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入賞作品紹介



《大賞1作品》
獲得☆4.300
『AMY』
http://text-poi.net/vote/37/9/
著:豆ヒヨコ

少女の名は、AMY。その冷えた手で、砂の中からすくい集める「宝石」のように
きらきらと光る少女の心と、彼女のようには光を見出だせずにいる主人公――
二人の不思議な交流を描いたこの作品が、第11回の接戦を制し、大賞を獲得しました!
幸福とは、強さとは何なのか、答えのない問いを強く訴えかける作品です。




 

《入賞3作品》
獲得☆4.200
『首畑』
http://text-poi.net/vote/37/3/
著:小伏史央(旧・丁史ウイナ)

畑一面に育った、首たち。収穫のその日まで、大事に大事に、世話をする。
けれど、そんな首畑の栽培を邪魔する者たちがいて……?
長閑さと不気味さがシュールに入り混じる、いとも風変わりな首畑の物語です。
獲得☆4.200
『ライフログハックな彼女たち』
http://text-poi.net/vote/37/5/
著:犬子蓮木

この頃なぜか、ブログに書いた覚えのない話をツイッターなんかで指摘される。
読み返すと、実際の出来事を微妙に塗り替えたような記事がいくつも出てきて――いったい、誰が!?
SNS利用者ならゾクリとせずにはいられない、今にも現実に起こりそうなサイバーサスペンスです。
獲得☆4.200
『娘と林檎(仮)』
http://text-poi.net/vote/37/13/
著:永坂暖日

王家に不老長寿をもたらすという、神水。“巫女狩り”の手によって多くの神水が失われた今、
病に伏せる王は、妃は、その娘や、王に仕える者らは、何を思い、何を目論むのか。
権力と因縁が生み出した、歪んだ愛憎の行く末は……? 神水を巡る物語、第10回の続編です。




 

《特別賞》
《「首」賞》
『首畑』
http://text-poi.net/vote/37/3/
著:小伏史央(旧・丁史ウイナ)

首の存在感、質感、味わいを、最も鮮明に感じさせる、まさに首一色の作品でした。
第11回入賞とのダブル受賞となります! 
《「林檎」賞》
『齧る』
http://text-poi.net/vote/37/2/
著:茶屋

古今東西、世界を動かしてきた林檎を巡って、時空を渡り歩くような周遊感のある作品でした。
《弘法は筆を選ばず賞》
『大都会』
http://text-poi.net/vote/37/11/
著:碧

出先の、回線も機器も不確実な環境で、なんとKindleによって執筆・投稿された作品でした。





――受賞された皆さま、おめでとうございます!
素晴らしい作品をありがとうございました。

(次のページから、作品が始まります。)

『AMY』 豆ヒヨコ

投稿時刻 : 2013.11.16 23:37
最終更新 : 2013.11.16 23:44
総文字数 : 2413字
獲得☆4.300


《大賞受賞作品》
AMY
豆ヒヨコ


 AMYは砂場の砂をひとつかみ取り、さらさらと指の間から零す。慎重に、ていねいに塵芥をふるう。何度か繰り返す。すると、細かなガラス質のかけらたちが、僅かばかり彼女の手のひらに残る。
 AMYは、それを『宝石』と呼んでいる。
「ねえ、AMY」
 私は砂場をぐるりと囲む、錆びた鉄製の枠に腰かけていた。震える両腕をこすりながら、つい諭してしまう。
「風邪をひいて死んじゃうわ、あなたも私も。諦めて家で暖まるべきよ。なんでも努力すればいい、ってもんじゃない」
 AMYはきょとんと眼を見張ったのち、脈絡なく弾けるように笑う。
「素敵な宝石がほしいの」
 私をこそ諭すように、彼女はゆっくり、ひとことずつ区切って発音した。
「とっても素敵なのをね。クラスの皆が持っていないような、とても輝くのを」
 私は大きなため息をつく。吐きだされた心配が、白い湯気となってあたりに漂う。
 十二月を迎え、夜の公園はひどく冷え込んだ。明日の朝は霜が降りるに違いない。しかし十歳のAMYは、少しも気にしないのだった。ひとり母親の帰宅を待っている。真っ暗な砂場で、真夏の熱帯夜と変わらず、ニコニコご機嫌で。深夜まで皿洗いをする、フィリピーナの母親を迎えるために。
「まりこ」
 鈴のように陽気な声で、AMYは私の名を呼んだ。
「どうしてそんなことを言うの? 努力するな、なんて?」
 月明かりに、南方の人特有のすべらかな肌が艶めく。彼女の目は本当に澄んでいる。
 私は答えかけ、うまく言えず、仕方なく笑いで紛らせた。
 AMYの真似をして、目の前の砂をすこし掬い上げた。10gほどのはずの白い砂は冷たく湿り、思いのほか持ち重りがした。かすかに左右に揺らすと、糸のようにさらさらと零れていくのが上から見えた。それは脳髄を麻痺させるエクスタシーで、私はしばし感触を楽しんだ。
「気持ちがいいのね」
 驚きを含んだ声で言うと、AMYは得意げに胸を張った。
「もちろんよ。エステみたいでしょ」
 彼女は私の横にちょこんと座り、またも砂をふるう作業に没頭し始める。
 指の先が凍りそうに冷える夜気だというのに、AMYは長袖のTシャツ一枚だった。かろうじて十分丈のウェットパンツは薄いナイロン素材で、小麦色の裸足にはビーズをあしらった安っぽいヒールサンダルを履いている。無造作に伸びたロングヘアはくるくると巻き、黒ずんで汚れた首筋に、ツタのように絡みついた。放り出された林檎柄のトートバッグから、傷だらけの古い携帯電話がはみ出し砂にまみれていた。 
 さっき口にしようとして、すぐに諦めてしまった言葉。
「あなたが好きだから、愛しいから、絶対に傷ついてほしくないから」
 恥ずかしくて、へんに勘ぐられたくなくて、とても言えなかった。私たちは血さえ繋がっていない、ましてや親子でもない、ただの知り合いだ。理解してもらえるはずもない気がした。

 以前バイトしていたスーパーからの帰り――まさにクビになった日だ――この公園で、はじめてAMYを見かけた。天啓のように、私と同じ生き物がいる、と思った。期待されないこと、興味を持たれないこと。それは取りも直さず、ほぼ生きていないということだ。
 例えば私。
 コミュニケーション能力がなく、社会のお荷物で、アルバイトさえ転々とするフリーター。親からも見放された愚図で下らない娘。同棲相手はゲーム廃人のろくでなし。恫喝されるばかりで萎縮するばかりの人生。でも、かまわないと思っていた。もう何も望まないと、とうの昔に決めていた。その代わり、私は誰からも努力を強いられない。私は、空白のような自由をふんだんに持っている。
 毎夜、つめたい布団の中で、自分に延々そう言い聞かせている。
 AMYに会うと、自分まで愛しくなった。なぜか。
 そして哀れに思い、最後に激しく憎らしくなった。「私のように育ってほしくない」と願い、一方で、「私と同じ泥の中へ引きずり込みたい」という衝動に混乱させられた。誰だって独りは寂しい。けれど私にも矜持はある。人として外れたことはしたくない、出来損ないだからこそ、その思いは人一倍なのだ。
 だから、もう会わなければいい。会うべきじゃない。
 そう思うのに、気づけば夜の公園に向かってしまうのだった。自分が、よく分からなかった。

 ふいに肩を叩かれ、はっと目を上げる。
「これあげる」
 AMYは目をほころばせ、私の左手を開かせて、何かをぽとりと落とした。
 ごく小さな煌めきがあった。波で洗われ削られた、おそらくビール瓶の一部だった。海で生まれたものに違いない。誰が拾って持ってきたのか、街中の砂場にあるはずもない物質だ。それは三センチほどの大きさで、耳のかたちをしている。上品な薄茶色の、美しい擦りガラスだった。
 私は思わず感嘆してしまう。
「なんて綺麗なの」
 もらえないわと辞退したが、AMYは首をぶんぶん横に振った。
「これは、私が探している宝石ではなくて」
 人差し指を天に向け、太陽のようににっこり笑う。
「ミラクルよ」
 ふいに、中年女の呼び声がした。フィリピーナだ。
 酒に枯れた、怒りに満ちた響き。ひゅっとAMYは肩を竦める。あかるく優しい笑顔は引っ込められ、鼠のように卑屈な光が瞳に宿る。それでも彼女は言いつのる。
「探せばあるわ、何だって」
 私は、掌のガラス質をそっと転がす。心地よい滑らかさと、細かなざらつきが皮膚に伝わる。
 AMYは勇気をもって、少しずつ肩をもとに戻す。私はなおもガラスを味わう。しかしヒステリックな叫びは繰り返された。AMY! はやくでてきなさい、言うこと聞かなきゃ…… AMY!少女は、今度は果敢に笑ってみせる。すこしだけ、舌さえ出して見せる。
 私は畏敬の念を抱く。その強さに、健全さに、まっすぐな心根に。おかえしに、おどけて肩をすくめてみせる。
 私たちは笑う。
 声が止んだりはしない。それでも、歩くのを止めたりはしない。決めているのだ。たとえ誰も、私たちの気配に気がつかないとしても。このガラスみたいに。
  AーーMYーーー!

『首畑』 小伏史央(旧・丁史ウイナ)

投稿時刻 : 2013.11.16 23:12
最終更新 : 2013.11.16 23:31
総文字数 : 1352字
獲得☆4.200


《入賞作品》
《特別賞・「首」賞》
首畑
小伏史央(旧・丁史ウイナ)


 一面の首が、生えている。
 鼻歌を歌いながら、首に水やり。土を踏みしめる。足音がかなでる香りは、首たちの吐き出す甘くまろやかな声だった。首たちが気持ち良さそうに水分を吸収する。あー、あー。首たちの発する声に、わたしは一層鼻歌を強くした。
 収穫時まで、もうすぐよ。
 ああ、もうすぐ。たのしみだなあ。
 ひとりだけのハミング。でも、わたしはひとりぽっちじゃない。だってまだ収穫されていないのだから。
 畑を見渡す。数え切れない首が、規則正しく四方に並び、あーあーと香りの良い声を出している。
 でも。
 畑の向こうから、誰かが覗いているのを、わたしは見つけた。また見つかった。ほんとに、しつこい。
 誰かは、わたしの視線に気付くと、慌てて逃げていった。どんな人だったのかは、よく分からない。でも、間違いなくこの畑のことを良く思っていない連中だろう。
 あー。あー。
 今日の仕事はとりあえず、ここまで。首たちを眺めながら、わたしは考える。あいつらについては、明日、対策を講じよう。
 しゃがんで空を仰ぐと、遠い視界は雲ひとつない快晴で、まるでこの土地を見守っているようだった。
 満足して、首たちに視界を戻す。首がわたしの人差し指を食べていた。

 翌朝。寝ぼけまなこで今日もお仕事。人差し指で目をこする。問題なく指は再生していた。
 畑に着く。わたしは愕然とした。
 霜が降っている!
 わたしは畑のなかに駆けた。全面、白く模様がかっていた。
 あいつらがやったんだ。
 きっと気温をいじったんだ。
 膝をつく。首たちは苦しそうで、声にも臭気が混じっていた。
 せっかく長い時間をかけて、いままで育ててきたのに。
 おねがい。元気になって。
 おねがい。
 そばでまぶたをおろしている首に、わたしは手を差し出した。
 食べて。食べて元気になって。
 がんばって。
 首たちに囁きかける。元気付ける。首は、少しずつわたしの指先をかじると、次第にまぶたを持ち上げてゆき、むしゃむしゃとわたしの拳をたいらげた。良かった。まだみんな、救える。
 案の定あいつらは気温調節機をいじっていた。畑の隅に設置されているそれを、本来の数値に戻す。発見が早かったから、幸いにも被害は少なく済みそうだ。
 ホッとすると同時に、あいつらへの怒りがふつふつと湧いてきた。さすがに今回は、見逃してやれない。
 どこに隠れているかくらい、わたしには丸見えなんだから。
 空を仰ぐ。
 その一点の雲。雷雲。
 調節機をいじる。雷雲から、雷を生成するくらい、今日のわたしの食費を抜けば容易なことだった。
 雷。ぴかり。落ちた。先には。昨日の、誰か。
 胴のある人。
 雷の落ちた地点に行ってみると、そこに確かに人が横たわっていた。わたしのことを侮っていたらしい。避雷することもなくやられたようだ。
 あいつらは、なぜこうも邪魔してくるのだろう。また来期も、その次も、こうして邪魔をしてはわたしに仕事を提供するのだろう。
 その人の胴体から、首を切り取った。

 ついに収穫期がやってきた。
 ようやくきたよ。待ち遠しかった日。
 あーあー、あー。
 今日はなんだか首たちも活発だ。自然と鼻歌が出る。
 良い香りが畑中を満たす。
 わたしは試しにひとつ、首を地面からひっこぬいた。
 あー、あー、あー。
 今度はどんな味に仕上がったかしら。
 林檎みたいに。
 首をかじった。
 果汁がしたたり、服が汚れる。
 とっても美味しくできていた。


※作品集への掲載にあたって、誤字等を一部修正しました。

『ライフログハックな彼女たち』 犬子蓮木

投稿時刻 : 2013.11.16 23:29
最終更新 : 2013.11.16 23:31
総文字数 : 2248字
獲得☆4.200
『林檎は嫌いじゃなかったんですか?』
 リビングでこたつに入ってケータイを見るとツイッターでそんな言葉が飛んできた。わたしはなんでそんなことを言われるのかがわからない。『なんで?』と聞き返してみると、その言葉を送信してきた相手は、わたしが林檎を嫌いだと思っていたということだった。たまたまテレビを見ていてわたしが林檎について、おいしそうってツイートしたから、気になったらしい。
『別に林檎は好きだけど』
『でもブログにすごい嫌いって書いてあったような』
 わたしはもう五年ぐらいブログを書いている。相手はそんなわたしのブログの読者だった。たくさんあるし、なにか勘違いでもしているんだろうか。他の誰かのブログと間違えているのかもしれない。
「テレビかえていい?」
 リビングに現れたお姉ちゃんが言った。ちょっと冷たい感じだけど綺麗なお姉ちゃんで大好きだった。
「いいよ。わたし部屋戻るし」
「そう」
 お姉ちゃんがチャンネルを変える。
 わたしは、じゃあね、と部屋に戻った。
 部屋の明かりをつけて、机に座った。ノートパソコンのふたを開いて、スタンバイから復帰するのを待つ。一応、確認したかった。もしかしたら昔、嫌いとか書いたのかもしれない。
 思うことなんて、たびたび変わるし、なにかそういう気分のときもあったかもしれない。さほど問題がなければそれだって成長とかかもしれないからそのままで良いと思うけど、あまり悪い書き方なら直したほうがいいかなと思った。修正ではなく、追記とかでもいいし。それに気になっていることもあった。
 ブログを開いて検索欄にキーワードを入れる。
 記事がひっかかった。ひとつだけ。そのエントリを開いて読む。
『林檎は大嫌い。ぐしゅぐしゅした感じがイヤだし、なんか安っぽいよね。梨は好きかな』
 確かにそう書いてあった。だけど、記憶はない。なんだろう、そんなイヤなことがあった旅行だったっけ。わたしはしょうがないので追記した。一回も嫌いになった覚えはないけど、『今は好きです』と。
 それからツイッターで教えてくれた人にも返事をする。あやまって、昔はそう書いててみたいだけど直しましたと伝えた。
 椅子の背もたれに体重をかけて、首をまげて天井を見る。男性アイドルのポスターが貼ってあった。ずっと好きなんだ。
 それにしてもなんだろう、最近、こういったことが多かった。ブログを読んでくれた人と話したときに、『〜ですよね』と言われても『???』と答えに困ってテキトーに返したりしている。確かにブログを確認するとそう書いてあるので、わたしが昔、そう思ったのだろうと考えていた。
 でも、林檎を嫌いになった覚えなんてない。そのとき『この林檎まずい』となることならあるだろうけど、それ自体を嫌いになるっておかしくない?
 わたしは他のエントリも見ていくことにした。振り返って読むのは嫌いではない。懐かしかったり、ああ、そんなこともあったなーと楽しめるから。
 だけど、今、目の前に出てきたものはそんな風に楽しめるものではなかった。
『彼氏と別れました。あいつ浮気して最悪。名前晒すのでみなさん気をつけてください』
 そんなことを書いた覚えがない。
『幾星霜のときを乗り越えて、ついに買っちゃいましたよあの本 (*´艸`*)ウフフ 今夜のお楽しみ』
 そんなもの買った覚えがない。
『大好きなお姉ちゃんと旅行にいきましたー』
 お姉ちゃんと旅行? いつ? そのときは彼氏と言ったはずだ。
 おかしい。おかしい。わたしの記憶が間違っている?
 もう一度、ブログのトップページに飛んだ。だけど、その瞬間、カテゴリ別にエントリ数が変わった気がした。さっきよりもひとつ増えたような。
 わたしはそのカテゴリのリンクを押す。一覧を上から眺めていって、そう、見つけた。また書いた覚えのないエントリがあった。
 タイトルは『さみしい』というもの。
 中を読んで、わたしは部屋を出た。リビングに向かい、こたつに入ってテレビを見ていたお姉ちゃんの肩を掴む。お姉ちゃんが持っていたケータイがこたつ布団の上に落ちた。わたしは善意からだけではなく、拾おうとする。
「さわらないで」
 お姉ちゃんが静かに言った。
「なんで?」
 わたしは構わずケータイを拾いあげた。そして画面を確認する。やっぱり……、そこにはわたしのブログの管理画面が映っていた。
「なんで?」
 わたしは同じ言葉を繰り返した。言葉は同じでも意味は違う。それを示すようにお姉ちゃんにケータイを突き出していた。
「パスワードを好きなアイドルとかにしてちゃダメだよ」
「そうじゃなくて!」
 たしかにパスワードは部屋にポスターをはってあるあの人のプロフィールだった。それはセキュリティ上わるいかもしれないけど、だからってそれを知ってて勝手にブログを書き換えていいわけじゃない。
「なんで勝手にブログ変えちゃったの?」
「さあ?」
 お姉ちゃんがほんとうにわからないという表情を浮かべる。いつも冷静で聡明なお姉ちゃんが、冷たいままこわれてしまったみたい。
「もう絶対やらないでよ」
「うん、ごめんね」
「あやまるならするな!」
 わたしは怒りがおさまらず、部屋に戻った。ブログのパスワードを変える。ああ、全部確認してなおさなきゃなー。めんどくさくなって、とりあえずツイッターを開いた。なんか怒りをツイートしないと気が済まない。だけど、そこではもう会話が進んでいた。
 わたしじゃないわたしが友達と……。
『お姉ちゃんとケンカしちゃった。お姉ちゃん大好きだからちょっと落ち込む……』
『元気だしてー』
『(´・ω・`)ウン……』

『娘と林檎(仮)』 永坂暖日

投稿時刻 : 2013.11.16 23:44
総文字数 : 3452字
獲得☆4.200
 王の寝所には、ひと抱えはある黒い桶がある。ずっと昔、王弟だった王が即位した頃からあるという。
 漆塗りの桶はぴたりとはまる蓋をかぶせた上で太い縄で厳重に封印してあり、王はそれを誰にも触らせない。よほど大事なものなのかと思えばしかし、蓋にはうっすら埃が積もり、磨かれた様子がない。それでも王は黒い桶に誰も近付けさせず、寝台から見える場所に置いていた。

 あの桶には何が入っているのでございます?

 王の寵愛を一身に受ける妃が尋ねても、王は口元を歪めて笑うだけで中身が何かは明かさず、近付くことも許さない。

 きっとたいそう大事なものが仕舞ってあるに違いない。

 王の身の回りを世話する者はいずれも身元確かで、余計なことを喋らぬ口の堅さが求められるが、人の口に戸は立てられぬというもの。
 王の寝所にある黒い桶とその中身について、様々な憶測が密かに、だがまことしやかにささやかれていた。

   ●

 事実を素っ気なく綴ってあるだけの手紙に目を通すと、シェクタはそれを暖炉に投げ入れた。燃えさかる炎に飲み込まれ、あっという間に灰になる。
 今朝は、この冬初めての霜が降りた。しかし、じいやが夜も明けぬうちから部屋を暖めていてくれたおかげで、寝台を出ても寒さに震えることはなかった。
「……良い知らせではなかったのですね」
 部屋の中も、じいやが淹れてくれた茶も温かい。しかし、シェクタの表情は冷え冷えとしていた。寒い朝に聞く知らせとしては、あるいは相応しかったのかもしれないと皮肉に思う。
「《巫女狩り》が死んだ」
 殺された、と言う方が正しいだろう。
 腕の立つ男だった。隣国から流れてきた傭兵で、報酬と引き換えに、シェクタの残酷で途方もない依頼を引き受けてくれた男だった。
 この国の王は、代々長寿で知られている。暗殺されて短命の王もいるが、概ね長生きで、それを可能にしているのが「神水」と呼ばれる特別な酒だと言われている。そして、その製法を知るのは《神水の巫女》と呼ばれる女たちだけ。
 シェクタは傭兵に、その女たちを捜し出して殺すことを命じた。
 神水は、限定的な条件下でしか育たない特殊な穀物を原料にしており、その栽培を託された一族に守られている。《神水の巫女》は一族の中から選出され、引き継がれていくという。しかし、その一族がどこにいるのか、栽培可能な場所がこの国にどれだけあるのかは明らかにされていない。
 一ヶ所ではないはずだ。神水の原料である穀物はほんのわずかしか取れず、だが王は、頻繁ではないにせよ、神水を度々口にしているのだから、それを可能にする程度には、栽培可能な場所と製法を知る巫女がいるはずだとシェクタは考え、傭兵を雇ったのだ。
 シェクタが考えていた通り、栽培可能な場所はいくつかあり、その数だけ巫女も存在していた。傭兵が《巫女狩り》と、神水に関わる一族に呼ばれ恐れられるくらいに。
 だが、その《巫女狩り》も返り討ちに遭った。神水を根絶やしにすることは叶わなかったが、傭兵の調べたところでは《神水の巫女》は、彼を殺した巫女を含めて三人。これまでのような量が、王に献上されることはない。
 ――まずまずの成果は得られたか。
 傭兵にも、巫女たちにも、気の毒なことをしたとは思う。シェクタは彼らに何の恨みも抱いていない。彼女が恨んでいるのはむしろ神水だった。王に不老長寿をもたらす珍妙なる酒が、この世から消えてなくなればいいと願っていた。そのためならば、どんな犠牲を払っても構わない。
「城へ行く。支度を」
 暖かな炎を見つめる瞳は、あの男と同じ凍える水色。
 恨みもない者を殺せと平気で命じる自分は、やはりあの男の娘なのだろう。

   ●

 今の王は、王弟であった時に兄を弑逆し、王位を簒奪した。
 仲の良い兄弟だと言われていた。王弟は兄である王をよく支え、裏切るなどあり得ないと誰もが思っていた。
 だがある朝、王の寝所から血濡れた姿で出てきた王弟は、今日から自分がこの国の主であると告げた。寝所には、首のない王の亡骸が転がっていた。
 驚天動地どころの騒ぎではなかったという。しかし、謀反を起こす気配を毛の先ほども見せずに兄の首を刎ね簒奪した王弟に誰もが恐れをなし、兄王の正妃をそのまま自分の正妃とすることにも異論を挟まなかった。
 彼が欲しかったのは、王位と、兄の正妃だったのだ。仲の良さなどいくらでも取り繕える。あとから生まれたと言うだけで王にもなれず、慕っていた姫を兄に奪われ、彼は恨みと妬みを募らせていた。
 その恨みつらみがどれほど根深く、王の心のかなりの部分を占めているのか、シェクタは知っている。
 先の王の正妃であり、今の王の正妃でもある女性が、シェクタの母だ。シェクタが生まれたのは、簒奪のあった後。どちらがシェクタの父親なのか、誰にも分からない。面立ちは母親似だが、瞳の色は今の王と似ているので、恐らく彼が父親なのだろう。
 だが、愛情というものを父である王から感じたことはない。王が愛情――愛憎かもしれない――を注ぐ相手は、常に妃であるシェクタの母のみ。シェクタの後に生まれた、紛れもなく王の子である弟たちにも向けられた試しはない。
 父であろう王と母が、今のシェクタと同じくらいの歳だった頃、二人は夫婦になろうと密かに誓い合ったらしい。しかし、約束は反故にされ、母は先の王の正妃となった。
 王が簒奪をして母を手に入れ、今もそばを離れるのを許さないのは、そんな過去があったからだと、少しだけお喋りな乳母が教えてくれた。
 その話が嘘かまことか、母は重要なことではないと言って話そうとしない。前の夫を殺した男の妻にされたというのに、母はたいして王を恨んでいないようだった。正妃という立場の方が、よほど大事なのだろう。
 弟に裏切られ、妻だった女に顧みられることもなく。
 ――あなたは、さて、どれだけ彼らを恨んでいるだろうか。
 それとも、安らかに眠れる日を夢見ているのだろうか。

   ●

 王はこのところ体調が優れず、寝所から出られない日もある。
 シェクタの依頼を受けた傭兵が《巫女狩り》と呼ばれるようになった頃からだ。神水によって押さえ込まれていた持病が、にわかに息を吹き返したのだろう。
 傭兵は殺されたが、これほど弱っているならば大丈夫だろう。
「昨日、北の地より林檎が献上されたので、見舞いの品にと持参しました」
 侍従に持たせたカゴには、紅玉のように赤い林檎がいっぱいに入っている。それを母に渡すと、シェクタは侍従を下がらせた。王は、寝所では母と二人きりでいるのを好むため、シェクタの侍従がいなくなると親子三人だけになる。
 寝台の傍らで王を看ている母が、手ずからその皮を剥いて食べやすい大きさに切り分け、王の口元へ運ぶ。王は嬉しそうに、弱々しくそれを咀嚼し、母にも食べるように勧めた。シェクタを一瞥もしないが、いつものことである。
 美味しいですねと林檎をほおばる母と、嬉しそうな顔でそれを見守る王は、仲睦まじい夫婦そのものである。簒奪という血みどろの過去などなかったものであるかのように。
 だが、寝所が再び血で染まる。
 まず王が吐血し、驚いた母が、次いで血を吐いた。悲鳴を上げる間もなく血を吐いた二人を、シェクタは冷ややかな目で見つめていた。
 まだ息はあるようだ。しかし、それも長くはない。
 立ち上がったシェクタは、寝台から見える場所に置かれている、黒い桶に向かった。縄を解き、蓋をそっと持ち上げる。
 王が誰も近付くのを許さなかった桶。その中に入っている、きっと王の大事なものに違いないと噂されているもの。それは――先の王の首級だ。
 兄の刎ねた首を、弟はこの桶に入れ、長らくそばに置いていたのである。
 首は、少々青白いが、今もまるで生きているかのような血色だった。
 ――これで、生きている、と言うのならば。
 恐らく、生きているのだろう。
 桶からは、むせるような酒の匂いがした。神水である。
 弟は、首だけにした兄を生き長らえされるために、神水に浸していたのだ。
 情けをかけたのではない。首だけになって声も出せない兄に、彼のものをすべて奪ったことを聞かせるために、こうしているのだ。
 先の王が、きょろりと眼を動かして、シェクタを見た。蓋を開けたのが弟ではないと知って、驚いているようだった。
「あなたはもう、眠って良いのです」
 桶の中の神水を捨て、首をそっと取り出す。しばらくは目をしばたたかせ、先の王はまっすぐにシェクタを見ていたが、やがて動かなくなった。
 シェクタの父親は、先の王なのか、今の王なのか、分からない。
 先の王もまた、冷え冷えとした水色の瞳をしていた。


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