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その1


 ざっ!

ローランデは茂みに力尽くでギュンターに連れ込まれ、眉を寄せた。
以前のローランデなら、間髪入れずに腹を殴ったのに……。


自分に両手首掴まれ、俯くローランデを、ギュンターを見つめて言った。

「…あれは、無いだろう…?」


ローランデは意味が、解っていた。
ギュンターと階段ですれ違い様、挨拶をされて視線を外し、返事をせずにその場を、去った。

「…周囲の奴が、何かあったのかと聞いてきたぞ?」

ローランデは俯いたまま、どうしていいのか解らなかった。
ギュンターにそんなに間近に顔を寄せられただけで、あの唇の感触や、肩や、逞しい胸元や……中に入ったギュンターの熱く固いもの迄も鮮明に思い出し、体が勝手に火照って足がすくんでしまう……。

「……そんなに、恥ずかしいのか……?」
ギュンターが、驚いたようにつぶやく。

ローランデは自分がどんな顔をしているかなんて、知らなかったが、ギュンターはため息を付くと、真っ直ぐ見つめ、言った。

「…ローランデ。お前が俺のものになったと、皆に言う」
それがあんまり唐突な言葉でギュンターの顔があんまり真剣な武人の顔で、ローランデは暫く、ぴんと来なかった。

「皆に…言う…………。言う?!
どうしてそんな必要がある…!」

ローランデは意味が解り始めた途端、驚愕し叫んだ。
が、ギュンターは真顔だった。
「俺以外の狼にお前を喰わせる気が俺に、無いからだ!」
「…ギュンター…意味が、解らない……」

ギュンターは、困ったようにローランデを見て言った。
「自分で、気づかないのか?
今だって俺に手を掴まれただけで、真っ赤だ……。
それに、あの試合だ。
どれだけ腑抜けていたか、解ってないのか?
……あんなに俺を意識されちゃ、何があったか語るに落ちるだろう?」

「…………………」
ローランデは呆然とした。
そして必死で首を横に、振った。
「お前の女だと言われるのは、嫌だ……・!」
泣きそうな表情だったが、ギュンターは素っ気なく自分を認めた。
「気持ちは解る。俺は不摂生だしな…。
だが他の男に強姦されるのと、どっちが嫌だ?」
「ご…強姦するのはお前くらいだ………」
「ローランデ。お前、隙だらけだろう…?」
「隙………?」
「…女みたいだと言われても、仕方無いって事だ」

ローランデは俯き、また真っ赤に成った。
「…そんな風にしたのは俺だから、責任は取る…。
噂が広まったら、そうだと言え。
お前に俺を取られたと馬鹿な事言う奴が居たら、言ってやれ…!
ギュンターは私にベタ惚れだとな!
解ったか?」

ローランデにはちっとも、解らなかった。
確かに……。
確かに昨日剣の一斉訓練でまた、試合をした。
ギュンターと決着がついていないと言われ、周囲は大いに盛り上がった。
上級はギュンターを。下級は自分を……。
まるで代表選手のように応援した。

…だがローランデはギュンター相手に思い切り、剣を振る事がどうしても出来なかった。
ギュンターと体面する度、裸の彼と肌を合わせた事を思い出す。
そして、された事も……。

あんな事をされて、思い出すなと言う方が無理だった。
だがギュンターは咄嗟の彼の剣に、その胸を飛び込ませた。
足が、滑ったようなふりをして。

皆が、ローランデの様子がおかしいと気づき始めた時だった。
ギュンターが胸を切り、出血が激しかったので試合は中断された。
一応刃は潰してあるから、そんなに出血する事がある筈無い……。
ギュンターが体ごと剣にその身を、思い切り投げなければ。

だがその騒ぎで試合はまた、決着がつかないままと成り、ギュンターは足を滑らそうが俺の負けだと傷に手を当てて叫び、皆は納得しなかった。

ローランデはどうしていいのか、解らなかった。
ギュンターに気を取られていた。
が、気づくと目前の彼が消え、剣にごつい、手応えを感じた事しか……。

ローランデは身が、震った。
お前を泣かせた償いはする…。
あれが、そうなんだろうか?

その後階段で姿を見かけた時元気そうで、傷の具合を、訊ねるつもりでいたのにいざギュンターを見たら……。
つい顔を背けてその場に、居られなかった。

ローランデは言うだけ言って去ったギュンターについ又、傷の具合を聞きそびれた事を思い出していた。


 直ぐだった。
ギュンターが足を滑らし怪我を負ったのは、ローランデと関係を持ち、その愛しい彼にどうしても思い切り剣を振り入れる事が出来ず、わざとしたんだと…。
そしてギュンターはローランデにぞっこんで、この先幾度試合をしても彼に剣が向けられないから、一生負け続けるだろうと聞いている全員の前で、はっきりそう言ったと………。

更に、ローランデは自分の大切な想い人だから、ちょっかいかける奴は自分が相手になると、公言したとも………。
皆がローランデを見たが、誰もがギュンターをぞっこん惚れさせた相手として、彼の事を見た。

何人かは、大人しそうな高潔な顔をして、あんな遊び人を落とすだなんて実は寝室では凄いんじゃなのか?と、皮肉を言う者が居た。
が、ギュンターを敵に回す気が無いようで、せいぜい言葉を投げかける程度だった。

その後また、訓練の時監督生のギュンターを見た。
ギュンターは直ぐローランデを見つけて見つめ、ローランデは目を、伏せた。

廊下でもすれ違ったが、興味津々の上級生がローランデをからかうように見つめ、ギュンターも彼を、見た。
その男らしい美貌と、王冠のように顔を被う金髪をなびかせたギュンターの颯爽とした立ち姿が小憎らしいくらいで、ローランデはつい目を伏せた。

がギュンターは連れの同級達に、怒鳴った。
「…ローランデは俺にとって特別だ…。
ヘンな目で、見るんじゃない…!」

顔を上げると、周囲の者にそう釘を差すギュンターは凄まじい“気"を放ち、皆が途端好奇の目を引っ込めた。

言い放ったギュンターはローランデを見つめたが、ローランデは、俯いた。





その2

 噂が派手に広まり切ったものの、ローランデは相変わらずギュンターに出会っても彼を、直視出来なかった。

ローランデは大抵、あの優等生がどんな風にギュンターの寝室で過ごしたのかと伺い見る、好奇の視線に晒されていたから余計に。

ローランデは下級生に呼び出され、宿舎からかなり離れた休憩用のコテージへと導かれた。
友達がここで怪我をしたと言われて。

「…ここかい?」
が、彼を呼んだ一年は
「な…中で…切って…血が…動けなくて…」
と言い、ローランデはその怯えた様子を怪訝に思ったが、扉を開けた。

玄関ホールにあたる場所には誰も居ず、もっと奥へと進むと広間の扉奥にチラと覗える金髪のその姿を見つけ、つい足が止まる。

扉越しに近寄って見ると、ギュンターだった。

ローランデが驚き、目を見開くと背後に気配あり、咄嗟に振り向くと四年のガタイのデカい猛者が立ち塞がって、中へ入れと促すように迫り来る。
背後から押されるように扉開け、ローランデは室内へと進んだ。

その今は使われていない講堂は、ガランとしてだだっ広く、埃がそこらかしこに白く積もっていた。

中央にギュンターが。
その両側にグーデン配下の四年の男達が二人。
ギュンターの腕を掴み、両側から短剣を突きつけていた。

ギュンターの正面に、教練のボスであるオーガスタスと敵対する、「左の王家」の腐れ男で教練一嫌われ者、グーデンがいる。

グーデンはギュンターが来る前迄教練一の美貌を誇っていた。

が、ギュンター編入後注目を全部ギュンターにかっさらわれ、顔を潰す目的で幾度も猛者差し向けたものの、今だギュンターの顔は綺麗なまま。


更に自分が愛玩していた美少年達もがこぞって自分よりギュンターを選んでギュンターの元に駆け込み、この黒髪を背に流すターコイズの瞳をした、背もそれ程高くなく軟弱な体躯で顔だけがそれは自慢の、王族をひけらかす嫌味な男は腸が煮えくりかえっていた。


グーデンは背後から配下の男にせっつかれるように室内へ進み来るローランデに、振り向き笑う。

「…ギュンターは言い張っている。
君と一夜を過ごしたと。
まあ私から見ても君がもう、男を知っているとは思う……。
随分色気が、出てるようだし?
で?この男の言ってる事が本当なら、君の方も彼が……」

グーデンはギュンターの顔を、さも削ぎ取りたいように、両側から腕を掴まえられて短剣突きつけられ、動きを封じられてるギュンターをにんまり笑って見つめ、手に持つ短剣を持ち上げるとギュンターの頬に押しつけた。

「…とても好きな筈だ……。
だってこの男ときたら、君に手出しする奴は自分が相手になると豪語してる。
さて……。
と言う訳で我々も君を、是非とも賞味したくてね……。
だって君と来たら下級では英雄だし、とても食事出来る相手じゃないと思っていたのにギュンターが…。
それは美味しそうに、調理してくれた。
今の君は、私が見てもとても……美味しそうだよ」

ローランデはその時、初めて彼らの意図が解った。
が、ギュンターは笑い、静かに言い放つ。

「…そいつで俺の顔を裂きたいんだろう?
だが俺が醜男になったらお前はどれだけ俺よりモテても、昔綺麗だった俺にはどう頑張ったって勝てないから奥の手を使った卑怯者。という汚名を着るな。
その、あんたの自慢の、自前のツラではどうしたって俺には勝てなかったと。

…そう認めるから俺の顔に傷付けたいんだろう?」

ギュンターの、勝ちだった。
王族の誇りを何より気遣うその男はそれを聞いた途端、憮然として短剣をギュンターの顔から、外し降ろしたから。

ギュンターは拉致されているというのに顔色も変えぬまま、グーデンに顔向け、告げる。

「ついでに言っとくが、ローランデは別に俺に惚れちゃいない。
どれだけ俺が血を流そうが、お前らの言う事なんて黙って聞くか!
どれだけの手練れを相手にしてると思ってる?
とっととお前らを伸して、逃げ出すに決まってる!」

が、グーデンは言った。

「お前を見捨ててか?
試そうじゃないか…」

グーデンはさっ!と、その早く振り下ろしたいと思っていた短剣を、ギュンターの腹に振った。

ギュンターが一瞬身を揺すって前に屈み、顔をゆっくり上げると、グーデンを睨む。

白いシャツが切り裂かれ、血が滲んでいた。

グーデンは傷の具合を見つめ、呻く。

「使い慣れてないから、思ったより浅いな。
もっと……こうか!」

振り上げ、ギュンターの白いシャツの腹を思い切り払う。

ギュンターは瞬間肩を揺すったが、顔を伏せたままその攻撃の痛みを又、耐えた。

今度はもう少し深く入った。
傷は前に付いた傷と真ん中近くで長くクロスし、細く赤い傷が覗き、だらり垂れた白いシャツを赤く、染め始めた。

ローランデが目を、見開く。
ギュンターはきつく眉を寄せただけで、呻きすら発しない。

ローランデがそっと…呟く。
「……丸腰の相手に、卑怯だ………」

がグーデンはその言い分を聞くとローランデに振り向き、笑った。

「じゃあ、もっと優しいやり方にしよう…。
ギュンターは君との試合で傷を作っていたな」

グーデンはギュンターの両側でその腕を捕まえていた二人の男に頷く。
彼らはギュンターのシャツを取り除け、その胸を晒した。

ローランデは瞬間、息を飲んだ。

逞しい右胸から斜め下腹にほぼ一直線、長く赤い、まだ治りきっていない抉れたような深い傷跡が、くっきりと、目に飛び込んで来から。

あの…練習試合で、ギュンターがローランデの動揺を見かね、試合を終わらせる為ローランデの剣先に自ら飛び込み、つけた傷跡だった。

その下、引き締まった腹の中央近くにクロスした、グーデンの付けた細い傷があり、血が滴ってはいたが、上の治りかけの傷に比べればグーデンの付けた傷は、ほんの掠り傷に見えた。

ローランデは震える手を思わず口に当る。

…試合が、中断される筈だ……。
こんなひどい傷では……。

彼は自分の付けた傷を初めて目の当たりにし、口に当てた手の震えが止まらず、もう片手で握って抑え、目を、伏せた。

「さて………」
グーデンはローランデの様子を満足げに見つめながら、壺から白い粉を取り出し、ローランデの目前で掴む拳を掲げて見せる。

「治りかけの傷に塩を塗ったら、さぞかし痛いだろうな? 」

ローランデの、目が見開かれた。

両脇の男達が短剣を片手に、もう片手でギュンターの腕を逃げない様、しっかりと捕らえる。

ギュンターはいっそうきつく腕掴み短剣突きつける両側の男らを、金髪揺すって見つめる。

「……止めろ!!!」

…が、叫んだのはローランデの方だった。

ギュンターはその紫の瞳で真っ直ぐ真正面に居るローランデを見据え、怒鳴る。

「こいつらにも俺にも付き合う義理は無い。
とっとと逃げろ!」

グーデンはその口を閉じさせようと、いきなり傷に塩をなすりつける。

「…………っ!」

ギュンターの、体がびくん!と大きく跳ね、肩を揺らし前に頭深く垂れる。

両脇で腕を捕まえている男達が、暴れる体を逃がすまいと、力を込め引き戻す。

ギュンターは眉しかめ、痛みに震える、唇を噛んだ。

がグーデンはそれは楽しそうにその傷の表面についた塩を更に手で傷の奥迄擦り込むと、途端ギュンターが激しく上体揺らし、がくがく肩を揺り顔を、下げた。

「…っ……く…っ…!」

屈む、その体が激痛に震える。

ローランデが、嗚咽を漏らしそうなその口に手を当て見守る。
が口に当てた手の震えが、止まらない…。

グーデンはそれがとても気に入ったらしく、嬉しそうに笑うと更に壺から塩を両手に取り、その傷全部に擦り付けた。

瞬間、ギュンターは両脇を押さえる男達を跳ね除ける勢いで上体を激しく揺すった。
ローランデの眉が、悲鳴をこらえるように寄る。
両脇の男達が必死で暴れるギュンターの体を、遮二無二押さえつける。

塞がった筈の胸の抉れた傷口から、また血が、滲み出した。

金の髪で隠れ、ギュンターの表情は見えなかったが、顎が震え痛みを、こらえるようにきつくきつく唇を噛みしめていた。

その痛みは想像を絶するように思えたが、ギュンターはそれでも痛みを押さえ込むように力を込め続け、顔を、上げない。

ローランデはそんな彼の様子に、眉をきつく寄せ声を殺し見つめ続ける。

グーデンが微笑を浮かべ、ギュンターの表情を見ようと屈む。

がギュンターは顔を伏せたまま、微かに震える声を絞り出す。

「…馬鹿か…お前……。
ローランデは俺に惚れてないと、言ったろう……」

ひどく痛むのか、肩でもう一息付くと、体の震えを必死で止めようと力込め、続ける。

「…俺なんか置いて、とっくに逃げてるに決まって………」

体を前に折り、身を深く屈めそう告げるギュンターを、グーデンは見つめる。

ギュンターは真ん前に居るグーデンが、忍び笑いを漏らすのを洩れ聞く。
つい嫌な予感に襲われてギュンターは、金の髪を散らし肩を揺すり億劫そうに、顔を、そっと上げた。


今だグーデンの後ろに有る正面のローランデの姿が視界に飛び込み、ギュンターは驚愕に目を、見開いた。

ローランデの、口に当てた手は小刻みに震え、ギュンターは切なげに眉を寄せる。

ローランデの青い瞳は大きく見開かれて潤み、ひどい衝撃を受けているようで、上級相手に怯まぬ強さを見せた凄腕の剣士の、面影すら今の彼に無い。

ギュンターの受けた傷の衝撃に動けず、逃げる意思すら見えなくて、ギュンターの、顔が苦しげに歪む。

ギュンターはひきつる傷の痛みに辛そうに、息を一度吸い、それでも肩を震わせ、腹の底からローランデに怒鳴った。

「…何してる!
付き合わなくていいと、言ったろう?!
…とっとと、行け!」

雷鳴のごとく怒鳴るが、ローランデの足は動く様子が、無い。
怯えたようにギュンターの胸の、血の滴る傷に目をやり…辛そうに眉を寄せ、震える手で口元を抑えたまま、気遣う視線を向ける。

グーデンは笑い、そんなローランデに手の平に塩を乗せて見せた時、口元に当てた手を下げ、ローランデはそっと目を伏せ、俯いた。

ギュンターは信じられないと言う表情で、呆然とローランデの、大人しく俯く白く綺麗な顔を見つめる。

グーデンが、それを見てローランデの後ろの男に合図を送ると、ローランデは大人しくその男に腕を掴まれ、グーデンの真ん前に連れて来られた。

ギュンターの、眉がきつく寄る。
グーデンが、俯くローランデに笑った。

「…言うことを聞く、様子だな?」
ローランデは言うグーデンを見ないまま、掠れた声でつぶやく。

「…私をお前達の、好きにしていい………。
だから………」

そして彼はその端正な、白い面を上げた。
泣き顔のように歪んだ表情だった。

「…もう、止めろ……!」

ローランデの声は掠れ、震えていた。
ギュンターが、瞬間凄まじい勢いで前に身を突き出し、両脇の男が、ぎょっ!として必死にギュンターの腕掴み押さえ込む。

その激しい動きに、傷から血が空に迸り散る。

ギュンターは憤怒の表情を見せ、そしてありったけの力を込め、怒鳴りつけた。

「………に……げろと言ったろう!!
俺に犯された癖に……!
義理なんて、無いはずだ!
ローランデ!!!」

ギュンターの声は獣の咆哮に似た凄まじい怒声で、だがグーデンはチラとギュンターの怒りの表情を見ると笑い、俯くローランデに腕を回し、人形のように大人しい彼を抱き寄せ、そして頭の後ろに手をやり顔を上げさせると、顔を傾けて目を閉じるローランデに、被さって口付けた。

「…………………っ!!!」

瞬間ギュンターは痛みを忘れたようにいきなり肩を思い切り前に突き出し、両脇の男の腕を、激しく払った。

グーデンがその凄まじい怒気を発するギュンターに思わず顔を上げる。ロ
ーランデも、グーデンのその様子に気づいて瞬間、進み来るギュンターを見た。

ギュンターがそのままグーデンの方へ進もうとするのを止めようと、腕を振り払われた右側の男が必死で前へ回り込み、咄嗟短剣を、進むギュンターに突き出した。

グーデンも…ローランデもがそれを見た。
銀に光る刃が、ギュンターの脇腹に突き刺さるのを。
突いた男ですら、あっけに取られた表情で。

だが突かれたギュンターだけは、男の手を思い切り腕を振って払いのけ、短剣をさっと引き抜き、途端血が、溢れて滴るにまかせ短剣をからんと音を立てて床に投げ捨てる。

無表情で呆然と自分を見つめているグーデンとローランデの間に、体毎のし入ってローランデを背に回し、正面のグーデンを凄まじい表情で睨め付ける。

グーデンは目をまん丸にし、まだ正面塞ぐギュンターの脇腹から流れ出る血に、視線落としていた。

が、ギュンターは目を剥きグーデンを怒鳴り付ける。

「…切れ!」

その怒声でグーデンは目を見開き、顔上げる。
が、今だ自分の手に持つ短剣に気づき、柄を握り直し、振り上げたものの凄まじく睨み付けるギュンターの、その断固とした覚悟ある表情に怯み、その手は宙を彷徨う。

はだけた胸に、横に広がる長く深い抉れた傷口に今だ塩の粒が張り付き血が滲み塩を赤く染め、腹にも二カ所の自分の付けた浅い傷を負い、今脇腹にも新たな傷で血の滴る、壮絶なギュンターの様子につい、喉がごくりと鳴り、手が止まる。

ギュンターはグーデンの戦意喪失した様子を目に、金髪を揺らして静かに告げた。

「……なら、失敬する。
ローランデは連れて行く。文句があるんなら……」

グーデンが、ふいにギュンターを見上げる。

「………俺を殺してみろ………!」

血に塗れ、ギラリと光る眼孔で睨み付けるギュンターはあまりにも迫力で、さすがのグーデン配下らもその足を、止めたまま固まった。

ギュンターは振り向き、ローランデの背に腕を回すが、ローランデはギュンターを見つめ、泣きそうな表情で小声で叫ぶ。

「…止血しないと………!」

ギュンターは腕に抱くローランデを見ないまま、苦虫を噛んだ表情で、静かに怒鳴り返す。

「後だ!」

講堂を出、背後、がらんとした廊下を歩く間、追っ手の足音は聞こえず、ギュンターはそのままローランデの肩を抱き、引っ立てるようにそのまま玄関広間を抜け、外へと連れ出した。



その3




「………痛く……ないのか……?」

歩き続けるギュンターに縋るような瞳を向け、ローランデが震える小声でそう尋ねる。

ギュンターが思わず振り向くと、愛しい白面が自分を心配げに見つめていた。

ふいにいきなり、ギュンターはローランデの正面に身を寄せローランデの両方の二の腕を掴み、そっ…と顔を寄せてその唇に口付ける。

ローランデはあんまり突然でびっくりし、暫くされるがままだったが、覚えのあるギュンターの唇の感触や被さるその気配にいきなり、彼と裸で過ごした一夜を思い出し、心臓が跳ね上がる。

が、ギュンターは以前隙を見せると公衆の面前ですら舌を入れようとしたのに、今はただ、そっと唇を重ねるだけ。

ギュンターがそっと顔を離す。

ローランデが見上げると、ギュンターの青冷めた美貌が覗き込むように少し、悲しげに見つめていた。

が、ギュンターは屈めていた身を起こし、粗雑にローランデの腕を引くと先に進むよう促す。

…ようやく宿舎近くに来た頃は皆がぎょっとし、血まみれのギュンターと、その腕に掴まれて引き立てられるように蹌踉めき歩くローランデの姿を、見た。

ギュンターはローランデの腕を掴んだまま、声を掛けようとする見知り数人の横を通り過ぎ、人が彼に何事かと寄り始めその数が増えてようやく、足を止めてその掴む腕を放し、ローランデに振り向き見つめ、言葉を放つ。

「…部屋に戻れ」

ローランデはさっと背向け、行こうとするギュンターの肘を必死で掴む。

「…手当てに、立ち会う……今度は!」

ギュンターは振り向き様凄まじい瞳で睨み付け、二人を取り巻く大勢の物見達の前で大声でいきなり、ローランデに怒鳴り付けた。

「…惚れたお前の前で、無様な姿さらせるか!」

言われてローランデはぎょっ!とする。

途端群れる人だかりの後方から声が、した。

「…だろうな。
もうとっくに限界を超えてるんだろう?」

…教練のボス、四年のオーガスタスだった。

たっぷりの赤味がかった栗色巻き毛を肩の上に揺らし、誰よりも長身で威風ある体格のその男は、笑った。
彼が笑うとその親しみやすい鳶色の瞳も伴って途端、チャーミングでキュートに見える。

長身のギュンターより更に長身。
広い肩幅を持つ、人好きのする大らかなその男は人垣を掻き分けるとギュンターの、横に立つ。

そして血だらけの腹と殆ど気絶寸前な程青いギュンターの顔を見、つぶやいた。

「大した気力だ。
…だが惚れた相手の気を引くのにローランデの前で気絶するのも、テだと思うが」

が、ギュンターは首を、横に振って俯く。

「…俺のやり様じゃない」
「だが手ぐらい貸してもいいだろう?」

そう言ってオーガスタスは手を差し出すが、その手を、ギュンターは思い切り叩き払退け怒鳴る。

「今手を借りたりしたら、気絶するじゃないか!」

皆、血塗れの壮絶な姿のその男の気迫に思わず唾呑み込む。

が、怒鳴られたオーガスタスは顔色も変えず、平静に尋ねる。
「歩けるのか?」

「…まだな!」
真っ青な顔色で、ギュンターはそれでもさっさと診療室へと歩いて行く。

オーガスタスがローランデに肩をすくめて見せ、そして二人してギュンターの後に続いた。

「…飽きずに、面白い男だ」
オーガスタスの呟きに、ローランデが途端切ない表情をする。
それを見てオーガスタスは前を歩くギュンターに、思わず怒鳴る。

「…お前が言ってる程、嫌って無い様子だぞ?」
ギュンターは振り向かないまま怒鳴り返す。
「…だから、血まみれなんだ!」

オーガスタスが声をひそめた。
「…誰がやった?」

背後からの声に、がギュンターは振り向かず歩も止めず言い返す。
「……ローランデを、味見したい奴だ」

「グーデンか………。
お前、あいつのペットを相当数寝取ったろう?
あっちは仕返しのつもりなんだろうよ」

「ああ!悪いのは全部俺だ!
この流血も全部自業自得だ!」

「…だ、そうだ。
君が姿を消さないと、奴は気絶出来ない」

オーガスタスに言われ、だがローランデはそれは戸惑う表情を見せた。

長身のオーガスタスはローランデに屈むと、そっと囁く。
「…その角で隠れてろ……」

ローランデはようやく、その言葉に頷く。

ローランデが渡り廊下の柱の影に身を潜めると、オーガスタスが前を歩くギュンターの肩を、乱暴に掴んで引く。

「ローランデは消えた」

ギュンターは青冷めた美貌で振り返り、力が抜けたように囁く。

「…本当だろうな?」

オーガスタスは身を翻し、後ろに居ないだろ?と証明し、ギュンターに振り向く。

ギュンターの気が一気に抜け、目を閉じ様いきなりふらりとその身を揺らした。

オーガスタスは咄嗟ギュンターの背を抱き留め、屈んでギュンターの膝の下に腕回し一気に、抱き上げる。

その光景を目にローランデは走り寄り、オーガスタスの横に立ち気絶するギュンターの顔を心配げに伺う。

抱き上げられて気絶するギュンターは、壮絶な程に血まみれで喉を晒し、真っ青な顔色で金髪までもが青味を帯びて見え、ローランデは怯えてオーガスタスを、見上げた。

「……失血死しないか……?」

ローランデの身が震えているのを見、オーガスタスはだが笑った。

「肉を食えば、大丈夫だ」

ローランデはその返事に目を、見開く。
ギュンターと付き合うだけあって、オーガスタスも変だった。


その4




 そうだ。あの時は………。

手当てが終わったらしい寝台の上で目が覚めると…ローランデが…横の椅子にかけて寝台に顔を伏し、眠ってた。

その白い頬や伏せた睫毛があんまり…綺麗で……。
また抱きたいなと、思ったんだ……。

だがローランデの誠実で優しい性格では、血だらけで拷問を受ける俺を見捨てる事が出来なかっただけだと思いついた時……。
ため息が出た。

額に手を当てていると、彼が目覚める。
その瞳が見開かれ、あんまり深い青の瞳で、吸い込まれそうに感じた。

「………だい…丈夫か?」
「貧血で目眩を起こしただけだろう…」
「違う……。傷だ……」
「慣れてる。だが、どれくらいの深さかだな。
ヘタに動くと、傷が、塞がらない……」

それが一番うんざりだと言う顔を、した。
ローランデが俯くと…そう、俺は言ったんだ。

「もう…かかわらない方がいい…。
今度あんな事になったら、とっとと逃げろ…。
お遊びに、付き合わせるんだと付いて行ったらお前を呼ぶんだもんな…。
そうと初めから知ってたら、最初にぶん殴ってやったのに!」

そう…ローランデの瞳があんまり綺麗で…。
彼に心配された事が嬉しくて、つい言った。

「…誓いは護る。だがあれは俺の誓いだ…。
お前は俺に、何の義理も無いと言ったろう?
だが………」

血を、流しすぎてどうにかなってたんだな。
口を、突いて出た。

「…お前を泣かしても、もう一度抱きたい」

ローランデは俯いていた。
彼は小声で、こう言った。

「……お前にあんな事をされて以来ずっと体が、おかしい……。
どうすればいいのか、解らない……」

そして、顔を上げて壮絶に可愛らしい泣き顔で、俺を非難した。

「…お前を知らない体に戻してくれ!!」
「そんな事、出来る筈が無いだろう?」

そう言うとローランデは唇を噛み顔を伏せ、肩を、小刻みに震わせていた。

「だって…しょっ中……。
困った事に…なる……」
「まさか、おっ立つのか?」

「………………」
ギュンターは顔を上げないローランデの頬が、真っ赤に成ったのを知った。

「俺で良ければいつでも、責任取るが…」

ローランデの、肩がびくん…!と大きく揺れる。
が彼はとても端正な、その白い面を上げ告げた。

「…なら傷を、直せ…!」

そして出て行った。

あの件以来だ。
ローランデに絡む奴が、すっかり姿を消したのは…。

そして俺は彼が誠実な性格だったのを、忘れていた。
そこらを動き回り始めた頃、夜、彼が俺の部屋に来た。

ローランデがあんまり恥ずかしそうに俯くのでつい、言った。
「…責任を、取らせてもらえるようだな…」


 

結局これが、二人が付き合う事となった原因の出来事です。

 

傷だらけで血塗れだったけど

 

ギュンター内心ではグーデンに感謝してたりして…(笑)

 

 

 

 





この本の内容は以上です。


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