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なんとかゴーズオン

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なんとかゴーズオン

 気分は少しばかりダーク。鬱屈した感情をトリップさせるために注入し始めたやっすいくっさい芋焼酎は、ダークの上塗りになるばかりで、10代の若造が無意味に世間を誹謗中傷するパンクロックを聴きながら俺はちょびっとだけ泣いた。意味は別に無い。
 酩酊した意識が、6畳間と深夜2時半の外界との境目を曖昧にしていく。俺の存在も地球の存在も同等に無価値だ。みたいな気分になる。体が熱い。このまま飲酒を続ければ体温はさらに上昇し、やがては沸点を超え、肉体も意識も蒸発してお空に上って行ってしまえばいいのに。と思って今まで何十何百回と限界まで飲酒を繰り返してきたけど成功したことは一度も無い。私は気体になりたい。期待はしてない。
 遠くからサイレンのような音が聞こえる。消防車かと思ったが、それにしては低音だ。アパートの玄関を出てみると、低音は小刻みなものに変わり、陰気な象が念仏を唱えているようだった。
 火照る体に冬の空気は心地よかった。手に持ってきたグラスを飲み干すまでこのまま外にいることに決めた。見上げると都会の濁った空に、濁った星が汚く輝いている。東京の空でも星が見えないわけじゃないんだな、と思ったがそれは俺の感想ではなくフジファブリックの歌詞にあった言葉だ。パクリじゃない、影響を受けたんだ、と思ったがそれはラーメンズのコントのセリフだ。俺の生み出すものにオリジナルはない。俺の中心は虚無。非生産的な虚無だけがある。象はまだブオブオ言っている。
 俺は家の中から開けたばかりの5合瓶をひっつかむと、念仏の方角に向かって歩き出した。俺の中心がそこにあるような気がした。などと言って虚しぶっている自分も何かのオマージュでまたむなしい。消え失せたいのに断固として形を保ち続ける肉体を引きずって、俺はてれてれ歩いた。焼酎をストレートでぐんぐん飲んだ。
 熱さと寒さが反復横とびのような慌しさで感覚を繰り返し、だんだんと意識が朦朧としてくる。星空と俺の距離が縮まって視界が濁り、融解した肉体が宇宙に溶けていく感じがして心地よい。でもそんなのは錯覚だ。固体の俺は電信柱にぶつかって地面にひっくり返る。その拍子で空になった酒瓶が割れた。念仏は激しさを増し、半狂乱のような金切り声をあげている。俺はよろけながら立ち上がり、その音だけを目指して盲目的に進んだ。
 俺の存在にも他の全ての存在にも何の意味も無い。とっくの昔から気付いている。そんなことはB.C.時代から同じだとエレファントカシマシが言っていた。それでも俺には同じ事を言い続けるしかなかった。だからバンドをやったし、ちゃらついた人間関係も築いた。わざとちゃらついた言動や行動も繰り返してハピネスを気取った。何にも変わらなかった。期待はしていなかった。
 いよいよ音が近づいてきた。川原に出て視界が開けると、浮浪者がテナーサックスを吹き散らかしていた。その横で加羅がいびつなステップで不様に踊っていた。
 何か言葉をかけようとしたがふさわしい言葉が見つからなかった。
 俺はその場にへたりこんで、2つの生命が無意味に猛るのをじっと見つめていた。夜はまだ明けない。手の甲にぽつりと水滴が当たったが、別に意味は無い。それでも俺は時々出会う、美しく感動的な錯覚の中で、ライフをなんとかゴーズオンしていた。俺の肉体が呼吸を続けていた。