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『発酵人種』 ayamarido

投稿時刻 : 2013.10.18 23:29
最終更新 : 2013.10.18 23:41
総文字数 : 2627字
獲得☆4.000


《アイロニカルTSUTSUI賞》
発酵人種
ayamarido


 

 はじめに土人が登場する。
 土人の謂が差別語にあたり使用していけないと言われるかもしれないので、野蛮人と呼ぶ。

 名を、ヌベベといった。
 現地語で、「風の御子が山から下りてきて土地に雨雲が涌き、やがて田畑を潤すだろう」という意味である。
 ヌベベの父親はノムといって、「スコールのように情熱的で、狩りの際には象や鯨さえ射殺す勇猛な男」という意味で、十八のとき、その名にふさわしき勇猛さを発揮して隣村から女を拉致、子を種付けした。
 十五にして子を孕まされたヌベベの母の名は、メガヌボ・ヌクリ・メント・イ・ドモガガ。
 現地語で、芋を意味する。

 ヌベベは、臆病者だった。
 それに二十歳になった今でも弓矢の扱いが下手で、のろまなゾウガメさえ仕留めることができなかった。
 父親のノムは、その後も村一番の勇者として活躍、やがて次の酋長選挙では念願の酋長に選ばれ、ニュージーランド政府から勲章を授与されるだろうと、もっぱらの噂となっていたが、それにつけても、不甲斐ない息子ヌベベのことを、常に気に病んでいた。

 母親は、もう死んでいる。名前が長すぎたからだ。
 うら若き乙女のころに拉致され、子を孕まされ、不幸な人生を歩まされたと思いきや、案外、実力者ノムの伴侶として村の女たちから慕われ、裕福な生活を送ることができた。性生活も充実していて、草葺きの館にノムや村の若者、NZ政府の役人をくわえこんで、
「Oh, wow, what a whale eater tates like!」
 などと言わせた姿が何度か目撃されている。

 ともかく、ヌベベは、臆病で不器用な若者として二十歳になっていた。
 NZ政府から支給された太陽光発電TVの前に一日中坐つて、キヤプテン翼を見ることだけが、一週間の楽しみになっていた。
 もっとも、村の中で「一週間」の概念を持つのは彼だけだったから、不思議な箱を毎日見続けるかれを「学者」「医師」「魔法使い」だとして尊敬する村人も、少なくなかった。
 
 ここにNZ政府観光局の役人で、スージーという白人の女が登場する。
 彼女は、イギリス・ケンブリツジ大学へ進学したものの、米英のルームメイトから発音を馬鹿にされるなどして精神を病み、もともと学習意欲も乏しかったこともあって中途退学して帰国、やがて父親のコネで政府観光局のアルバイト職を手にいれ、ヌベベたちの村を取材しに来ていた。

 スージーは、NZ人一般の基準から見て、不細工であった。
 前歯が飛び出していて、そばかすが多く、鼻の穴が大きかつた。
 金髪は金髪でも縮れて、細く、みっともなかった。
 それで、引っ込み思案で、欲求不満だった。

 村ヘ来て一週間。
 蛮族たちが、雄々しくもうるわしい肉体をおしげもなく晒し、長大なペニスケースをゆらゆら見せつつ、狩猟採集に走り廻つているのを見るにつけ、相当に、むらむらしていた。
「写真を撮ろう」
 と、そうしてスージーは自分が観光局の人間であることを思い出し、男たちの肉体美をフイルムに収めることに熱中し始めた。

 この当時はまだデジタルカメラがそれほど普及しておらず、ことにスージーは古いタイプのカメラ女子だったから、フイルムを愛好していた。
 百枚、二百枚、次々と男たちの肉体美、股間の勇姿、尻の美フオルムを撮影していったが、さて、現像する場所がない。
 オークランドへ戻り、業者に任せても良いと思つたが、それではせっかくのペニス写真が台無しになる。
 無論、自分は芸術性あふれる写真をとっているのだから、誰に見せても恥ずべき謂れはないが、ここは何トしても、誰より最初に自分が堪能したかった。

「暗室なんてあるかしら……」

 村の中にあるのは草葺きの、粗末な掘つ立て小屋ばかりである。
 洞穴に草を敷いて寝転がるだけの家族もあって、写真を現像できそうな暗室確保は難しそうだつた。
 と、そのとき、ユサという、現酋長の娘で、スージーの世話係をしてくれる女が、

「ヌベベのとこ、暗い場所」
 と教えてくれた。

「ヌベベって?」
「村の、若者。暗いとこ、好き。いつも、暗い。箱見て、考えごとしてる。このごろ、ジヤパンのこと研究してる。ジヤパン、遠い、遠い。とらドラ。Angel Beats、アイカツ。Precure。よくわからない。でもヌベベ、いつも笑つてる」
「どこにあるの」
「こっち――」
 と、ユサが連れて行った先が、太陽光発電装置の輝く、ノムの館だった。

 ヌベベは、そのとき、雅な言葉で言うところの、かはつるみにふけっていたから、この突然の来訪には、背筋をのけぞらせてぶったまげたが、
「どどど、どうしたですか。お役人様」
 とにかく小さなペニスケースを装着して立ち上がった。

 スージーは、室内に残る妙な臭気、何らかの発酵臭――実際のところは、ヌベベの体液であるが、これに顔をしかめつつ、
「写真を現像したいのだけど」
「現像」
「わかる? 現像。フイルムを、特別な水につけて、乾かすと……」
「大丈夫です。理解しています。つまり暗室をつくるのですね。用意しておきましょう」
 と、意外な学者ヌベベ。

 どこかの番組で仕入れた知識で、現像どころかカメラが何なのかさえ知らぬユサを尻目に、気軽に写真現像用の暗室をこしらえると、数日してスージーを招いて、
「どうぞ、お使いください。赤色灯に、換気扇もつけました」
 と、すばらしき学習成果および親切心を発揮。

 当然のように写真現像を手伝ううちに、いつか村の内外でもスージーの助手のようなことをするようになって撮影に強力、館へ戻れば暗く熱気の籠る暗室で二人きり。
 若い男女。
 どちらもむらむらしていて……。

 ということで、割と早々に、ふたりの陰部がぴったりぐっちょり融合する運びとなったわけで、まずはめでたし、めでたし、二人の異分子とも呼べる者どうしが結ばれ、ここに一つの人類の幸福が誕生したわけである。


 といったところで寸善尺魔。
 ここで唐突に登場するのがスージーの父親で、これがNZ海軍の少将で、筋金入りの白人至上主義者だったからすばらしい迷惑で。

 政府機関に就職させてやった娘が、どういう配置換えに遭遇したかはともかく土人の村に入り浸りになり、あろうことか、そこで土人の、しかも風采のあがらぬ村でも奇人扱いされるような奴の子供を宿した――とどこからか漏れ聞くや烈火のごとく怒り、
「おのれ、猿どもめ!」
 と、ある早朝、軍用ヘリNH90でヌベベたちの村を襲撃、
「猿狩りだ!」
 と、機銃掃射で次々と村人を殺戮して行くのであるが、いかんせん、時間が尽きた。
 この続きは、いずれ、どこかで。

 
 
 (-)

『ぼくとフィルムと発酵と』 豆ヒヨコ

投稿時刻 : 2013.10.18 23:44
最終更新 : 2013.10.18 23:48
総文字数 : 1681字
獲得☆4.000
「また失敗だ」
 ぼくは真っ暗な気持ちでつぶやく。
「明らかに向いてないんだ」
 フィルムは瑠璃色の目をちらりと上げた。しかし何も言わず、ぼくの手のひらに包帯を巻く作業に戻る。
 先ほどの狩りは熾烈をきわめた。丸太ほどに太い爬虫類の前脚が、ぼくを殴ろうとしていた。腰の万能ナイフを取り出そうとして、ぼくは親指と人差し指の間をザックリ切ってしまった。鮮血が散った。今度こそ死んだと思った。しかし意識は遠のかなかった。もちろん、フィルムの奴が衝撃波で援護射撃してくれたのだ。ドラゴンは断末魔の咆哮を上げる。真紅の鱗を、花弁のように散らしながらのっしと倒れる。その地響きに足をとられ、ぼくは転んで頭を強く打つ。気絶。終了。
 このたびの戦闘も、ぼくの行動とは関係なく始まり、関係なく終わった。 
「なぜ、ぼくが戦わなければならないんだ?」
 真摯に尋ねたが返事はない。フィルムはいつだって肩をすくめるだけだ。
 ある満月の深夜。いきなりパジャマのまま異空間へ連れ出され、殺戮にあふれるパラレルワールドへと降り立った。伸びた綿菓子のような髭を持つおじいさんに「元の世界に戻りたくばモンスター狩りを通じてデンドルダートを倒し静寂の扉をひらくのじゃ」と言い渡され、えっ意味わかんないと思った瞬間モンスターの闊歩する荒野へと放り出された。やばい死ぬとキョドりながら、そのへんを歩いていた小人に声をかけてみると親切にも同行してくれることになった。小人の名はソングゾ・ベリ=フィルムといい(多分)、この荒廃した世界を牛耳るデンドルダートを倒すためなら何でもすると力説した。
「ごめん、やっぱ無理。ぼく転職するわ。出来るんだろ? こないだ会った道具屋が言ってたよな」
 鋭い一瞥をくれるだけで、やはりフィルムは何も言わない。
 もうデンドルダートを倒すとかそういうのは、一切諦めた。ぼくは別に元の世界へ戻らなくても構わない。構わないっていうのは嘘か、もちろん帰りたいけど、ぼくの能力じゃ正直無理だ。作戦変更だ、強いやつのサポートをする。こないだの行商は、戦士ほど権威はないが、戦闘にかかわる職は若干あると言っていた。そう、恐るべき能力を持った小人、フィルムをサポートできるジョブへチェンジするのだ。
「転職なんて敗者のすることだ。寄生虫だ」
 ぽつりとフィルムは言った。低い声で、威厳に満ちていた。ぼくは何となく凹む。フィルムが真摯にぼくを導いてきてくれたことは良く分かっていた。
「でもさフィルム、このままじゃぼく、いつか死ぬよ。そしたら終わりだよ」
「死ぬのが怖いのか」
「怖い。でも、なんていうか多分、ぼくは殺し続けることが一番怖い。どうしても慣れない」
 柴犬のように黒く濡れたフィルムの鼻は、不満げにふんふんとうごめいた。

 あれから二年経った。ぼくは戦士フィルムの補佐をすべく首都で修行を重ね、『干物士』の資格を得てふたたび合流した。最初は照れくさく他人行儀になりがちだったが、戦闘に入った瞬間、関係は瞬時に巻き戻された。ひとつ違うのは、ぼくが担うべき役割をしっかりわきまえているということだ。
 フィルムはさらに強くなっていた。5メートル強もある海獣を一撃で叩ききった。内心驚きながらも、ぼくは落ち着いて獲物の処理を行った。
 ぼくは孔雀の羽を手にする。シャチに似た海獣の亡がらに、強く扇いで風を送る。
 ヌメヌメと湿ったやわらかな皮膚は、一気に皺をよせ干上がっていく。生々しい潮のかおりは、かつおぶしに近い乾いた粉っぽい匂いへと変化する。みるみる全体に小さくなり、最後は薄っぺらい影のように軽く、コンパクトに縮んで地面に転がった。
 はじめて見せる仕事ぶりに、彼は満足しただろうか? 表情を盗み見た。眉間にしわを寄せて見守っていたフィルムは、ほうと口をすぼめて海獣に触れる。すこし笑った。小さな鼻がひくひくと蠢いた。
「ずいぶん小さくなるもんだなあ」
「運びやすくなるでしょ」
 フィルムは鼻の下をこすり、ぼくの手のひらをぽんぽんと叩いた。そして言った。
「お前、いい感じに発酵したんだな。俺も発酵した。一度死んで熟したんだ。俺たちはまた仲間だ。おかえり」

『滅亡の日』 伊守梟

投稿時刻 : 2013.10.18 23:28
最終更新 : 2013.10.18 23:39
総文字数 : 1385字
獲得☆3.900
 その臭いが死体から出ているものだと知ったとき、僕は戦慄を覚えた。
 僕は、地球最後の人間になってしまった。

 人類が滅亡の危機に瀕したのはある突然の出来事からだった。空から何億もの生命体が地球にやってきて、人類を虐殺した。いや、それは狩りだった。彼らはヒトという生き物を獲物として狩りを始めたのだ。
 もはや人類は滅亡するしかない。たとえば僕が両性具有だとか、人類以外の動物と交尾として子をもうけられるとか、言い方はともかく、特殊な生命体であれば望みはある。もちろん、その子が人類と呼べるものであるかどうかは別にして。
 しかし、僕が自然死するまで生き延びる可能性は残っている。死ぬまで逃げのびればいい。どんな形であれ、死ぬまで奴らに見つからなければそれでいい。
 運が良ければその可能性はある。

 ***

 僕はため息をつく。ありきたりのストーリーだ。いわゆるB級映画というヤツか。こんな予告編で、「全米が震撼した」などと言われても、とても観に行く気にはならない。
「ねえ」
 隣に座る深苑が僕に声をかける。
 映画館はガラガラに空いていた。確かに公開してからひと月も経っているけれど、それなりに人気だったはずだし、ここまで空いているなんて予想だにしていなかった。でも、混雑しているよりはマシだ。僕は人混みが嫌いなのだ。
「潤くんがさ、人類最後の男になったらどうする?」
 なんというか、この予告編を観た9割ほどの人がしそうな質問だ。深苑もこの程度か。僕は天井を見上げる。
「さあね。今の人類が滅亡するなんてとても思えないけど」
 僕は3分の1ほど真剣に考えて答える。
 人類は増えすぎた。ちょっとした街に住んでいると世の中に人の姿が見えない場所なんてあるのか、と思えるくらいだ。70億人だ。正直に言ってその半分くらいでもいいような気がする。
「相変わらずだねえ。私はひとりなんてやだな。潤くんと一緒がいい」
 フィルムは他の映画の予告編を映し出している。深苑はポップコーンを食べ、僕はアイスコーヒーを飲む。そんな甘ったれた言葉に惹かれる男はきっと脳がイカれている。ガキじゃあるまいし。
「うめやふやせやで新たな世界のイブにでもなるつもりか?」
 僕は苦笑する。無理やり笑ったものだから、頬の筋肉が攣りそうになる。
「そう、で、潤くんがアダム。きゃっ。ヤラシイね」
 深苑は顔を赤くする。僕は喉の奥で二度目のため息をつく。こんな女との間の子供なんて、早々に野垂れ死にしそうだ。いや、ある意味子孫繁栄につながるのか?
 僕は聞こえなかったふりをしてスクリーンを見つめる。映画のオープニングが始まっている。深苑はこころなしか肩を落として、僕の視線の先を同じように見つめた。

 やがて本編が始まる。主演の俳優がホテルのバーで高そうな酒を飲んでいるシーンを観ながら、僕はうつらうつらとしていた。

 ***

 魚が発酵したときのような不快な臭いで僕は目を覚ます。その臭いが死体から出ているものだと知ったとき、僕は戦慄を覚えた。
 映画館はその姿を消していた。その残骸のようなものはある。何かに吹き飛ばされたようだ。
 となりには深苑がいる。人の形はしていないけれど、おそらく深苑だろう。僕が誕生日にプレゼントしたネックレスが床に落ちている。
 彼女がこんな状態なのになぜ僕は無事なのか、僕にはまったく理解できなかった。

 街は、廃墟と化している。
 僕の知らない生命体が大空を舞っている。


※作品集への掲載にあたって、誤字等を一部修正しました。

『仮面パンダー -序-』 茶屋

投稿時刻 : 2013.10.18 23:15
最終更新 : 2013.10.18 23:17
総文字数 : 1527字
獲得☆3.900
 脳が発酵したかのようだ。細菌共が脳みそを喰らい尽くして毒ガスを頭蓋の内部に充満させてくる。
 頭が痛くて、吐き気がする。どうしようもないほどに。
 耐え難い苦痛に叫び声をあげて、コンクリートの壁を殴る。
 拳の痛みのせいか、一瞬だけ痛みが和らいだような気がした。だが、すぐに引いたはずの波が押し寄せてきて、あっと言う間に安穏の町を覆い尽くすのだ。
「くそが」
 胃の中身を吐き出すように発した言葉。
「くそがくそがくそがくそがくそが」
 がんがんがんがんがんがん。
 何度も壁を殴ると、拳の感覚は無くなってしまった。
 頭の痛みは増すばかりで、それはどんどん耐えがたくなっていく。
「罰だにゃん」
 頭のなかで声がする。
「罰なんだにゃん」
 声がするたびに頭蓋骨に響く。ガンガンと、ミシミシと。
「ぶっ殺してやる」
 その声が頭のなかで響くものなのか、己の声なのか判別はつかなかったし、もはやどうでも良かった。
 彼の心のなかには痛みと殺意しか残っていなかったから。
「でも、僕なら助けてあげられるにゃん」
 彼の目の前に立っていたのは、奇妙な風体の男だった。男が何を言っているのか意味がわからなかった。
 意味がわからず、訳もわからず、ただ、頭に響くその声が不快だったから、殴った。
 何度も殴った。
 何度も。
 何度も。
 ぐしゃぐしゃに。
 血と肉と骨が混ざり合うぐらいに。
 拳と相手の顔面の境がわからなくなるぐらいに。
 ただただ殴り続け、殴り続け、殴り続けた。
 その間は痛みが和らぎ、苦痛を感じずにいられたから。殴るごとに痛みが引くような気がしたから。
 やっと彼が我に返ってみると、顔がぐしゃぐしゃに潰れた男の死体が転がっていた。
 なんじゃこりゃ。気持ちわり。
 彼は唾を吐いて立ち上がると、その場を後にした。手を洗いたかったから。
「どうにゃ?痛くなくなったにゃん?」
 近くの便所で手を洗っていると、少年の声がした。顔を上げると鏡の前に猫がいた。
 どうやら声の主は猫のようだ。
 彼が興味なさげにしていると再びミシミシというような頭痛の気配が忍び寄ってきた。
「くそ」
「僕はそれを治せるわけじゃないんだにゃん。一時的に痛みをやわらげるだけにゃん」
「どうやったら和らぐ!」
「殺すにゃん」
「あ゛?」
「さっきみたいに殺すにゃん。悪いやつをぶっ殺すにゃん」
 彼は頭に手を当てて、必死に痛みを抑えようとする。
「君は正義の味方になるにゃん。そうすれば」

 彼女は逃げていた。
 涙と鼻水が交じり合った必死の形相で、呼吸を乱しながらここ数年出したことのないほどの全速力で。
 パンダの着ぐるみの頭の部分だけを被った奇妙な格好をした男はそんな彼女の必死さなど気にも掛けず悠々と追ってくるのだ。
 パンダが歩くたびにバランスの悪い大頭は左右に揺れ、そのたびにガサゴソ、ガサゴソと音がする。赤いプラスチックフィルムを首に巻いているのだ。まるでバイクに乗った某ヒーローの赤いマフラーを模するかのように。
 路地裏に逃げ込んだ彼女は、ついに突き当りに行き着いてしまった。袋小路。逃げ場はない。
 叫ぼうにも恐怖で声が出ない。
 カラン、コロン、カラカラ。
 金属音が路地裏に反響している。
 パンダが、鉄パイプを引きずりながら姿を表した。
 ゆっくりと、女に近づいてくる。
「なあ」
 パンダが篭ったような声を発した。
「お前、悪いやつなんだろ」
 女は反論しようにも声を出すことが出来ない。
「知ってるよ。俺にはわかるんだ。誰が悪いやつか」
 月明かりの下、パンダは鉄パイプを振り上げた。

「なあ」

「知ってるか?」

「悪い奴は正義の味方にぶっ殺されるんだよ」

 ガンという一撃の音色に合わせるように、猫がにゃあと一声鳴いた。
「まだだ。まだ。頭が痛ぇ」
 返り血を浴びたパンダが、猫に向かってつぶやく。
「悪い奴は、どこだ」
 今宵の狩りは、まだ続く。


※ 「勝手に連動 第10回ぽい杯スピンオフ賞(土日版)」に、関連作品が投稿されています。
http://text-poi.net/vote/36/1/

『有罪無罪?』 うわああああああ

投稿時刻 : 2013.10.18 23:27
最終更新 : 2013.10.18 23:32
総文字数 : 2218字
獲得☆3.667
田中の朝食は納豆ごはんとお味噌汁とヨーグルトだった。あぁもういい感じにお腹の中が発酵されると思いながら朝のニュースを見ていると、なんだか見知ったような顔がテレビの画面に映し出された。納豆をかき混ぜる手が止まり、呆然と画面を見ていると、またすぐにテレビの画面が切り替わった。
 今度は先ほどのシリアスな雰囲気とは打って変わって、お天気おねぇさんが平和に全国の天気予報を映し出している。日本全国晴れの予報だった。あぁ今日もこの国は平和だななんて普段は思うのだが今日ばかりはとても平和な気持ちではいられなかった。
 そいつと田中とは狩り仲間で、田中は、オンラインの狩りゲームの中で田中と知り合った。
 その田中の知り合いである、そいつ、苗字は佐々木というのだが、佐々木は田中を差し置いて、ニュースに顔写真が映し出されるほど出世してしまったのだ。
 世に出る、と書いて出世なわけだが、この場合は良い意味での出世とは言えなかった。つまり、佐々木の名が放送されたのは、電車内で痴漢、というテロップが付されたニュースだったからだ。
 確かにゲームや萌えなどオタク的な趣味がある佐々木であったが、ゲームの中でも礼儀正しく、先日のオフ会でもとても紳士的な印象を見せていた。そういう男に限って、という世間的なコモンセンスはともかく、何かと話が合うなと思っていた田中は、佐々木のことが心配でならなかった。
 実は田中の仕事は弁護士であった。佐々木には隠していたが、それなりに勝訴の実績もある。田中は貴重な友人が心配になってしまい、気づけば電話の受話器を手にしていた。
 警察に電話をして、佐々木の場所を教えてもらった。どうやら佐々木は管轄の警察の留置所に留置されているようで、まだ家には帰っていないようだった。弁護士である田中は、最初は警察に突っぱねられたものの、何とか面会にこぎつけるよう説得することができた。
 どうやら佐々木はまだ弁護人もつけていないようだった。大切な友人のため田中は一刻も早くと佐々木のもとへと向かった。

 留置所での佐々木はグレーのスウェットに身を包み、少し髭も伸びていて、先日のオフ会でのさわやかな印象が嘘のようであった。
「来てくれてありがとう。弁護士だったなんて知らなかったよ」
 まず最初に佐々木は礼を言った。
「いいんだ。それより、事件当時のことを教えてほしい」
「事件も何も、俺は何もやっちゃいないよ」
「やっちゃいない?」
「そうさ。ただボーっと突っ立って電車に乗っていただけさ。確かに満員電車で窮屈だったけど、そんなの当たり前だろ?」
「う、うむ。それで、被害者の子はなんて言ってるんだ?」
「高校生の女の子だったけど、なんか、私ちゃんとこの人の顔まで見ましたって言っててさ、なんか周りの人にも睨まれちゃって、次の駅で警察呼ばれちゃってさ、この通りさ」
「お前、自分がやっていないって、ちゃんと説明したか?」
「言ったさ。でも警察は何も聞いてくれなかったよ」
 ふむ。と田中は思った。確かに警察も冤罪は怖いだろう。しかし、被害者がいる以上警察としても、手を引きにくいのだ。
「もっと、当時のことを詳しく教えてくれないか?」
「詳しく?えっと?」
「つり革にはつかまっていた?」
「あぁ、つかまっていた。えっと、右手でね」
「左手は?」
「鞄を持っていたよ、ビジネス用の」
「お前、サラリーマンだったのか」
 なぜか田中は佐々木がサラリーマンであることに驚いてしまった。
「え、いまさら!?そんなことはいいだろう」
「すまんすまん」
「それで、女の子はどこにいたんだ?」
「おれの、左側」
「そうか」
 田中は少し考え込んでしまった。
「佐々木、お前は何か、当たっているっていう感覚はあったか?」
「いや、ないよ、あれ、でも、あったかな」
「そこ、そこをもうちょっと思い出せないか」
「いや、よく分からないな。ぼーっとしてて気にしてなかった。」
 うむぅ。また田中は少し考え込んでしまった。目撃者もいない。あるいは見つからない。当事者の証言もこのままでは、佐々木は有罪になってしまう。なにか証拠を探さなければならないと田中は思った。車内を録画したフィルムでもあればいいのだが、と思ったが、そんなものあるわけがない。
 ビジネス用の鞄を手に下げると、鞄の位置は人の膝くらいになる。手の位置は太ももくらいだ。その位置の手が当たったくらいで、人は痴漢だと思うだろうか。
「佐々木、お前手を動かしたりしたか?」
「動かしてないよ。ただぼーっとしてただけ」
「そうか。隣に人は立っていたか?」
「うん。隣はOLっぽいスーツのおねぇさんだったよ。女の子は視界に入らなかった。警察の話では俺の左斜め後ろくらいにいたみたいだけど」
「そうか」
 田中は少し不思議なことに気付いた。もしその位置で二人が立っていたなら、佐々木が手を動かすには不自然な動きをしなければならない。これは重要な証言になりそうだと田中は思った。
「お前、それ、ほんとだよな?」
「あぁほんとだよ」
「信じていいんだな?」
「あ、あぁ、どうしたよ急に」
「いや、いいんだが」
 よし、もう一つ、と田中が思ったとき、
「おい。面会はそこまでだ」
 屈強な体の警察官が二人の会話を遮り、佐々木はまた留置房へと連れて行かれてしまった。
 連れて行かれる佐々木は「うわああ田中ああああ」と叫んでいた。なんでかわからないが。
田中は心の中で必ず助けてやるからなとつぶやき、面会室を後にした。
 俺たちの戦いはこれからだ!たぶん!


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