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月の糸 一話 03

「さて、智里」
なよの言葉に、気味悪げに比奈垣をのぞき込んでいた智里が飛び上がって顔を上げ、なよの足元にひれ伏した。
「顔を上げろ、話しづらい」
なよの言葉に弾けたように智里が顔を上げる。
「今日一日、苛め倒してから、解放してやろうと思ったが気が変わった。従業員の案内で溢れるように客が逃げていきおる。お前もそれに混ざればよい。追いかけずにいてやるわい」
なよはかぬかに視線を向けるといたずらげににっと笑った。
「これで満足じゃろう、ほんに庶民の妹は面倒臭いわ。少しばかり、こやつの首の骨を折っておけば、それですむものを」
なよの言葉に、かぬかはほっとしていた。うどん屋の店員が妙なことで、白澤様の精鋭になったのだけれど、人を殺すという行為に抵抗がある、まだ、そこのところが割り切れないでいる。
「いつか、その甘さがお前の災厄となるじゃろうが、わしがお前の姉である以上は、あまちゃんの妹を災厄から護ってやるわい」
「あ、あの」
智里が声を上げた。
「ん」
なよが振り向いた。
「かぐやのなよ竹の姫様。私を部下にしてください、お願い致します」
いきなり、智里が床に額をこすりつけた。
「ええっ」
思わず、かぬかが声を上げた。

二話
「いらん、いらん。鬼共に国を滅ぼされ、既に国を再興させる気も失せた。今はただの居候、部下など必要ないわ」
なよの言葉にかぬかも同調した。
「智里さん。なよ姉さんの部下になっても良いことなんて、一つもないよ。こき使われるだけだから」
むっとし、なよがかぬかの頭に拳をごつんと落とした。
「痛っ、たたっ」
「確かにその通りじゃが、口に出されると腹が立つわい」
なよは額を床に擦り付ける智里に怒鳴った。
「帰れ。出なければ、死体になって帰ることになるぞ」

「良いんじゃないかな。啓子さんが援農集団を作りたいって言ってたし、参加してもらおう、ちょうど良いよ」
幸はかぬかの後ろから両腕を回し、顎をちょこんとかぬかの肩に載せていた。
「うわっ、幸」
「にひひ。かぬか、後ろ取られるなよな」
「なにしに来た」
機嫌最悪のなよが言った。
「大好きななよ姉様がご立腹のご様子、旅先から、慌ててやって来た次第ですよ。面白いなぁ」
幸はふわっと智里の前にひざまずくと、清らかな声で智里に話しかけた。
「智里。顔をお上げなさい」
驚いて顔を上げる智里の視線に清らかな笑みを浮かべた幸がいた。
「女神様・・・」
幸は両手で智里の手を取ると、微かに俯き、そして顔を上げると、智里の目を見つめた。
「私はかぐやのなよ竹の姫の妹です。お前は何故、姉様の部下になりたいというのですか」
「高貴さと力強さに心を射貫かれました」
絞り出すように智里が呟いた。
幸は悠然と頷くと、強く智里の手を握り締めた。
「姉様は部下という言葉を好みません、哀しみが蘇り、その心を押さえ込んでしまうのです。智里、姉様はこれからもたくさんの苦難に対峙せねばなりません、姉様をお願いしますよ」
柔らかな笑顔を浮かべる幸に智里は強く頷いた。
「必ず、必ず、お護り申し上げます」
幸は頷くと、ふわりと浮き上がり、なよの横に浮かぶ。
「あとはよろしく」
「勝手なこと、ほざきおって」
幸は楽しそうに笑うと、かぬかに声をかけた。
「何日かしたらさ、あかねちゃんと旅から帰るよ。いっぱいお土産買ってかえるからな、楽しみに待っていてくれ」
「お、おう」
「幸、地酒を忘れるな」
なよの言葉に頷くと、ふっと幸は姿を消した。

茫然としている智里になよが怒鳴った。
「立て、智里」
「はいっ」
跳ね上がるように智里が立ち上がり、直立不動の姿勢を取る。
「わしはこれから十分間、階上の呉服売り場で着物や帯を眺める。その十分間、ここから上には誰も通すな。十分後、かぬかとこの百貨店を抜け出せ。良いな」
「了解致しました」
智里が元気に答える。
「かぬか。茶店、築地で落ち合うぞ。智里を案内してやれ」
かぬかが頷くのを確認すると、その姿を消した。
智里は視線を外さないようしながら、かぬかに頭を下げた。
「かぬかさま。よろしくお願い致します」
「あ、あの。さまは勘弁してください」
焦りながら、かぬかが答えた。智里は頷くと、背中から一振りの刀を抜いた。直刀、刃渡りは四十センチあるかないかだ。
さてと、かぬかが考える、エレベーター、エスカレーター、階段、かぬかは走ると、五機あるエレベーターに駆け寄り、上下全てのボタンを押した。振り返ると、エスカレーターが止まっていた。智里がエスカレーターの横にある緊急停止ボタンを押したのだ。

足音、向かってくる足音、何重もの足音が重なり、地響きのようだ。
階段だ。
智里とかぬかが階段に駆け寄り、見下ろすと、盾をかざした機動隊が横並びに駆け登って来た。
目的は十分間、この階を持ちこたえること、そして、脱出すること。
かぬかは男の言葉を思い出していた。
杖は突けば槍と化す、特に筒はね、両端を刃のように鋭くしたものだ。筒をね、持ったまま、感覚的なことだけど、腕ごと最速で相手に飛ばしなさい、そうすれ ば必ず少し穴があくからさ、筒と体を繋いで、体当たりするように押し込みなさい。そうすれば大抵のものは貫くことが出来るよ。

「行きます」
かぬかが呟くと同時に階段を飛び降りた。先頭中央の盾だ。筒を打ち出す、盾に当たった瞬間、ほんの一ミリ、先端が盾に入り込んだ気がした。
「うおぉぉっっ」
雄叫びを上げ、かぬかが体ごと盾を打ち抜いた。列が崩れた透き間を智里が走る。一瞬、無防備になった機動隊を反撃する間を与えず、撫でるように切り裂いて 行く。致命傷は与えない、深く斬れば刃毀れもあるし、時間もかかる。多を相手にする場合は神経戦だ、大量に血を流させることで、相手に動揺を与えるのだ。
かぬかは智里の動きを見た瞬間、電車での蹴り足を擦り抜けた男たちを思い出した。
なよ姉さんが異様に強いだけで、あの二人もかなりの使い手だ。でも智里さんはあの二人を遥かに越えている。
銃口、かぬかの目の前に黒く穿たれた穴が浮かんだ、催涙弾だ。
無茶だ。
爆音が聞こえた、そう思った瞬間、ふわりとかぬかは銃口の微かに下、潜り込んでいた。白い煙幕と刺激臭だ。
「かぬかさん。十分経ちました」
智里が叫んだ。
かぬかが智里の手をしっかり握った。
「白澤九尾猫様、お願い申し上げ奉る。我とこの者、いっとき、天翔る力をお与えくださいませ」
ふわっとかぬかの体が浮かんだ。


智里は驚いていた。隣りを歩き、喫茶築地へと案内してくれる女の子、十代後半くらいだろう。そんな女の子が白澤九尾猫、あの本家の大魔術師の力を借りることができる、それに、あの武器は噂に聞く「筒」だ。無という字を持つ伝説の術師が使っていたと聞く。
「ここですよ」
かぬかの声に、智里は顔を上げた。瀟洒で少し古風な喫茶店だ。先程の百貨店からもそう離れていない。
ドアを開ける、奥の席で、なよが珈琲を飲んでいた。そして、その向かい側と隣りには女の子が四人、おすましして座っている。
口元に珈琲カップを寄せたまま、なよが微かに視線を向ける、視線で頷いた。
すっと四人の女の子が立ち上がり、なよに近い席をかぬかと智里に譲った。
一番年嵩の女の子、黒がにっと笑ってかぬかに話しかけた。
「かぬかさん。なよ姉さんのお供、お疲れさまでした」
「どうして、黒達まで」
かぬかがそう言うと、黒は気恥ずかしげに笑みを浮かべた。
「ケーキセットでございます」
すっとウエイトレスが黒の前に紅茶と苺のショートケーキを並べた。
「かぬかさんと智里さんはどのケーキにしますか」
白がかぬかにメニュを手渡した。
「三毛はチーズケーキ。小夜乃ちゃんは黒姉ちゃんと同じ苺のショートケーキです。ちなみに白はチョコレートケーキですけど」
白は目の前に置かれたチョコレートケーキを幸せそうに見つめた。
「そんなわけでケーキにひかれて小夜乃ちゃんを花魁道中の儀で連れて来たんです」
三毛が言うとなよがにかっと笑った。
「本当は小夜乃だけで良かったんじゃがな」
「ごちそう様です。なよ姉様」
白がこくっとなよに頭を下げた。
肩に文鳥、額に絆創膏を貼った小夜乃は思い切って立ち上がると、智里に深くお辞儀をした。
「智里さん。母、かぐやのなよ竹の姫をお認めいただきありがとうございます」

「え、あ、あの」
戸惑う智里を興味深く、黒が眺めた。
「娘の小夜乃さんです」
黒が解説をする、
「正確には養女です」
小夜乃が付け加えた。

「養女は余計じゃ。なにせ、わしの頭をスリッパではたく奴じゃ。我が子で無ければ、蹴っ飛ばしておるわい」
「智里。そこの三人は黒、白、三毛。妹の娘じゃ。ま、ガキのままごと遊びのように、家族を名乗りあっておる。お前は従姉妹でいいじゃろうて」
「は、はぁ」
智里はこの展開についてこれずにいたが、それでも、なよの力強い笑顔を見たとき、なんだか、不思議にこれから楽しい日々が始まるような気がした。


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最終更新日 : 2013-11-17 17:44:48

この本の内容は以上です。


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