「賛成。実は僕は子供のころから、ああいう見世物小屋が大好きなんですよ。よく親にねだって連れて行ってもらいました」

 シンベエが嬉しそうに言った。

 二人の車は事務所に戻った。

 

最期のショー

 夕方早めに事務所を出た二人は、一度別れ、それぞれの用事をすませてから再び落ち合った。二人はジャックの運転する車でマジックランド・ショーに向かい、まだ明るいうちに会場の前に着いた。

 ジャックは昼間と同じ格好だったが、シンベエは昼間の忍者の格好をやめ、デニムの上下だった。

「シンベエ。あの格好はどうしたんだ。忍者の戦闘服。あれ以外の格好は軟弱で、許嫁のおシゲちゃんとかに怒られるんじゃなかったのか」

「捜査の必要性がある場合は別です」

「必要性?」

「そうです。内偵捜査の場合は、目立たないのが一番ですから」

「内偵捜査と言っても、昼間自己紹介をしたうえでの捜査じゃないか。それも入場料を払って、シンベエは半分楽しみで来たんだろう」

「とにかく。今回はこの格好がベストなんです」

「分かったわかった。では、行くか」ジャックが言って、入り口の女性に二人分の料金を払い、チケットを受け取った。そこにオズは居なかった。

「オズさん、入り口にはいませんでしたね」

「そうだな。そろそろショーの準備があるんじゃないか」

「では、どこから行きますか」

「チケットと一緒に各ショーの時間割が書いてある紙を貰った」

 ジャックが紙を見て確認した。

「今からだと、オオカミ男のショーから、ドラキュラのショー。そしてオズの魔法使いのショーの順で開催されるらしい。全て今日の最終ショーだな」

「では、向かうのはオオカミ男のテントからですね」

「そうだな」

「ジャックは、先に行っていてください。直ぐに追いつきますから」

 そう言うとシンベエは返事を待たずに、どこかに向かって走って行ってしまった。

 ジャックがオオカミ男のテントの前に着いた。意外なことにテントの前には、入場待ちの行列ができていた。ジャックはその列の最後尾に並んだ。

 そこに、シンベエがやって来た。手にはバケツほどの入れ物に、ポップコーンがいっぱい入ったのを持っていた。

「なんだ。それは」

 ジャックが思わず言った。

「ポップコーンです」

「それは分かっている。なんでそんな物を買って来るんだと聞いているんだ」

「だから、僕は小さい時からこういう見世物小屋が大好きで、よく父親に連れて行ってもらったって言いましたよね」

「ああ」

「その時の必須アイテムが、このポップコーンと大きいカップに入ったコーラだったんです。いや嬉しいな。子供のころに買ったのと同じようなポップコーンが在ったんです。こういうのは昔と変わらないんですね。今、コーラも買って来ますが、ジャックさんも要りますか」

 ジャックはシンベエの喜ぶ様子に、いい大人がなんだと思ったが、少し咽が渇いていたので頼むことにした。

「ああ。頼む」

「分かりました。あっ。お代は良いですよ。僕のおごりですから」

 シンベエは、ポップコーンの入った大きな入れ物をジャックに預け、嬉々としてその場を離れて行った。

 残されたジャックの元に、昼間と同じ格好をしたオズが近寄ってきて言った。

「本当に来てくれたのね。今度はちゃんとお客として入って来たのよね」

「勿論さ。君に敬意を表して、高い入場料を払って入って来た」

「うそ。そんなに高くないでしょ。うちの料金。だってターゲットのお客様は子供達だもの。子供でも少しお小遣いを使うのを我慢すれば、十分うちの入場料は払えるはずよ」

「ああ。冗談さ。あまり安いから俺がシンベエの分も含めて、二人分も払ってしまった」

「あら。あの坊やも一緒なの」

「それを言うと、あいつは非常に機嫌が悪くなる。あいつに対して坊やと言うのは禁句だ」

「あら。いけない」

「坊やと言うのは誰のことですか」

 オズの後ろに、コーラの入った二つの大きなカップを持ったシンベエが立っていた。

「あら。あなたも、いらしてたのね」

「もちろんです」

「それは嬉しいわ。昼間の捜査に続いて、すぐにまた来ていただけるなんてね。ぜひゆっくり楽しんで行ってね。じゃ。私はショーの準備があるから」

 オズはそう言うと、シンベエの前から急いで姿を消した。

 

 オズがいなくなってしばらくすると、オオカミ男のテントの入場が始まった。その頃になると、辺りは大分暗くなっていた。その日は満月だった。

「さあ。いよいよですね」

 シンベエがそう言うと、ジャックより先にテントに入って行った。

 場内に入るとシンベエは、一番後ろの席に座った。

「ここが一番眺めがいいんです」

 ジャックがコーラを飲み。シンベエがポップコーンを頬張っていると、客席が暗くなった。テントの上の解放された部分が電動で静かに動き、会場内に満月の明かりが差し込むように調整された。月はまだ大分低く、会場の一部しか月の明かりは差し込まなかった。

 やがてスピーカーから、オオカミの遠吠えが大音響で流された。子供たちは歓声をあげた。

 スピーカーの遠吠えに混ざって、人間の肉声による遠吠えも混ざり、ステージにオオカミ男が現れた。

 オオカミ男は、まだ変身をしていない普通のやせた若い男で、どこかオドオドした態度だった。声だけは迫力があった。

 変身する前のオオカミ男は、声だけで子供たちを脅かし続けた。しかし、最初は男の声だけで怖がっていた子供たちも、変身する前のオオカミ男の優しげな姿に慣れてしまい。子供たちもオオカミ男に向かって、歯を剥き出し、手の指を折り曲げ、吠えながら襲いかかる格好をした。

 場内のほとんどの子供たちが吠え始めたため、場内は賑やかになり、大人たちの笑い声に包まれた。

 ジャックが気付くと、隣に座っているシンベエも、子供たちと同じ格好をして吠えていた。

 しばらくそんな状態が続いていたが、オオカミ男はとうとうたまらずに、ステージの脇に逃げてしまった。子供たちが喜んで大歓声をあげた。

「オオカミ男をやっつけたぞ」

 そう言って、シンベエもガッツポーズをした。ジャックは首を振ってやれやれという仕草をして、シンベエの持つポップコーンに手を伸ばした。

 

 しばらくして、場内が静かになると、再びスピーカーからオオカミの遠吠えが流された、しかし、今度は先程より低い声で、凄味のある遠吠えだった。

 いつの間にかテントの上部の空いた空間が移動して、満月の明かりがステージの一部に当たり始めていた。場内は一層暗くなった。

 先程と同じように、オオカミ男がスピーカーの遠吠えと一緒に、吠えながらステージに現れた。男の遠吠えも迫力があった。

 今度のオオカミ男はオオカミの被り物をかぶり、先程より背が高く、上半身の筋肉は盛り上がり、背中をまるくかがめていた。その迫力はとても先程の男と同じ人間には見えなかった。

 今度も狼男を撃退してやろうと身構えていた子供たちは、唖然として隣の親に抱き付いた。もう、泣き出しそうな子供もいた。

 シンベエは今までになく真剣に、身を乗り出してオオカミ男を見ていた。

 オオカミ男は吠えながらステージ上を一周して、満月の明かりが差し込んでいるところに来ると、より一層激しく吠えながら、体を前に折り曲げ、何か苦しそうに唸りながら、体をよじった。観客は、気のせいかオオカミ男の体がなお一層大きくなったような錯覚に襲われた。その時には、場内の子供のほとんどが親にしがみついて泣いていた。

 やがて、唸るのをやめたオオカミ男は、満月の光による変身が完了したのか。ステージの上から落ち着いて場内を見まわした。口は大きく開かれ、粗い息遣いで、目は吊り上り、月の光に白い牙がひときわ恐ろしく光った。

 オオカミ男は唸りながら何度も会場内を睥睨した。睨まれた先の大人たちも怯えて、自分の子供をなお強く抱いた。

 やがて、オオカミ男は場内全体を見回すように、大きな声で威嚇して、目にも留まらぬ速さで、ステージの横に消え去った。

 オオカミ男が消えた場内は、子供たちのすすり泣く声だけが聞こえ、しばらく誰も席を立とうとしなかった。場内には満月の明かりだけが煌々と降り注いでいた。

 やがて場内の明かりが灯され、人々は泣きじゃくる子供を抱いて場外へ消えて行った。

「凄い。すごいですよ。ジャック。あれは本物です」

「ああ。確かに迫力があった。あのやさ男があんなに迫力があるオオカミに変身するんだから、あの男は本物のエンターテイナーだな」

「そうじゃなくて、本当に本物のオオカミでした」

「はい。はい。みんなそう思って帰って行ったよ。今日はここに来られて良かっただろ。さあ。次のドラキュラさんを見に行くか」

 ジャックは興奮冷めやまぬシンベエをおいて、ドラキュラの館のテントに向かって歩き出した。シンベエはまだ何か言いたそうにしながらも、ジャックの後に従った。

 

 ドラキュラの館はもう入場が済んでいた。ジャックとシンベエはそのまま場内に入って行った。まだ場内は明るく、ショーは始まっていなかった。

 シンベエがまた一番後ろの席を目指した。二人はそこに座った。

 やがて場内が暗くなり、ステージに棺桶が滑り出てきた。誰も押したりしていなかった。すぐに棺桶の蓋が開いて、黒い燕尾服に、黒いマントをまとった、青白い顔をした男が棺の中で立ち上がった。

「ようこそ。我がドラキュラの館へ。今宵は私。ドラキュラがあなた方を恐怖の底にご案内いたしましょう」

 そう言うと男は両腕を開き、マントを前を開いた。マントの中から無数の小さな蝙蝠が飛び出して、場内を飛び回った。観客の頭や、顔すれすれに無数の蝙蝠が飛んだ。女性は悲鳴をあげ、観客は全員自分の席にうずくまった。

 少しして、元のように全ての蝙蝠をマントの中に収めて、ドラキュラが言った。

「もう大丈夫。もう蝙蝠はもとの洞窟に帰りました」

 ドラキュラがそう言って観客を安心させた。観客が顔をあげると、無数の蝙蝠がドラキュラのマントの中に納まった後だった。あれだけの数の蝙蝠がマントから出てきて、また納まったのが信じられない光景だった。

「さて、私、ドラキュラと言うと、みなさんはとても恐ろしいもので、人間の生き血を吸い、血を吸われた人間をドラキュラにしてしまう。とお考えかと思います。それは本当でしょうか。どなたか私に生き血を吸われてみたいとお思いの方はいらっしゃいませんか」

 ドラキュラは青白い顔に満面の笑みをたたえ、場内を見回した。笑ったドラキュラの顔は一層不気味だった。そのドラキュラと目があった観客は、全員慌てて目をそらした。

「どなたも、いらっしゃいませんか。それは残念ですね」と言いながらドラキュラは棺桶の上に、逆さになって真っ直ぐに宙に浮いた。マントは垂れ下がらずに体にピッタリと付いていた。

 ドラキュラはその状態で空中を歩きながら場内をゆっくりと移動して、観客の一人一人顔の傍に、自分の逆さまの顔を近づけて声をかけていった。

「あなたのようなお美しい女性の生き血が私の大好物なのですが。いかがですか、一度私に血を吸われてみませんか。身が軽くなりますよ。私のように」

「いいえ。結構です」女性は即座に拒否し、ドラキュラの顔から自分の顔を反らした。同行の男性がドラキュラを威嚇した。

「おお。お優しいナイトがご一緒でしたか。なかなか勇気がおありのナイトですな。しかし、私が本気を出せば、いくら男性でも一瞬にして生き血を吸いつくせるのをご存知ですかな」

 その言葉を聞いて同行の男はたじろいだ。しかし、女性の手前男は一歩も引く訳にはいかなかった。男の顔が紅潮した。

「なるほど、ご自分の命より女性を守ろうとするのですな。分かりました。あなたのその勇気に免じて、他の方を探すとしましょう」

 ドラキュラは場所を変えた。先程の女性はあまりの恐ろしさに、男の肩に顔をうずめて泣いた。

「僕でどうだ」

 シンベエが立ち上がって言った。ドラキュラは逆さまのままシンベエに近づいた。シンベエをまじかで見たドラキュラが言った。

「ごめんね、ぼく。一応候補は大人の人と決めているんだ。特に若い女性にね」

「なに! ぼくだって」シンベエが怒り、ポップコーンの入れ物をジャックに渡してから、懐から何かを取り出して、ドラキュラに襲いかかろうとした。ドラキュラが逆さづりのまま、一瞬身構えたが、直ぐに普通の格好に戻った。

「止めとけ」ジャックがシンベエの腕を抑えて言った。

「でも」

「今日の目的を忘れたか。ここで、もめ事を起こしてどうするんだ」

「くそっ」シンベエはジャックからポップコーンの入れ物を奪い取り、椅子に座って、やけになってコーンを食べ始めた。

 ドラキュラは、何事もなかったように、その後もいろいろな女性に声をかけながら、場内を逆さのまま一周し、ステージに戻った。あちこちでドラキュラに声を掛けられた女性が泣いていた。

「どうやら。今日は食事にありつくのは無理なようなので、諦めるとしましょう。では、次に私の変身する姿を幾つかお見せしましょう」

 そう言うとドラキュラは逆さづりから元に戻り、空中に浮かんだまま、マントで自分を隠した。マントは地上に落ち、後には白い煙だけが浮かんでいた。

白い煙は、意志があるように塊のまま場内の空中を一周し、ステージの裾に消えた。少しして、ステージにドラキュラが戻ってきた。

「いかがでしたか。今のは私が煙に変身をしたところです」

「ただのマジックじゃないか。白い煙は、どうせドライアイスか何かで作ったものだろう」シンベエが野次った。

「なんと。私の変身をマジックとおっしゃるのか。マジックには必ずタネがあるもの。そうか。私の変身にはタネがあるというのだな。これは私に対する侮辱である。よろしい。では、次の変身をなんとする」

 そう言うと、怒ったドラキュラはマントを使わずに、そのまま一匹の蝙蝠に変身して宙を飛んだ。人々は目を疑った。目の前で人間が蝙蝠に一瞬で変わってしまったのだ。

 場内はざわついた。

「どうですかな」空中に舞った蝙蝠が喋った。

「キャー」場内がパニックになった。人々が出口に殺到した。自動的にショーは終了した。

「シンベエいい加減にしろ」

 テントから出てジャックがシンベエに言った。

「いや。これで、確信が持てました。ドラキュラも本物です」

「そりゃ。そうだ。あんなマジックを見せられれば、奴が本物のマジシャンなのは誰にでも分かる」

「だから。そうじゃなくて」シンベエはジャックに詳しく説明しようとした。

「もういい。さあ、最後にあのオズの魔法使いを見に行くぞ」

 ジャックはシンベエの説明を遮り、オズの魔法使いのテントに向かって歩き出した。ジャックは、追いついたシンベエのポップコーンに手を伸ばした。入れ物はもう空だった。

「もう無いのか」

 ジャックがシンベエに言った。

「ポップコーンだって、いつまでもある訳ではありません。待っててください。もう一つ買って来ますから」

 シンベエは機嫌を直して、ポップコーンを買いに行った。ジャックは先にオズの魔法使いのテントに向かった。

 

 オズの魔法ショーのテントは、小さな子供連れの親子でいっぱいだった。

 ジャックは一人でテントに入り、どうせシンベエがそうするだろうと思い、一番後ろの席に座った。そこにシンベエが新しいポップコーンの入れ物を持ってやって来て、ジャックの隣に座った。

 直ぐにショーは始まった。場内は明るいままだった。

 オズが先程と同じ黒いマントをまとった格好で、箒にまたがり、短い杖をゆっくりと振りながら、宙を飛んでステージに現れた。オズはそのまま場内の空中を一周した。オズが傍に来ると箒の前と後ろに、細く光る釣り糸が見えた。

「今度は、ちゃんとタネがあるみたいだな」ジャックがシンベエに小さな声で言った。

「まだ、分かりませんよ」珍しくシンベエが真剣な表情で、オズを目で追いながらジャックに応えた。

 ステージの上に戻り、箒から降りたオズがみんなに挨拶をした。

「みなさん。魔法使いオズのショーへようこそ。今日はマジックランド・ショーの最期のショーまでお付き合いいただき、ありがとうございます。さあ。これからタネも仕掛けもないマジックをみなさんに見て頂きます。楽しんでいって下さいね、」

 露骨に細い釣り糸で吊り下げられた箒を見て、観客から失笑がもれた。オズはその失笑をまったく意に介さないように続けた。

「さて、次に私たち魔法使いと言えば毒入りのリンゴが有名よね。では、お客さんの代表の方に毒の入ったリンゴを、空中を遊泳させて手元までお送りして、そのまま差し上げることにします」

 オズは懐から中ぐらいの大きさのリンゴを一つ出した。

「さあ。誰かこの毒入りのリンゴを食べて、今夜ぐっすり眠りたい人はいますか。あっ。大丈夫。明日の朝には目を覚ますように、毒の強さは調整してありますから」

 場内の子供が一斉に手を挙げた。だれも本当に毒が入っているとは思っていなかった。

「では、そこの前の女の子。あなたにあげるわね。では、今からこのリンゴが空中を舞って、あなたの手元にいくから待っててね」

 オズはリンゴを左手で持って、右手で杖を振ってリンゴに呪文を掛けた。一瞬リンゴがオズの左手から離れたように見えた。場内に驚きの声が上がり始めた。その瞬間、オズのマントの下からたくさんのリンゴがステージ上に転がり出た。

「あら。呪文を間違えたかしら」

 ステージには10個以上のリンゴが転がった。場内は笑いに包まれた。

「はい。では、さっき手を挙げてくれた人全員にリンゴを差し上げます。みんなステージに上がって来て、落ちたリンゴを持って行ってね」

 オズは先程の女の子のところに歩いて行って、自分が持っているリンゴを手渡してから言った。すぐにたくさんの子供がステージに上がって来た。ステージにあるリンゴは全て拾われ、マントから転がり出たリンゴだけでは足りなかった。

「はい。まだ、リンゴを手に入れてない人は、こちらに並んでね」

 オズは子供たちを並ばせ、一人一人に自分のまとったマントの中からリンゴを取り出して手渡した。ステージに上がった子供たち全員にリンゴが行き渡って子供が全て自分の席に戻り、ステージの上に静寂が戻った。

「ごめんなさいね。こんな予定じゃ無かったんだけど。でも、欲しい人全員にリンゴが渡ったからいいわね」

 オズは目の前の小さな男の子に同意を求めた。男の子はおいしそうにリンゴを食べながら頷いた。

「さて、ではマジックに戻りましょうか。今度は、綺麗なマジックをお見せしますね」

 そう言いながらオズはマントの下から、ハンカチ程度の大きさの赤い紙を取り出した。そのまま赤い紙を小さく千切りはじめた。

「この小さく千切った赤い紙の破片を、空中に飛ばします」

 そう言って、千切った赤い紙片を両手で包んで、両手を上に振り上げ、紙片を上に飛ばした。

 赤い紙片は、テントの空中高く、勢いよく上がって行った。不思議なことにその数は、飛びながらどんどん増えているようだった。

 オズは短い杖を右手に持って、空中に舞う赤い紙片をその先で指し、ゆっくりと空中に向けて杖の先で円を描いた。赤い紙片の塊は、杖の先の動きに従って、テント内の上空を円を描いて飛んだ。

 場内に驚きの声と、拍手が起こった。ジャックは人一倍大きな拍手をした。

 それに気づいたオズが、ジャックに向かってウインクをした。ジャックはオズのウインクに喜び、なお一層大きな拍手をした。オズがにっこり笑った。

 続いてオズは、円を描いて飛行を続ける赤い紙片の塊に向かって杖を突き出し、何かの呪文を唱えた。

 赤い紙片は、全て白い蝶に変わった。白い蝶がテント内にあふれた。

 場内は割れんばかりの歓声に包まれた。

 白い蝶たちは、好き好きな方向に飛んだ。

 オズはまた何か呪文を唱えた。

 空中の白い蝶が動きを止めた。

 三度、オズが呪文を唱えると、空中に制止した白い蝶の色が赤く変わった。そして小さな赤い塊に変わり、バラバラと観客の上や床に落ちてきた。

 落ちてきたのは、赤い紙で包まれた小さなイチゴのキャンディーだった。

 最初、落ちてくるものに驚いていた観客だったが、それが小さなイチゴのキャンディーだと気付くと、子供たちを中心に我勝ちに拾い集め始めた。場内は騒然とした。

 一通りキャンディーを広い終わり、場内に落ち着きが戻った。

 その様子をステージの上で見ていたオズが言った。

「さて、楽しんで頂いてますでしょうか。では、このショーの最期のマジックです。今度は、先程のオオカミ男の館でのショーでオオカミになってしまった人を、私の魔法で人間に戻します。今オオカミ男さんがステージに出てくるけど、大丈夫。ちゃんと檻に入れてあるし、私の魔法でおとなしくさせといたからね」

 オズはまた目の前の男の子に同意を求めた。男の子は訳が分からなかったが元気に頷いた。オズが男の子にウインクをした。

 オズがステージの脇に合図をした。ステージ上に大きな檻が姿を現した。中には先程のオオカミ男が、眠ったように静かに横たわっていた。檻を押して出て来たのはドラキュラだった。

 一番前の男の子はオオカミ男の大きさに驚き、そのまま動かなくなってしまった。

「さて、このオオカミ男さんは、先程のショーの途中で満月を見て、本当に変身してしまいました。いつもなら被り物でショーを進行するのですが、本当にオオカミになってしまったので、ショーは打ち切りになってしまいました。でも、かえって迫力があって面白かったでしょ」

 オズは一番後ろに居るジャックに同意を求めた。ジャックがうれしそうに大きく頷いた。

「でも、このオオカミ男さんをこのままにしておくと、一晩中この格好のままで、お家に帰れなくなってしまうから。今から私の魔法でもとに戻します」

 オズがドラキュラに合図した。ドラキュラは大きく真っ赤なカバーの端を持って、ゆっくりと宙に浮かんで檻の上を飛び、赤いカバーで檻全体を覆った。檻の中は、全く見えなくなった。そのドラキュラの動きに場内は拍手をした。

「今のドラキュラさんが宙を飛んだのも、私の魔法ですからね」

 オズがすかさず自分の魔法を売り込んだ。

「では、本日最後のショーの最大の見せ場です。オオカミ男さん元に戻ってね」

 オズは赤いカバーが掛かった檻に向かって杖を振った。

 赤いカバーを持ち上げていた檻が無くなったようで、カバーはステージ上にふわりと軽くゆっくりと落ちた。最後に人間が横たわったような膨らみを残して、赤いカバーはステージ上いっぱいに広がった。その膨らみは先程のオオカミ男の躯体より、はるかに小さいものだった。

 オズがまたドラキュラに合図した。ドラキュラは両手で赤いカバーの端を持って、カバー全体を上に舞い上げた。カバーが空中に舞い上がり、ドラキュラがそれをステージの裾に引っ張って行き、ステージ上には横たわる若い男だけが残った。檻は無かった。

 オズが横たわる男に近づき、杖の先で突ついた。若い男の意識が戻り、男は驚いたように起き上がった。男はオズの顔を見て安心したように言った。

「ここは?」

「私のショーのステージの上よ。今あなたをみなさんの前で人間に戻したの」

「そうですか」

 若い男はぼんやりした顔で場内を見回した。会場は大きな拍手で包まれた。

「凄いすごい。オオカミ男の被り物は良いとして、あのデカい檻をどうしたんだ。これは本物のマジックショーだぞ」

 珍しくジャックが興奮していた。

「だから、みんな本物だって。さっきから言ってるでしょ」

 シンベエが少し怒って言った。

「さあ。みなさん今日のマジックランド・ショーはこれで全て終了しました。これからテントの外で、人間に戻ったオオカミ男さんと、ドラキュラ、そして魔法使いの私が、みなさんをお見送りいたします。握手もOKですよ」

 場内は帰り支度をする観客で賑わった。シンベエは真っ先に出口に向かった。

 少しして、準備ができたのかテントの入り口の幕が両側に大きく開かれた。その片方に被り物を取ったオオカミ男、ドラキュラ、オズの順で並んでいた。子供たちが中心になって三人に握手を求めていた。

 男の子に一番人気があったのはオオカミ男で、女の子にはオズが人気だった。ドラキュラはなぜか大人に人気があり、握手を求められていた。しかし、ドラキュラは女性以外に対しては、おざなりな握手しかしなかった。

 その様子を確認して、シンベエがまた場内に戻った。そこに残っていた男の子三人に、半分ほど中身が残っているポップコーンの入れ物を渡して、何かを頼んで出口に戻った。

 ジャックはすでに出口の列に並んでいた。

 ジャックの横にシンベエが並んだ。

「どうしたんだ」

 ジャックが聞いた。

「いや。ポップコーンの入れ物を処分していたんです」

「そうか」

 出口の列が進んで、オオカミ男の前ににジャックが立った。

「いや。素晴らしかった。オオカミ男さんのショーも見させて頂いたが、あの迫力はどう見ても本物のオオカミ男ですな。それに、一番圧巻だったはあなたが人間に戻る今のマジックでした。あんなに大きな躯体がこんなに細い体になってしまうのには驚きました。それに、あの大きな檻が無くなるなんてね。あの檻はどうなったのですか。ちょっとだけタネを教えて貰えませんかね。いや後学のために。えっ。ダメ。やっぱりね」

 ジャックが饒舌だった。なかなかジャックが前に進まないため、シンベエがその後ろでイライラしていた。ようやくジャックがドラキュラの前に移った。シンベエがテントの奥に向かって何かを合図してからオオカミ男の前に立った。

「いや。今日は素晴らしいショーを見せてもらいました」

 シンベエが話している後ろを、シンベエから貰ったポップコーンの入れ物を抱えた、先程の3人の男の子のなかで一番小さな男の子が走り抜けた。

 その後ろを少し大きな男の子二人が、追いかけて来た。二人はシンベエの背中に、体当たりをして通り過ぎた。オオカミ男と握手をしようとしていたシンベエは、思わず前によろけて、オオカミ男の腕にぶつかった。

「いや。失礼」

 シンベエがオオカミ男に謝った。

「いいえ」

 オオカミ男が応えた。

 

 ジャックとシンベエが一通りマジックランド・ショーのメンバーと話を終え、車に戻り、ジャックが車を発進させた。他の客の車は殆ど居なくなっていた。

 運転しながらジャックが何か嬉しそうな顔をしていた。助手席のシンベエがジャックに聞いた。

「ジャック。何か嬉しいことでもありましたか」

「いや。なんでだ」

「だって、さっきから何か嬉しそうですよ」

「そうか。実はさっきオズと話したら、ぜひまた俺に会いたいって言っていたんだ」

「そうですか。それで今度って、いつ会うんですか」

「いや。特に約束はしていない」

「じゃ。もう会えないかも知れないじゃないですか」

「そんなことはない。会いたくなったら、またショーを見に来ればいいだろ」

「ジャックは、気が付きませんでしたか」

「何にだ」

「何って、我々が帰るころには、あのマジックランド・ショーの至るところに荷物がまとめられていたでしょ。あれって、もうあそこを引き払って、何処かに行ってしまうってことじゃないですか」

「えっ。そんな荷物なんかあったか」

「ありましたよ。メインのテント以外は昼間より少なくなっていたし、売店も減っていました。二度目にポップコーンを買いに行ったときは、ほとんどの売店が片づけられていました。」

「そうか。じゃ。早速明日にでも、もう一度行ってみるか」

「いや。おそらくそれでも手遅れでしょう」

「なぜ」

「なぜなら。彼らは本物のオオカミ男であり、ドラキュラであり、魔法使いだからです」

「確かに彼らは本物さ。さっきから本物のエンターテイナーだって言っているだろう」

「そうじゃなくて。エンターテイナーとして本物じゃなくて。僕は本当に本物のオオカミ男とドラキュラ、それに魔法使いだって言っているのです」

「そんなバカな」

 ジャックが驚いて言った。

「いいえ。たとえばこの毛を昼間見せましたよね」

 シンベエはポケットから紙に挟んだオオカミの毛を見せた。

「ああ。オオカミ男のテントの中で拾った、本物のオオカミの毛だろう」

「そうです。そしてこれが先程、私がよろけた振りをして、人間に戻ったオオカミ男の腕から抜いた毛です。これを見比べてみると全く同じなのが分かります」

 シンベエが、もう一本の毛を取り出して並べた。

「何だって」

 ジャックが慌てて車を止め、シンベエの持つ毛をよく見た。

「確かに、同じに見える」

「見えるのではなく、まったく同じものです。オオカミ男はオズさんの魔法で檻が無くなった時に、確かに人間に戻りましたが、まだオオカミのままの毛が腕とかに残っていたのです。最初に出口に行って見たときに、それがあることが分かったので、中に戻ってそこにいた子供たち三人に頼んで、僕がオオカミ男と握手をする瞬間に、私に体当たりをして貰い、よろけた振りをして腕から毛を抜いてきました」

「そんなことを、していたのか」

「ええ。それにドラキュラですが、僕が血を吸われる人に立候補をしたときに、逆さづりのままで、僕に近づいて来ましたが、その時にはいっさい空中に吊り下げるためのワイヤや、釣り糸などは見えませんでした」

「余程、細い糸を使ったんじゃないか」

「いいえ。どんなに細い糸でも忍者の僕の目は誤魔化せません。それに僕がドラキュラに襲い掛かろうとしたときに、一瞬ドラキュラが身構えましたが、その時のドラキュラの衣装の揺れ方がごく普通、つまり逆さじゃなくて、普通に立っているときの衣装の揺れ方をしていました。糸などで吊っていたらそんな動きはしません」

「他には」

「はい。ドラキュラが短気を起こして、人間から一気に蝙蝠に変身しましたね。マントを使わずに」

「ああ。シンベエの野次に怒ってな」

「ええ。マントがあると変身して残った衣装などを、マントと一緒に誤魔化すことが可能ですが、あのように何も残さずに蝙蝠に変身するのも不可能です」

「じゃ。オオカミ男とドラキュラは本物の化け物だというんだな」

「オズさんも本物の魔法使いです」

「オズもだって」

「ええ」

「どうして」

「オズさんが黒いマントの下から幾つもリンゴを落として、子供たちに拾わせましたね」

「ああ」

「そして、その後子供を並ばせて、一人に一つずつリンゴをあげましたね」

「だから?」

「ジャックはあの時オズさんが、全部でいったい何個のリンゴをマントの下から出したと思います」

「何個だ」

「35個ですよ。それも結構大きめのリンゴをね。いったい35個ものリンゴをどうやってマントの下に隠すんですか」

「・・・」

 ジャックが黙ってしまった。

「それに、あの赤い紙片が白い蝶になって、そして最後にイチゴのキャンディーですからね。あの魔法には僕も驚きました」

「だが、最初の箒に乗って現れたときはどうする。露骨に釣り糸が見えただろう。他の観客だってそれに気づいて、みんな笑っていたじゃないか」

「それは、タネのあるマジックはそのタネを隠そうとし、本当にタネも仕掛けも無い魔法は、わざと在りもしないタネをばらすのです」

「なぜ、そんな必要があるんだ」

「それは魔法使いが、オオカミ男やドラキュラと違って、噛みついたり、血を吸ったりするだけじゃなくて、何でも起こすことが可能だと思われているからです」

「どういう意味だ」

「つまり、本当に魔法が存在すると分かってしまうと、何でも魔法使いのせいにされる可能性があるからです。良いことも悪いことも。どちらかと言うと悪いことが起きたときに、魔法使いのせいにされるのでしょう」

「でも、さっきのオズが本当に糸で吊るされていたとしたらどうする」

「それはあり得ません。なぜなら、いくらオズさんが女性で体重が軽いとしても、あんな細い釣り糸では、何十本も用意しないとオズさんを吊り下げるのは不可能です。それにジャックはあの釣り糸の先がどこにも繋がれていなかったのに、気付かなかったですか」

「なに。どこにも繋がれていなかったって」

「ええ。真っ直ぐ上に引っ張られてはいましたが、その先はどこにも繋がっていませんでした」

「という事は」

「もう。疑いの余地はありません。オズさんは本物の魔法使いです」

「しかし、彼らがみんな本物だとしても、なぜあのマジックランド・ショーを急に中止しなければならないんだ」

「それは、我々が捜査に行ったからです」

「捜査に行ったらいけないのか」

「ええ。恐らく彼らがNIH襲撃の真犯人だからです」

「そういう事か。我々の追及が迫っていたから。それも一日に二度も捜査に訪れたからだな」

「そうでしょう。今頃は慌てて引越しの準備をしていますよ」

「よしっ。直ぐに引き返してオズに真相を確かめよう」

 ジャックは車を反転させて、マジックランド・ショーに引き返した。

 

 ジャックとシンベエがマジックランド・ショーに戻った時には、もうそこは普通の平らな広場に戻っていて、人も資材も何も無くなっていた。まだ二人がその場を後にして30分もたっていなかった。

「やっぱり」

 シンベエが車から降りて、周りを見渡しながら言った。

「どうなっているんだ。まだ、30分ぐらいしか経ってないぞ」

「おそらくオズさんが魔法を使ったのでしょう」

「そんな。今度また逢おうと言う約束はどうなるんだ」

 ジャックががっかりして言った。

「ジャック。そんなに気を落とさないで。本当にまた逢えるかも知れないじゃないですか」

「いや。もう、駄目だろう。なんて言ったってオズは魔法使いなんだからな」

「さて、ジャック。悪いけど今日は僕をここに残して、車で一人で帰ってください」

「どうするんだ。こんな夜遅くに、こんなところに放っておいたら、家に帰る手段が何もないぞ」

「大丈夫です。僕はなんたって忍者ですからね。ここをよく調べて、何らかの手がかりを探して、彼らを探し出してみせます。何日か掛かるかも知れませんが、必ず彼らを探し出します。ジャックはオズさんにまた会えるように、祈っていてください」

「期待していいのか」

「ええ。オズさんに会うだけではなく、NIH襲撃の目的も聞き出してみせますよ」

「分かった。後は頼んだぞ。連絡を待っている」

 ジャックはシンベエを夜中の広い空き地に残して、車を発進させた。

 ジャックの車を見送ったシンベエは、空き地の中のマジックランド・ショーがあった辺りの中心に立った。シンベエは暗闇の中で地上に目を凝らした。

(タイヤの跡が四つあるから車が一台と、二個しかないのもあるからバイクも一台あったな。それ以外は何もないな)

 そう思いながら周りを調査したシンベエはある結論に達した。

(車のタイヤの跡の深さから乗っていたのは人間二人と、なにか重そうな荷物。つまり、ドラキュラとオズさんが乗って、そこにドラキュラの棺桶を載せていた。棺桶がないとドラキュラが今日寝るところがないからな)

(バイクのタイヤの跡の幅が大きくて浅いことから、バイクは大型。身軽な人間が一人だけ乗っていた。バイクが発進したであろう場所のタイヤが空回りしたような跡になっている。そしてその横にある靴跡の大きさから、乗っていたのは男。つまりオオカミ男が乗っていたのだろう。タイヤの跡が空回りするような発進の仕方をするから、オオカミ男は結構飛ばし屋で、バイクに乗り慣れているのだろう)

(他に資材などを運ぶためのトラックなどのタイヤの跡が無いことから、資材はオズさんが魔法で何処かに片づけた)

(よし、今夜この辺を走り去った大型バイクを探そう。それも結構スピードを出していたはずだから目立っていたはずだ)

 そう確信したシンベエも、その場を後にした。

 

 

 

 


この本の内容は以上です。


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