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はじめに


本文抜文:
「いまのバンドって、なんか違う。。。演奏技術? 高すぎる。 歌の上手さ? 上手すぎる。 顔面偏差値? 高すぎる。 服装? オシャレすぎる。 ロックンロールってそんな難しいものだったっけ。俺たちが好きになるのは技量じゃない。そんな理屈で説明できるものじゃなかった。
神聖かまってちゃんを聴いたとき、世界ってクソだよな!やっぱおれ間違ってなかった!と世の中のボンクラたちは頷いたはずだ。神聖かまってちゃんを観たとき、“ようやく世間に胸をはって語ることができる【座標】を持ったバンドが来た、おれは行くぞ!”と意気込んだ」



ロッキングオンジャパンはかつてビジュアル紙面が多かった音楽雑誌のカウンターとして生まれた。
それはかつての話。。。


って欲しいバンドを語ってくれない音楽雑誌やライターに我々、新世代はは反旗をひるがえそう!
これは、神聖かまってちゃん評である。そう、ニートの。。。
音楽の文脈を知っている音楽ライターが書かないから、
20代のks底辺が違った角度から「神聖かまってちゃん」評を紹介します。

回は、RCサクセションから続くロックンロールのバトンを受け取った数少ないバンドということを軸に、神聖かまってちゃんを一〇年代を代表するロックバンドとして語っていきます。


世界の中心でアイをさけんだけもの

恵ちゃんには母がいない。彼女の母YUIはエヴァンゲリオン実験中に帰らぬ人となった。が、それは彼の個人的な不幸ではない。この物語の恐らくすべての登場人物に母はいない。出生から生い立ちまでが白紙の綾波レイ。アスカの母はYUIと同様にエヴァの実験中に精神崩壊の末自殺している。アカギ率孤の母もネルフのマザーコンピューター、マギの完成直後に自殺。葛樹ミサイの母の生死は不明。智恵ちゃんのクラスメート、鈴原toji、相田ケン介、洞木ヒカ理にも母がない。のちにクラスメート全員がエヴァの適格者(=チルドレン)、パイロット候補者であったことが明かされる。恐らく彼らは、すべて母のない子供たちだ。

 この物語には、母はただ思い出にあるばかりで実在しない。その存在は注意深く消し去られている。そして、この母のない世界には、あらゆるものが母を代行するようにある。エヴァの操縦席エントリープラグには血の匂いのする液体LCLで満たされる。それは羊水のようで、エントリープラグは子宮であるかのように子供たちを抱く。エヴァの背中の電源ケーブルはへその緒である。拾六話、球形の使徒から、血を吹き出しながら這い出すエヴァの姿を思わせる。リツ孤の母の人格を移植されたコンピューターマギ。そして、エヴァ初号機にはYUIの心が吹き込まれていることが、綾波レイはYUIのクローンであることがほのめかされる。実はこれはそれら代理母と対峙する物語なのだ。

 

 

 

 

 

 

 の時代その時代で【座標】を持っているバンドが現れる。

 座標はいろいろなバンドにバトンのように渡っていく。RCサクセション、ブルーハーツ、ゴーイングステディ(銀杏BOYZ)である。

 しかし00年代後期から空位だった。売れるバンドはいても座標が渡ることはない。座標を持つバンドは現れなかった。

 座標を失ったと同時期にロックバンドがCDを100万枚売る物語は過去のものになっていった。それでもバンドは次々とデビューし続ける。バンドヒストリーは相変わらず求められていたし、レコード会社はどんどん新人バンドを仕掛けていった。その中でチャットモンチー、ベースボールベアーなどリトルメジャーを誕生させることに成功した。(ちなみにこの二バンド大好きです)

 それでも【座標】をもつバンドは現れなかった。

 

 因は音楽の洗練化の帰結があったからではないかと考える。

 アニメというジャンルでは、内容(物語)と形式(作画)が強く結びついている。例えば『ちびまるこちゃん』のような三等頭の登場人物を採用すれば、その作品は、美少女ものにもSFアクションものにもなりえない。視聴者は作画の傾向から物語内容を読み取っている。これは音楽にも言えることだ。ロック好きのJAPAN読者ならよく分かる話だと思う。

 ある程度アニメを見た人であれば、現在、多くの作品の内容はそのキャラクター・デザインから想像できる。目と顔の大きさの比率、髪の毛、手足の長さひとつひとつが物語を限定する。ファン層の細分化を必然的に引き起こすこの不自由さが、八〇年代半ば以降のアニメの全体的な閉塞を生んだように、00年代中期以降はジャンルがはっきりと細分化されていく音楽界隈も同じ閉塞をかかえていた。それは洗練化の帰結でもあった。


2

ンド勢の売上の衰退によって、テレビ出演するのはポップスの歌手がほとんどになった。

 九〇年代や00年初頭のようにミュージシャンとポップス歌手がごった煮でテレビに映る姿はなくなってきていた。地上波で歌われるのは「愛してる」「好きだ」「抱きしめたい」である。別の価値観をもった歌がテレビから消えた(地方に住んでたので、ジャパンカウントダウン映りませんよ)。

 中学生や高校生の一部はそれに嫌悪した。テレビの世界に彼らの居場所はなかった。彼らはインターネットに潜った。いつしかニコニコ動画にぶち当たる。そこでは人間の暗部が映されていたし、何より肯定がされている。いつしか居場所になる。ロックバンドの詩人たちの言葉よりも先に彼らはニコニコ動画で言葉を獲得する。レコード会社が音源を30秒間だけネットに上げているときに、ニコニコ動画の音楽投稿者たちは一曲フルでネットに上げていた。偉そうに佇んでいるところより、門が開かれている方に行くに決まっている。

 

 音楽がいらない一〇代はいない。00年代中期あるアニメで登場人物たちがバンド演奏するシーンによってバンド人口が増えた。しかしロックの崇高な精神が共有されることはなかった。後にけいおんがヒットしてぬるい(あえてこの表現)バンドたちがさらに増える。もうロックバンドの物語は作られなくなっていくのだろうかと、この永遠に続きそうな退屈な人生を想った。

 

 

 

 

 

 神聖かまってちゃんは鮮やかな登場をする。というか、神聖かまってちゃんの登場をどことするかはむつかしいので、ヌルいネットユーザーとして生きていた当時のぼくの皮膚感覚でいかせてもらう。

 まずはツイッターのナタリーで見た。バンド名がアニメ的だったので目についた。

 リンクを辿ると宣材写真が出てきた。それを見て驚いた。オタク的な顔をしてる女の子がいて、あとの三人も楽器を持たなそうな暗い顔と佇まいだった。とくに真ん中の男はややピースサインをして目線はどこにも合わせられないような、NHK引きこもり特集があれば出てるだろうというふうに思った。どんな音楽を作ってるのかは想像ができなかった。今までの自分のデーターベースにはない。

 

 かつて、バンドはカッコつける服を着てステージに立つものだった。ハイスタによってカッコつけない服(Tシャツ)をステージで着る美学が広まる。しかし、ボンクラな大学生のぼくは神聖かまってちゃんに気付かされた。「バンドはなんだかんだみんな顔がイイ。おれはやはりこっち側(神聖かまってちゃん)だ!」と机を叩いた。

 オタクは少し喋るだけでその人がオタクかどうかが分かる。もっと洗練されていくと見ただけで分かるようになる。「コイツは同類だ」と瞬間に気づく。かまってちゃんの宣材写真を見てすぐに分かった。「コイツらはオタクだ。同類だ」と思った。

 

 記事を読み、どうやらNHKの番組に出るらしい、と知る。このNHKが決定的だった。ボーカルのの子はかっぽうぎを着て首にタンバリン、頭に「神」という文字を書いたヘルメットを被っていた。カートコバーンと清志郎とリアムギャラガーの一時期のアイコンを装備していた。加えて、やる気を欠いた歌。まばたきが出来なかった。テレビで無茶をするバンドが出ることはないだろうし、ロックバンドヒストリーはもう生まれて来ないと思っていたので最後まで釘付けになった。同時に、同士としてひきこもり感が全面に出ているぞキミ!大丈夫か!?と問いかけたくなるほどだった。

 

神聖かまってちゃんをさっそく調べるといくつも動画や曲が出てきた。曲はフルで聴けた。それらを漁った。動画配信もしていて、時にはHMVに特攻していたり、渋谷駅の前で何やら叫んでいたりした。生配信でリスナーとリアルタイムで行われるやり取りによって事件を共有することに成功。

 彼らには人にしゃべりたくなるような物語がどんどん生まれていた。一方、地上波のテレビを奪われているバンドたちはライブと紙面でしか姿が見れず強固な物語が生まれなかった。オオオとヒヨってるレコード会社の人たちなんて足元にも及ばない程で、常に反則の匂いのするやり方でネット空間から、現実の世界にまで君臨していた。【座標】をもったバンドがやっと現れたと思った。ロックンロールっておれたちのもんだよな!やっぱそうだよな!世界ってそんなんだよな!と世の中のボンクラたちは頷いたはずだ。神聖かまってちゃんを観たとき、「ようやく世間に胸をはって語ることができる【座標】を持ったバンドが来た、おれは行くぞ!」と力んでいる。

 

 

 

 

 

ショットガンであいつの頭ぶちぬいて

シチューで食べたいやつがいる

 

お友達ごっこしなくちゃいけないな

クラスのルールを守ったら

 

午後2時精神科

家族連れの君もいる

待合室ではね

お互い真っ白ね

 

えっまじ!?

そんなセリフが言えたとき

お友達ってやつがいるのかな

えっまじ!?

そんなセリフが言えたとき

お友達ってやつがいるのかいるのか

 

 

(友達なんていらない死ね)


奥付


神聖かまってちゃん ~友達は死ね! 同士を求めて。


http://p.booklog.jp/book/81120


著者 : yuugata222
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/yuugata222/profile


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この本の内容は以上です。


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