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序、偶然性の寺田寅彦

 

 よく言われるように寺田寅彦の随筆がとりあげる話題は文系から理系まで、専門知から日常の出来事まで、極めて多岐に渡る。山本貴光は「寺田寅彦学術連環図」なるものを設け、それらを視覚的に大雑把に整理しているが、その高い領域横断性は一目瞭然だ(註一)。しかしながら、私見によれば、雑多にみえるその多くの掌篇には、共通する中心的な関心が、いわば複数領域をとり結ぶ特権的なノッドの役割を果たすものがある。それを本稿では「偶然性」と呼びたい。偶然性概念は末延芳晴(註二)などが一瞬言及してことがある語だが、それを真正面に、寺田の本質的テーマと捉えた研究は未だ存在しない。

 偶然性の問題は寺田の随筆において、顕在的に記されることもあれば、潜在的に隠れている場合もある。顕在的に理解できる代表作は、例えば、「ルクレチウスと科学」(『世界思潮』昭四・九)だ。古代ローマの哲学者ルクレティウスは、(小さな原子の集合が物を形作るという)原子論者で知られているが、無数に降ってくる原子同士に必然的な結びつきを認めなかった。寺田曰く、「元子が集合して物を生ずるのは、元子の混乱した衝突の間に偶然の機会ができあがるものであって、何物の命令や意志によるのでもない」。偶然性contingencyとは語源的にいえば、contactという言葉に等しい(共にラテン語「共に‐触れる」con-tangereを元にしている)。原子同士のコンタクト(遭遇)によって、すべての事物は偶然的に生まれた。凡ゆる存在を司る偶然論がここにある。

 しかし、大正期から既に寺田は偶然性の問題に取り組んでいた。分かりにくい作で一例を挙げると、「堅吉」なる虚構の登場人物に自身の思いを仮託した、小説「球根」(『改造』大一〇・一)。話は堅吉宅に差出人不明の小包郵便が届き、中身を見ると、何の花だか分からない球根だったという処から始まる。堅吉は差出人と球根の正体をあれこれ思案するが、結局差出人は予想外の親戚だったことが分かる。一見、偶然的にみえたものの由来を辿っていくことで「可能で蓋然である」事態に落ち着いていく。蓋然性は後述するプロバビリティの問題に直結するが、これは偶然的問題系の一部であるといえよう。

 また、繰り返される一致(コインシデンス)への興味も偶然性探究の過程でこぼれ落ちた一断片といえる。例えば「断水の日」(『東京・大阪朝日新聞』大一一・一)。ここでは地震の影響による水道の断水と電灯のスイッチの故障の重なる「偶然の合致」に見舞われた出来事を語っている。或いは、「子猫」(『女性』大正一二・一)。一度留守中に子供を死産したことのある飼い猫が、再び「偶然な吻合〔コインシデンス〕」で家族が出かけるその時、産気づく。コインシデンスというこの語は後年展開される映画論でも登場している(「映画時代」『思想』昭五・九)。勿論、ここにはcontigency-contact的な発想が認められる。

 本論考は、寺田偶然論と仮称すべき諸々の随筆で表出してくる偶然的問題系の展開を以下見ていきたいのだが、先んじて、大雑把にアウトラインを紹介しておきたい。寺田の偶然論は先ず、アンリ・ポアンカレの翻訳に端を発し、それと同時に先端科学の知見に刺激された今日でいう複雑系科学の発想によって本格的に育まれていく。あくまで最初は科学的な分野での偶然性が主張される。そこでの鍵語はディテールだ。その隣りで、可能性の低い偶然性と可能性の高い偶然性という確率(プロバビリティ)のテーマが浮上する。寺田は以後、随筆中にプロバビリティ(確率や蓋然)という言葉をよく使うようになる。そしてこの科学的発想が核となって、ルクレティウス論につながるような存在論的偶然論、連句論で顕著となる芸術論的偶然論へと展開していく。ここではモンタージュの語を用いてその本質を説明することができる。

 既に述べたように、寺田の随筆群は広範な興味と高い横断領域性から、一見、その統一的把握が難しいようにみえる。しかし、寺田は闇雲に無差別に執筆を行っていたのではない。或いは、別のいい方をすれば、闇雲さや無差別さこそを自身の固有の方法に組み込みながら著述を続けていたという点で寺田は一貫している。無差別さこそが一貫している。何故なら、その脈略を欠いた対象選好こそ偶然性に準拠した方法であるといえるからだ。

 本稿はそれらを綜合的に束ねる視点を提供することを目指す。そして、その際に役立つのが、偶然性という概念、更に腑分けしてみれば、ディテール・プロバビリティ・モンタージュという偶然性に関する三つのアスペクトである。始めに断っておけば、この三つのアスペクトは、それぞれが独立しているというよりも、三つの組み合わせ、三位一体が寺田偶然論の本質を成している。どれがどれより優位であるというわけでもない。以下の記述が、独立的にそれぞれを取り扱うのは、単に説明の便宜の為でしかない暫定的処置だ。

 


一、ポアンカレ翻訳

 

 寺田偶然論を具体的に検討する前に、寺田にとって特権的な固有名に一瞥を与えておく。それは、いち早くカオス的挙動に注目したフランスの数学者であるアンリ・ポアンカレだ。ポアンカレは三個の天体が互いの重力で運動する場合の解が混沌となってしまうことから、運動が無秩序化するカオス状態の存在を唱えていた。寺田は大正四年の『東洋学芸雑誌』に二回分ポアンカレの主著である『科学と方法』の中から抄訳して「事実の選択」(二月)と「偶然」(七月)を載せている。この翻訳は、寺田が長い間師事していた夏目漱石の未完の大作『明暗』中の一エピソードにも活かされている(註三)。

 大正四年は寺田が本格的に随筆を書き始める前のことだが、それ以降、偶然論的要素を多分に含んだ掌篇を次々と生み出していくことから考えても、ここで学んだ知見が、寺田偶然論の根本的な発想源になっていると考えていい。実際、寺田はそれ以降、事あるごとにポアンカレの名を登場させている(註四)。

 では、その翻訳には何が書かれているのか。「事実の選択」から読もう。これは『科学と方法』の巻頭言である。まずポアンカレはトルストイの言葉をきっかけに、観察や実験すべき科学的対象としての事実の無数性に注目する。「研究者が一つの事実を発見する間に其人の五体の各立方耗中には幾十億万の事実が起つて居る」。それ故、科学者は自分の研究のために事実の選択を行わなければならない。その事実とは科学の役に立つ事実、つまり「応用の出来る事柄、即ち最も多く繰り返さるる見込みのある事が、最も価値ある事実」である。ではそれは如何なるものなのか。

 ここで偶然性の問題が表出する。最も価値ある事実とはシンプル(簡単)な事実である。何故ならば「複雑な事実の中には百千の事情が偶然的に結合され又更に場合によつては稀有な偶然によつて此等が結合されて居る事もある」からで、それは「繰り返さるる見込み」、反復可能性が低いので当てにならないのだ。後述するが、これは再起的/非再起的という言葉で寺田が取り上げ直すテーマだ。また、選択の問題は、映画論において監督の主要な役割としての「選択」性を予告しているといえる。

 シンプルな事実を選択していくと当然、反復可能なものが定まっていく。これにより、「方則」が成立する。すると今度は反復しないもの、「除外例」に注意が向く。時や場所の差異によって「方則」が裏切られることもあるのではないか。それを検証する仮説や実験を通じて、つまり「吾人に取つては其他に何の交渉もない様な遠い処を流浪した後で始めて此の片隅の事が良く解る様になる」。これが抄訳の要諦である。「方則」が絶対的でないという認識はそのまま、随筆「方則について」に引き継がれる。
 もうひとつの翻訳、ポアンカレ「偶然」には何が書かれているのか。この翻訳は未完であるが、ポアンカレは先ず、偶然なるものを二種類に分けている。第一は「一度定まれば常に適用されるような調和的な法則に従ふらしい者」、つまり確率論で処理できるような偶然性、第二は「全く偶然的に見える者」、つまりは純粋な偶然性だ。

 ポアンカレは、現代人がとりわけ後者の偶然を認められなくなったと主張する。というのも、現代人は「定数論者〔デテルミニスト〕」であり、因果を辿れば偶然は必然になるのだから、目指すべき無限の知性をもった「霊知」ならば偶然性は成立しない、と考えているからだ。偶然とは無知に由来する、というわけだ。しかし、無知を前提にしても偶然性を部分的に克服することはできる。それが前者の確率論=公算論(プロバビリティ)の考え方だ。ポアンカレによれば「公算論的の計算によつて兎も角も応急の知識を得られる様な種類の無秩序的現象と、それから此れを支配する法則の分る迄は一切何事も云へない様なもの」は区別されねばならない。ポアンカレは物理学、気象学、天文学、賭博などの例示を出して、極小の影響が大きな偶然的帰結をもたらすことを主張しつつ、それに寄り添う確率論の効能を語っている。この態度もやはりそのまま、寺田のディテール論やプロバビリティ論の基本的認識に受け継がれることになる。寺田のポアンカレに対する信頼は絶大なもので、未完に終わった『物理学序説』(大九)では、翻訳「偶然」をそのまま附録として所収しようとしていた。

 ただし、ポアンカレと寺田の間には差異もある。例えばポアンカレは「事実の選択」の最後の方で、科学者が科学的研究に乗り出すのは、自然の美によると述べ、その美とは「五感に触れる様な、物の性質や現象の美ではない」とプラトン主義的な(つまり現象とはイデアの仮象に過ぎず真の美は感覚できない、といった)注記をしている。感覚的に現象する「其種類の美は科学と没交渉で」、科学的対象としての美とは「部分の調和的排列に因つて生ずる美で、純粋な知によつてのみ感得される様な、ずつと内的な美」である。ここは大きく寺田と異なる。詳細は後述するが、寺田は随筆の対象であれ、専門分野の物理学の対象であれ、日常身辺のものを中心に構え、研究を進めた学者だった。寺田はイデアに飛躍しない。寺田の偶然論は、ポアンカレから大きな影響を受けつつも、単なる輸入に終わらない独自性が認められる。

 さて、準備は整った。寺田のテクストを読んでいこう。


二、ディテール・万物相関・方則

 

 寺田の随筆で、最初に偶然的テーマが現れてくるのは「方則について」(『理学界』大四・一〇)である。このテクストで、寺田は先ず第一に、孤立系(isolated system)という考え方に対して異議を唱えている。孤立系とは、物質も熱もエネルギーも往来できず外界から隔てられたシステムのことを指す。一見、様々な事象は独立性をもっているようにみえる。しかし、寺田の言葉に従えばそれは「抽象」的想像に過ぎない。

 分かりやすい例として挙げられているのは、風が吹けば桶屋が儲かるという諺だ。一見、風が吹くことと桶屋が儲かることには何の因果関係もないようにみえる、その二つは孤立しているようにみえる。しかし、風が吹くと土埃が立ち、土埃が目に入って盲人が増え、盲人が三味線を買うので猫が沢山殺され、猫が減ると鼠が増え、沢山の鼠が桶を齧って桶屋の需要が増える。と、このように、因果の連鎖によって時と場所を異にしてもある入力が思いもかけぬ出力を生み出すことはありうることだ。いわゆるバタフライ効果である。凡ゆる事象物象は孤立せず、即ち開放系であり、唯一孤立系に数えることができるのは宇宙それ自体である。

 寺田はこのシステムの条件を華厳経に伝わる「万物相関の理」に比している。「たとえば今一本のペンを床上に落とせば宇宙の運動ひいては全太陽系全宇宙に影響するはずである」。「全天体の片すみでおこなわれているあらゆる変化は必ず吾人の身辺にもいくぶんの影響を及ぼしているはずである」。万物は互いに関係し合い例外なく連鎖して宇宙の果てと果てを取り結ぶ。不確定要素が紛れ込み、インプットとアウトプットが一対一対応しないこのような予測を超えた現象への着眼点から、池内了などは寺田の仕事を複雑系科学の先駆と評価している(註五)。

「無限に入り組んだ網目の中に特別な第一次的結び玉をこしらえてすべての他の第二次第三次以下の結び玉が直接にどれだけの第一次結び玉に連絡しているかを知るのが物理的記載説明の真意義である。前の風と桶屋のごとき関係はむしろ第二次第三次の結び玉を伝って行く過程の云い現わしに過ぎないのでその経路は無数に多義的である」(『物理学序説』)

 風と桶屋の結びつきは決して空想的ではなく、むしろその二つを断ち切り、個々を孤立的に扱うことの方が人工的で恣意的な操作であるといえる。しかし、我々の頭脳はそのような広範囲の複雑な因果律を普段思考しない。通常隣接的な因果で事態の把握に臨む。これを寺田は少し後の随筆「物理学と感覚」(『東洋学芸雑誌』大六・一一)で「思考の節約」と呼んでいる。エルンスト・マッハの言葉で、恐らく寺田はポアンカレの翻訳のなかでこれを知っただろう。翻訳「偶然」に同じ文言がある。ニクラス・ルーマンならば意識システムの「複雑性の縮減」と呼ぶだろうが、その働きこそが、タイトルにもなっている「方則」の本質なのである。「方則」とは複雑な事象を抽象的に処理して定式化したものであり、その人工性故に、絶対的なものとはみなせない。それは「平均の近似的の言い表わし」でしかない。

 既に明らかなように、「方則」の前提には、質を異にする物(或いは事)の複数性が相互干渉することによって一定の結果を予測させないようなシステム、個々の要素の振る舞いのルールが全体の文脈によって動的に変化するシステム、つまり複雑系が存在している。この複数複雑性が所謂科学的法則をかき乱す(註六)。そして、その複雑性の不安定な振る舞いが感知されるのは、顕微鏡に代表される細微的な眼差し、つまりディテールへの注視による。ディテールこそ、科学法則を相対化させる、偶然の舞台設定なのだ。

「化学的現象はもちろんの事ブラウン運動等の研究はますます分子原子の実存を証するようになり真空管や放射性物質の研究はどうしても電子の存在を必然とするようになって来た。人間が簡単を要求しても自然はそれには頓着しない。ただ複雑な変化の微小な事またポアンカレーの言うごとく複雑さが充分複雑であるために「偶然の方則」が行なわれ、多くの場合には簡単な平均的の言い表わしを抽象的に考える事ができるのであろう」(「方則について」)

 ブラウン運動とは溶媒中に浮遊する微粒子の不規則な振る舞いを指しているが、分子や原子のようなミクロなレヴェルで取り扱われる対象の(感覚できないような)運動を、普通の観察者は無視する他ない。「簡単を要求」する、つまり「思考の節約」である。だが、自然は人意の如何に関わらず細部においては複数複雑であり続ける。そのディテールでの振る舞いを予測することは極めて困難だ。「人間が超顕微鏡的の目を持っていない以上は分子や電子を直接見る事ができない」。ディテール的挙動は人間の身体では捉えられない非感覚的な変化であり、逆にいえば、感覚可能なのはそこから生じてくる結果の「偶然」でしかない。

 小山慶太は、感覚不能な諸現象を取り扱う二〇世紀に台頭してきた最新物理学ではなく、日常身辺に生起する現象を取り扱う古典的物理学に寺田が執着し続けたことを強調している(註七)。よく知られる、金平糖の角の数は何故一定なのか、という疑問の探究はその典型的な成果だ。或いは、大学で学位を取得した研究テーマは身近にあった楽器の「尺八」についてだった。しかし、寺田は決して二〇世紀の新物理学を知らなかったわけではなかった。二つを二者択一的に描き出すべきではない。寺田からみれば、日常身辺に起こる偶然的出来事は、感覚不能で予測不能な結果を与えるディテールの世界に繋がっており、新物理学とは探究の入口を異にしているだけにすぎない。「万物相関の理」が有効であるならば、当然、そうなる。

 


三、ディテール・不思議・拡散

 

 ディテールが偶然性の特権的な舞台であるとしたら、その振る舞いを観劇する観客は、そこに驚異や不思議の情でもって応えることになるだろう。ディテールへの注視は「不思議」な微視的世界へと導く。「浅草紙」(『東京日日新聞』、大一〇・一)では、ふと手にした浅草紙の斑点を細かく眺めると、一枚の紙が(様々な製紙工場、様々な家の屑籠といった)「微細の断片」、「来歴のわからない不思議な物件の断片」の集合体であることに気づく。「不思議」なのは、その細部部分の結びつきが偶然的であるからだ。

 「案内者」(『改造』大一一・一)では旅行の際に頼りにする案内記と当てずっぽうに探索する旅の対比を、百科事典と個々の論文とのアナロジーで喩えている。百科事典は要約的な理解には適しているが、それ以上に、オリジナルな論文や著書には、「その中に何かしら生きて動いているものがあって、そこから受ける暗示は読む人の自発的な活動を誘発するある不思議な魔力をもっている」。ディテールには(法則をかき乱すような)「不思議な魔力」が宿る。同じく、(法則に似た)案内記ばかりに頼りすぎていると、「横道に隠れた貴重なものを見のがしてしまう機会ははなはだ多いに相違ない」。「賽でも投げると同じような偶然な機縁」も大事だ。ディテールは偶然の出会いを誘発させるような場所である。

 このようなディテールへの注視は、もうひとつ、偶然性に関する重要な条件を発見させる。それは、一見固定的に存在しているようにみえるものでも細部では微視的な運動が行われ、不断に外界へ開放しているという、流動性や拡散性の性質である。孤立系が無効化されるならば流動や拡散は避けられない。例えば子供向けに『赤い鳥』(大一一・五)で発表した「茶わんの湯」では、お湯が入ったただの茶碗に関して「よく気をつけて見ていると、だんだんにいろいろの微細なことが目につき、さまざまの疑問が起こって来る」として、湯気や湯の渦など、ディテールで拡散し流動する運動を対象に科学的探究心の啓蒙を行っている。茶碗は一見それ単独で固定して置かれているようにみえるが、観察の倍率を上げてみれば、そこにはシステムとシステムの動的な相互干渉がある。言い換えれば、流動や拡散といった運動(変化)がある。

 この発想の応用で寺田は「日本の楽器の名称」(『大阪朝日新聞』昭三・一)を書いている。楽器の名称に関する様々な薀蓄を紹介したあと、寺田は人間の文化一般の拡散性について言及する。

「人間の歴史のある時期に地球上のある地点に発生した文化の産物は時間の経過とともに人為的のあらゆる障壁を無視して四方に拡散するのは当然である。永代橋から一樽の酒をこぼせば、その中の分子の少なくもある部分はいつかは、世界じゅうの海のいかなる果てまでも届くであろうように、それと同じように、楽器でも言語でも、なんでも、不断に「拡散〔ディフュージョン〕」を続けて来たものであろうと思われる。ただ溶媒中における溶質分子の拡散と比べてはなはだしく幾重にも複雑な方則に支配されるであろうし、拡散する「物」の安定度〔スタビリティ〕が少ないために、事がらがいっそう込み入って来るのであろう」(「日本の楽器の名称」)

 孤立系から開放系へ、その流れは人間の文化の産物にも当てはまらなければならない。ディテールの世界は拡散を続け、要素のシャッフリング的状況を生み出す。当然、その組み合わせは思いもよらなかった偶然的産物を生み出すだろう。とりわけ、物理学的対象以上に物質性がなく安定度が低い、つまりは不安定的な文化的対象は一層複雑な振る舞いを演じなければならない。それを支配する「複雑な方則」はほとんど「偶然の方則」に等しい。

 言語の拡散については「比較言語学における統計的研究法の可能性について」(『思想』昭三・三)で詳しく展開される。国語を相異なる複数要素の集合で構成されていることを前提とし、「これらの間にはその化合分解の平衡に関するきわめて複雑な方則のようなものがある」と寺田は述べている。それ故に、言語も文化一般の場合と同じく、世界中に拡散していく。

「かりに地球歴史のある一定の時期において、ある特別の地点において、特殊の国語が急に発生したと仮定すると、それはちょうど水中にアルコホルの一滴を投じたと同様に四方に向かって拡散〔ディフュージョン〕を始めるであろうと仮想される。すなわちその国語の語根のある一つだけを取って考えると、それはアルコホルの一分子のように、不規則にあちらこちらと人から人を伝わって、迂曲した経路を取りながらも、ともかくも、統計的には、その出発点から次第に離れて行くだろう」(「比較言語学における統計的研究法の可能性について」)

 「diffusionの数学的理論によれば隅田川に一粒のアルコホルを落とせばその瞬間にアルコホルは全世界の海に瀰漫し、少なくとも一つくらいの分子はこのアメリカの沿岸に到着しなければならない」という、『物理学序説』の第一篇第六章の言葉が反響している。そして、それ以上に言語の場合は、ディテールにおける拡散可能性が、種類の異なる要素同士が入り混じる新たな変異体(ミュータント)を誕生させる条件を整える。当然、この拡散可能性は「万物相関の理」の言い換えにすぎない。ディテールはその相関性の具体的な舞台であるのだ。

 


四、プロバビリティ・統計的単義性・再起性

 

 ディテールの世界で起こることは「複雑な方則」に規定されており、予測することができない。故に偶然性が発生する。しかし、そのなかでもある種の傾向的な偏りが生じてくる。つまり、生じる可能性の高い事象と可能性の低い事象の程度的差異である。言い換えれば、予測することが極めて困難な偶然性とある程度は予測できる偶然性の区別が生じてくるのだ。

 ここで提起されているのは確率、プロバビリティの問題である。確率や蓋然性という概念は取り敢えず、何の法則性もなしに生じる偶然性に対して、その度合いに序列を与え、偶然性を測定し管理することを目的とする科学的概念だといえる。その意味で、確率は寺田の考えていた「方則」(思考の節約)と発想の根を共にしていることが分かる。「方則」は複雑な事象を抽象化することで、汎用可能で普遍的(時場所問わず)な定式に落とし込む。それは一定の前提の上ならば極めて高い頻度で起こることを科学的に整理して運用しているという意味だ。寺田のいう「方則」は翻ってみてみれば(100%に近似する)高確率の謂に他ならない。

 事実、「方則について」以降、寺田は「プロバビリティ」という言葉を用いて偶然性に宿る法則性を考えている。例えば「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」(『理学界』大六・一)。統計力学を創始したルートヴィッヒ・ボルツマンを引きながら、「分子的に混乱した系(molekular un-geordnet)」、つまりディテールの偶然性に左右されるシステムに対しては、「公算〔プロバビリティ〕」概念の使用が有効であると述べている。そもそも寺田の認識からすれば、宇宙はエントロピー増大の法則(熱力学の第二法則)によって、時を経るたびに乱雑に、予測不可能なものとなっていく。「すべての事がらは、現世で確率〔プロバビリティ〕の大きいと思われるほうから確率の僅少なほうへと進行する」(「映画の世界像」『世界』昭七・二)。更には、「偶然のみ支配する宇宙ではエントロピーは無際限に増大して死滅への道をたどる」(「ルクレチウスと科学」)。エントロピーとは元々熱力学から生れた言葉であるが、それが後に情報理論にも応用され、乱雑さの度合いを示すものとなった。例えば、透明な水の中に赤いインクを一滴たらすと最初は一ヶ所にまとまっていたものが、段々と拡散していき、最終的にインクは全体に均等に広がる。寺田にとって文化的産物も言語もその法則に従うものだったわけであるが、それは秩序が無秩序に、必然的に固定されていた法則が偶然性を被る「方則」に、とって変わるということでもある。その定めを自覚して上で持ち出されてくるのが、確率や統計、つまりはプロバビリティの発想である。

 少し遡って「自然現象の予報」(『現代之科学』大五・三)ではどうだったか。ここでは天気や自然災害の予報が確実ではない事実に対する科学者と世人のギャップを話の取っ掛りにしている。科学者は複数の前提条件を決定した上で予報をするが、そこで行われているのは「偶発的突発的なるものを分離」して考えることだ。世人はこの先行する手続きを理解していない。科学者が求めれるものは、偶然性介入の可能性を極力排除した「近似」である。これを世人は理解しない。このような一般市民に対するいささか批判的態度は、断片的に呟かれる科学教育のアイディアや後年の優生学的災難観へと直結しているだろうが、ともかく、その批判の根本にあったのはアクチュアルな精密科学は決して「偶然」を否定するものではないということだった。当然、その言葉の裏には既に見てきたような複雑系科学的な教養があった。現代科学は偶然性を否定せず、「いかなる測定をなす際にも直接間接に定めうる数量の直接最後の桁には偶然が随伴す」ることを許容する。何故ならば、諸要素の細かな運動が「ミクロコピックでの複羲」、ディテールの〈ああなるかもしれない・こうなるかもしれない〉という不確定性が偶然を呼び寄せてしまうからだ。ならば、その複義を一義的に収束させるにはどうしたらいいのか。無論、「公算的単義性」(確率的単義性とも表記される)、つまりは、プロバビリティの発想を用いることだ。

 統計的単義性とは採取した膨大なデータから抽出した「公算曲線の山」のことを指す。「一はどこまでも一にて二は必ず二なるべし」といった数学的絶対的単義性とは異なるものの、パーセンテージ(一と零の間にある無限に続く小数点的世界)で偶然性に対処することができるのだ。それ故、統計的単義性とは「近似」の謂に他ならない。

 統計的単義性は従来の科学が苦手とするところだった。「日常身辺の物理的諸問題」(『科学』昭六・四)の言葉を使えば偶然性は「非再起的」、つまり反復可能性がない。科学は普遍性を獲得するのに、実験を繰り返すたびに同じ結果になること、反復可能性に依拠している。だとすれば、偶然性を整理管理することは至難の技であるといえる。しかし、非再起性にプロバビリティの考え方を加えれば、「統計的の意味では決定的再起的」な高確率を想定することができる。続く「量的と質的と統計的と」(『科学』昭六・一〇)では、統計的処理が、再起性(Reproducibility)の概念を変革したのだと指摘されている。つまり従来の物理学では混沌的偶然性は科学が避け除けるべき対象であったのに対し、新しい物理学ではその混沌がもっている(近似的)法則性を見つけ出すことが使命となる。ディテールの変動によって一端無効化されたかにみえた法則は、高い確率という形で補正されて蘇るのだ。

 プロバビリティは偶然性を様々に腑分けできる。起こりやすい偶然、起こりにくい偶然、運命的な偶然等々。「病室の花」(『アララギ』大九・五)は、N先生と自分とが同じ季節に同じ病気をして同じ花を枕元に生けているという、「偶然の事」の中に、「何か必然の因果」があるのではいかと疑う。しかし、これはロマン主義的に、或いは神秘主義的に解釈してはならない。というのも、「先生と弟子との間にある共通な点があらば、それは単に精神的のものでもこれが肉体の上に多少の影響を及ぼさないとは言われない」、であるからして、「先生と弟子とが同じ病気にかかる確率〔プロバビリティ〕は、全く縁のない二人がそうなるより大きいかもしれない」からだ。「数学と語学」(『東京帝国大学新聞』昭四・四)でも似たようなことが語られているが、ディテールでの類似や共通点は、ミクロなその観点では「必然な論理」に変わって、マクロでは偶然にみえる出来事も、実は高い確率で準備させるのかもしれない。確率は偶然性の序列を設けることで「より大きい」(より小さい)という比較の考え方を導入できる。

 「小さな出来事」(『中央公論』大正九・一一)では、新しい星を発見することはほとんど偶然的にしかなされないが、だからといって、素人よりも天文学の専門家の方が確率が高いと述べられる。というのも、専門家は素人よりも空を見上げ、見張っている時間が長いからだ。星の発見そのものは見つかるか見つからないか単義的に決定することはできないが、それでも素人よりも専門家の方が見つけやすいという統計的単義性は揺るがない。

 「厄年とetc.」(『中央公論』大一〇・四)では、四二歳の寺田の同窓生が続いて三人も死んでしまった事件を例に、厄年に降りかかる災厄が「全く偶然な暗合で特殊な事件が続発」したとき、「プロバビリティの法則を知らない世人」はそれに驚くが、同時代、同じ趣味、同じ目的、同じような生活環境が共通しているのならば(「病室の花」の文章と同じく)「全く偶然の所産としてしまうほどに偶然とも思われな」くなるだろうと述べている。「プロバビリティの法則」とは統計的単義性のことだといっていい。

 ディテールとプロバビリティという二つのアスペクトを並べてみたとき、多く感覚不能になりやすい微細な偶然的挙動を、等身大の科学として感覚的に捉えようと試みるときに頼りになるのが、正にプロバビリティの発想であることが分かる。寺田は「物質群として見た動物群」(『理学界』昭八・四)で「大数の方則」に言及している。大数の法則とは、一定数以上のデータが揃えば、それ以上なくとも、生じる事象の確率はあまり変化しない値に収束するという理論(例えば、コインを投げて表が出た数を数えるとすると、100回投げても10000回投げても、大体0.5=五割の値に落ち着く)であるが、これは理論的数値や超精密科学と日常的経験とを架橋するものとして理解できる。コインを10000回投げることは普通しないが、そのような実験をせずとも、その確率についての直観の正しさを大数の法則を立証してくれる。

 小林惟司は「微視的な道を深めて本質にせまってゆく立場とは全く反対の極に位する。微視的ではなく巨視的な立場である」と寺田の方法論を述べているが(註八)、これは間違っている。綜合的にみて寺田は微視(ディテール)と巨視(プロバビリティ)を往還しながら、偶然的に現れてくる事象の本質に迫ったのだ。

 



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