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本社に戻ってきた魔王「吉岡幸彦」

   墨田区には珍しい社屋が2013年初春に完成した。階数は4階とそれほど高くないが、スカイツリーに向かっての南側のガラス張りの構えは、清潔感とまばゆいばかりの明るさに満ちていた。東武線の防音壁とその会社の間にある道を歩く通行人たちは、何の建物なのか不思議がり、立ち止まって覗く。ファッション関係のショールームなのだろうか?展示会場なのだろうか?いや美術館かもしれないと首をかしげる。思い切ってその会社に入っていく人に『何の建物ですか?』と聞くと、『建設関係のメーカーの小林株式会社です』という答えに、ますます不思議そうに目を丸くする人がいた。それでも、その社員が指さすわざとこじんまりと作られた社名板を見ると、その堅苦しい社名に同じように堅苦しいイメージを抱いて納得して去っていく人が多かった。

 

 六道優太はその企業に務める48歳の会社員だ。この小林株式会社に入ってもう13年になる。全国の支店を統括する営業本部に所属、カタログの製作や広告出稿の仕事に携わっている。この企業に採用される前は、建設業界の専門誌の記者として働いていた。その前は、日本橋問屋街のファンション雑誌の編集長、その前となると農業新聞の記者を経験している。何故そんなに転職したかというと、倒産や事業の縮小、あるいは薄給や福利厚生の劣悪さに定着できなくて退職している。企業の規模でいえば、今まで務めた会社の中で小林株式会社は、一部上場で売上げも800億円を超えているからダントツである。寄らば大樹の陰の原理から言えば幸運な方なのである。しかし、この小林株式会社の持つ風土は、六道優太にとってはやがて思わぬつらい体験の場所になるのである。いいや、小林株式会社に中途入社した時から様々な洗礼を受け、苦しみはすでに何度も体験していた。その中で一番の大きな魔王が、この物語の中にやって来るのであった。

 

 もう一つ、この六道優太の信条からすると、会社は自分らしく生きていける環境でなければノーなのである。誰もが持つ願望だが、特にこの男はその願望が叶わないと、その状況から脱出を図ることを考えてしまうタイプだ。いわばある意味プライドが高く、劣悪な環境に耐えている自分の姿などは許せないのである。だから、転職を何度もしてきた、という事実がそれを如実に表しているのかもしれない。そのことも付記しておきたい。

 

 吉岡幸彦という男は九州支店から本社に転勤を終えて戻ってきた。3月の小林株式会社の株主総会で、営業部担当の常務として承認されたのである。吉岡幸彦は入社のときから営業部の全国支店を転々としている。その各支店で一定の業績を上げると、次に異動した時には、役職が上がっている。当然といえば当然だが、転勤族でない内勤の者より、出世はかなりスピードが速い。その証左として、歴代の社長は一部を除いて、全て転勤を卒なくこなした営業出身だ。現在の社長の冬月圭吾もそうである。しかし、出世して地位を獲得する反面、失うものも多い。結婚して家族を持っている場合などは最悪である。子供が小さいうちは一緒に移動することも多いが、就学児童がいると、なかなか一緒の転勤は難しくなる。子供一人一人の将来の目標の中身によっては、父親と強いて転勤先で一緒に暮らすより、別居を選ぶパターンも多い。それによって単身赴任の父親は増殖していくのである。男親はさびしく仮住まいと赴任先の会社の往復で過ごす。いわば家族との間に織りなす些細なように見えて、大きな幸せを放棄することになってしまうのである。幸せの価値観をどこに置くかによって、確かに考え方は違うが、少なくとも家族を持つのであれば、成長していく子供たちとのふれあいは珠玉の時間であることには間違いない。その考え方からすれば、単身赴任とは反対要素である。ただし、経済的な豊かさはかなり確実に確保される。それだけが、幸福とは言えないのだが・・・・・・。

 

 本社に戻ってきた吉岡幸彦の内部には、はたから見て想像もつかないような疲れと寂しさが常にあった。それは転勤を続ける間に、体に取りついた腫瘍のようなものである。本社から営業成績の目標が与えられ、常にその目標の達成のために、猛者の仮面のようなものをかぶり続けなければならなかった。目標に到達しなければ、無能力者の烙印を押される。本社に認められれば、さらに上の役職にありつける。日々が過度な緊張感の中にあった。どんな時も、敷かれたレールの上を走り続けなければならないし、しかも1センチでも上昇しなければ、振り落とされる世界である。その戦いに意味が見いだせるうちは良いが、ある日の一瞬の迷い、一瞬の戸惑い、一瞬の人生に対する疑いが発生した時、心は乱れ、すさみ、簡単に折れてしまうのである。その小さな心の折れは修復することもあるが、繰り返すことによって、不潔な膿のように蓄積し、精神も肉体もやがて腐りきっていくのである。

 

 その疲れはメランコリーな寂しさも生み出す。鬱病のように何もかもがグレーな世界に見えることもある。吉岡にとってはそんな気分になるのはたいてい、寒い日に灯りの点らない単身赴任のアパートのドアのノブに鍵を刺した時にいつも感じた。何故、一人で何をしているのだろうかと。そんな日々は吉岡の心に憎しみや恨みを沈殿させた。初めのうちは何とかなると思っていたが、しんしんとその思いは積み重なっていった。やがて身動きできないほどの悲しみが支配していることに気付いた。

 

 しかし、ある日こんなことがあった。関西の支店で、部下の煮え切らない報告を聞いていた時である。

「吉岡課長、どうしてもこのお得意先からは仕事はとれません」

 吉岡の中に何故か悪魔のような得体のしれないものが湧き上がってきた。

「なんで君は最初からできないって決めつけるんだ。決めつけるからできないんだ。土下座してでも仕事を取ってこい・・・・・・」

 いつも部下に対しては優しかったはずの吉岡は、その言葉を発した途端、心の中にあった悲しみという塊が、抜けていくような気がしたのである。部下はいつもと違う吉岡課長の言葉に唖然とした。いいや屈辱的な悲哀を感じた。その悲哀は繰り返す吉岡のクレイマー的な発言にやがて恐怖となった。

「契約を取ってこれないようならやめちまえ!」

 そう言い放った時、部下は地獄に突き落とされたような気がした。一方の吉岡といえば冷やかに笑っているようにさえ見える。吉岡はこのクレーマー的な行為の中で、自身の疲れや寂しさや悲しみが癒されていくのを実感したのであった。その日から吉岡は変わった。企業戦士はクレーマーに変身したのである。

 

 六道は35歳の時、この小林株式会社に中途採用されたわけであるが、その時は小林会長は健在であった。かつてその小林会長は、先代の社長の長男として、押上周辺では肩で風を切って歩くようなヤンキーであった。先代の社長が急逝し、中学しか出ていなかったが、青年社長として抜擢された。その抜擢の陰には先代社長の妻、つまり小林会長の母の力が大きかったが、それに応えて見る見る頭角を現し、一部上場企業まで押し上げたその手腕は、天性のものであったようだ。しかし、暴力団的な雰囲気を持つ育ちの悪さが消滅したわけではなかった。その片鱗とさえ思える言い回しが、時々部下に対して向けられることもあった。

 

 六道が小林株式会社に入社した時、会社の中で何度もすれ違う機会があったが、気さくに話しかけられたことは一度もなかった。悪く言えば無視されているような扱いだった。仮に広告宣伝の仕事をしている以上、六道に対して仕事上の指示を直接与える場面があってもいいはずだが、重要な伝言は、すべてワンクッションおかれて直属の上司からやってきた。その扱いは六道にはすごく不満であった。まるで昔の天皇が、一般の平民とは言葉を交わしてはいけないような雰囲気があった。また、親分子分的な体質で、認めていない子分とは口を聞かないというような扱いだったのである。やはり古い時代の人間観なのであろうか。六道の理想とする人権尊重という思想とはかけ離れたものであった。

 

  小林会長の思惟する企業論を六道は次のように推論した。企業は一つの大きな組織体であり、社員にとってはある意味絶対的な存在であり、その進む方向にとって無益なものは冷酷に排除しても良いものである。挑戦し続ける小林株式会社という輝かしいキャッチフレーズの中に隠れて、正義感たっぷりに弱者を切り捨てていく企業なのである。六道にとっては組織体とはいえ、結局それは一人一人の幸せと直結していなければ嘘である、と思っていた。ところが小林株式会社は実績を上げられない社員は、育てるより切り捨てても構わないという社風であったのだ。

 

 人間らしく伸び伸びと人生を楽しみたいという六道は、「会社で楽しく能力を発揮する成熟した生き方」を味わえる環境を理想としていた。人生の長い時間を会社で過ごすわけであるから、人間は楽しく仕事ができる環境を会社が提供するものだと思っていた。何故ならば、会社は一人一人の社員に仕事に対する対価を支払うのは当然だが、一人一人の幸福さえも提供する責務がある。それほど人間にとっては、家庭の次に会社というものが現代において大きな存在なのである。だから根本の企業理念が大事なのである。その理念を持つことによって、会社ブランドがさらに高まるのである。ところが残念ながら、小林株式会社の社風にはその人間的な理念が欠落しているのであった。

 

 とはいえ、六道にとっての小林株式会社での日常にも希望がなかったわけではない。人権尊重という意味で、同じような考え方をする人物に出会っている。夏目大作である。後年、六道と吉岡の間に事件が起きる頃には、本社人事部では部長となり、コンプライアンス委員会の副委員長も兼務、闊達に能力を発揮していた。

 

 ある日、本社の社内イベントである恒例のボーリング大会が行われた。その大会の終了後、結果発表の酒席で、たまたま隣に夏目大作が座った。

「社内報の論文見たよ。僕も君と同じようなことをずっと思っていた」

 夏目大作は紹興酒の瓶を、六道のグラスに傾けながらそう呟いた。

「それは光栄です。できれば小林株式会社も人権思想を根本に経営していただければ、皆のモチベーションが絶対に上がるのにといつも思っています」

「六道君、実は僕も大学時代の卒業論文で『人間主義と経営』というテーマで書いたんだが、核心部分は君の論文と同じなんだ。君のマネジメント論、人間教育の根本は正しい深い人間観にというサブタイトルに感銘し、本当に吃驚した。これからの企業は一人一人の幸福のために経営していかなければならないというのが結論だ。本当に心からそう思う。その社員一人一人のモチベーションを上げる人間主義の人事を実践したい、とかねがね思っていたんだ。だから自己申告の時には、人事部への異動をいつも申告しているよ」

「それは本当に嬉しいことを聞きました。夏目さんは僕の同志ですね」

「そうだよ。これからもよろしく」

 

 この日から海洋事業部にいる夏目と廊下などで顔を合わすと、六道は親しく笑みを交わすようになった。 

 

 ところで、六道にとって同志ともいえる夏目には、過去に人命救助という輝かしいエピソードがあった。彼の人となりを表すエピソードとして付記しておく。

 夏目は後年この会社の社長となる冬月圭吾の大学時代の山岳部の先輩である。かつて一緒に冬の南アルプスを登山していた時、遭難事故に遭った。冬月圭吾だけが運悪く雪崩に巻き込まれ、消息を絶った。夏目や他メンバーは冬月圭吾の捜索を続けたが、天候悪化で自分たちも遭難しかねない状況になった。その時夏目は命がけで捜索を続行し、奇跡的に雪の中に閉じ込められていた冬月を見つけ出し救助したのである。仲間を見殺しにするものかというすさまじい執念が、奇跡を起こしたのである。当時の新聞でそのニュースは美談として取り上げられたが、二次遭難の危機をはらんでいたため、少なからず非難の声もあった。しかし夏目の友を思う人間観は決して曇ることはなかった。

 

  その後、小林株式会社に入社し、着々と出世し、海洋事業部長から人事部部長に人事異動し、念願の人間主義の人事を実践している。

 

 もう一つ大事なことを付記しておく。人間らしく生きたいという六道にも、一つの大きな欠点があった。非常にプライドが高く、気に入らない性格の人間が自分の上司になると、受け入れることができないという子供のような所があった。特に傲慢なタイプは大嫌いである。傲慢な人間に出会うと、吐き気がするほどいやな気持になった。潔癖というか神経質というか、それを通り越した少々異常な性格とも言えるだろうか。


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亡き妻に似た新秘書加藤えり

  2013年1月25日、小林株式会社の竣工式は華々しく行われた。まだ、社員用の家具も入っていない一階に、紅白の垂れ幕で仕切られた一角が作られた。神事は竣工を祝う上では欠かせない行事であり、無事、建築物が完成したことを神に報告する儀式である。神に感謝の意を示し、末永くその建物が安定するように、また、災いが襲ってこないように祈願する。

 

 列席者たちに失礼のないように、小林株式会社の社員たちは前日のリハーサル通り、緊張感をもって臨んでいた。六道といえば報道担当としてその儀式に出席していた。予定された記者たちがあらかた揃うと、安堵感を抱いたが、昨日のリハーサルから気になっている新顔の女性の存在に、何故か気持ちが高ぶっていた。竣工式会場の入り口付近で、にこやかに来場者に飲み物を振る舞うその姿がまぶしかったのである。小林株式会社にはもちろん女性社員がいないわけではなかったし、人事が選別しているのかわからないが、結構美人がそろっているのにも関わらずその女性は別格だった。早くに妻をがんで亡くして、その後再婚するでもなく、子供二人を母とともに育て上げてきた六道である。その六道が、眠っていた感情が呼び起されたようなのである。初恋の感情だろうか。

 

 前日のリハーサルの時、六道の横に情報通のS造製品の奥田事業部長がいたので、

「あの接待をしている女性、初めて見るんだけど」

「ああ、あの子。結構、正統派の美女系だよね。結婚で退職した斉藤秘書の代わりに採用された加藤えりさんだよ。知らなかったのかい?」

「斉藤さんが退職したのは知っているけど、採用された人のことは知らなかった」

「うちは美形を取るけど、今回も当たりだね」

 六道はその言葉を受けて軽く笑ったが、何故か胸が締め付けられた。亡くなった妻に目のあたりがよく似ていたからなのだろうか。いいや気のせいだと六道は打ち消した。

 

 今日の本番でも緊張しながらも六道は、何とはなしにその新人の加藤えりの動きに時々釘付けになった。身長は158㎝ぐらいだろうか。黒のリクルートスーツを着ている。スカートの下に露出した足は、スリムで均整がとれていた。そして、健康的で美しい曲線を描いていた。腰や胸は服装の上からでも判るほど弾力的な魅力を放っていた。丸顔だが、目の大きさが際立っている。その瞳からは光線のようなものが出ているように見える。他人に対する優しさと、愛情の表れだろうか。いいや、ひょっとすると優しい慈愛に満ちた雰囲気さえある、と六道は思った。やっぱり早く死んだ妻のゆかりと、似ているかもしれないと六道は思った。

 

 神事が終わり、賓客たちを会社の役員たちは4階のパーティ会場に案内した。六道も最後の集団として記者7人を4階まで階段を登りながら誘導した。記者たちは吹き抜けの階段を登りながら、反対側の壁面に取り付けられた絵画や、小林株式会社の製品でむき出しになった鉄筋などを興味深そうに見ている。また、各階の部屋の構造について質問してくる。六道は前日から仕入れている設備情報を坦々と伝えることに終始した。

 

 4階は将来、社員食堂となる部屋である。壁寄りにスピーチする演壇が設けられ、その左側には液晶画面をいくつも組み合わせて作られた大画面が設けられている。会場の大部分には、会社の中に実際に植えた木や花にちなんだ名前が付けられた立食用テーブルが、いくつも置かれている。それぞれのテーブルに役員が張り付き、テーブルにつく賓客は、取引の内容によってグループ化されていた。少し窮屈な配置だが、それでも十分な広さはあった。

 

 パーティは施工業者への感謝の気持ちを表すことがメインだが、開会の辞、社長あいさつ、来賓祝辞 、感謝状贈呈、施工者あいさつ、乾杯、 開宴とそつが無く進行した。

 

 加藤えりはその会場の中でも六道にとっては、そこだけが強いスポットライトを浴びているように見えた。新人らしい謙虚さを見せながらも、堂々としているかんばせ、時折社長のそばによって耳打し、スタッフが控えている食堂の将来の配膳室前に一緒に立つ凛とした姿勢、六道はかなり彼女の美しさに参ってしまったようだ。

 

 何度か会場の中を行き来する加藤に、六道はつい声をかけてしまった。周りは歓談する来賓客や役員たちの声が充満し、喧噪のさざ波が加藤の顔を撫でていた。

「秘書は大変ですね。お偉いさんに気を遣わなくてはなりませんからね・・・・・・」 

「確かに緊張しますけど、このお仕事は大好きなので大丈夫です。初めまして加藤えりと申します。力はありませんがどうかよろしくお願いします」

「すみません。自己紹介もせずに。営業部の六道優太です。広告宣伝を担当しています」

「へぇー。PRのお仕事でしたか。そちらの方が大変ではありませんか?」

「いやそうでもないよ。この会社に来る前は、新聞記者や雑誌の記者もやっていたから、裏事情が良くわかるから面白いですよ」

「六道さんも中途採用でいらっしゃるのですか?」

「そう、この会社で5社目です」

「私は2社目でした。中途採用組の一員ですね」

「よろしく」

 六道は初対面ながら、呼吸の合う会話にもうめろめろである。考えようによっては、対等に話してくる態度に新人らしくない生意気さを感じるものであるが、加藤の場合は違った。控え目ながら、決して消極的ではない。相手を尊重しながらの話し方だから、まるで落ち着けるソファに座って話しているかのようである。そして相手を見る視線はきらきら光っていて、あなたに心を開いていますよ、何でも話してください、というような親しさを醸し出していた。

「君の瞳は魅力的ですね」

 六道は思わずそう呟いてしまった。呟いたあとにしまったと思ったが、加藤の反応は意外と穏やかだ。

「六道さんは、相手の気持ちをほっとさせ、気持ちを高揚させてくれますね。それは口説き文句じゃないですよね」

 と言いながら相手を包み込むような微笑が顔中に広がった。六道の胸は昨日と同じように締め付けられた。いいや昨日より倍以上の強さで締め付けられているような気がした。

「すみません。社長が呼んでいますので、あとでまたゆっくりお話を・・・・・・」

 加藤は軽快に来賓や社員の男性たちの間を、するりするりとよけながら恰幅の良い冬月社長の方へ歩いて行った。六道も相手をしなければならない記者たちのことを思い出したが、彼らはてんでんばらばらで、食事の皿を持って肉などをほうばっているかと思えば、来賓と親しそうに話している者もいて、特段こちらが動く必要がないと判ると胸をなでおろした。社長から耳打ちされた加藤は、パーティー会場の入り口に向かって歩き出したので、何かの用事でこの場を離れたのだと思った。六道は相変わらず被写体を追うカメラマンのようにその彼女の動静を見続けた。見えなくなってしまうと、寂しさがあふれてくるような錯覚さえした。

 

 しばらくすると、場内ではもうあらかたの行事が終わり、万歳三唱に入った。大きな感極まったような声が場内に響いたあと、割れんばかりの拍手が轟いた。

  閉会の辞は木村相談役である。褐色の健康そうな顔と白い歯が印象的で弁舌が非常にさわやかである。来賓のあいさつは誰もが自社PRの文言が多く、聴衆はその長さにも辟易していたが、木村相談役は対照的に非常に短く簡潔だった。スピーチが終わると、女性司会者は順次各テーブルのグループを指名して退席させていった。窮屈な会場から徐々に人がはけていくと、最後はやはり六道担当の記者のグループが階段を下りていく。一階で用意された有名ブランドのカットグラスが入ったお土産を渡すと、竣工式の祭典はお終いとなる。六道は記者たちに新本社の建物のデータとお土産を渡すと深々と頭を下げた。

 

  式典が大成功で終わると、1時間ほどしてスタッフの慰労会が催された。各スタッフは式典の片づけなどを済ますと、また4階の食堂に参集した。皆、式典を大成功に終えたという喜びを体中で表していた。特に何か月も前から準備を進めてきた経営企画室のメンバーや、ビル建設の最高責任者である村上顧問は、疲労困憊ながらも充実感に満ちた笑顔をまき散らしていた。

 

 建設は死闘だが、乗り越えて得た果実はあまりにも甘いのである。それだから人間は戦うことをやめないのだろうか。いや仕事というのは図らずも人間にそういう果実を与えるものなのであろう。どんな些細な仕事であってもそうなのである。

 

  慰労会の挨拶は新本社建設の中心者たちのあいさつで盛り上がった。その苦闘の一端が語られるたびに、竣工式によばれたスタッフたちは驚嘆の声を上げる。確かに考えに考え、工夫されたこのビルの設計は、時代の先端を行く技術で満ちていた。エコ技術、自然空調、災害時対応の設備、周辺地域への配慮に満ちた設備、リサイクルシステムなど数多くの工夫が凝らされている。

 

 挨拶が一通り終わると乾杯、食事となった。六道は銀座の高級店の寿司を頬張った。他にも立食パーティ用のさまざまな料理に手を付けた。

 

 新秘書の加藤もその頃会場に現れた。さわかな大きな瞳がこちらを見ているような気がした。六道は小さく会釈をした。彼女もにっこり笑った顔をした。何の喜びだろうか、六道は体が熱くなるような気がした。しばらく彼女は隣のテーブルで、同僚の秘書たちと歓談しながら食事をしていた。時折ワイングラスで赤ワインを飲んでいた。赤ワインと彼女の唇の色は重なり合って、美しい光景を作り出していた。六道はそれを盗み見て、ビールを何度も飲み干した。部下の鈴木はおいしい日本酒に惹かれ、飲みすぎたのかかなり酩酊状態になっている。六道も少し酔ったような気がした。

 そんな時、隣のテーブルで加藤秘書が一人になる瞬間があった。六道の体は瞬時にその状況をキャッチし、近づいた。

「しばらくいませんでしたね?」

「ええ、ちょっと社長の依頼で外に出ていました。早めに終わったので戻ってきました」

「そうでしたか。外は寒かったでしょう?」

「大丈夫です。これでも寒さには強いので」

「どこの出身ですか?」

「北海道です」

「それはまた寒いところですね。それなら強いわけだ」

 六道と加藤は顔を見合わせて小さく笑った。

「加藤さんはあの吹き抜けの階段のところにあった絵画の値段知っていますか?」

「存じていませんけど」

「簿価で3枚で一千万円です」

「へーそんなにするんですか?」

「3枚ともプロの画家たちが描いたものですから、値上がりしているということで、償却はしていません。ところで一番高いのはどれだと思いますか?」

「私は絵画の価値こそ知らないけれど、好きな方でよく美術館には行っています。そうですね、滝と川と林でしたよねあの3枚は。うーんあの川かしら。全体的に明るくて見ていると幸せな気持ちになるわ」

「あたり!すごいね加藤さん」

  加藤は満面の笑顔を六道に向けた。

「あの絵画を描いた人、実は僕の家のそばに住んでいた人なんだ。もう数年前に亡くなっている人だよ。でもねあの明るい絵画と正反対に不運な人だったんだ」

「どんな方だったのですか」

「もとはうちの会社にいた人で小林会長にかわいがられた人だったけど、絵画の仕事に専念するために会社を辞めたんだ。独身で細々と暮らしていたし、親戚もいなくて孤独な人だった。近所で偶然な出会いから、小林株式会社の元社員ということを知りお付き合いしました。絵画を見せてもらったり、何かのお土産を持っていったり、いただいたりしました。それである日気づいたんです。目がほとんど見えてないんですね。糖尿病だったんです。でも絵はまるでそんな苦しみがないんです。見ていると、気持ちが雲一つない晴天のように晴れやかになるから不思議です。愉快にさえなるような絵ばっかり書くんですね。僕は彼の苦しみと、絵の表現とのギャップに、何度も絶句しました。小林会長はそんな絵の中の一番神々しいあの川の絵を求められて、昔の本社に飾ったんです。それを今回パリのオルセー美術館と同じ色の壁面にしたところに飾ったら、ものすごく映えているんだ、彼の絵が。もちろん他の絵もそうだけど・・・・・・」

「へぇー。あの絵にもそんな一人一人の人生があるんですね。しかも、人間は苦しくても悲しくても、まわりの人を幸せにしようと思って、一筆一筆描くのですから本当にすごいですね」

「彼の最後は、急に倒れて救急車で運ばれて、病院ですぐ亡くなってしまいました。僕も死に顔を見させてもらい、手を合わせさせていただきましたが、良い顔をしていましたよ」

「人間って小さなようですごいんですね。私もこの会社でしっかり頑張らなくちゃ。人を少しでも幸せにできる秘書にならなくちゃ・・・・・・」

 加藤は六道の話を聞いて素直にそう思ったようだった。六道から見たら加藤はダイヤモンドのように輝き、純粋で神々しい。それはこれから生きてゆく上での、金剛の財産かもしれないと思った。六道より20歳も年下である。人生経験は約半分であろう。それでも六道にとっては、かけがえのない尊敬できる女性に思えた。


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傲岸不遜の吉岡に対する恐怖感が精神を蝕む

  竣工式の式典が終わり、2月には新本社への引越しが行われた。押上周辺にいくつかの部署が点在していたが、毎週どこかの部署が新本社へ引っ越しして来た。この引越しでは今まで使用していた机や椅子、スチール製の並行移動書庫などは、すべて廃棄や中古販売で処分し、社員は自分の持ち物とパソコンだけを持って新本社に入った。平日の引越しでは、業務に支障をきたすとの判断から、各部署はほとんど土日の移動となった。

 

 六道はかつてはボーリング場だった歴史を持つ社員にとっては使い勝手の悪い旧本社から、この新本社への引越しとなった。一番寒さの厳しい時期だったが、15日の金曜日に大量のカタログや広告宣伝のツールをまとめ、16日の土曜日と17日の日曜日で、引越し業者が新本社に運んだそれらを開梱設置した。営業部はこのビルの中で一番広い2階のフロアに配置された。縦に長いモダンな窓からは、東武線や東京スカイツリータウンのビルが覗けた。土日の引越しは無事に終えたが、続けて月曜日に出社してくると、体が鉛のように重く感ずる。というか、それほど疲れてはいないが、精神的に休養が取れていないせいだろうか。

 

 六道は真新しい黒い椅子に腰掛け、白い天板の机に設置されたパソコンに向かい、キーボードを打ち始めた。天井を見上げると、スチールの板がむき出しになっているのが見える。グレーの空調の管が天井を横切っている。その管には小さな穴があけられ、そこから熱風が吐き出されているのだろう。室内はかなり暖かい。

 

 メールボックスを開けると、加藤からのメールが入っていた。予期しないメールに胸が騒ぐようだ。

 

 六道様へ

 引越し大変にお疲れ様です。加藤も今日から新本社で執務です。会社について色々と判らないことがたくさんありますがとにかくチェレンジ精神で頑張ります。

 それから、この間の絵画の話とても感動しました。勉強になります。人間ってすごいんですね。人を少しでも幸せにできる秘書になります。

                                 加藤より

 

 六道は竣工式の式典の時に話した、彼女の澄んだきらきらと輝くまなざしを思い出し、心がちくちく痛むような気がした。28歳とは思えない陶冶された人格に、心が揺れた。さっそく返信メールをした。

 

 お美しい加藤様へ

 予期せぬメールに感激しました。僕のようなおじさんに声をかけてくれるなんて、幸せですね。こちらこそ君の素直な感動力に逆に感銘しました。きっと、素晴らしい家庭で育ったのと推察いたします。どうか僕にいろいろな素晴らしい話を時々聞かせてください。また、何か役立つことがあれば、僕も及ばずながらサポートしますから、ご連絡ください。どうかよろしくお願いします。

                                   六道

 

 2月の下旬になると、決算報告とともに会社の新役員人事が発表された。六道の所属する営業部の担当常務として、吉岡の名前が、グーグルの掲示板と会社のホームページに公開された。六道は吉岡と面識はあったが、表面的な付き合いしかなかったので、その人となりはよく把握していなかった。現在の営業の担当は冬月社長が兼務していたが、その後任となる。人物についての評判は、かなり傲慢であるとしか聞いていなかった。ただ、九州支店の支店長として、かなり強引に権力を行使し、社員には相当嫌われていたという、かすかな噂は相当前からキャッチしていたが、新しいここの部署に来てどんな対応するかなど、想像することはできなかった。

 

  3月下旬になると、吉岡は九州から本社営業部に赴任してきた。長身で白髪である。そのため実年齢が56歳にもかかわらず、少し老けて見える。

 新本社の営業部の新しい自分の席にやってくると、開口一番こう言った。

「パソコンがすぐ使えるように指示しておいたのに、まだ入らないのか。誰だ手配しているのは?」

 目の前にいた営業部の倉本部長は恐縮したように返答した。

「すみません、ご指示いただいたタイプのパソコンは人気が高く、入荷までもう少しかかります。つきましてはこのノートパソコンを、それまでお使いいただくことは可能でしょうか?」

「君は何をしているんだ。僕が今日ここに赴任してくることは知っていたはずだ。すぐに用意しろ。明日まで必ず準備してくれ!」

「と言われましても、事情が事情で、申し少しお待ちいただくことはできないでしょうか?」

「君、新しく赴任してきた者に対しての配慮が、全くないではないか。仕事をしていないのと同じだ。いつまで入るか確認してこい」

 目を吊り上げて怒鳴る吉岡に倉本部長は、あわてたように3階の情報システムに、問い合わせに走って行った。周りにいた社員は、突然降ってわいたような怒りの毒気に、気持ちが乱されているようだった。

 

 六道は、最初から正体を現したような振る舞いに愕然とした。この光景を見ただけで、もうその吉岡という人となりが見えたような気がした。いや、たったの4文字で表現できる。「傲岸不遜」そのものであった。謙虚さなどみじんもなかったのである。その時から六道は吉岡を嫌いになった。できれば排除したいくらいに嫌いになった。

 

 着任して、まず気になったのは、部下の完全なる呼び捨てである。「鈴木!」「磯貝!」と自分の席から大きな声で呼びつける。その何か憎しみを含んだような叫び声は、周りの社員の神経を揺るがしていた。その行為が重なるたびに、社員たちの小さかった恐怖感は、次第に膨張していくようだった。誰に対しても当然というような顔をして、権威を振りかざして呼びつけているようにしか思えなかった。単純に言えば威張っているのである。威張るというのは、その人間が人格者であれば許されることかもしれないが、吉岡は明らかに違った。人格がないのに威張っているのである。威張ってもフォローできる人柄の良さがないことが一目瞭然であった。

 

 株主総会が3月末に開催され、そこで正式に吉岡は営業担当の常務となった。いよいよ鬼神が入り込んだような人間吉岡の采配が始まるのであった。

 

 吉岡は若手社員を自分の子分のように使い始めた。たばこやお気に入りの飲み物をコンビニに買いに行かせた。若手社員たちは上司の命令だから、にこにこして聞いているが、心の中では「ふざけるな!」と思いつつ店に走って行くのである。

 

  土曜日のある日、接待ゴルフで吉岡は茨城方面に行く予定だった。入社2年目の細川君が、その前日の金曜日に常務席に突然呼ばれた。広いフロアの空間は、たちまち社員たちの嫌な予感で満ち溢れるようだった。

 

「細川、お前は車の運転は上手な方か?」

「自慢できるほどではありませんが」

「悪いが接待ゴルフがあるから、運転してもらえるか?」

「明日ですか?」

 細川の顔が少し曇ったのを近くにいた六道は見た。

「何か用事があるのか?」

「特にはありませんが」

 細川はしどろもどろになりながら苦笑いをした。

「そうか、じゃ頼むな。鋼材の価格の交渉事で大事なお客さんだから、失礼のないようにな」

 吉岡は有無を言わさず、たたみかけるように言って席を立ってフロアを出て行った。六道は細川のそばに近寄り小声で尋ねた。

「明日急だけど大丈夫ですか?」

「家族のことでちょっとやばいんですけど、何とかなります」

「そうか。すまないね。大変だけど行ってくれますか。でも君は深谷だよね。常務の車を今日乗って帰るのもしんどいだろうに・・・・・・」

「常務が言うんですから、業務と思って行きます」

「休日出勤申請しなさいよ」

「ええ」

 

 細川は落胆を隠せない表情のまま、自分の席に戻った。社員に負担をかけないのが上司だろう、と六道は思った。完全に公私混同である。運転手がいなくても自分で運転していけば良い話である。六道はそう考えると、断層が破れて怒りのマグマが噴出しそうだった。

 

 4月下旬のある日、六道と吉岡は広告宣伝のことで打ち合わせをしていた。一通り六道から小林株式会社の広告宣伝の実態を報告した。話し終わると、

「常務、ちょっと良いですか?」

「なんだね」

「私の意見を申し上げます。営業部の部下を呼ばれる時には、せめて君かさんをつけて欲しいと思いますが・・・・・・」

 吉岡の顔はみるみる赤くなった。

「何だと!俺に社員を君やさん付けで呼べと指図するのか。いままでの赴任先の支店では、一度もそういう風に呼んだことはない。士気を高め、適度の緊張感のためには、呼び捨てのほうが良いんだよ。君に何がわかるんだ。君は何様のつもりだ。この部署の責任者はこの俺だぞ。俺が決めることだ。黙っていろ!」

 

 吉岡の形相は喋りながら変化していく。体の中に鬼神や第六天の魔王が、突然入り込んだような様子である。その変化が予想できなかった六道は恐怖感にかられた。小林株式会社に入社以来、上司がころころと変わったが、ある特定の数名の上司から受けたパワハラの記憶が蘇ってきて、その時の恐怖感が出てきたのである。

 

 するとどうだろう。常務席の横にある打ち合わせ用の真新しい赤いモダンな椅子を、吉岡は立ち上がって意表を突くように蹴った。役員用にスペースが開けられた空間に、その赤い椅子は突然の悲劇に悲鳴を上げて転がっていくようだった。静止した時には、周りの社員たちの目は、吉岡にくぎ付けになった。何が起こったのだろうかと目を皿のようにしているのである。通常起こりえない修羅場が現出したのである。ついに、鬼神に支配された吉岡は、新本社のフロアで正体を現したのだ。

 吉岡は自分の席にいったん座りなおしたが、顔は鬼神のように赤くなり、口から泡を吹きだしかねないほど興奮している。それほど六道の言葉は、吉岡を激怒させたのだろうか。

 今度は、たった今打ち合わせしていた報告書の束をつかむと、無言のまま六道の顔めがけて投げつけた。それは駄々っ子が気に入らないことがあると、ものを周辺に投げつける姿に酷似していた。幸い、六道の顔に当たることはなかったが、書類はひらひらとしながらも、高速度で転がった椅子のほうめがけて飛んでいった。

 吉岡は営業部の中に異次元空間のようなものを作り出したが、その違和感を顧みることなどできなかった。狂ったようになって怒りを縮減することはできなかったのである。吉岡は続けて六道が時間をかけて作った分厚い広告宣伝の一覧ファイルを、何度も激しく机に叩き付けた。六道は傲慢な男は大嫌いであったが、その暴力的な振る舞いに、かつての直属の上司の執拗なまでのいじめの光景を、細部にわたって思い出した。長い期間その上司のことで悩んだ日々が、走馬灯のように浮かんでは消え、心臓がきりきりと痛んだ。子供が恐怖の瞬間を味わっているのと全く変わらない。平素の強気な精神は脆くも破壊されつつあった。

 

 その日から、吉岡は本性をむき出しにしたのか、他の社員の中でも、反抗的なそぶりを見せる者には徹底的ないじめを開始した。六道の時と同じように、気に入らない報告者の前で、定規や書類の束で机をたたきだした。乾いたような卑劣な悪意に満ちたその音は、営業部の中に深刻な雰囲気を醸し出していったのである。

 

 そんな中、六道は日が経つごとに、迎え入れたばかりのころの吉岡の小さな悪いイメージが、鬼神のように恐ろしく大きく見えるようになっていった。朝来ると前日よりその恐怖は拡大しているのである。その拡大したものは明らかに幻想であった。幻想であることは判っていたが、その上司の存在が作り出す不可思議な恐怖の精神状態は、簡単には払拭できないものであった。

 

  六道の目の前では、決まって分厚い報告書類のファイルを、何度も激しく机にたたきつけることが多くなった。周りにいた同僚たちは委縮して、猫のように丸まってしまっていた。もう仕事の相談ができる雰囲気は彼方に消え失せ、営業部全体の仕事が油の切れた大八車のように全然進まなくなったのである。

 

  巷ではこの会社の中でのいじめをパワハラという。自分の立場を利用して、人間をさげすむかのように批判し、欠点などを追及する。言われた本人は欠けている部分では真実が多少あるかもしれないが、批判ばかりして伸ばそうという温かさがみじんもなければパワハラなのである。受ける側が繊細であればあるほど、その批判の打撃はボディーブローのように効いてくる。六道は吉岡の言動を最初はあまり気にかけないでやり過ごそうとしていたが、度重なる激しい叱責に、じわじわと恐怖感が精神を蝕むようになっていった。転職して小林株式会社に入った当時にも、同じように叱責する上司がいたが、その時の恐怖感より明らかに倍増している。

 

 職場で働く人は、働く人という以前に、尊厳を持つひとりの人間だと六道は考えた。仕事という名目を傘に、人格を傷つけられたり、仕事への意欲や自信を喪失させたり、時には心身の健康などが危険にさらされるような行為は、決してあってはならないとも思った。

 

 確かに本来、上司・部下といった関係はあくまでビジネスの上での契約で、これが人間的に上とか下とかいう事にはならない。しかし、いつも命令している立場にある人はこれを忘れがちになり、人間性を否定するような言動があったり、仕事上の権限を超えて命令をしたりする場合があるのだ。これがパワーハラスメントの原因になる事がほとんどなのである。

 

  厚労省の報告書にこんな言葉がある。

「全ての社員が家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかで鬱に至らしめたり苦しめたりしていいわけがない」

 この言葉には人間に対する深い愛情があった。人間を会社の中の一つのパーツとしてみるのではなく、もっと現実的で生身の人生そのものを表現している。屈辱にも汚されない尊いものが人間なのだ。 

 

 六道は40代後半である。実母と子供たちのために働いてきたが(子供の母はがんで早くに亡くなっている)、吉岡のこのような執拗なまでのパワハラを受けて、なぜこんな目にあわなければいけないのか、そして、この職場で我慢し続ける意味が見いだせなかったために苦しんだ。それでも、仕事を続けなければならなかった。日々その鬱の症状のようなものは深刻度を増していった。


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パワハラの恐怖を排除するために六道は立つ

 六道の鬱の症状は重症度を増していった。まず、朝の4時ぐらいに目が覚めるともう眠れないのである。今日、会社に行けばまたあの吉岡の怒鳴り声、机を何かで激しく叩く音を聞かねばならぬのであると思うと、心臓が針で刺さされるような錯覚に襲われた。天井の白い壁紙が冷たい雪のようにも見える。寒くて、寂しくて、涙が出そうになる。人間の出会いとは良い時と、悪い時がある。全くあわない一面非道な男に巡り合ったということは、何の因果なのだろうと六道は思った。ただ、この現実から『逃げたい』という想念が湧き上がるばかりである。昔、田舎の高原の草むらに横たわって、様々なことを空想した時も、ほとんど叶わないことを知りながらも夢のような気分になっていた。今も憎い敵である吉岡が倒れ伏すシーンを空想すると、少しだけ六道の気持ちは落ち着いた。それでも、年齢のせいだろうか、社会の苦しい荒波にもまれたせいだろうか、あっという間に現実に引き戻される。そうなると、現実から逃げることしか思いつかなかった。その行くつく先は、たった一つだった。『死にたい』という言葉がふと頭の中を過るのである。

 

 そんな時、がんで早世した妻が良く口にしていた『自殺は卑怯者がやること。自殺は弱い人間がやることよ』という言葉が『死にたい』という言葉を突き刺すように登場してくる。その言葉は人間を正確にとらえた言葉ではないと思うが、自殺への歯止めになることは確かだ。自殺するくらいなら、生きて他の道を探したほうが良いということらしい。それでも六道は大きな蛇に睨みつけられたネズミのように動けないのである。

 

 『死にたい』とその言葉を何度も何度も繰り返した。軽い羽毛布団が鉛のように重い。体が巨大な鬼神に押さえつけられているようだ。

 そして『助けてくれ!』『死にたくないよ!』と六道は心の中で叫んでいた。しかし、誰も助けない。子供たちが助けてくれるわけではない。年老いた母を悩ますわけにもいかない。六道は完全に追い込まれているのである。

 

 ある詩人の言葉に『仮装の人生の悩みを乗り越えよ』という言葉があった。人生は仮装の苦しみを与え、乗り越えて幸福感を味わうためにあるのだから戦えというのである。いわば劇場にいて劇を演じているのであるという趣旨だ。その言葉は一瞬、六道を救いはするが、現実はやはり仮装ではなかった。劇ではなかった。不愉快極まる現実であった。考えれば考えるほど巨大な越えられない壁となり、真っ黒でジャンプしても越えられない深い海溝となり、跨ぐことがけっしてできない燃え盛る炎のような現実にしか思えないのである。

 

 それでも、冷酷に起床の時間はやってきた。朝の6時を報せる近くの寺の鐘が鳴り始めた。ゴーンともボーンとも形容しがたい鐘の響きが、六道の居る二階の寝室にも入り込んできた。

 『起きるべきか、このまま眠るべきか』そんな事を真面目に考えているのである。幸運なのはどこかに割り切れる性格も持ち合わせていたことだけである。『どんなに怒鳴られても、どんなに机をたたいて吉岡が威嚇してこようとも、命はとられることはない』と割り切ろうともした。こちらの考え方のほうがまだ六道にはしっくりときた。劇を演ずるというのはわかるが、演ずる苦しみは変わらないと思った。むしろ、殺されないならまだましと割り切ろうとした。その言葉だけで今日はなんとか会社に行けそうだと、鉛のように重い布団をはいだ。

 

 その時、ふと会社のコンプライアンス委員会のことが脳裏に浮かんだ。『何もしないより、何か手を打ってみよう』と六道は考えた。そしたらあとからあとから、その手法が浮かんできた。服を着替えながら、コンプライアンス委員会への申し立ての文章が浮かんできたのである。

 

 社員通用門でカードリーダーに首から下げた社員証をかざすと、ドアが開錠される音がする。いよいよ戦いがこれから始まると六道は思った。気力が爆発的に高揚しては来ないが、何とか戦う気力を上げ始めた。2階の執務室に入る時にも同じように社員証をかざす。いよいよ突入だと部屋の中を睨み付け回した。

 

 パソコンのスイッチを入れる。いつものカタログ依頼メールを処理すると、六道は電車の中で練ってきた構想を一気に打ち始めた。

 

【パワハラの恐怖を排除するために申告します】

 

 通常、パワハラを受けた場合、逃亡するか立ち上がるかのどちらかですが、今回は上司の行為を改善してもらうために申告します。申告したことによって改善がなされ、不当な扱いを受けないことを強く要望いたします。六道。

 

【申立の根拠】

 

 職場で働く人は、働く人という以前に、尊厳を持つひとりの人間だと思慮します。ですから、仕事という名目を傘に、人格を傷つけられたり、仕事への意欲や自信を喪失させたり、時には心身の健康などが危険にさらされるような行為は、決してあってはならない行為と考えます。本来、上司・部下といった関係はあくまでビジネスの上での契約で、これが人間的に上とか下とかいう事にはなりません。しかし、いつも命令している立場にある人はこれを忘れがちになり、人間性を否定するような言動があったり、仕事上の権限を超えて命令をしたりする場合があります。これがパワーハラスメントの原因になる事が多いと思われます。

 
【巷で言われているパワハラへ抗議する気持ち】

 

「全ての社員が家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかで鬱に至らしめたり苦しめたりしていいわけがない」

 

  パワハラ事例(吉岡常務から受けたもの)

 

1.3月25日。営業部の新しい自分の席にやってくると、開口一番パソコンについてこう言った。「君は何をしているんだ。僕が今日ここに赴任してくることは知っていたはずだ。すぐに用意しろ。明日まで必ず準備してくれ!」と倉本部長が事情を説明しても聞き入れてくれない。さらに「君、新しく赴任してきた者に対しての気持ちの配慮がないではないか。仕事をしていないのと同じだ。いつまで入るか確認してこい」と目を吊り上げて怒鳴った。周りにいた社員は、その怒りの声に緊張が走り不快となった。「傲岸不遜」そのものである。

 

2.3月25日。着任早々から部下の完全なる呼び捨てである。「鈴木!」「磯貝!」と自分の席から大きな声で呼びつける。その何か毒気を含んだような叫び声は周りの社員に恐怖感を与えている。当然というような顔をして権威を振りかざして呼びつけているようにしか思えない。

 

3.ほぼ毎日。若手社員を自分の子分のように使っている。たばこや飲み物をコンビニに買いに行かせる。部下に私事を命じるのは明らかに不適当な命令です。

 

4.4月12日。土曜日の接待ゴルフで茨城方面に行く予定だった。入社2年目の細川君がその前日の金曜日に常務席に突然呼ばれ、運転手として土曜日出勤を命じられる。本人は家族の用事があったのにキャンセルしている。完全に公私混同である。運転手がいなくても自分で運転していけば良い話である。

 

5.4月23日。六道と吉岡常務は広告宣伝のことで打ち合わせをしていた。その時に、営業部の部下を呼ぶ時には、せめて君かさんをつけて欲しいと意見を述べた。すると「何だと!俺に社員を君やさん付けで呼べと指図するのか。いままでの赴任先の支店では、一度もそういう風に呼んだことはない。士気を高め、適度の緊張感のためには呼び捨てのほうが良いんだよ。君に何がわかるんだ。君は何様のつもりだ。この部署の責任者はこの俺だぞ。俺が決めることだ。黙っていろ」と激怒した。そして形相は一変し、常務席の横にある打ち合わせ用の椅子を意表を突くように蹴ったので、フロアに転がっていった。

 

6.その後、吉岡常務は興奮して打ち合わせしていた報告書の束をつかむと、無言のまま六道の顔めがけて投げつけた。幸い、六道の顔に当たることはなかったが、書類は転がった椅子の方にめがけて飛んでいった。続けて六道が時間をかけて作った分厚い広告宣伝の一覧ファイルを何度も激しく机に叩き付けた。身の恐怖を感じた。

 

7.毎日のように、六道筆頭に特に気に食わないメンバーが3人ほどいて、徹底的ないじめを行っている。気に入らない報告者の前で定規や書類の束で机をたたく。

 

8.毎日のように、六道の目の前では、決まって分厚い報告書類のファイルを何度も激しく机にたたきつけるようになった。周りにいた同僚たちは委縮して仕事が手につかない。もう仕事の相談ができる雰囲気はなく、営業部全体の仕事が全然進まなくなった。

 

9.自信のない発言をすると立腹する(例えば、4月の新人研修を営業部でやっている時、「土日の新入社員の動きはどうなっている?」と質問してきた時、「例年ですとホテルで休息していると思います」と答えた。すると、「そうじゃなくて人事に確認するべきだろう」と怒る。なんで私の言うことに対していつも気に食わないのだろうと悲しくなる)。

 

10.5月7日。新人のパソコンの入荷が遅いと叱責する。本来は人事で、各部署に配属された新入社員にパソコンを準備しあてがうのですが、一か月後の入荷と聞くと、「遅い」と人事に言うべきことを代わりに叱責された。

 

11.5月8日。総務の井上部長代理が作成し指示のあった(メールで)営業部内の新人の準社宅申請書に印鑑を押してもらうことがあった。たまたま内容にミスがあり総務の責任であるのに「チェックしないお前が悪い」と2時間も準社宅に関する関連資料の開示等を要求し、不備があると叱責し、印鑑をなかなか押してくれなかった(この日は精神的ショックで寝込んでしまった)。

 

12.5月9日。面談をしている際に「馬鹿野郎」と呼ぶ。いくら上司でも「馬鹿野郎」と呼ばれる筋合いはない。

 

13.5月13日。会議室で、二人で話をしていた時に、「六道」と苗字で呼び捨てにされた。呼び捨てにされて不快だった。

 

14.5月15日。担当している広告宣伝費に関することについて報告をしている中で、指示を仰ぐ事項があった時、いきなり「何年この仕事をやっているんだ。自分で考えろ。お前は無能か」と叱責された。

 

15.常時、外出するときに「いってらっしゃい」と挨拶しても、完全無視する。

 

16.5月20日。営業部の広告宣伝予算の件で集計表を作っている最中うっかりミスで叱責され、エクセルがうまく使えないと無能呼ばわりした(周囲に多くの社員がいたので悔しかった)。

 

17.(毎月末)伝票チェックであれこれ同じようなことを何度も詰問して難癖をつける(特にカタログの増刷代等についてはしつっこいほど質問して答えに窮すると怒鳴りつける)。

 

18.6月3日。面談している時、私の口元に手を置く癖を馬鹿呼ばわりして、強制的に修正した。こちらの気に入っている恰好なので言われる筋合いはない。

 

19.6月11日。現行の小林のホームページの解析システムでは作れない製品ごとのアクセス数のデータ作りを要求してきた。最終的には不十分ながら完成したが、そのために膨大な時間を要した(グーグル・サーバへのアクセス数、カタログヒット数、ページ訪問先数、製品ごとのアクセス数、株主アクセス数、各ページごとのアクセス数、アクセスランキングの推移などのグラフを要求、自分の趣向に合わないと侮辱し、叱責する)。

 

20.6月19日。小林のWEBの製品検索メニューのリニューアルについての稟議書作成の際、何度も修正し、「この表現では誰もわからない」などと批判し、OKの印鑑を全く押してくれなかった。教育に名を借りたいじめと受け取った。

 

21.人によって対応がまったく違う(私を筆頭に営業部内の何人かのメンバーに対しては、掛け声、叱咤で恐怖感を与えるが、気に入った人間にはそのような行為をしない)。部下の存在を好き嫌いで判断し対応している。

 

22.6月21日。案件をわかりやすく説明しないと受け付けない。「それはどういう意味だ」「もっと判り易く言え」「誰がそれを言った」「いつそれが判った」等々、特に私に対しては常に詰問する。報告することがしんどく怖くなる。

 

23.6月25日。幹部会議の席上、まだ完成していないのでホームページのことをあえて報告しなかったことに対して、「ホームページのことは俺が言わなければ報告しないのか」と怒鳴りつけた。配った資料が丸まっていたため「こんな資料では使えないだろう」と愚弄した。仕事をすることにものすごい恐怖を感じた。

 

24.部下は上司に対して、正面きって反論しづらい立場にあることをいいことに、ミスをするといつも言いたい放題です。小言を言われる度に委縮しているところに来て、仕事ができない人間と決めつけ、子ども扱いにして馬鹿にする。指摘される側の私はその場にいたたまれなくなり、最低限のプライドさえ踏みにじられる。

 

25.前回指示した内容通り作った予算差異の書類を、「これでは判りにくい」と駄目出しし直させた。その内容が常務自身の考えたものであるにもかかわらず、こちらで作ったもののように言い、判りにくいと言って来た。本来なら、前回言ったのと違うけど、こう直した方がよりいいのでは、と言うのが筋ではありませんでしょうか。判りにくい表現をつくったのはこちらであると責任転嫁されるので辛い。いじめとしか思えない。

 

26.叱るにしても、愛情を持って育てるという気持ちは全く見えず、その時の自分の気分で叱っているとしか思えない。

 

27.仕事ができないのではなく、常務のパワハラ恐怖からのびのびと仕事ができないというのが真実です。人に仕事の段取りを意地悪く質問したりして、うまく答えられないと、子ども扱いや無能力者扱いでは逆に委縮して自信を無くす。権力を持たない者へのいじめである。

 

28.いじめからの逃げ道がなくなれば当然考えるのは自殺だ。悲しいことだが、親族でやはり58歳で自殺でなくなっている者がいる。だから、弱気になっていけないと思うが、ふっと考えてしまうこともある。しかし、幸いなことに、家族や親友たちや同僚たちに相談すると、そんな気持ちを打ち消してもらい、前向きにしていただいているのが現実である。人間は一人では弱いものだと痛感するが、かなりの期間悩んできたこともあり、思い切ってこの気持ちを今回は吐露させていただく。

 

 六道は一気呵成で打ち込むとほっと一息ついた。かなり大きな音でキーを打っていたから、周りの人間は急ぎの仕事だろうかと思っているようだ。幸い吉岡は朝の会議で空席だった。文章を作る前よりは鬱病でも少しの充実感が六道の胸のあたりを温かくした。

 コンプライアンス委員会のメールアドレスを打ち込むと、送信ボタンを押そうとした。しかし、この送信ボタンを押すための勇気は、簡単には内部から出てこなかった。時間が止まったような気さえした。周りの社員たちが高速度で動き回っているようにさえ思えた。一歩踏み出すためのアクションは、重圧となって六道を躊躇させたのである。だが、どんなに考えても、苦しみから逃れるためには正面から戦うしかないという結論に行きついた時、送信ボタンを押すことができた。メール送信中の表示がびっくりしたように点滅している。いよいよ戦いが始まったのである。六道は重圧感を抱きながらも、前に進むことを選んだのであった。

 

 その日の夕方、六道の内線電話が鳴った。液晶パネルには西村直人常務の内線番号が表示されていた。『戦闘開始!』と鼓舞しながら、六道は受話器を取った。

「西村です。メールの文章読みました。ついては明日の朝早く話ができますか?」

「大丈夫です。どこに行けばよいでしょうか?」

「3階の私のところに8時半に来てください」

「判りました」

 受話器の向こうで電話を置く音がした。六道は身震いした。明日までの13時間余りの一秒一秒が煩わしく思われたが、耐えなければならない。

 

 朝、3階に上がり、西村直人常務にあいさつをすると、ニコリともせず小会議室の一つに入るよう指示された。まだ梅雨は開けておらず、雨は降ってはいなかったが、空がどんよりしているのが窓から覗けた。向き合って座ると六道の緊張感はマックスになった。

「あなたのメール読みました。ついては面談をして、その内容についてよく聞きたかったので、今日は来てもらいました」

「はい。よろしくお願いします」

  面談は書いた内容についての状況を、執拗なまでに問いただすような雰囲気があった。鋭い西村直人の質問に六道が窮すると、

「あなたが、その点について明確にできないようであれば、コンプライアンス委員会を開いても勝てませんよ。吉岡常務と対決するのだから、もっとしっかりしなさい」

 西村の口調は鬱病に罹りつつある者への温かい言葉ではなく、むしろ厄介なことをしてくれて困っているんだ、というばかりの不機嫌な感情が含まれていた。いや、むしろいつもの西村のスタンスなのだとも六道は思った。

 一通り、メールで記載した告発文の検証が終わると、もう一時間は過ぎていた。コンプライアンス委員会に申し立てをするということはしんどいことであり、よほどの覚悟ができていないとできないぞ、という脅しまで出てきた。六道はむべなるかなと思った。西村は数年前に六道の上司だったことがある。その時にも六道は幾分鬱気味で、西村から何度か激しく叱責され落ち込んだことがあったが、西村はやはりその時と少しも変わっていないということを改めて思い知らされた。コンプライアンス委員会の委員長になったというのは、単なる前職者の退任によって回ってきた役であり、それによって急に温かい人間性が養われるなどということはないのである。鬼は鬼なのである。六道が自殺をほのめかしたことについても、 

「こういう言葉を使ってはいけないと思う。もし本当だとしても、こういう脅迫めいた言葉はあなたの立場を悪くするだけだ。だから、この文言はコンプライアンス委員会を開く際の資料としては削除してもらえないか?」

「確かに極論すぎるかもしれませんが、そう思ったのは事実です」

「事実だとしても、今後のことを考えると簡単に吐く言葉ではない。自重してくれないか」

 六道は不満だったが、しぶしぶ了承した。 

「大体のことは判りました。この申し立ての自殺の部分を除いて吉岡常務に確認してみるから、1週間ぐらい時間をください。また面談しよう」

 

 六道は被害者でありながら、加害者のような扱いに納得がいかなかったが、とりあえず緊張した面談から解放されて、自分の席に戻った。周りにいた同僚たちは、申し立てのことを知る由もなかったが、六道には力強い味方に見えた。


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予期せぬ人事異動、申立の撤回

   西村に吉岡のパワハラについて申し立てを行って回答が来る前に、六道は小会議室に呼ばれた。長身で白髪の吉岡は小さな手帳を持ち、先に小会議室に入った。

  10人ぐらいが入れる小さな会議室だ。ロの字形式の会議室で真っ白な机がまぶしい。湿度が高く、部屋の温度もかなりあったので、六道はすぐにエアコンのスイッチを入れた。真っ赤なシンプルな椅子に吉岡は先に座った。調度誕生席に当たる場所である。六道はその斜めの一番近い席に腰を下ろした。真向に相対して座るより、その方が気が楽であった。 

   吉岡はすでに六道のコンプライアンス委員会への申し立てを、聞いているのだろうか。それを六道は正面切って聞く勇気は今はない。もし聞いていたとしても、それによって立場上弱音を見せるわけにはいかないから、いつもの不機嫌そうな渋い顔で防御しているのかもしれない。六道を一瞥して口火を切ってきた。

「今日呼んだのは他でもない、単刀直入に言うけどびっくりしないで欲しい。人事部からの命令です。当然社長も了承している」

   六道は降って湧いた様な突然の話のようなので、胸騒ぎと、陰謀めいたものを感じ、身構えて耳を澄ました。

「六道課長は総合職だね?」

「はい、総合職、一般職の導入の時から総合職です」

「それでは、総合職というのは、会社からの転勤を命じられた場合、受け入れなければならないということは知っているね?」

「存じています」

   六道は自分の広告宣伝の仕事は専門職であるから、転勤があるはずがないと高をくくっていたので、総合職を希望していた。総合職と一般職では当然年収に大きな差がある。出世についても歴然とした差があるのである。

「転勤を断った場合、退職しなければならないということも知っているね?」

「ええ、かつての同僚が大阪への転勤を断ったため、やむなく転職したことは知っています」

「じゃあ、話は早い。実は、九州支店で、事務責任者だった人間が事件を起こしてしまった。これは会社内では公表されていない事件だが、すぐに次の人間を配置しないと業務に支障をきたすということで、人選が進んでいたが、今回、六道課長に白羽の矢がたった。承知してくれるかね?」

「・・・・・・」

 六道は予期せぬ人事異動に言葉が出なかった。晴天の霹靂という言葉が頭の中を駆け巡った。まさにそれ以外の何物でもなかった。これはもしかしたらコンプライアンス委員会に申し立てしたことに対する復讐なのだろうか。目の前にいる吉岡はそのような気配など毛筋ほども見せない。厚顔無恥極まれりだ。人事からの通達とすれば、西村から目の前の吉岡に直接話があったはずであるから、間違いなく一瞬の隙も与えずに意趣返しされたのである。会議室の中のエアコンが、時々不気味な唸りを上げているような気がした。沈黙は数分、いや数秒かもしれない。六道の頭の中は、悲鳴を上げてあらぬことを想起して回転していた。くぐもったような声で、やっと六道は言葉を発した。

「赴任するとしたらいつからですか?」

「早い方がよいので7月25日には一回九州に行ってもらいたい。辞令は君が承知次第で出すそうだ。行ってくれるね」

 吉岡はいつもの攻撃的で、人を侮蔑したような目つきではなく、顧客に接するときのような柔らかい笑みを含んだ目つきになっていた。いいや、よく見るがいい。口の端にはうす笑いさえ浮かべているようではないか。六道はこの場でコンプライアンス委員会に申し立てした内容を、ぶちまけたい気持ちになった。全てのパワハラ行為の悪行をこの場で叫び、この人事異動は間違いなくその申し立てに対する意趣返しであることを、暴き出してやりたいと思った。しかし、実際西村と吉岡の間で何が話されたのか。どうコンプライアンス委員会は動いているのか把握できていない今、うかつに勝負することはすべてを失ってしまう危惧さえあった。それに今この場で戦う気力など六道になかった、というのが本当だろう。六道は鬱なのである。

「すみません。一週間だけ考えさせてください。総合職であってはならないことかもしれないのですが、年老いた母と子供が二人います。話し合いをする時間を下さい。それでもうまく事が運ばなければ最悪の事態も覚悟します」

「最悪というのは人事命令を拒否するということかね?」

 吉岡の目は明らかに笑っていた。

「ええ、それもやむなき選択と思われます」

「判った。それでは一週間待とう。人事部の方にもこれから行って話しておく。よろしく」

  吉岡はすたすたと部屋を出て行った。吉岡の座っていた赤い椅子は、テーブルの中にきっちりと押し込まれることもなく、斜めにだらしなく出しっぱなしである。きっと、吉岡自身も六道と面談して人事のことを告げることに、一抹の恐怖と不安があったのだろうか、と六道は勝手な想像をした。六道は赤い椅子をテーブルの中に押し込むと、エアコンと照明をオフにして会議室を出た。

  

 六道はその日市川の自宅に帰り、70歳を超えた母と専門学校生の京子と高校生の高志をリビングルームに呼んだ。母親はいつも笑みをたやさないおとなしい女性だった。妻が亡くなったあと、父もすでに他界していたのですぐにこの市川に越してきてくれて、本当の母親のように子供の面倒見てくれたおかげで、二人の子供はわがままな面もあるが、素直で優しいところは母親によく似ている。まあ、癌で死んだ妻と生前過ごした日々が、命の尊とさを教えてくれたというのも大きいのかもしれない。

「集まってもらったのは、今日会社で転勤の打診があったので、皆に相談したかったからだ」

「本当、パパ、どこに転勤なの?」 

 愛娘の京子は目を丸くして驚きの声を発した。

「九州支店だ」

「ずいぶん遠いとこね。私はいけないわ。専門学校もあるし」

「俺も無理だよ。高校を変えるわけにはいかないし」

 息子の高志も即答である。

「判っているよ。みんなが一緒に転勤することなど端から考えていない。だから行くとしたら単身赴任だよ」

「私は心細いよ。子供たちを守るって言ったって私はもう年だし」

 優しい母はもう弱音を吐いている。

「それも判っている。だから相談なんだ。皆は反対なんだね?」

「あたりまえでしょう。そんな会社の都合でパパが遠く離れて仕事するなんて、私は毎日心配だわ」

「俺は男だから大丈夫だけど。おやじがいなければ俺の責任大ってことだよね。これから大学受験だし、いないよりはいてくれた方が・・・・・・」

「そうか。子供たちももう大人だから言うけど、もしこの転勤を断ったら会社を辞めなればならないかもしれないんだ」

「そんなことってありなの?私は信じられないわ。会社っていうのはそんなに冷酷なの。パパが毎日頑張って仕事しているのを知っているし、それは伝わってくるわ。それなのに転勤を断ったら退職させられるなんてブラック企業よ!」

「ブラック企業ということでもないが、パパは総合職なんだ。総合職は転勤しない一般職と比べて、それなりに給料の待遇が良く出世もできる。だからその交換条件として基本的には会社があっちへ行けと言ったら、即転勤しなければならない。それは会社は一つの組織であり、その組織が有効に力を発揮して利潤を上げるためには、総合職の社員は、一つの歯車として従わなければならないのは当然かもしれない。ただしその組織の中で働く人間も生身の人間だから、いろいろなことが起きるんだろうね。もし転勤に従わなかったら、総合職でも転勤拒否ありとなって、周りに示しがつかなくなるっていうのが会社の言い分だと思う」

「たとえそうだとしても、私はパパと離れて生活するなんて考えられない。絶対許せない。転勤反対!退職反対よ!」

 正義感が強くて感情の起伏の激しい京子は、怒りが抑えられないようだ。六道はこれ以上話すとこじれそうなので、ひとまずあと一週間の猶予をもらったから、会社に直訴する方向で、転勤はできるだけ断ることにして、虫のいい話だが退職は何とか逃れるよう努力してみる、ということで家族会議を締めくくった。上司のパワハラを受けていて、コンプライアンス委員会に申し立てしていることについては、あえて触れなかった。

  

 翌日、会社に出ると西村からメールが入っていた。明日の朝、8時半から申し立ての件について、お話をしたいから3階の小会議室に来てくれ、と書いてあった。六道はただちに了解の返信メールを入れた。鬱でも戦わなければと、弱い心を鼓舞した。

  

 朝の8時25分に3階に上がると、西村が例のごとく固い顔つきで、小会議室の方を指さして、入室するようにうながした。いつもの西村の素振りだが、六道にとっては、もっとにこにこできないものか、といつもの条件反射のような言葉が浮かんだ。

 

  小会議室には朝日が差し込んでいてまぶしいくらいだ。室温もかなり高いのでエアコンを急激に稼働させる。風が起こる音が白い無機質的な部屋を支配する。西村は奥の席に座った。六道は対面に座ることになった。

「朝早くからすみません。さっそく本題に入ります。あなたから来たメールは印刷して、その日のうちに2名の営業部のメンバーと吉岡常務と面談した。あなたの言ったことが真実なのかの確認をして、ほぼ間違いないようだから、僕の方が彼より常務でも上位役職だから、今後注意するように話した」

 ということは、すでに申し立ての内容は、その日のうちにあの吉岡に伝わっていたことを、六道は初めて知った。青天の霹靂の人事を言ってきた時には、既にかなり時間が立っていたというわけである。それにしても六道の申し立てがあっても、面談の時にほとんど動じないということは、あの吉岡はかなりの役者なのであろうか。六道は肩透しを食らったような気持になった。

「そんなに早く動いていただいているとは、ありがとうございます。同僚にもすでに聞かれているのですね」

「聞きましたよ。双方にとって中立であるためには、情報がないと判断しようがないのでね」

 突然会議室のドアをノックする音が聞こえた。聞きなれた声で

「入ります」

 と言って血色の良い日焼けした顔の夏目部長が入ってきて、西村の横に座った。

「夏目君忙しいところ悪いね。六道さん、彼が実質的にコンプライアンス委員会の召集などを行うから、同席してもらうよ」

「判りました」

「それで、吉岡常務にはあなたの書いたパワハラと感じたところを、一つ一つ確認してもらった。彼はパワハラとは思っていないところも多いが、反省すべきところもあると言っていた。それであなたがコンプライアンス委員会で証言するなら、どうぞやってくださいと言っていた。あなたが証言を正式にやりたいのであれば、そのように進めるがどうしますか?」

「吉岡常務は反省すると言っているのですか?」

「行き過ぎた面があることは承知しているようだ。ただあなたの仕事のやり方に対しては、不満を持っているようだ。だからああいう行動になったと言っている。どうするかね。コンプライアンス委員を招集して、吉岡常務に対して、あなたは一つひとつ申し立てをするかね?」

 六道は、すぐには返答できなかった。ただでさえ鬱なのに戦ったわけだが、本音を言えば戦わないでうまく収まるならなお良いと感じていた。鬼神のように戦うには弱すぎた。人が良いのであろうか。人が良すぎるがゆえに、パワハラの餌食になると言えなくもない。 

「あなたが、今回申し立てをすれば、脅かすわけではないが、将来にわたって不利になるのは確かだ。それでもいいかね?」

「というのは私の人事異動の話でしょうか?」

「その話は、あなたが申し立てをする二日前に内定していた話だから、全く別の話だ。ただし、あなたが申し立てをすることによって、事態は悪化することは免れないかもしれない」

 西村は六道に申し立てをさせないために、どんどんと詰め寄って来た。それは強引であればあるほど事務的で冷たく感じる。フランクではないのである。そんな対話は六道は大嫌いであった。それでも決断しなければならなかった。

「そうですね。いろいろなことで頭の中が混乱していますが、人事異動の件は別として、今回の申し立ては、現在の心境では取り下げる方向に傾いています。先方の吉岡常務が軟化しているというのであれば、私も矛を休めても構わないと思います。しかし、また同じようなことが起きるようであれば、再度申し立てをするという方向で行きたいと思います。如何でしょう?」

 その時一瞬、仏頂面の西村の顔が緩んだように見えた。

「そう決断してくれるなら、この問題をうまく収束させることにはやぶさかではない。もしコンプライアンス委員会で対決することになったとしたら、多分あなたが営業部をやめるか、吉岡常務が営業部をやめるかのどっちしかないわけで、会社としては吉岡常務をやめさせるという選択は不可能だと思う。だからあなたが矛を収めてくれればまずは安心だ。しかも人事異動の話が起きているから、ちょうど良いのではないのかね」

「それでは、吉岡常務への申し立ては様子見をしますが、とりあえず取り下げていただくことでご了承ください。しかし、それでも変わらないようであれば、また申し立てをすることもある、ということで今日は終わりたいと思います。人事異動に関してはここでは触れません」

「判った。それではあなたが矛を収めたということを、吉岡常務に話しておきます。それでも何か不都合なことが起こるようであれば言ってください。夏目部長からは何かあるかな?」

 日焼けした夏目部長は、にこにこして一言こう述べた。

「やはり、組織は生き物であり、人間関係が一番大変だと思う。今後はぜひ吉岡常務とうまくやれるよう頑張ってください。僕も出来るだけ小林株式会社が、人間尊重の良い組織になるよう努力していくよ」

「色々とありがとうございました」

 

 会議室を出ると、六道は少しだけさわやかな気持ちになった。きっと艱難辛苦はこれからもあるだろうが、今だけは鬱病もなく、以前の生気あふれるような精神状態の瞬間が訪れた。2階の執務室に降りると、吉岡がすりガラスの中の椅子に座っているのが見えた。すると、人事異動の課題をどう乗り切るか、でまた頭がいっぱいになるような気がした。  

 それから、六道は前々から薄々感じていたのだが、コンプライアンス委員長の西村常務と営業部の吉岡常務は同期だということで、もしかすると裏で結託している可能性もあるのである。以前人事の人間が、うちの西村常務と吉岡常務は仲が良いから、案件がすぐ決まると言っていたことが気になっていた。また、西村常務は六道の元上司だったころ、やはりパワハラめいた言動が多かった。会社の中の弱者を認めず、仕事ができない優柔不断な人間に対しては、切り捨てよ、というような考え方をする男であった。やはり、組織の人間を、一つの歯車で判断するというタイプなのであった。


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