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Le japonais de la couleur des cheveux qui sont idiot (日本語で「アホな髪の色の日本人」)

もう今から13年前の話ですね。
13年前の12月にフランスのパリに一週間ほど(実際には5日間ぐらい)旅行することになりました。
当時、僕はデザイン系の専門学校生でしてこの学校は「研修」という名目で学年全体でパリに行く、というのが毎年の恒例行事でした。


旅 費は授業料からの積み立てでしたが、向こうでの生活費とか土産やら美術館の入場料、買い物や移動は全部実費(当然ですけどね)だし、あんまりズタボロの服 でも行けないし、カメラとかも買わないといけない。


苦学生(自分で言うなって感じですが。一応学費は学資ローンで自己負担)の僕にはとんでもなく痛い出費でしたが、何とか工面して5万程は小遣いとし て持っていくことに成功。さて、小遣いは確保したしカメラも「写るんです」を2コ程購入(実は全然足りない)。次は身なりをどうしようか、と。


で、前々からやりたかった「白髪」にチャレンジしてみることに(^_^;)
これはその当時「坂本教授(坂本龍一さん)」が白髪にされてまして「カッコイイ」と思いやってみたくて仕方がなかったんすよね。ところが僕がバイトしてた のはお堅い「警備会社」です。ごまかし程度で部分的に茶色にするぐらいならなんとか出来たけど白髪にするとなるととんでもない。クビっすよクビ。
しかし、今回の旅行で長期の「バイト入れない期間」が長期(といっても10日程度)出来たわけです、これはやるしかない、と思い立って近所の床屋へ。


床屋のオヤジさんも「白かぁ~白はやったことないからなぁ~」と困惑顔(そりゃあんな田舎でそんなことやるやつぁいねぇ)。
一先ず試しに海外性の強力なブリーチで何回かに分けて脱色してみるか、ということになりました。


僕の髪は色素が強い、というか真っ黒でなかなか色が抜けないそうでして、一回目は「茶色」になりました。
翌日もう一回やってみたところ「金色」になりました。キレーな金色になって「いい感じじゃん、これにしといたら」と言われて、僕もそう思ったんですが、目 標は「白」ですから、引き続きブリーチして色を抜くことに。


そうして出来上がった頭がこの色。

そう「象牙色」。
日本人は黄色人種なんで黄色っぽくなるらしいんですね(^_^;)
ホントは青色を入れると「真っ白」に見えるらしいんですが、そんなこと知らなかったんで…。
髪の毛一本一本は透明に近いんですけど、頭皮の色とあいまってこんな色に・・・。


「うわぁ~・・・(失敗したぁ)」と感じながらも床屋の親父責めるわけにもいかず、とにもかくにも、この頭でフランスはパリに行くことになりまし た・・・。


Il est transporté par avion à Paris pour les ivoire-blanches 16 heures. (象牙色、16時間かけてパリへ空輸される。)

さて、そんな「象牙色」の頭引っさげて、名古屋空港へと来てしまいました。
連れは爆笑、先生はビックリ、そんな仲良くない女の子たちは引いてる(事実マイナスな「きゃぁーっ」という悲鳴は聞きました)、知らないヤツだけど同じ学 校の連中は冷ややかな視線で「アイツ、バカじゃねえの?」と物語ってます。
やっちまったもんはしょうがない。僕はそんな周りの反応を受け入れました。だって自分でもそう思うもん(笑)


そして飛行機 に乗ります。実はこのときが人生初の飛行機。緊張します。
機内に乗り込み、指定された席に座ります。学校全体で乗り込んでるんで結構貸切状態。みんな友人やら同じ学校の仲間が隣にいます。僕は一番後ろで窓側の 席。横にはまだ誰もいません。

「誰が来るんだろうな~?女の子だったらいいな~」なんて考えてました、けど一向に誰も来ない、「ん?空席なのかな?」

僕の身長は183cm、エコノミークラスは結構狭くて辛いんで、空席なら空席でラッキーと思ってたところへ、すっごい太った黒人のオバサンが僕の視界 に・・・

僕の横に座りました(泣) 狭い。
しかも学校のツレが座ってる区域と隔離されてる。これで16時間はないぞ!! 確かに「女の子」だけどさ!!


結局、ちょっとの間はきちんと座ってたんですが、我慢出来なくて、席移動(この辺、落ち着きないのは2歳の息子と変わらない)。
しかも始めての飛行機だもんで一層落ち着かない。窓からの風景写真撮ったりして移動しまくり。行きの飛行機の中で「写るんです」1本使ってしまった、計画性ゼロ。


他にも落ち着きのない 連中がいて、フラフラしてるので、空いた席に移動したり、グルグル回る。食事の時間になって席に戻るけど、食い終わったらすぐに移動。オバチャンごめんな さい。
オバチャンも「ナニコノニホンジン、ヘンナイロノアタマダシ、ウザッタイ」と思ってたんだろなぁ。
当時好きだったコの席の近くにいったりしてちょっかいかけたり、やってることは小学生と変わらない。ん~男はいつまでたっても少年の心を忘れないな(迷惑 なことこの上ない)。


そんな感じで飛行機の中で過ごしてドイツ経由でフランスはパリへ到着。ホテル着いたときは真夜中で、すごく疲れてたので部屋に入ったらすぐ爆睡です。


Même je suis pauvre! (俺だって貧乏だ)

翌日、食堂に集まりみんなで朝食。
さすが、フランス。朝食はフランスパンでした(固いっつーの)


この日は団体行動で各学部、決められたコースを回るだけ。ヨーロッパは比較的曇り空が多いというのに、この日は珍しく快 晴。いい天気だ。
エッフェル塔を見物、近くの広場ではパーフォーマーの方がいて楽しそうな場所でした。



そしてその広場にあるテキヤのオネーチャンは僕を見て爆笑です。
自分の髪の毛を掴んで「カラー?」と。
ええ、もう好きなように笑ってください、指さしてください。珍しいですよ、おかしいですよ。


夜は毎年必ずそこの学生の誰かが行く、というレストランへ。何でも学校の名前がついた「定食」があるとのこと。
同じクラスの仲間とそこへ行って、金がないので僕は安めの食事、連れはその定食を頼みました。


で、テーブルに届けられた料理はみそラーメンという名前がついた「みそそうめん」。
とっても不味そう・・・見た目どおり不味かったそうです。
しかもソイツ、その日の夜腹壊しました。


翌日からは昨夜のメンバーで、丁度行きたい場所が重なってたんで、行ってみることに。


場所はモンマルトルの丘。結構有名で観光地にもなってます(実際は墓地なのかな?よぅわからん)。


大きい教会がありまして、その近くにですね、目的地である「ダリ美術館」があります。
ダリは昔から結構好きでして、風景画を見て「キレイだなぁ」とかの感覚はなくて、「この絵面白い」とか「このオッサン、ユニークだなぁ」というところに惹 かれるんすよね(ダリファンの方、こんな表現ですいません)。


結構長い上り坂になってまして(丘っていうぐらいだからな)、その坂には何人もの「似顔絵描き」がいるんですが、観光客に声をかけて、それぞれ「営 業活動」しています。
僕らはそんな彼らには目もくれず坂を上り続け、一先ず坂の上の広場に到着。そこでふと立ち止まって景色を見ていたら、エラくしつこく営業を仕掛けてくる 「似顔絵描きのオジサン」がいました。


しつこいのと、「ワタシ、ウタマロ」とか他に観光客から教えてもらったであろう適当な日本語が笑えてきたので、「じゃあ描いてよ」ということに。
立ち止まって描いてもらってると、ふと横目にもう一人、僕を描いてるオジサンが見えます。
「勝手に描いてるのかな?まぁほかっときゃいいか」なんて考えてそのままにしておきました。


15分ぐらいして、「ウタマロ」が僕を描きあげました。どれどれ・・・

似てない!!

もんのすごい美少年になってるんですよ、目もキラキラしてるし。
ちょっと待てあんたプロだろ?ご機嫌取りで「カッコよく描けばいい」なんて思ってんじゃないぞ、とちょっとイラっとしてると、
「ウタマロ」は笑顔で「200フランクダサイ」
と。


確かこの時は200フラン=約20000円だったかな?
おい、ちょっと待て!! それは高くないか?
前日にガイドさんから「日本人はぼったくられるから気をつけて」といった言葉が僕の頭の中をよぎります。
というか、似顔絵頼んで、全然似てない似顔絵描かれて、何でお金払わなきゃいけない?


「全然似てないじゃん!! カッコよく描けば気前よく金払うと思ったら大間違いだぞ!!」と僕は文句をつけます。
「ワタシタチビンボー、オカネ、オカネ」と一歩も引かない「ウタマロ」。
そこへさっき横目に映ったオジサン近づいてくる。
「仲裁してくれるのかな?」と思いきや、


「200フランクダサーイ」

・・・ブルータス、お前もか。


こらこら、アンタには似顔絵頼んでないだろが。
しかし、こっちのオジサン(仮にこのオッサンを「ブルータス」としときます)の絵はデフォルメされてて面白い、ちょっと欲しい。

「アンタには頼んでないやろ!!勝手にアンタが描いただけやん」とその要求を撥ね付けます。
それを受けてブルータスは「オカネナイネ、ビンボービンボー」の一点張り。 クッ「ブルータス」も手ごわい。
「ウタマロ」も「ブルータス」も「ハラエ・ビンボー」の一点張り。
埒あかねぇ・・・誰だよこんな日本語教えたの。


僕もイライラとしてきて声を荒げます
「オメーのは全く似てねぇじゃねえか!! そんなもんに200フランも払えるか!!
んで、テメーは勝手に描いただけだろが!! 俺は頼んでねーぞ、何で金払わなアカンのや!!」
(※ほんとにこの勢いでしゃべってます)

それでも一歩も引かないウタマロ&ブルータス。


「ワタシタチトテモビンボーネ」・・・遂にプチンとキました。


「うるせー!! 俺だって貧乏だ!!
今回の旅行だって5万しかないんだよ!!
学費払うのにこっちも必死なんだ、アルバイトしまくりでギリギリなんだよ!!」

と、必死です。(※ここで注意。日本語とカタコトの日本語でしゃべってますけどここはフランスです。
フランスのパリ郊外「モンマルトルの丘」の中心で象牙色の頭の色をした日本人が「俺だって貧乏だ」と叫んでいます。滑稽なことこの上ない)。


まぁ、向こうからしたら知ったこっちゃないですよね。
言葉は通じてないようですが、感情は言葉の壁を越えたようです、値下げ交渉始まりました。


2枚で400フランに始まり、350・・・300・・・250・・・200・・・金額を提示されるたびに僕は「高い!!」とはねつけます(つうか、 何であくまで日本語?)
B4サイズぐらいの画用紙に鉛筆で描いただけですからね。更にぼったくり、というイメージがあるのでそんな簡単には首振れません。
しかも、パリでの食費やら土産やら買う金残さないといけないし、全部使ったら日本戻ってから無一文なんで、出来るだけ金残さないといけない。


遂に2枚で50フランまで下がりました。1枚2500円。
このぐらいなら払ってもいいか、と思えたので「OK」と頷き、二人に50フラン渡しました。
金を払ってふと我に返ると背後や周りに人の気配がします。
振り返ると僕は絵描き仲間にびっちりと逃げ場なく囲まれてました・・・(怖)


モメてる仲間を助けるべく集まったようですね。
中には僕と同じくらいの身長の人間もいて、僕を睨みつけています。
とりあえずお金を払ったので、事なきを得ましたが、いやまさか仲間が集まってくるとは・・・。
で、それに対し僕の仲間はというと、囲まれてる僕を見て指さして腹抱えて笑ってたようです。
ご丁寧に囲まれてる僕をカメラにまで収めて。助けろよテメー!!(後日写真見せられた)


そして、金を受け取ったウタマロ&ブルータスは僕に「ケチ」と言い残し去っていきました(だから誰だよ、そんな言葉教える輩は!!)。
いや、しかし今思うと恥ずかしいことしてましたね。若気の至りとはいえ、反省しております(けど、200フランは高すぎでしょ?)。


Plongeon des forces armé (軍隊突入)

さて、モンマルトルで一暴れしてその後は何事もなくダリ美術館を周り、ホテル戻り、何故か「騒動」が耳に入ってたらしく先生から怒られ、部屋に戻りまし た。
明日はそれぞれが違うメンバーで行動するようで、僕は一緒に動くツレもおらず、途方に暮れていました(昔からツレいないタイプです。
 
翌日、ホテルに一人いても勿体ないし、ヒマなんで一人で動いてみることに。
目的地はパリの南方向の地下鉄終点。確か「ポートドオルレアン」だったかな(''?)
何故、そこへ行こうと思ったかというと、当時「ジャ ンヌ・ダルク」にハマってまして。
んで生地とか銅像だとか、ゆかりのある物や場所に行ってみたかったんすよね。

で、確か「オルレアンの少女」という肩書と南フランス の生まれだった気がしたので地下鉄路線図見て、南の終点の駅の名前が「ポート・ド・オルレアン」と書いてある(ように読めた)ので、そこを目指すことに。
ホテルの近くの駅から路線図とその路線の色を確認して切符を買います。けど現地の人はみんな改札飛び越えてくんですよね。どうやらそれが当たり前のようです。


地下鉄に一人で乗ってみると意外と普通。
日本人一人だと囲まれたりするのかなぁなんて思ってたけど(前日が前日だけに)、何のこたな い、名古屋の地下鉄と変わらない。どのみち知らない人がたくさんいるだけ。それに出来るだけ「現地に住んでる日本人」っぽくしたほうが無難かななんて。


目的地は結構遠くて、時間かかりそうだったんで、お気に入りの歴史小説をカバンから出して「乗り換えしたからどのみち終点まで行くだけ」と思い、読 み耽っておりました。

いくつかの駅を過ぎ、半分ぐらいまで来た時にエライ電車が遅くなったんですよね。
「駅が近いのかな?」とも思ったけど、その割に駅に着かない。
「ま、信号かなんかかな(←バカ)」と思い、小説の世界に戻ります。


更に少しすると車内アナウンスが流れましたがフランス語なんでさっぱりわからない、その後ゆっくりと駅に到着しました。
乗客はみんな降りてしまい、遂に客は僕一人になりました。
「みんなここで降りる人だったんだなぁ(←更にバカ)」と小説を読んでいたら

電車内に軍隊突入

してきたんですよ。
意味がわかりません
ワケがわかりません
銃口向けられて、銃で僕に車両から降りるよう促します。


一先ず小説をカバンにしまって、車両から降ります。
「えっ?はっ?」と何が起きてるのかさっぱり判らず、ホームにいたら、更に怒鳴りたてられます。どうやら「上に行け」、と言われてるもよう。


とりつく島もないので、仕方なく階段上って地上へ。 ここはどこだ(''?)
地下鉄の駅名を路線図と照らし合わせると目的地よりかなり手前(5つぐらいかな)。「んー?(何で下されたんだろう?)意味がわからん。」
落ち着いてきたので少し周りを歩いてみて再び地下鉄の駅に戻ろうとするとそこには侵入禁止のテープが、ホームへと降りる階段入口に「×」の字に貼ってあり ます。
「あー刑事ドラマで見たことあるわ~いや~ホントに使ってんだな~」などと状況と空気が全く読めてない僕がいました。(しまった写真撮っておけばよかっ た)


あとで判ったことなんですがどうやら「爆破テロ」の予告があったようで、それにものすごいタイミングで僕が居合わせた、ということです。
僕らがフランス入る一週間前に実際爆破テロあったようですしね。この時はいたずらだったのか、爆発を未然に防いだのかわかんないすけど何も起きませんでした。


テロが起きなかったのは幸いですが、僕にとっては大問題です。
今回の旅行はかなり「金なし」旅行なので、地図、ガイドブック、辞書、そんなものは一切持ち合わせておりません。
しかも僕はかなりの方向音痴(岡崎向かおうとして四日市向かうぐらい)です。
昨日までは友人がガイドなり辞書なり地図なり持ってたから何とかなったけど、今日は一人・・・。

Un grand nombre d'enfants (子だくさん)

さぁ、地図もない、辞書もない、ガイドもない、お金もない、でも夢と目標だけはある僕。
ちょっとカッコよく言ってみましたが、なんのこたぁない
「途方に暮れる無鉄砲なバカ」です。

地下鉄を追い出され、「う~ん・・・行くべきか戻るべきか。」
時間は午前10時、ホテル戻っても誰もいない、それにジャンヌ・ダルクのゆかりの地(と思われる場所)にも行きたい。

「え~と、地下鉄の駅5つ分だろ?
金山→(当時の僕が一番よく利用してたのは名城線金山駅)別院→上前津→矢場町→栄・・・金山から栄間か。バイト帰りに歩いたこともあるし、距離的には問 題ないだろ。行くか。」
僕は歩いて目的地へ向かうことにしました。

と、歩くにもどっち方向か全くわからない。

日本では誰でもいいから通行人捕まえて道聞くんだけど、昨日の騒動でちょっと弱気な僕。
それに一人という心細さ(←自分で一人で動くと決めたクセに)から考えることはどんどんネガティブな方向へ(笑)
「男にしても女にしても若い連中に道聞くとどっか連れてかれるかもしれんなぁ・・・、となると老人か・・・でもジイサンも侮れないからなぁ・・・。
よっしゃバアサンならどっか連れてかれたとしてもケンカ勝てる(←とても空手15年やってた人間の考えることじゃない)」


と、いうことで適当に大通りで人が多そうな方向(テキトーに歩いてるだけ)向かって歩き出します。途中、大きな公園とか あって何気なしに写真撮影。
まだ気持に余裕があります。
こんな写真撮ってどうすんだ、とも思ったんですけど何か写真とらなきゃ、という変な義務感から撮ってしまいました。


トコトコ歩いて、「何かさっきここ通ったぞ?(たぶんデジャヴだよ)」というのを何回か繰り返し、大通りへ。
実はそこへ至る前にも何人かの人とはすれ違ったんですけど怖くて声かけれなかったんですよね。
で、大通りに出て、意を決して道歩いてるおばあさんに声をかけます。
「すいませ~ん」(←頑なに日本語です)
「???」もちろん通じないので、仕方なく数少なく知っている英単語の中から絞り出し「Excuse me?」と声をかけなおしました。(英語は高校3年間“2”で追試も受けてるし、大学受験も4段階マークシート方式200点満点中46点で落ちてます)

おばあさん相変わらず「???」です。あ、そうかフランスはフランス語がメインで英語は「外国語」になるのか。今更そんなことに気づく僕。
でも声かけちゃったし、そんなことおかまいなしにジェスチャーで押し通す。
地下鉄路線図を出して、行きたい駅の場所を指でさして(どのみち英語伝わらないんだったら日本語でも一緒だよな)「ここ行きたいんすけど~」と聞いてみ る。
おばあさん、なにやら説明してくれてるんだけどごめん、意味がわからん。

熱心に説明してくれてるんだけどさっぱり意味がわからない。だんだん面倒くさくなってきた(昔からそうなんですよ。道聞いて、目的地までの道順が覚 えきれなくなると、「あ、いいや」って感じで投げちゃう)。
我ながら失礼極まりない(反省しております)。


一通り説明してもらって、とりあえず最初に指さされた方へ歩く。
交差点に出た。もうわからない。
記憶を辿り、交差点渡らずに右へ折れてみる・・・。
トコトコ歩いて、「何かさっきここ通ったぞ?(たぶんデジャヴだよ)」というのを何回か繰り返し、大通りへ(文章も多分デジャヴです)。
これを3回ぐらい繰り返して、「もう一回同じ場所に出たら、また人に聞こう」と思ってたら今度は違う道に出た。
意識してさっきと同じ道を通ったつもりだったんだけど・・・なぜ(>< ?)

ま、いいや。やっと迷路から脱出できたんだから(←迷路でも何でもなく勝手に迷ってたのは僕)などと思いつつ、「今頃みんな楽しく回ってんだろ な~、いいなぁ。」などとつぶやきながら歩き続ける。
「でも、今回こんな経験して、一人で回ってるのは俺だけだろうな。寧ろ、俺は貴重な体験してるんだよ、これは。」
などと負け惜しみに近い(ムリヤリ)前向きなことも考えたり(←ただ単にグループ分けからあぶれただけだろうが)して、そろそろまた人に道を聞こうかなと 思った。


丁度、前から犬の散歩中らしい60代後半ぐらいの「貴婦人(これがパリジェンヌってやつね)」が歩いてきた。
すっごい上品そうで、人良さそう。
「この人、昔はすっごいキレイだったんだろなぁ~(←メチャメチャ失礼なヤツ)」などと思いながら「Excuse,me?」と声をかけてみる(今度はいき なり英語)。すると返事が返ってきた。
「おっ英語わかるの?」と嬉しくなり(コミュニケーションの真髄ですよね、これって。通じるというのは嬉しいし大事なこと)、続いて、「Can You Speak English?」と聞いてみる。
おばあさん指で小さく隙間を作り「Little」とジェスチャー。やった英語わかるらしい!!

さっきと同じように路線図出して説明してみる。
同じように指で方向を指し示してくれてるんだけど、やっぱり覚えられない。
僕自身は意識してなかったけど相当困った雰囲気出してたんでしょうね。
おばあさん、いきなりスタスタ歩き出したと思ったら後ろにいる僕に振り返りステキな笑顔を見せて待ってくれてる。
「お、?付いてこいってこと?」

おばあさん、犬の散歩ついでに困ってた象牙色の珍獣も散歩に連れてくことになりました。
片言の英語で会話しながら10分ぐらいかなぁ一緒に歩いてました。どうやら東京には行ったことがあるらしくて「you're TOKYO?」と聞かれたので「No,NAGOYA」と答えると「I don't Know」と答えられました。
そうだよね、名古屋なんて知らないよね。


交差点にぶつかり、どうやらここでお別れのようです。僕はこのまま横断歩道を渡ってまっすぐ行けばいいらしく、おばあさんは右へ曲がるみたい。
そして別れ際、「このまままっすぐだけど、いい?まっすぐ行き過ぎてもダメよ。ちょっと危ない地域になっちゃうから気をつけてね」(と、多分言ってた気が する)と僕に言い残し別れました。
そして横断歩道が赤信号だったので僕は信号が変わるのをまってました。

その横断歩道には小さな子供が二人信号待ちしてました。小学生低学年ぐらいかな。二人とも女の子です。
何故か手に「窓拭き掃除グッズ(バケツとあのT字のゴムついたヤツ)」を持ってたのが印象的でした。
人を横目で見ながらヒソヒソ話したりって意外と言われてる本人は気づくじゃないですか。子供たちが僕の方を見て、何かヒソヒソ話してます。
「こいつ何者?」とか言ってんだろうなぁ、とか考えてたら信号が変わりました。

とにかく目的地行きたいのと、その子供たちから離れたくてスタスタ渡ります。
すると後ろからさっきの子供二人が奇声あげながら僕めがけて走ってくるんすよ。雰囲気的には「遊んで遊んで」モード。
子供って「変わったもの」好きじゃないですか。好奇心旺盛だし。僕の風貌はそんな彼女たちの好奇心をくすぐったらしく、服引っ張って「ねぇ~遊んでよ~」 攻撃です。
僕はどうしていいかわからず、とりあえず子供たちを振り払い、ダッシュで逃げました。う~んオトナゲナイ。
「お兄ちゃん行くとこあって急いでるから、また今度ね(今度っていつだ?)」と一応は断りはいれましたけど。


子供たちから逃げたはいいが、ますます道がわからない。
ふと気づくとどうやらそこは閑静な住宅街。小学校があったのを覚えてます。
そういや今日は平日。さっきの子たち学校は?何で掃除道具?
もう完全に道に迷いました(というか地下鉄降りた時点で迷子だったけど)。
それでもブラブラ歩きながらふと腕時計で時間を見ると既に13時過ぎ。もう3時間も歩き続けてます(若い!!←いや、そうでなくて)。
ヨーロッパって古い街並みが残ってる場所だと中世の頃の石畳がそのままなんですよね。しかもデコボコでまともに歩くのが大変。で、僕はブーツだったんです よ。しかもヒールのあるかかとが木製のブーツ。
だからもう足が痛くて痛くて。

歩き疲れちゃって立ち止まりました。そして我に返りました。
自分が迷子でホテルの電話番号もわからない、パスポートもホテルに置いたまま、自分がどこにいるのか場所も方向む方角もすべてわからない、というこの状況 の危険さに、今頃気づきました。
もう一気にネガティブ感情がMAX。
今はまだ明るいからいいけど暗くなったら・・・とか考えると「今から目的地向かってすぐ着いたとしても、すぐ帰らないといけない。それにタクシーは怖くて 乗れないし(ぼったくられたり、どっか連れてかれそうだから←すごい偏見)」などと考えてたら答えが出ました
「そうだ、帰ろう」と。


足も限界、これ以上歩いても辿りつける気がしない。
「帰宅モード」に切り替え、頭の中をジャンヌ・ダルクから「一番近い地下鉄の駅へ変更」しました。
さぁ、今度は地下鉄探して歩き回ります。グルグル・・・トコトコ・・・足痛いのと悔しいのと不安との闘いです。
こういう時って日本大使館とか電話してみるといいのかなぁ、とか俺一人フランス置き去りになるのかなぁ(←そんなことあるわけがないんだけど)とか色々頭 に浮かんでくるけど、全部マイナス思考ばかり。

それから2時間ぐらい歩きました。計5時間も歩いてます。
昼飯も食ってないので腹減りすぎて目眩までしてきます。疲労も限界、俺、一体どうなるんだろう・・・と思ってたら、路傍に看板が。
なんと、この地域の地図看板!!これはラッキー!!早速地図と今、自分がいる場所を確認し、地図と地形を確認します。
そして、地図看板内に「地下鉄」マークを発見!!
「やった、帰れる!!」
僕は嬉しくてたまらなくて、今度は道に迷わないようにしっかり地図を頭に叩き込んで(大通りまで直進して左折するだけだったんだけどね)、地下鉄目指し、 最後の力を振り絞ります。
5時間よく歩いたなぁ~人間の歩く速度が時速4kmていうから、俺20kmも歩いたのか・・・などとさっきまで全然余裕なかったくせに、こんなどーでもい い計算などをしつつ、そして駅発見!!

神は俺を見捨てなかった!!
おお、神様ありがとう!!
地下鉄の駅だ!!
ありがとう、本当にありがとう。
もう泣きそうでした。さっそく駅名確認して、路線図と路線の色を確認、ホテルに一番近い駅までの切符を買って、改札口を通ります。
帰れる、帰れる、帰れる、帰れる・・・頭の中いっぱいです。限界だったんでしょうね、ホント。
改札口を抜け、ホームまでの階段を下ります。すると・・・

あーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

と、ホームいっぱいに響き渡る声で僕を指さす子供がいます。そう、さっきの女の子たち。
しかも今度は2人じゃなくて20人ぐらいいる。
フリーズしました、僕。
若しくは「THE WORLD」かけられました。
頭の中、真っ白です。
その子は後ろにいる仲間に声かけて何やら説明してます。

「ホラ、さっき言ってた珍獣だよ。ね、ウソじゃなかったでしょ。みんなで遊んでもらおうよ」(← 多分こんな感じでしゃべってる)

その子が先頭になり階段を僕めがけて駆け上がってきます。
それに釣られて、他の子供たちも奇声を上げながらいっせいに僕めがけて駆け上がってきます。
想像してみてください、20人ぐらいの子供が一斉に僕めがけて階段駆け上がってくる「地獄絵図」。
しかもブーツで5時間歩いてメシ食わず、もうフラフラ。やっとの思いで、地下鉄見つけて、今までの緊張感や集中力が切れて、解放感いっぱいのタイミング で、このハプニング。

駆け上がってくるのを見て、我に返る。
しかし、子供が何か見つけた時は万国共通のリアクションだな、と思いつつ逃げます。しかし、もう足はグダグダ。逃げ切れない、観念した僕は逆に、その「群 れ」に向かっていきました。もう余裕なんて全くありません。
子供たちに囲まれて(昨日と いい今日といいよく囲まれるなぁ)服を引っ張る子、足にしがみつく子、振り払い、力ずくで引き剥がし、電車に乗り込みます(そういやこのときにはテロの警 戒解除されてたんすよね)。
そして電車に乗り込むと子供たちは諦めたようで、電車の中までは追ってきませんでした。


「勝った・・・」まるで戦場から生還した兵士のようです。
車両の中から子供たちに「バイバイ」と手を振り、車両は動き始めました。
ホテルについたのは16時過ぎ。部屋に戻るとメイドさんたちがベッドメイキングをやってくれてました。
もう寝たかったので僕はチップを渡し、「もういいですよ、ありがとう」と伝え(やっぱり日本語)、部屋から出てもらいました。
「ありがとうございました」と一礼し、扉を閉めて

「ふぅ~っ、よく帰ってこれたな、俺」

とつぶやき、そのままベッドへ倒れこみました。いやぁ~冒険した。



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