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理解とコントロール


キーワード:

理解とコントロール、

物理的実在と理想概念、

ものの変化と細分化

TOEは完成してしまってもいいのか?

無矛盾性と論理と因果関係

食べ物のたとえと近似モデル、

生物学とカルマ

ピンカ―の、感覚の科学的推論への転用

S≒O

 

 

 

 

   まず話のわかりやすさのために、S (subjct、主体)とO (object、客体) を仮定します。そしてSとOとで,それぞれ理解可能性をみていきます。
Sに近い学問とはなんでしょうか?例えば哲学である。Sに近い学問は比較的分析が少なくてもすむ。 Oに近い学問のとはなにか? たとえば物理学である。Oは分析が多い、つまり複雑である。

 

「もうなにも勉強することないんじゃないか~」、といった若い方も、一応理解拡大の提案
があるので、最後の章だけを参考程度に読んでもいいかもしれない。

 

  

                 Oから見ていこう。

 

 

理解するとはなにか?たとえばファインマン物理学〈1〉力学に書かれているところでは、 


      ・実験物理学 実験し、洞察し、演繹し、新しい法則を推測する。 

      ・理論物理学 洞察し、演繹し、新しい法則を推測する。 (引用*1)

 

とありますが、これを、
・実験物理は、実験し観測する。名前をつける。最終的に数値に還元する。生活用品に応用する。
・理論物理は、実験家がやってくれたものから、モデル(数式の方程式)にする。

たいていは作業量のために分業するものだと思うが、ここではわかりやすさのために、実験物理家が数式モデルも含めて、なにもかもやるとします。 リチャード・ファインマンは「僕は自分が作れないものは理解できないんだ。」と語った。体験型である、とも言えます。彼は実験も数式の理論も両方やったので、数式モデルを作れれば、理論物理も「理解した」とします。

次に、言語の研究者の姿勢には幾つかのタイプがありますが、それは次の 1 と 2 とに大別できます:

1. 行為論指向: (コトバがどういう実体をもつかは基本的に不問にして) コトバがどう使われるかに関心を寄せる研究。

2. 実体論指向: (コトバがどう使われるかは基本的に不問にして) コトバがどういう実体をもつのかに関心を寄せる研究。 (*2)

この文章の分類のわかりやすさのために、物理学の理解したい動機をラフに、

 

     1.コントロールして、使用、利用可能性も見る(実験したり、数式モデルを作るファインマン氏)
     2.名前をつける、(観測するファインマン氏)

という上記の言語学の2大動機に対応させる。

これが O、客体を理解することとする。
そしてSとO の方面に、理解、コントロール可能性を見ていく。 これがこの文章の主旨です。


1
最終更新日 : 2014-01-24 15:26:13

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究極的な答えの例

 

 

どこから初めても同じこと。そこへ私はいつか再び帰り着くであろう. (パルメニデスの詩より。)

 


さて、では一つの完成した、無矛盾の究極を理解してみよう。 ここは読んでも読まなくてもいいです。

(参考 URL:[岡崎『プラトンの『パルメニデス篇』における「第一の仮定)」
http://libdspace.biwako.shiga-u.ac.jp/dspace/bitstream/10441/5358/2/HIKONE%20RONSO_287-288_057-077A%20okazaki.pdf] )

             補足すると、もしそれ自体で分離されている「一」(一は、数の一でも、独立した点でも、
             線でも、群の元でも、ZFC 公理の集合の元 x でも、龍樹の自性でも、なんでもよい、

             独立したもの。)があるならば、
             第一の仮定 **その「一」があるならば、その「一」はいかなるものでもない。**
             なら、その一はかつ、「一ではない」。一は存在しない。そのために、
             **ないものはない。**(第一の仮定から言える結論。)
             では「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」という問いについてはリンク(*3)
             を参考にしていただいて、ないものはないので、あるものだけがある。
             すると、仮定2の多を含む一、**あるものがある**になる。もしなにか(一でも、
             群の元でも、点でも、)が「ある」ならば、全てを含む「ある」である。


これによってあなたは一つの究極を理解してしまいました。(おめでとうございます。)

どの段階でも、パルメニデスの議論が数学や物理にも適応できる。(龍樹と素粒子と同じである。)初めにそもそも名づけたものを、解体すればいい、とのことなのです。 


しかしさて、あなたは全知だとか、一切知だとかになったであろうか? 「言葉に使用/利用を離れた実体がある、とは考えない」(*1)とあるので、まず、命題論理のように名前をつけきれた、としよう。しかしコントロールは2千年間もできてない。言語学からの定義によれば、全てのコントロールはできてないので、それに対応して、全ての名前もつけきれたり、理解しきれたわけではないだろうと推測できる。
パルメニデスが、「ある」でも「物自体」でも、「実体」でもいいが、全て説明してくれても把握できない。つまり交感できないとでもいいますか、ようするにわかっても、いまいちうれしくないのだ。

これについては再度、TOE のところでみていく。
次に、変化の矛盾と、細分化のできなさ(名づけきれなさ)をみてみる。


2
最終更新日 : 2014-01-20 15:45:05

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